魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~漆黒の剣士~
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第1話 「ホビーショップT&H」
ふと見上げれば、いつもと変わらない青空に大きな入道雲が浮いていた。
空や雲に興味があったわけではないが、ここ最近つい見てしまうのは今日から始まるVR技術を用いたゲーム《ブレイブデュエル》の影響だろう。
ブレイブデュエルは簡潔に言えば、3Dで出来たキャラクターを自分の思ったとおりに動かして遊べるゲームだ。フィールドの中には『空』もあるため、大空を自由に飛ぶという現実では味わえない体験ができる。
このゲームを開発したのは、地方都市にいる研究者。ある意味では変わり者と呼べる人物だ。その人物の名前はグランツ・フローリアンと言い、俺の知り合いでもある。知り合いの理由は俺の叔母が開発に携わった研究者のひとりだからだ。彼女も同様に変わり者だと呼べる性格をしている。
「……考え込んでる場合じゃないな」
ここ海鳴市にはT&H、八神堂、グランツ研究所と3箇所ブレイブデュエルが行える場所がある。今日の15時から一斉にスタートするらしいので、行えるという表現はまだ早いのだが。
叔母が開発に携わっていたために、俺はブレイブデュエルのロケテストに参加していた。そのためブレイブデュエルを行える3店舗の人達とは面識がある。今日は開店初日ということもあって、T&Hの店長達から手伝いを頼まれていたのだ。
なぜT&Hなのかというと、他の店舗にはロケテストに参加していた人物や実力者が多くいるのだが、T&Hにはふたりほどしかいない。おそらくだが手伝いの内容は、ブレイブデュエルのエキシビジョンマッチや説明になるだろう。
「すみません、遅くなりまし……」
「はーいごめんよ~、どいてどいてー!」
T&Hに入ると、荷物を積んだ台車を勢い良く押す女性の姿が見えた。彼女を避けた店員達は、一斉に文句を言うが、それに対して彼女は「ごめんね~」と軽く謝罪するだけだった。
女性の名前はエイミィ・リミエッタ。T&Hの店員でありチーフを任されている。開店初日ということで忙しいのは分かるが、張り切りすぎではないだろうか。転んだりして余計な仕事を増やすのではないか不安になる。
「空回りしなければいいけど……」
「そうね」
漏らした独り言に返ってきた言葉に、俺は声がした方へと自然に視線を向けていた。
そこにいたのは緑色の長い髪をポニーテールにしている女性だった。彼女の名前はリンディ・ハラオウン。この店の店長を務めているひとりだ。
「凄く張り切ってるみたいだし……ショウくん、何かあったらフォロー頼めるかしら?」
「それは構いませんけど……臨時の手伝いにチーフのフォロー頼んでてこれからやっていけるんですか?」
「これは耳が痛いわね」
苦笑いを浮かべるリンディさんから店員が身に付けるエプロンを受け取ると、この場に近づいてくる足音が聞こえた。
「あらショウくん、よく来てくれたわね」
声をかけてきたのは、プレシア・テスタロッサというリンディさんと同じこの店の店長を務めている黒髪の女性だ。アリシアとフェイトというふたりのお子さんがいるのだが、子持ちには見えないほど若々しく見える。まあこの点はリンディさんも同じなのだが。
「約束してましたからね」
「ふふ、今日はお願いね……ただ」
にこりと微笑んだままなのだが、プレシアさんから発せられる雰囲気が変わった。この人の雰囲気が変わるのは、大抵範囲が決まっているのでこれから言われることは予想できる。
「サボって私の娘達とイチャイチャしたりなんかしたら……フフフ」
「はぁ……そんなことしませんから安心してください」
「それは娘達に魅力がないということかしら?」
なぜそうなる?
正直に言って、プレシアさんは親バカだ。その部分が出ると面倒臭くて仕方がない。というか、今の場合は否定したら終わるところだろう。否定してもさらにいちゃもんをつけられるのはおかしい。
「プレシア、バカなこと言ってないで仕事に戻るわよ。もう少しで下校時間なんだから」
「バカなこと? リンディ、何を言っているの。アリシアはもう6年生、フェイトだって4年生なのよ。女の子は早熟だって言うし、好きな子が出来てもおかしくないわ。というか、あの子達に好きな子がいないとしても、あの子達を好きな子は絶対にいるはずよ。だってあの子達可愛すぎるもの……」
黒いオーラのようなものを感じ始めた俺は、この場から離れたいという思いで胸が一杯になった。そんな想いをリンディさんは察したのか、目で俺に自分がプレシアさんの相手をするからと言ってくる。彼女の好意に素直に甘えることにした俺はそっと歩き始めた。
「フェ~イトっ。どう? だいじょうぶ~?」
「うん、ちゃんと動いてるよ」
手荷物を片付けエプロンを身に着けて作業していると、少女と思われる声が聞こえてきた。視線を向けてみると、金髪の少女がふたり視界に映る。背の高い少女は、ブレイブデュエルを行う際に入るカプセル型のシミュレーターに入っており、もうひとりの少女はその目の前に座っていた。
「もうすぐ稼動だからね~、きっちりチェックしておかないと」
「そうだね。楽しく遊ぶためにもできることはしておこう、お姉ちゃん」
座っている少女の言葉にシミュレーターに入っている少女が返事をする。
見た目で言えば、シミュレーターに入っている背の高い少女が姉のように思えるが実際は逆だ。座っている少女――アリシア・テスタロッサが姉。シミュレーターに入っている少女――フェイト・テスタロッサが妹である。
これは予想だが、背丈や性格の問題もあって初対面の人間はフェイトのほうを姉だと思うだろう。俺も最初はそうだったのだから。
「あっ……」
ふとフェイトと視線が重なった。俺が手伝いに来るということはリンディさん達から聞いているはずなので問題はない。
作業の途中ということもあって軽く手で合図してこの場から離れようと思ったが、フェイトの声によって俺の存在に気が付いたアリシアが振り返った。こちらを見た彼女の顔は、先ほどまでよりも一段と笑顔になる。
「ショウ、おっひさ~」
手を振りながらそう言った後、アリシアはこっちに来いと手招きをする。
彼女達と面識がないわけでないし、別に行ってもいいのだが……さっきのプレシアさんの様子からして、一緒にいるところを見られると厄介なことになりそうだ。だがここで無視するとあとで絡んできそうだし、そこを見られたほうが面倒臭いような気もする。
「アリシアは今日も元気だな」
「もっちろん。何たって今日の15時から一般解放だからね。元気じゃないと1日持たないよ」
個人的にずっと元気を振りまいている方が疲れると思う。今の状態をキープできるあたり、さすがは子供だ。俺もアリシアとそう年は変わらないし、ただでさえ彼女は相手から実年齢よりも下に見られることが多い。子供と言うと間違いなく怒るだろう。口にしないのが賢明だ。
「まあ今までになかったゲームだから、かなりの人数が来店しそうだしな」
「そうですね。正直凄いと思います、このブレイブデュエル。こんなゲームは初めてです」
「ジャンルは体感シミュレーションってやつだね。ゲームが好きな子はもちろん、身体を動かすのが好きな子も絶対楽しめるよ」
アリシアは会話に参加しながらもきっちりと作業を進めている。何というか、将来は仕事ができる女性になりそうな雰囲気を感じた。余談だが、彼女の傍には愛犬であるアルフと愛猫であるリニス2世がいる。
「うん、私も凄く好きになっちゃったし……色んな人と遊べるといいな」
「その意気、その意気♪ フェイトはうちのエースなんだから頑張ってもらわなくっちゃ」
「う、うん、頑張るよ」
まだ小学生であるはずのふたりだが、考えていることは他の店員と変わらなさそうだ。正直に言って立派な心がけをしていると言わざるを得ない。プレシアさんが可愛がるのも無理はないと思える。
「頑張るのはいいけど、ちゃんと相手に合わせて遊ばないと客が減るかもしれないよ。何たって君はロケテスト全国2位の実力者なんだから」
「は、はい」
「……まあ言ったものの、君なら問題ないと思ってるけどね。アリシアよりしっかりしているから」
「え……まさかここでわたしが貶される?」
くるりと顔をこちらに向けるアリシア。その顔はどことなく不機嫌そうだったので、謝罪の意味を込めて頭を軽く何度か叩いた。こういうことにあまり抵抗を感じないあたり、俺の中での彼女はフェイトよりも子供なのかもしれない。
「ショウってこういう感じで女の子のことたらし込んでる?」
「もしそうだったら、今頃ここにはいないと思うぞ」
「だよね~、というかショウって人付き合いとかあまり得意じゃないし」
確かに誰とでも仲良くなれるわけではないが、なぜそれをこの子に断定の形で言われなければならないのだろう。
「お姉ちゃん、それはいくら何でも失礼だよ」
「大丈夫、大丈夫。わたしとショウの仲なら……ね!」
「ん、個人的にはそこまで親しくなった覚えはないけど」
「ええっ!?」
アリシア、俺は人付き合いがあまり得意ではないと君が言ったはずだ。
こんなに驚くということは、内心ではそのようには思っていなかったということなのだろうか。もしそうなら今よりも彼女への心境は変わるかもしれない。微々たるものである可能性は否定しないが。
「結構おしゃべりしたのに……フェイトと一緒にこのお店の注目デュエリストとして頑張って行ってもらおうと頑張ってたのに」
「……嫌ってるつもりはなかったけど、今ので嫌いになってきたよ」
「あぁ~うそうそ、うそだから!」
立ち去ろうとした俺をアリシアは即座に引き止めた。現状をプレシアさんに見られでもすれば、間違いなく厄介な展開になるだろう。一般解放までの時間も着実に迫ってきているし強引に振り切るべきか。
「分かった、分かったから放してくれ。俺も自分の仕事しないといけないんだ。時間もなくなってきてるし」
「本当に嫌ってない?」
「嫌ってるならそもそも話したりしない」
「ならOK。じゃあお仕事頑張ってね」
「はいはい」
「フェイト、次のテストに行こうか」
「うん……」
「フェイト? ……はは~ん、もうちょっとショウとしゃべりたかったんだ」
「ち、違うよ! そんなんじゃ……!」
「ん? どうかしたのか?」
「な、何でもないです!」
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