| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

トワノクウ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

トワノクウ
  第三夜 聲に誘われる狗(三)

 
前書き
 がんばってみた 結果 

 
「おはようございます、沙門様」
「おはようございまーす」

 居間に朝食の膳を整え終えると、ちょうどよく沙門が起きてきた。

「うむ、おはようさん。くう、昨夜はよく眠れたか?」
「おかげさまで夢も見ないくらい熟睡でした」
「くうが今朝手伝ってくれたのです」

 答えながら、朽葉にも同じ質問をされたな、さすが師弟、と感心する(視覚情報の齟齬から同じ質問をしたのは朽葉に化けた犬神だと忘れているくうである)。

 沙門が膳の前に腰を降ろす。くうも朽葉に促されて膳の一つの前に座った。
 朽葉が座ったのは一際大きな碗や皿が並ぶ膳の前だった。たくさん食べるのは健康の証拠だ、うん。

「今朝は豪勢だな、朽葉」
「沙門様はここのとこずっと外を駆けずり回っているではありませんか。ですからたんと食べて精をつけてください。根菜は体力がつくんですよ」
「そりゃすまんな。ありがとう」

 朽葉は頬を上気させて花のように面を綻ばせた。その表情の移ろいから朽葉がどれだけ沙門を慕っているかが窺えた。
 それを考慮に入れて改めて献立を見下ろすと、混ぜご飯と味噌汁の根菜、卵、おひたしのホウレンソウに煮豆と、確かに滋養にいいものばかり並んでいる。朽葉が心から沙門の健康を案じていると主張する品々に、くうは少し気圧された。

(家族の気遣いオーラ満載じゃないですかこの朝ごはん。私なんかが食べるのってかえって申し訳ないんですけど)

 愛情ベクトルが沙門一人に向いた料理と、むー、とにらめっこしていると、

「実は、味噌汁はくうが作りまして」

 不意に自分が話題に上がって焦った。

「くうが?」
「あ、あの、さしでがましいことしてすみません。す、少しでも朽葉さんの、手間が省け、たらと、思いまして、はい」

 朽葉が新聞の勧誘を帰らせて台所に戻るまでには形にできたし、くうが味見した限りでは普段どおりの味になったので安心していたが、いざ食べる今になってくうの味が沙門や朽葉の舌に合うとは限らないと思いついてしまい、心臓が嫌な鳴り方をしている。

「くうは料理ができたんだな」
「ち、父親が料理上手で、少し習っていますです」
「そりゃ楽しみだ。では頂くとしようか」

 沙門が箸を持って手を合わせる。朽葉も沙門に倣う。くうは慌てて箸を取った。

「「いただきます」」
「い、いただきます」

 口火を切ったものの、自分の作ったものが二人に食べてもらえるか心配で箸は動かせない。逆に目は忙しなく動いて、朽葉と沙門が味噌汁の碗を口に運ぶのを見守っていた。

 朽葉のほうは恐る恐るといった感じで味噌汁に口をつける。その表情が変わる。

「――美味い」
「ほんとですか!? あの、具がおっきいとか切り方雑とか味濃いとかないですか?」
「そんなことはない。本当に美味いぞ」

 身を乗り出しての問いにも朽葉は肯定で応え、再び味噌汁を飲む。褒めてすぐ食べるのを再開してくれたことが、くうをもっと嬉しくさせた。

「こりゃ驚いた。朽葉より上手いんじゃないか?」
「そんな沙門様!?」
「そんなはずないです!」

 くうが急いで強く否定したせいか、朽葉と沙門の注目が集まる。

「おいしいものを沙門さんに食べてもらいたいって頑張った朽葉さんのお料理が、私なんかのお粗末な料理よりおいしいなんてありえません。ぜったい!」

 はっとした時には遅く、朝から怒鳴ってしまってはしたないという思いに、くうは真っ赤になった。

 くうが縮こまっていると、不意に沙門が噴き出した。

「はっはっは! いやなかなか、いい心根を持った娘さんだ。飯のことといい、これは思わぬ拾い物をしたな」

 よしっ、と沙門は膝を叩く。

「お前さん、ここで住み込みの家事手伝いをしてみんか?」
「ふぇ!? わ、私がですか!?」

 そんなつもりで料理をしたのではないのに。ただ一宿一飯の恩を返すつもりだったのに。本当に無計画に見切り発車でやったことなのに。まるで打算があったようになってしまった。

「実は俺達はこんなご時世だから出払うことが多くてな、朽葉に無理をさせてきたが、お前さんが寺の世話をしてくれるなら俺も安心できる。代わりにお前さんはここを宿にする。どうだ?」

 断る理由はない。どうせ〝Rainy Moon Night〟は生活冒険RPG、ゲームの中でも明治時代で生活するはずだったのだ。それが現実として振りかかり、くうが生きるために実際に働かなければならなくなったのだと考えれば気分も楽だ。

 くうは三本指を突いて沙門と朽葉に礼をした。

「精一杯やらせていただきます。よろしくお願いします」

 かくして、くうの「本当の」明治綺譚が始まった。

                                  Continue…
 
 

 
後書き
 篠ノ女ムスメの珍道中?始まり始まり~。
 ムスメのお仕事が決まりました。料理が上手いのは紺譲り。朽葉が真似るのも紺の料理。それが功を奏したのですね。
 そして犬神。実体化の手段は…分かる人には分かるのではないでしょうか? ヒントは2巻です(*^_^*) 朽葉も犬神に対する態度が少し変わったようで、進歩してますねえ。
 タイトルは原作のもじりです。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧