魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 第1話 「少女の目には」
闇の書事件が終了してからは12月の慌しさに押される形で、はやては退院。シグナム達は本局で事情聴取と色んな出来事が過ぎて行った。
今日の空は晴れており時間帯も昼であるが、まだまだ空気は冷たく肌を刺す。にも関わらず、私は海が見える道を歩いていた。隣には私と同じように黒い上着を着た男の子がいる。
「何だか付き合ってもらう形になって悪いね」
隣にいるのはクラスメイトであり、大切な友達のひとりであるショウだ。彼が私のことを友達と思っているかは分からないけど、出会った頃よりも距離は縮まっているように感じる。
ショウは事件で迷惑をかけたということでお詫びの品を持って家を訪れた。
アルフが言ったことを気にしていたのかもしれない、と思った私は遠慮したのだが、押し切られる形で受け取ってしまった。あとできちんと頂くつもりでいる。
「ううん、元々なのはと会う予定だったから」
なのはの家に向かっているわけだが、私達は回り道をしている。理由は、ショウが私に謝罪以外で話したいことがあると言ったからだ。
「そっか……君達は本当に仲が良いね」
私を見るショウの顔は穏やかだ。
事件が終わってまだ間もないというのに、彼が悲しんでいる姿を私は見ていない。はやてが一番悲しい思いをしたということは理解しているし、騎士達は長い時を生きてきた。だから彼女達が泣いたり、涙を見せないのは理解できるのだが。
「うん、友達だから。ショウもはやてと仲良いよね」
「まあ……あいつとは付き合いが長いから」
「その言い方は少しはやてに悪い気がするけど……」
と言ったものの、今のように言えることがふたりの仲を表していると思う。
ショウは、はやてには私やなのはと接しているときよりも荒めの言葉を使う。といっても、『君』が『お前』などに変わるくらいの小さな変化。でもそれは、確実にはやてに気を許していることを示している。
「それで……私に話って?」
「ん、あぁ……」
ショウは立ち止まると、こちらに顔を向ける。風に揺られている前髪の奥に見える黒い瞳は、先ほどまでよりも少しだけ冷たく見えた。
「もうああいうことはやめてほしいんだ」
「ああいうこと?」
「自分の身を犠牲にして他人を守る、ことだよ。結果的に言えば君は助かったわけだけど、残された側の人間がどうなるか考えてほしい」
普段よりも低めに発せられた言葉によって、私の脳裏に決戦での出来事とリインフォースとの別れが過ぎった。
ショウを守りたい、と思って起こした行動だった。けれど、私は彼を傷つけてしまったのだろう。
リインフォースとの別れは悲しいもので、はやて達ほどではないにせよ私の中にも未だにそのときの思いは存在している。もしも私が夢の世界に居座ってしまっていたら、彼やなのはにこのような思いを抱かせ続けたのかもしれない。
「……ごめん」
「……まあ言っておいて何だけど、あまり自分を責めないでほしい。俺はただ理解してほしいってだけで、別に責めるつもりはないんだ。いや……そもそも責める資格がない」
声が不意に小さくなったことが気になって顔を上げると、ショウは手すりに片手を乗せて海を見ていた。彼の顔が見えるように移動すると、自分を責めていそうな表情が視界に映る。
「根本的な原因は俺にある。俺が迂闊に行動しなかったなら君が身代わりになることもなかった。俺がもっと強かったなら、君に心配させずに済んだんだから」
「そんなことない! あ……いや、あの、ショウが弱いってことを言いたいんじゃないんだよ。その、どんなに強かったとしても、私にとってショウは大切な人のひとりだから心配するだろうし……」
慌てているのにも関わらず、冷静に現状を把握する自分もいて恥ずかしさが込み上げてくる。
――わ、私は何を言ってるの。たた大切って……だ、大丈夫だよね。ショウだし、勘違いしたりしないよね。というか、そもそも私達ってまだそういう年じゃないもんね。いやでも、私達の年でも好きって感情は芽生えるわけで。ショウって同年代の子よりも大人っぽいし、それが原因で勘違いするんじゃ……。
などと余計なことまで思考しながらも、私の口は止まらずに動き続ける。
「あのときショウが行ってなかったら私が行ってたと思うんだ。だから結果としては変わらなかったというか……」
「……少し落ち着いたら?」
呆れた顔を浮かべるショウを見て、ますます私の中に恥ずかしさが込み上げてくる。本当に私は何をやっているのだろう。
会話は一旦途切れて沈黙が流れ始める。
耳に聞こえてくるのは波の音や彼のかすかな息遣いだけだが、気まずさはないに等しい。それが功を奏して、私の中の羞恥心は早めに落ち着いた。
会話を再開しようと思ったがショウの横顔を見て、私は開きかけた口を閉じた。海を静かに眺める彼の顔は、記憶にある彼と違って見える。
……具体的にどうとは言えないけど、前よりも纏ってる雰囲気が穏やかになったって言えばいいのかな。近くにいてもあまり緊張しないし。
ショウだけを見ながらあれこれ考えていると、不意に彼がこちらに顔を向けた。
「落ち着いた?」
「え、あぁうん!」
「落ち着いてるようには見えないんだけど?」
「そ、それは、いきなりだったから驚いたというか……とにかく大丈夫だから!」
言えない、絶対に言えない。
ショウのことを見ていたから、なんて言ったら変な子だと思われるか理由を聞かれるそうだし。……すでに思われてるのかな。ショウ、さっきから私を見て呆れてる感じだし……何でなのはのときみたいにできないんだろう。
「じゃあ話を戻そうか……って言いたいところだけど、さっきの話はやめにしよう」
「え……?」
「きっといつまで話を続けても、今のままじゃ平行線になりそうだろ?」
「……うん」
あのときも気が付けば身体が動いていた。今でもショウやなのはが窮地に陥ったとき、私は助けようとする気がする。今のままでは彼の言うように平行線だろう。
「でも……強くなるって決めたから」
空を見つめているショウの瞳は、とても悲しみに満ちているように見える。だがその一方で、強い決意を感じさせるものだ。
――多分彼女のことを思い出してるんだ。ショウは彼女と約束をしたから……。
それに多分、それだけじゃない。
ショウは、前に親とは話せる内に話したほうがいいって言ってた。あのときも大切な人を失ったことがあるって。多分彼は親を亡くしてる。
それに……。
ショウははやてが主だと分かってた。調査で分かった歴代の主の結末は最悪なものばかりで……彼の不安や恐怖はどれほどのものだったのか予想もつかない。
……ショウは私やなのはを強いって言うけど、私はショウの方が強いと思うよ。
ショウは多くの悲しみを経験しながらも現実に向き合い続けてきて、これからもどんな目に遭っても向き合い続けるのだろう。彼の心は私なんかよりも遥かに強い。そして、とても優しい。
「いつか君のことも守れるようになりたい。そうすれば心配はされても大丈夫だって思ってもらえるだろうから」
「……その言い方はずるいなぁ。いつか私が折れないといけないってことだよね」
「それはどうかな。いつまでも君の背中を追いかけることになる可能性の方が高いし」
「ほんと変に真面目だよね。そういうこと言わなかったら綺麗にまとまるのに」
「そうだね……だけど簡単に直るものじゃないよ。はやての適当な話に付き合ってる内に染み付いたものだから」
はやてのことを口に出した瞬間、ショウの瞳から悲しみの色が薄れた気がした。
――ショウにとってはやてとの思い出はかけがえのないもので心の支えなんだろうな。はやてもショウとのことは楽しそうに話すし……お互い大切な存在って思ってそう。
「そうなんだ……私はあまりはやてが適当に話すようには思えないけどなぁ」
「そのうち分かる日が来るよ」
「うーん……どうだろうね。はやてはショウのこと特別だって思ってそうだし」
「特別ね……でもそれはこれから変わっていくと思うよ。もうはやてはひとりじゃない。シグナム達も君達もいるんだから」
「……だから最近はやてに会いに行ってないの?」
「心配しなくて大丈夫だよ。別に距離を置こうなんて考えてないから……俺にも色々あるんだよ」
そう言ってショウは深いため息をつく。その姿を見て行き着いた先は、おそらくお説教をもらう日々が続いたのだろう。
リンディさんは優しいけど、厳しい面もあるからなぁ。それにデバイスの関係者からも注意されたって話をクロノが言ってたような気がする。
「そっか……でも一通り済んだら会いに行くんだよね?」
「多分ね」
「多分って……」
「……さっき俺ははやてにとって特別だって言ったよね。長い付き合いだから俺にもそういう認識はあるよ。だからこそ、会ったらあいつは強がって笑うんじゃないかって思ってさ」
確かにはやては笑っていた。騎士達を幸せにしたいと決意し、強くなろうと考えていた。
あのときは私となのはだけしかいなかったからはやては泣いたけど、シグナム達がいれば泣かなかっただろう。ショウの場合は……言うとおり強がって笑うかもしれない。でも
「逆に……ショウ相手だから素直になれるんじゃないかな」
「そうかもしれない。でもそしたら……あいつは優しいからきっと素直に涙を流さない俺の分まで泣いてくれると思う」
「……それは悪いことなのかな」
「はやては多分強くなろうって……シグナム達の前では泣かないって考えてると思うんだ。シグナム達の前で泣かせたら何だか申し訳ないよ」
ショウの顔は、表現するならはやてのことを理解している顔だった。
その顔はあの日はやてがショウの話題を出したときに浮かべた顔に似ていると思った。ショウとはやては、互いのことを理解し合っている。だからこそ、互いに会わなくても平気なのかもしれない。
「……ちょっと羨ましいかな」
「あのさ、何か言った?」
「え……あ、その、はやてのことは名前で呼ぶんだなって改めて思って」
「あぁ……まあ友達だから」
「そ、そうだよね……自然と名前で呼びあうようになったの?」
「うーん……あっちはそうだったけど、俺は無理やり呼ばされた気がするよ。名前で呼んでくれへんと返事せん、って感じでさ。最初の頃は何度も苗字で呼んじゃってはやてがよく膨れたっけ」
「へぇ……じゃあ、何で私のこと名前で呼んでくれたの?」
言っておいて何だけど、自分の口が他人のもののような気がした。いつもならこんな質問はしないと思う。今日のフェイトはおかしい、とアルフがこの場に居たなら言いそうだ。
「え……あぁ、あのときか。ごめん、何と言うか無意識だったとはいえ許可もなく」
「う、ううん別にいいの。私は今のままでも、名前で呼んでもらっても構わないって思ってるから!」
名前で呼んでもらったほうが友達として認知されているようで嬉しいけど、これを言うのは恥ずかしい。
「名前で呼んでくれたほうが嬉しいけど」
「そうなんだ……」
「あ……」
ショウが返事をしたことで、自分の気持ちが漏れていたことを理解する。顔が急激に熱くなっていくのを感じ、顔を彼から背けた。
先ほどまでと打って変わって、気まずい雰囲気が漂い始める。どう考えても原因は私にあるが、今の私には気まずさを感じる余裕はなかった。パニックを起こしかけている頭と逃げ出しそうになる足を抑えるので必死だから。
「あのさ……」
「は、はい!?」
「その、徐々にでいいかな。君の事を名前で呼ぶのは……どうも恥ずかしくて」
「う、うん。無理はしなくていいから!」
というか、今名前で呼ばれたら恥ずかしさのあまり走り去ると思う。そうなれば確実に私は変な子扱いされるだろう。冷静な自分が、すでに変な子だと思われていてもおかしくないのでは? と告げているけど。
「……話してばかりいないで、そろそろ行こうか? いや、別々に行ったほうがいいかな?」
「い、一緒で大丈夫! 少しすれば治ると思うから!」
「……治りそうには見えないんだけど」
「ズバッと言わないで……おかげで落ち着いたけど」
こういう場合は礼を言うべきなのだろうか。それとも小言を言うべきなのか。
なのは……こういうときってどうすればいいの?
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