| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

七十一 月の砂漠

夢をみていた。

それは永く短い、儚く尊き願い。
どれほど焦れ、幾度も望み、いつ何時もこいねがった。
彼女の、たった一つの望み。




気がつけば、周囲は闇に包まれていた。

突き抜けるような空、青々と茂り風に靡く草、踏み締める土…そんなもの何処にも在りはしない。上も下も右も左も無く、天地すら存在しない無の空間。

此処が天国なんか地獄なのか。はたまた夢なのか現実なのかも、彼女にはどうでもよかった。

何も見えず、何も聞こえぬその場で、ひとり蹲る。放心状態で無気力に座り込んでいた彼女はふと眼をうっすら開いた。

目前に広がるのは常闇の世界。
どれだけ眼を凝らしても果てなど無いだろう暗黒の中、己が闇に溶け込んでいない事実に彼女は安心感さえ抱いていない。むしろ虚ろな眼でぼんやり眺めるその顔には翳りがあり、正気の色すら窺えなかった。


不意に、立ち眩みを起こすほどの眩い光が双眸に射し込んだ。顔を上げると、何も無かったはずの空間に窓がぽつねんと浮かんでいた。
忽然と宙に現れたそれには、純白のカーテンが掛けられている。風も無いのに波打つその白に彼女は眼を瞬かせた。


それはかつて、混濁する意識の片隅で見た一幕。


窓の傍らで佇み、穏やかな眼差しで微笑む。ほぼ全身をカーテンに覆い隠されているにも拘らず、脳裏に色濃く焼きついたその姿はあの時と全く同じだった。

まるで其処だけが時間を遡り、別の空間から光景の一部を切り取ったかのような。
とてつもなく惹きつけられる情景。
(やっと……)


不可解な現象に戸惑うより先に、彼女の全身は歓喜に打ち震えた。
息をする間さえ惜しい。カーテンの裏に佇むその姿を見つめる。

どうしようもなく逢いたくて、再会を夢見てきた。
その存在が、今、目の前にいるのだ。
(やっと…)

常闇の世界で唯一輝いている。一条の光を身に纏った彼の顔はよく見えない。
それでもあの、月の如き金の髪と吸い込まれるように澄んだ青の瞳は忘れようもなかった。
なぜなら自ら心と魂に深く刻みつけたのだから。
決して忘れぬように、決して消さぬように、決して失くさぬように。
(やっと、)

手を伸ばす。震える指先がカーテンの裾を掴んだ。一気に開け放つ。
(―――会えた…っ)




刹那、彼女は目を覚ました。








「―――アマル!!」

必死の治療の甲斐あって、意識が戻った弟子へ真っ先に声を掛ける。アマルの瞼がゆっくりと押し上がる様を、師と姉弟子は固唾を呑んで見守っていた。破顔する。

「気がついたんだね…っ!よかった…ッ!」
「綱手様も私も心配したんですよ…っ!!」
アマルの覚醒に喜ぶ綱手とシズネ。胸を撫で下ろす彼女達は気づかなかった。




目覚めたアマルの顔に広がったのが…――――
――――――深い、失望の色だったなどと……。




















月は相変わらず美しかった。

洞穴から出て、真っ先に注がれる月光。複雑な心境に反して変わらぬ月の皓々たる様に、彼は思わず吐息を零した。

振り返ると、先ほどまでいた洞窟は既に塞がれている。岩壁には、最初から嵌っていたかのように奇岩がしっくり馴染んでおり、その前には唐紅の社が何事もなかったかのように鎮座していた。

清冽な渓流の上。切り立った崖と崖の合間で夜空を仰いでいた彼は、やにわに跳躍した。


瞬く間に谷底から脱す。崖上の土を踏み締めるや否や、視界に飛び込んだのは暗い森。風に靡く草は青々と茂っているが、この闇では黒々と蠢いているようにしか見えない。

鬱蒼とした木立を暫し歩くと、急にぽっかりと森が開けた。


月光に照らされ、キラキラと輝く。次いで目前に広がった砂漠は背後の森に反して明るく、明暗がくっきりと区切られる。
見渡す限りの砂海と暗澹たる森の狭間にて、彼は再び空を見上げた。一面に瞬く星々を眺め、おもむろに口を開く。

「いるんだろ」


呼び掛ける。確信めいた声は、背後の闇に吸い込まれてゆく。明るい砂漠の反面、影を成す森は陰鬱な印象を漂わせている。
深閑とした森は寝静まっているのか動物の鳴き声すら微塵もしない。ましてや人の気配など…―――。


その瞬間までは。




突如、森から聞こえる足音。
徐々に此方へ近づいて来る気配に、彼――ナルトは動揺一つしなかった。唐突な相手の出現に驚く素振りもなく、むしろ最初から知っていたかのような風情で待つ。


ややあって森の暗がりから、男が一人、ぬっと姿を現した。

木々の陰に潜んでいるのか、その身はほとんど見えない。更には顔を覆う仮面が男の正体を厳密に隠している。
しかしながら男の様子をちらりと横目で窺ったナルトは、一目で何があったのか把握した。

「手酷くやられたな」
「…………」
無言の返答。だが確かに苦痛が滲むその声音に、ナルトは小さく溜息をつく。
そして俄かに懐から小瓶を取り出し、振り返らぬまま後ろへ投げた。背後で相手が受け取ったのを察してから忠告する。

「火傷に効く薬だ。あいつの【天照】はしつこいぞ」
「…よく知っているな。流石、イタチの相棒だ」
くぐもった声。
だがその声音から垣間見える隠微な皮肉の色に、ナルトは眉を顰めた。

「元、だ。今は違う」
「それでもお前は『暁』だ。先ほどペインに告げた言葉は嘘じゃないだろう?」
相手の反論に益々眉間に皺を刻ませる。そこで彼は仕返しとばかりに厳しく詰責してみせた。


「御挨拶だな。呼び出したのはそちらだろう。しかも『マダラ』の名を使ってまで…」
「…――なに?」

ふっと相手の声音が低くなる。不穏な空気を怪訝に感じ、「ゼツに「マダラが呼んでいる」と言われたのだが…」とナルトは言葉を続けた。
その発言は寝耳に水だったらしく、仮面の奥で男が顔を顰めた気配がした。


「…俺は『暁』としてお前を呼んだ。それはゼツの独断だ」
「…―――そうか」
「すまない。よく言い聞かせておく」
相手の謝罪を受けたナルトの瞳が森の一部を捉える。視線の先にある木に潜むソレが動揺するのを敏感にも感じ取ってから、彼はわざと話題を変えた。

「それで…経緯は何だ?」









仮面の男から、イタチの裏切りについての詳細を聞いたナルトは心中穏やかではなかった。イタチらしからぬ行動に内心深い憂いを覚える。

「預かり物だ」

イタチの行く末を想い、憂愁に閉ざされるナルトの心情など露知らず、仮面の男はおもむろに自らが身に包む物と同じ物を取り出した。

暗がりから投げて寄越されたそれは、風に乗ってナルトの許へ届く。ふわりと頭上に降りてきたそれを目にしてナルトの顔が秘かに顰められた。「…まだ持っていたのか」と渋々ながら受け取る。


「当然だ。俺とお前は同志だからな」
「……確かに同士ではあるがな…」

仮面の男とは別の意味で答え、意味深な一言を残す。だがナルトがそれを受け取った事を仮面の男は了承と判断した。



満足げに頷く相手を尻目にナルトが踵を返す。未だそれを身につけずに森から離れゆく彼の背に向かって、仮面の男は今一度訊ねた。
「任せていいんだな?」

洞窟において、ナルトがペインを始め『暁』全員に告げた言葉。その宣言に嘘偽りが無いか、重ねて問う仮面の男に、ナルトは肩越しに振り返った。「くどい」と一蹴する。

そうして再度一言告げると、彼は月光が注ぐ砂漠に足を踏み入れた。





仮面の男が見守る中、ナルトの白き羽織がはためく。刹那、吹き荒れる砂嵐。
視界を遮る砂塵の合間で、白が黒に変わる。黒地に、赤き雲。

『暁』の証たる外套を身につける。肩に軽く羽織ったそれは砂漠と森の如く、明暗を分けていた。白き羽織の上、黒き『暁』の外套を背にしたナルトの姿が夜に紛れる。

月下の砂漠にて、交互に翻る黒白の衣。


その後ろ姿を仮面の男は暫しじっと見つめていたが、やがて傍らの木に声を掛けた。その声は硬い。
「なぜ『マダラ』の名でアイツを呼んだ?」
「だ、だって…」

逡巡し、戸惑う声が木から聞こえる。尻込みしているのか怯えが雑じるゼツに構わず、仮面の男は叱責した。
「以前も独断で監視していただろう。勝手な振舞いは止めろ」

『木ノ葉崩し』における一尾と九尾の戦闘の際、ナルトを見張っていたゼツを仮面の男は峻烈に咎めた。瞋恚の眼でじろりと睨まれ、ゼツは木に潜んだまま、ぶるりと身を震わせた。
完全に気圧された風情の左半身に代わり、右半身が「ダガ…イイノカ?」と若干狼狽しつつも訊ねる。相方の言葉に気を取り直したのか、左半身は猶も言い募った。


「そ、そうだよ!イタチの件だって…」
「しつこいぞ。今後ナルトの行動に一切口を出すな」

言い淀むゼツの言い分をはねつける。頑なにナルトへの信頼を崩さず、「二度と監視などするなよ」と仮面の男は念を押した。


ナルトが立ち去った方向に視線を投げる。既に姿形もない彼の痕跡を探すように、仮面の奥で細められる双眸。ゼツの心配を余所に、一言「それに、」と付け加える。

「ナルトが言ったのなら、間違いはない」


ナルトが残した一言を思い返し、仮面の男はゆるゆると口角を吊り上げた。それきり口を閉ざす。ズズズ…と空間に呑まれ消えゆく相手の後を、ゼツは慌てて追った。
最後に仮面の男が呟いた言葉に気づかずに。



「俺とアイツは『同じ』だからな」










陰鬱な印象を受ける森。人の気配が完全に消えた今でも、木々はなぜかざわめいている。
それはまるで、ナルトが言い残した言葉に怯え惑うように。

砂丘に吹き荒れる風が、やがて嵐に変わりゆく。
再び砂嵐に見舞われた砂漠へ、月が光を惜しみなく降り注いだ。
其処にあるのは月下にて吹き曝す、不毛な砂地のみ。








「―――うちはイタチは…俺が消す――――」




月の砂漠で告げられた言葉は、もう誰の耳にも届かない。
 
 

 
後書き
大変遅くなって申し訳ありません!!
またもやナルトの行動が意味不明ですが、最後の最後にてわかると思いますのでご了承願います。

また、同志と同士は誤字にあらず、です。
不定期更新ですが、これからもよろしくお願い致します!! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧