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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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七十 裏切り

街の一角で目印のように生えている樹木。

注連縄を引いた立派な大木の陰で、彼は本を読んでいた。パラリと頁を捲る。
影が差した次の一面に、一瞬指が止まった。

上方の葉陰に潜む存在。それに気づいていながら、わざと読書に専念する。書面に目を落としつつ、彼は質問だけを投げ掛けた。

「首尾はどう?」
「上々だ」
簡潔に返ってきた答えに、マスクの下で苦笑する。頁を捲る指は休ませないまま「意外だねぇ」とカカシはからかった。

「口下手なお前が…。シカマルにでも協力してもらったの?」
「一言余計だ」
途端、露骨に不機嫌な声が降りて来て、カカシは軽く肩を竦めた。否定しない点を見ると図星だったらしいな、と内心冷静に判断する。すると今度は逆に「そっちはどうなんだよ?」と聞き質され、カカシもまた簡潔に答えた。

「順調だよ」
「チッ」
「え、ちょっと。何、今の舌打ち?酷くない?先生、頑張ったのに!」
「うっせぇ!」
わざとらしく嘘泣きすると、心底鬱陶しそうな声が返ってくる。相変わらずのサスケの横暴振りにカカシは今一度苦い笑みを零した。なんだかしょっぱかった。

一貫として主語の無い会話だが、要はダンゾウの火影就任を阻止する為の謀だ。
ダンゾウの火影就任を承認しないよう上忍達に呼び掛けているカカシと、木ノ葉に集う名族達に署名を募るサスケ。

同じ志の両者は度々経過報告をする。今回もそうである。だがダンゾウに怪しまれる可能性を考慮し、このように如何にもカカシが独りで読書しているように振舞っているのだ。
現に会話と言っても囁き声に近い。よほど耳を澄ましていないと聞こえない程度に加え、二人の会話は木の葉音でほとんどが掻き消されていた。

「でも、まぁ気をつけてね。何時誰が邪魔しに来るか解らないんだから」
「…解っている」
双方の働きがどれだけ効果があるかは知れているが、ダンゾウが火影に就くまでの時間稼ぎにはなるだろう。
「それじゃあ、また何かあったら報告よろしく」と別れたカカシの後ろ姿を見送っていたサスケは、ふと今思い出したように「そういえば」と呟いた。


(あの胡散臭い奴の事、話しそびれたな…)
サスケの脳裏に、昨夜出会った妙な笑顔を浮かべるサイの顔が過った。



















太陽の光さえ届かぬ地下。

外界と切り離された其処は暗澹としており、まるで仄暗い深海のようだ。
十字形に交叉した橋は四方を円柱に囲まれ、圧倒的な静寂だけが満ちている。辛うじてその十字路の如き橋、それも中心のみが、天から降り注ぐ光に微弱ながらも照らされていた。

ややあってコツコツとした音が響き始める。その微かな物音は四方を囲む円柱に反響し、橋の中央に跪く少年の耳にも届いた。次第に大きくなってゆく。
眼前で殊更強く轟いたカツンとした音が少年に顔を上げるよう促した。

「上手く接触出来たか?」
薄闇からの問い掛けに、少年は満面の笑みで応えた。その笑顔はどこか嘘臭い。


「はい、ダンゾウ様」
「その割にはあまり信用されていないようだな」
暗がりから一抹の光の下へ姿を現した老人は、終始笑顔を浮かべる少年に眉を顰めた。主の言葉に、少年は笑顔のまま首を傾げる。

「なぜか警戒を解いてくれないんですよね…」
「…………」
困った風情で微笑む少年――サイに、ダンゾウは薄く眼を細めた。「解っているのだろうな」と杖で橋を打ちつける。

「最近不審な動きをしているうちはサスケに近づき、」
「友として振舞うんですよね。承知しております」
ダンゾウの言葉を引き継いで、にこりとサイが頷く。明らかに作った笑みを目にしてダンゾウは深く溜息をついた。
「信任投票が控えている今、秘密裡に行動しろとは言ったが…そう悠長にはしておられんぞ」
「…はい」

大名からは承認を得たが、上忍達の信任投票はまだ終えていない。この大事な時期に表立って動けぬダンゾウは自身の部下――それも子どもを使う事にした。
子ども同士なら気も緩むだろうという考え故、サイを宛がったのだが、思ったより現状は芳しくないようだ。


「どうやら綱手姫を火影に仕立てようとしているようだが…そうはさせぬ」
ふん、と鼻を鳴らしたダンゾウは「逆に利用してやるわ」と口許を歪めた。

「信任投票最終日は十日後だ。それまではせいぜい泳がせておけ」
くるりと身を反転させる。踵を返したダンゾウの後ろ姿にサイは頭を垂れた。
老いているものの、真っ直ぐに伸びた背中が長く延びた橋から徐々に遠ざかってゆく。

「サスケに取り入り、署名状を奪うのがお前の目的だ…―――それをゆめゆめ忘れるな」
「心得ております」


綱手の火影就任に対する署名を自らのモノにする。署名状まで手に入れれば、ダンゾウが火影に就く事は決定事項だ。
綱手を支持する名族達の署名状を奪い、あたかも自身が賛同されたかのように振舞えば、ダンゾウと対立する穏健派もおとなしくなるだろう。

だからこそ今すぐではなく、信任投票最終日のギリギリまで粘り、多くの署名が連なった瞬間をサイに奪わせる事がダンゾウの狙いなのだ。


「この件が上手くゆきましたら…」
不意に背後から掛けられた部下の一声に、ダンゾウの足が止まった。
「解っておる。久しぶりに会わせてやろう」
肩越しに振り返る。

「シンに」


今一度感謝の念を込めてサイは頭を下げた。ダンゾウの姿が再び暗がりの中へ消えてゆくのを見送ってから、ようやっと顔を上げる。

「…まずはサスケくんと友達にならなくちゃ」
淡々と呟く。薄く眼を細める彼の顔は無表情だ。だがその瞳の奥には確かに人の感情と呼ぶべき色があった。


「シン兄さん……」






















雲の切れ目から覗く月が見事な円を描いていた。

青白く澄み渡った月の光に唐紅の社が浮き上がる。冷たい風が谷間を吹き抜けて、木々をざわめかせた。水底の岩で砕けた波が小さな白い花を咲かせる。

朧げな月明かりの下、一枚の白き羽根がふわりと水面に降り立った。


否、それは羽根ではない。羽根の如く軽やかに水上へ降りた、ひとりの少年だった。


星を散ばせた夜空が水辺を彩る。水面を音も無く歩いていた少年はその白き羽織を翻すと、目の前に聳え立つ岩壁を仰いだ。

岩壁に穿たれた穴を塞ぐように佇む社。そしてその穴には奇怪な岩が嵌っている。とても通れそうにない其処を彼は若干物珍しげに眺めた。

奇岩怪石の中央に貼られた『禁』という御札。それを目にしてふっと口許を緩めた彼は、やにわに印を結んだ。
途端、途轍もなく大きな奇岩がズズズ…と上へ浮き上がる。岩から滴る水が糸を引き、小さな滝を作り上げた。

奇岩が浮くにつれ、ぱっくりと口を開ける洞穴。


社を潜る。滝を抜けると、背後で再びズズズ…と音が轟いた。奇岩が月光をも遮り、より一層深い闇が広がる。閉ざされた外界。

存外広い洞窟の奥で、数人の男達の影が少年―――ナルトを待ち構えていた。
「な…っ!?」

月明かりも届かぬ闇の中、驚愕の声が響き渡る。次いで掛けられた声音は歓喜に満ち溢れていた。



「ナル坊じゃねーか、うん!!」
「久しぶりだな…坊」

明るく快活な声と嗄れ声。同時に声を上げた二人は今思い出したかのようにお互いを睨みつけた。どちらの姿も陽炎のように揺れている。

「そういえばお前とは決着がついていなかったな…」
「いくらサソリの旦那でもこればかりは譲らないぜ、うん!」
金髪を頭部の天辺で結い上げている青年が口を尖らせる。一方の男は背中を曲げているのか、随分と低い位置で、しかしながら上から目線で唸った。

「こいつは俺が傀儡にするんだよ…。こいつなら今まで俺が造った傀儡の中でも最高傑作になるだろうぜ。坊の身体は俺のモットーである『永久の美』によく似合うからな」
「ナル坊はオイラが美しい花火として散らすんだよ、うん!!ナル坊こそ『儚く散りゆく一瞬の美』としての芸術に相応しいんだって!うん!!」
「違うな。こいつは毒で眠るように死ぬんだ。傷一つでもついたら勿体無いだろーが」
「いーや!芸術は爆発だ!!だからナル坊は爆死で決まり!うん!!」

一人を巡っての言い争いだが、話している内容はやけに物騒だ。互いに譲らぬ芸術の価値観に、争われている対象のナルトはうんざりと呟いた。

「俺の死因を勝手に決めないでくれないか…」
「あ―――――――!!!!」
だが彼のぼやきは甲高い声に遮られる。
同じく陽炎の如く揺れている影がナルトの姿を認めるや否や、ぴょんっと大きく跳ねた。

「邪神様じゃねぇーか!!帰って来たのかぁ!?」
「その呼び名、本気で止めろ」
間髪容れずにナルトが咎めるものの、相手は全く気にせずに喜び勇んで続け様に喋った。

「今度こそ俺とコンビ組もうぜぇ!!俺、角都より邪神様のほうがいいっ!!」
「その言葉、そっくり返すぞ…。俺とてナルトと組む方がやりやすいんだからな」
洞穴内で反響する甲高い声に辟易したのか、はしゃぐ青年の隣で男――角都が溜息をつく。


現在角都が組んでいる青年――飛段はなぜかナルトを『邪神様』と呼んでいる。殺戮を指針とした新興宗教ジャシン教を信仰する熱狂的な信奉者なのだが、ナルトに何を見出したのか、何時の頃からか彼を『邪神様』と慕うようになっていたのだ。
だからと言って戦闘前や戦闘後に行う儀式における『ジャシン様』ではないらしい。しかしながら同一視しているのかと勘違いするほどナルトに対する飛段の熱狂ぶりは凄まじいものがある。

飛段とツーマンセルを組んでいる角都は相方の不可解な言動に頭を抱え、ナルトには同情の念を禁じえなかった。


黒地に赤き雲模様を描いた外套。ナルト以外全員同じ装束を身につけている彼らは、犯罪者とは思えないほど陽気に会話している。

会話というより言い争いに近い不毛な話はナルトの一声で終止符を打たれた。
「それで…用件は何だ?」
ナルトの朗とした声が洞窟全体に谺する。するとそれまで黙していた中央の男がようやっと口を開いた。

「足労を煩わせて悪かったな、ナルト」
「いや…。それより本題は何だ?」
「非常呼集を掛けたのは他でもない。我々『暁』の鉄則は知っているな?」

ナルトを巡って芸術論を繰り広げていたデイダラとサソリ、そして飛段と角都が口を閉ざす。
『暁』の表向きリーダーである男――ペインの発言でその場は水を打ったように静まり返った。やがて各々が一同に告げる。

「「「「「「裏切り者には死を」」」」」」


口を揃える。暁の格言を唯一口にしなかったナルトが周囲を見渡した。


ペインを始め、暁のメンバーは皆本体ではない。ナルト以外は全て陽炎のような影が揺らめいているだけだ。
しかしながら姿形は本体と同じ容姿を模る為、ナルトの眼は正確に自身を呼び付けた相手の姿を捉えていた。

鋭く光る青の双眸に気づいたゼツが身を縮ませる。気まずげなゼツの態度を見て取って、ナルトは内心舌打ちした。
(暁の召集に、わざわざマダラの名を騙ったのか…)

ゼツに対する憤りなど取るに足りない。むしろこの場にはいない男の行方がナルトには気掛かりだった。
マダラの名で呼び付けられた頃から感じていた嫌な予感。これほど外れてほしい直感はないが、やはりナルトの勘は鋭かった。


「現在は鬼鮫が追跡しているが、一筋縄では行かないだろう。だからお前を呼んだのだ、ナルト」
実際は遠くにいるのだろう。微弱だが重々しいペインの声がナルトを除いた他の面々に衝撃を齎した。


天井から滴下した雫がぴちゃん、と大音響を立てる。
だがその音以上にペインの一言は空洞を揺るがし、何時までも残響としてナルトの耳に残った。






「裏切り者の――――うちはイタチを殺せ」

 
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