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恋よりも、命よりも

作者:ぽてと
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青春の終わり

戦争が終わった。

今日はリュータンさんの結婚披露宴の日!
リュータンさんは、私達に初めてすき焼きをご馳走してくれたあのお店を貸し切って、
たくさんのお肉や食べ物を用意して、
燕尾服を着て私達を迎えてくれた。

「今日は私の、一生に一度の晴れ姿や!きちんとその眼に焼きつけておくんやでぇ!!」
そう言ってはつらつと笑うリュータンさんは、いつ見てもカッコいい。
「はい!!リュータンさん!リュータンさんは、永遠です!!」
昔から私がこんな事言うと、エリやトモは「また紅がおべっか使って」と笑ったけど。
私はいつだって、今だって本気でそう思って言ってるんだから。

私は、田舎の貧乏な農家の生まれで。
お父ちゃんが汗水たらして芋を作っているのを見ながら育った。
いつか自分も農家にお嫁に行って、お父ちゃんみたいな人と一緒になって、畑耕しながら子供を産んで…
そういう「普通の生活」をするもんだとばっかり思ってたけど。

「私もお父ちゃんみたいな人と結婚したい」
そう言うたんび、父ちゃんは首を横に振った。
「まつは、可愛い。世界一可愛い。こんな俺の娘に生まれてきたのが不思議なくれぇだ。お前はもっと、いいとこさ嫁いって、いい暮らしをするに違いねぇ」
そう言ってなけなしのお金の中から、私を日舞の教室に通わせてくれたり、旅館の仲居さんをした事のある人に、お花やお茶を教えてもらうように頼んでくれたりした。

もちろん、ウチが貧乏なのは変わらない。
日舞の先生のところじゃ、「きったない服!」って散々バカにされたし、お花やお茶を習っていても、「やっぱりお郷がお郷だと・・・ねぇ」と、ため息をつかれたりしたけど、
お父ちゃんが、一生懸命頭を下げてくれたんだ。
私のために、甘いもんも週に3回食べるのを1回に減らしてくれたんだ。
そう思って、我慢して通い続けた。

私は調子がいいから、そのうち日舞の先生から「おいもちゃん(ウチが芋を作っているから)」と呼ばれて可愛がられるようになった。
別の生徒からは「何あの子、家が貧乏だからって、先生から同情されちゃってさ」とか言われたけど、気にしてない。
だって、芋を作っている事は全然恥ずかしい事じゃない。
食べ物がなかったら、人間は生きてはいけないじゃないか。
それにウチの芋は、とっても甘くておいしいんだ。
このまえ町長さんにだって褒められたんだから!!
とにかく、日舞の先生が、「おいもちゃんとお父様に」と、宝塚のチケットをくださった。

衝撃だった。


あんなに華やかな世界が、この世の中にあるなんて。

きれいなドレス、カッコいい燕尾服、タカラジェンヌのすらっと伸びた手足、男役さんのキリッとした瞳…
私は表現力がなくて、言葉じゃ全然言い表せないけど、そこは確かに「夢の世界」だった。

お金がなくて、いつもの薄汚れた服で観劇したんだけど、それでも観ている間は、私もその「夢の世界」に確かにいたんだ。

舞台が終わっても夢の世界から帰りたくなくて、お父ちゃんと二人、劇場の入り口でぼぉっと歩いている人たちを眺めていた。
「きれいだったね・・・」
「そうだなぁ」
「夢みたいだったね!!」
「そうだなぁ・・・」
一生懸命舞台の楽しさを語りあいたいんだけど、私もお父ちゃんもあまりの衝撃にとにかく頭がおっついていかない。
ただ、一言二言、感想を私が言って、お父ちゃんが相槌を打つ程度だった。
けど。

「ちょっとそこ!!どきなさいよ!リュータンさんが通れないじゃない!」
後ろからいきなり肩を押されて、私は体がよろめいてしまった。

「な、何するんだ!!」
お父ちゃんが声をあげてくれたけど、
「タカラジェンヌの、しかもリュータンさんの通り道にいるあなた方の方が悪いのよ!ここは関係者の玄関よ、ちゃんと書いてあるでしょ!字も読めないの貧乏人!!」
と、綺麗なワンピースをきた女の人が見下したように言い放って、嘲笑う。お父ちゃんは、何も言い返せなかった。

私は習ったから読めるけど、お父ちゃんは学校に通う間がなくて、字が読めない。
…私が気づくべきだったんだ。
悲しくて、悔しくて、申し訳なくて…涙で目の前がかすんできた。
でも。

「あほ!あんたらなに言うてるの!!」

もう、涙がこぼれる寸前だったけど、そんな涙も引っ込んじゃう位大きな声がきれいでキッツい女の人たちの笑い声を遮ったんだ。
「・・・リュータンさん・・・」
「あんたら、お客様に何言うた!?もう一度、私の目の前で言えるか!?」
「・・・」
リュータンさん、と呼ばれた女の人の剣幕に、私達を嘲笑った女の人たちは声も出ない。
「私らタカラジェンヌが、なんでキレイなドレスや燕尾服着て、舞台に立てるかわかってるんか!?
わかってへんやろ。ほなしょうがないから教えたる!私らはなぁ、お客様が、お金を払って舞台を見に来てくださってるから、だから舞台に立てるんや!!」
髪を振り乱して、大声をあげて、リュータンさんは怒っている。
でも、そんな姿でもキレイだと、そう思った。

「タカラジェンヌは宝石や、なんで宝石かわかるか!?お客様が大切にしてくださるから宝石なんや、指輪と同じように、着物と同じように、普段食べたいもんもやりたい事も我慢して、それでも舞台に見に来てくださる、だからこそ!タカラジェンヌはお客様の宝石や!!それもわかってへんやろ!!」

「リュータンさん…」
「あんたらに親しげに呼ばれとうない、タカラジェンヌにあんたらみたいな人間は必要ない、今すぐ雪組から出て行って!!」
「・・・っ、すいませんでした!!」

女の人達はそう言って泣きながら走り去ったけど、リュータンさんはもうそっちなんか一瞥もしないで、私達の方に歩み寄ってきた。
「あ…」
「ウチの組の者が、大変失礼いたしました。全て、この雪組トップ嶺野白雪の監督不行き届きです。大変申し訳ございません」
「…いえ、こちらこそ、道をさえぎってしまってすいませんでした」
「お客様が謝る事なんてないんです。今日の公演、前の方でご覧になっていただいてましたよね?お二人とも、本当に真剣に観ていただいていたので、わたくしも身の引き締まる思いで演じさせていただいていたんです。それなのに…不快な思いをさせてしまって、申し訳ございませんでした。」
「!私達が見えていたんですか?」
「全てのお客様のお顔を確認するわけではないですが、印象的な方は記憶に残ります。いつも最善の演技を、と心がけてはおりますが、今日は特に身の引き締まる思いでしたよ」

にっこり笑って話すリュータンさんのおかげで、もう私は悔しくも悲しくもなくなっていた。
だって!リュータンさんが、あの夢の世界の人が、夢の世界の中で、私を見ていてくださったんだもの!!
「あ、あの!!」
「何でしょう」
「あの、今日は、本当に楽しかったです!!すごく、凄く素敵で、お父ちゃんと二人で、まるで夢の世界だねって、さっきも言っていたんです。私、私絶対また来ます!何度でもきます!!」
言いたい事の半分も言えなかったけど、とにかく感動して、また来たい、それだけが伝えられればと思った。もしかしたら所々声が裏返って上手く聞き取れなかったかも。
それでもリュータンさんは
「ありがとうございます。ぜひまたお越しください。お二方のお越しをお待ちしております」
そう言って、にっこり笑ってくださったんだ。

だから、私はリュータンさんが好き。
いつだって、今だって「タカラジェンヌの嶺野白雪」は永遠だと、そう思う。
私の心の中には、いつもあの日「待っている」と言ってくださったリュータンさんがいる。
今は、目の前に幸せに笑う燕尾服のリュータンさんがいる。

私の「タカラジェンヌ」は、リュータンさん、その存在そのものの事なんだ。 
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