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恋よりも、命よりも

作者:ぽてと
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秋の良き日

 
前書き
はじめに。

宝塚歌劇の好きな方・昔のドラマの内容を逐一覚えているという奇特な方にしかわからない妄想を今からここに書きます。

もともとは別の場所で書いていたのですが、とある事情でそれが不可能となったためです。

なお、特定の団体名が出てはきますが、すべては私の妄想だとご判断いただければ幸いです。
 

 
戦争は終わった。

リュータンさんは影山先生と結婚披露宴を挙げた。

戦争直後にもかかわらず、
「呼べる人はみんな呼んで、このリュータンの一生に一度の晴れ姿、大勢の人の目に刻みつけてやるんや!」
というリュータンさんの鶴の一声で、それはそれは絢爛豪華な式になった。
・・・すきやき屋だったが。
燕尾服を着たリュータンさんと、紋付き袴の影山先生が、幸せそうに招待客にお肉をふるまう姿が印象的だった。

「せんせ、お幸せそうですね!」
紅が肉を口いっぱいに頬張りながら声をかけると、影山先生は
「おお、好きな女と結婚できるんや。戦争で死に別れた人たちも多い中、こんな幸せな事はない。幸せなのに辛気臭い顔してたら、それこそ失礼な話や。…タッチー食ってるか?」
と嬉しそうに答えながら、私の方に顔を向けた。
私は食べ途中のお肉を慌てて飲み込んで、
「…食べてます。というよりおかげ様でこんなにお腹いっぱいお肉を食べたの久しぶりで、ちょっとお腹がびっくりしないか心配なくらいです」
と答える。
「そうか。お前はこれから雪組トップになるんやし、栄養つけてはよう最高の状態でお客様の前に出ていかなあかん。もっと食べ。こんな時でもなけりゃ、まだまだご馳走は用意できへん時代やしな」
「・・・タッチートップなんですか!?」
「え、えっ!?すごいタッチー、トップなの!?やったね、おめでと!!」
その時まで無言で食べつづけていたエリが喉を詰まらせながらも驚きを表し、紅もかまぼこのような目をさらに大きく見開いて大きな声で叫んだ。

「かまぼこ、声が大きい!!宝塚関係者以外の方も大勢来てはるのに、まだ公式発表もしてへん事をそないに大声でゆうたらあかんやろ!!」

「あ、リュータンさんごめんなさい!!まだ発表してなかったんですね!?私てっきりもう発表したから教えてくれたのかなぁとか思っちゃって・・・」
「アホ。あんたもう何年タカラジェンヌやってんの。しかもあんたはタッチーの同期やないの。
これからトップになる生徒の不安を少しでも取り除いてやるために、同期の上級生くらいには事前に話をしておいてやろうという、うちの頼もしい旦那様の優しい気持が、あんたには伝わらへんの!」
「ううう…すいませーん…」
紅を怒りながらもそれとなく惚気ているリュータンさんを眺めつつ、エリが呟いた。
「もう十分大声で響き渡ってるんですけど…」
「エリ!なんか言うた!?」
「はい!『リュータンさんの声は、いつ聞いても良く響いているなぁ』って言いました!」
「そうやろ!退団したとはいえ、うちは天下のリュータンや!うちの声は、舞台、や、世界に響き渡って当然や!」
「リュータンさんかっこいい・・・」
いつものように、リュータンさんが自分を賛美し、それを紅がうっとりと眺めている。
なんだか懐かしくて、嬉しくて笑ってしまう。

「元気そうやな」
私と同じく、ちょっと遠巻きにしてリュータンさん達を眺めていた影山先生が、ぽそっと言った。
「元気ですよ」
視線はずらすことなく、私も答える。
「元気に、なりました」
「…トモが死んで、エリが退団して、中尉が死んで、リュータンが退団して。お前にとっては、辛い事ばかりだったろうから、これでも少しは心配してたんやで。
…まぁ、俺が心配できる立場やないのはわかってるし、俺はもう好いとる女もいるし?…それでも一応、親戚の兄ちゃんとか、そん位の気持ちでお前の事は心配や。宝塚に入れたのは俺やしな。
…元気なら、良かった。俺に言えるんはそれだけや」
影山先生は、そんな事をごにょごにょ呟いている。

この人も相変わらずだ。
舞台の事ではものすごく厳しいし、自分の素行は悪いクセにタカラジェンヌには「タカラジェンヌとは何たるか」を力説する。一見「自分に優しく他人に厳しい」人に思える。
でも、実際は。
タカラジェンヌを、厳しい世間の目から守るためにどれだけ尽力してくださっているか。
優しい事は言わないけれど、身の内に入れた者を守ろうと、陰で必死に努力してくださっている。
不器用な人なのだ。
「・・・ありがとうございます」
いつも、守ってくださって。
心をこめて言うと、彼はすこし気恥しそうに「おう」と笑った。
私も、笑えた。

ところで。
「先生?なんでリュータンさん燕尾服なんです?すきやき屋さんで披露宴、てのも珍しいなぁと思ったんですけど」
「…言うな。まさか本気やとは思わなかったんや。本気にするとは…」
「??」
「いいんや、幸せなんやから!!ほっとけ!!」

そんな、秋の良き日。 
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