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世紀末を越えて

作者:のに
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解放

そう、私は樂間君からもらった鍵をその鍵穴に差し込んだのだった。立方体であったサイコロ状の小さな小さな部屋、その辺から光の筋が差し込む。そしてゆっくりと展開され、六つの面全てが地面に付いたのだった。澄み渡る空気、風になびく草原、その草どうしがこすれ合う音の耳に心地よい事この上なく、どれほど高いかも知れぬ青空がが私の目の前に広がっていた。私は深く深呼吸をした。私の住んでいた島の空気もなかなか良いものだったが、ここは人がいない。人の住んでいる気配のしない全くの未開拓の地、その空気はとても新鮮なものに感じられた。
「ここは、私の、外側の世界?」
自分で口にする事で改めてそれを意識させられた。そこは私のとって「初めて」の光景だった。普通、言葉で言い表せる対象はどこか知っている要素を繋ぎ合わせることが出来るものなのに、どうもこれはただ、言葉では言い表せない要素の新鮮さがここにあった。そして、どうにも解せない巨大な物体が空に浮遊していたのだ。
「あれはいったいなんだろう。」
空に浮かぶこの風景の中にあるには到底ふさわしくない、まるで蛇が髑髏でも巻いているかのような、渦状の、黒い物体。

おい

私の後ろの方から声が聞こえた。とても低く、しゃがれた声だった。

振り返ってもそこには誰もいなかった。

おい、ここだ。

声のする方向を見ていたから分かった。それは草の影にうずもれる形で隠れていたのだ。蛇だった。黒い、蛇。その蛇は続けてこう言った。

この世界に見覚えはあるか?いや、無いだろうな。恐らくは。だが、お前はこの先何をすべきか、ここでどうすれば良いのか、それくらいは分かるだろう?

「いいえ、分からないわ。」

言葉を話す蛇は初めてだったが、私は何故だか驚く事は無かった。心のどこかで私はこの蛇の事を知っている様な気がしたからだ。すると首をもたげる。その仕草は少しがっかりした様にも見えた。私の気のせいだろうか。

そうか、だが私はあの異端の神からお前の事は聞いている。服を創りたいのだろう?

「そうです。異端の神?誰の事?」

それも分からないのか、それは悲しい事だな。

「それより、あなたは服の創り方を知っているの?どうやるのか教えてくれないかしら?」

見えるか、あの空に浮く巨大な物体が

「ええ、見えるわ」

縫い針は持っているな。

「ええ、持っているわ。」

ならばよい。なに、簡単な事だ、あの巨大な物体を良く見てみろ。今となってはばらばらになっているが、あれは遥か昔には一つだったものなのだ。

不思議な感覚がした。時間感覚というものは少し変わっているものだ。ただ単純に覚えているからという訳ではないし、それ以前に私はこのような景色は知らない筈だ。それなのにその蛇の言う遥か昔という時系列が、どういう訳か体感的についさっきまでの出来事より親近性を帯びてしまうのだ。いや、そこでわたしはその感覚自体が絶対的な特殊な意味を持つものではないと気が付いた。それはあくまで相対的な特殊さでしかないと。私がおかしいと気付いたのはこの空間だった。この空間が私に取っていかに特殊で新鮮なものなのか、そんな遥か昔という言葉から連想される私との距離は、今この私を取り巻く環境よりも近しく感じてしまう。なぜだかそんな気がしてしまったのだ。昔樂間君から「君にはニル、アドミラリィの気質がある」と言われた事がある。でもそんな事はただ「知っている」から驚かない。それだけの事らしい。人が何をどれくらい物事を意識して、どれくらい「知っている」ふりをしているかなんて、他人には分からないし、比べる事だって出来ない。でその人個人の意識の中では分かる事。私がこれほど周囲の環境を意識したのは生まれて初めてかも知れない。私は心が躍った。これが未知との遭遇か。と。私はこの時、私自身の「知っている」ふりという拘束から解き放たれたのだ。 
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