ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
ユイの心
「うおおおおおお!!」
右手の剣でズバ――ンと敵を切り飛ばし、
「りゃぁああああ!!」
左手の剣でドガ――ンと敵を吹き飛ばす。
「せぁああっ!!」
そして取りこぼした敵を、背後からの剣戟が消し飛ばしていく。
アインクラッド第一層主街区、《はじまりの町》、その中心たる《軍》の本拠地《黒鉄宮》は、地下に巨大なダンジョンを抱えていた。シンカー救出のためにそこに突入したシェリーナ達は、絶賛無双中であった。
モンスターのレベルは60前後。その多くがカエルやザリガニと言った水生生物の形をとっている。久々に二刀流となったキリトが、たまりにたまった戦闘欲を発散させるがごとくバーサクっぷりを披露する。そして、キリトが取りこぼした、あるいはキリトに無視された哀れなるモンスター達を、シェリーナが殲滅していく。
かつて攻略組最前線で活躍したコンビの、一時的再結成であった。当時はキリトがバーサクし、その行動が止まった時間をシェリーナがひたすらカバーする、という戦い方だったが。
「(楽しい……やっぱり私も戦闘狂なのかな……?)」
シェリーナは久々に味わう高揚感の中で、ちょっぴり苦笑した。
「ふぅ……こんなもんかな」
「Popが枯渇してきましたね。やりすぎたでしょうか……」
ふと後ろを見ると、呆気にとられた表情でユリエールがこちらを見ていた。
「あ……っと……な、なんだか見苦しい所をお見せしたようで……」
「いえ……お二人とも、当然ですけどすごく強いですね……」
「キリト君のはほとんど病気ですから」
ユリエールの言葉に、アスナが笑う。それにつられて、ユリエールも。
「おねぇちゃん、初めて笑った」
ユリエールが初めて見せる笑い声に、ユイが反応する。ここまでで少しわかったことだが、この少女、どうやら人の感情に相当に敏感だ。ドレイクの話では、ユイはかなり高度なAI、ということなので、正常に機能していたころは何らかの感情にかかわるAIだったのではないだろうか……。
「そういえばキリト君、何かいいものでも出てきた?」
「おう。見るか?」
キリトがアイテムストレージを開いて、中からグロテスクな肉を出す。どちゃり、という生々しい音を立てて出現したそれは、いまだにぴくぴくと動いていた。
「な、なにそれ……」
ドン引きするアスナに、キリトがドヤ顔で答える。
「カエルの肉!ゲテモノなほどうまいって言うからな。今度料理してくれよ」
「絶・対・い・や!!」
アスナは自分のストレージを開くと、カエル肉を捨ててしまった。
「あ、ああぁぁぁ……」
キリトが悲痛そうな声でがっくりと肩を落とす。
「キリトさん、落ち込まないでください。今度私が料理してあげますから」
「マジで!?」
「はい」
食べ物の話になると、キリトは途端に子供のようになる。小学生か、と思ってしまうほどだ。確かキリトはシェリーナより一歳年上なので、今年で十六歳になるはずなのだが……。
「知ってますか?カエル肉という物はカレーライスに入れることが多かったらしいです。アメリカザリガニは、もともとその食用ガエルのエサとして輸入されたものが、驚異的な繁殖力で増加してしまったのが日本定着の始まりだと言われています」
「……何でそんなこと知ってるんですか?」
「暇だったので覚えました」
突然会話にドレイクが割り込んでくる。ドヤ顔でアメリカザリガニの起源を騙るドレイクは、なぜか非常に生き生きして見えた。
「ドレイク、会話に無理やり入り込んでくるのは、私たちじゃなければ嫌われてしまう要因になるので気を付けてくださいね」
ドレイクは記憶の長い間を《母》である浅木藍との二人だけで過ごしている。その後は《エネマリア》のモンスターとだけだ。シェリーナが、彼が初めて出会う、《母》以外の人間だったのだ。つまり、ドレイクは『もってはいても理解していない知識』、特に人間関係に関するそれが多い。ドレイクがせっかく多くの人と関わるチャンスがあるのだ。彼には周りの人から好印象を持ってもらいたい。
「了解しました」
ドレイクがうなずく。
シェリーナ達が歩いていくにつれ、モンスターもだんだん強くなってくる。カエルやザリガニたちはそのサイズをどんどん肥大化させていき、さらに階層が低くなっていくにつれて、モンスターは水生生物から幽霊や幽体へと変化していった。オバケ系のモンスターはアスナ&シェリーナの最も苦……専門外だ。そこから先はほぼキリトの独断場であった。
「そろそろ最奥部ですね」
ドレイクが呟く。キリト・アスナ・ユリエールには、ドレイクはかつてこのダンジョンに挑んだことがある、といったふうに解釈されているようだが、それは違う。ドレイクはこのダンジョンのマップデータにアクセスし、ダンジョンの見取り図を手に入れているのだ。GM権限の行使は茅場晶彦に《介入者》の存在を気付かせてしまう可能性があるが、この程度ならいくらでもごまかせるらしい。もっとも、先のボスドロップジェネレート事件は、結構危なかったので二度とやらないと言うが。
「奥にプレイヤーが一人いる。グリーンだ」
「……シンカー!」
キリトの言葉を受け、ユリエールが駆け出す。一直線の道の先には、光の漏れる部屋……安全地帯だ。そこに、一人のプレイヤーの姿がある。《遠視》スキルでそれを見ると、天然ボケとビジネスマンが混ざったような柔和な顔つきをした、『実にどこにでもいそうなサラリーマンの男』がいた。ユリエールから聞いた外見特徴が一致する。彼がシンカーだろう。
「シンカ―――!!」
「ユリエ―――ル!!」
シンカーがユリエールを迎え入れるように両手を広げる。感動の再会……その瞬間。
「ユリエールさん、止まって!!キリトさん、アスナさん、シェリーナ、戦闘態勢!!」
ドレイクの叫び声が、フィールドを貫いた。そこに込められた『何か』を感じ取ったかのように、一瞬だけユリエールの体が止まる。直後。
ゴォオッ!!という轟音と共に、恐ろしいスピードで何かかユリエールの目前を通り過ぎた。いや、『過ぎて』はない。ユリエールの目前で、『それ』は止まる。
白銀の大鎌を持った、漆黒の死神だった。サイズは二メートル半近く。アインクラッドのフィールドボスに近いサイズだ。死神…名を《The Fatal-scythe》…は鎌を振り上げると、ユリエールに向かって振り下ろす。
「ユリエールさん!」
キリトが二刀を輝かせ、鎌を弾き返す。インパクトダメージで、ユリエールがシンカーの方向に飛ばされる。
「ぐぁ!?」
「キリト君!」
「キリトさん!?」
死神の動きも止まるが、キリトも吹き飛ばされる。
「―――――ッ!!」
死神が声にならない叫びをあげる。音は無いが、その叫び声の重圧が大気を揺らす。
「まずい……」
「どうしたの、キリト君」
「あのモンスター、俺の識別スキルでも情報がほとんど見えない。たぶん九十層クラスのボスだ……」
「な……」
アスナが絶句する。隣でシェリーナも。
アインクラッド九十代階層、それは、はるかかなたにあるこの浮遊城最後の難関たちだ。ドレイクの話によれば、アインクラッド第九十層にてすべてのユニークスキルが解放される。九十五層でヒースクリフは自らが茅場晶彦であることを明かし、百層へと移動してしまう。直後、全階層の《圏内》が消滅、アインクラッドは混沌と絶望に再び叩き落される。
そんな階層のボスモンスター。確実にヒースクリフと同等の強さを持っている。SAOではボスモンスターとの戦闘はその階層の数字+10以上のレベルが好ましい。つまり、最低でも100レベルを超える実力がなければならないのだ。
キリトのレベルは97。アスナ、シェリーナは87だ。ユリエールは64とのことなので、この場でレベル100を超えるプレイヤーは……いや、いる。たった一人だけ、この場に、レベル100を超えたプレイヤーがいる。
ドレイクだ。GM権限で上げたのか、それとも最初からこのレベルなのか。ドレイクのレベルは驚異の200だ。まず間違いなくこの世界最強。
だが、ドレイクが戦うということは、彼が《魔法使い》であるということをこの場にいる全員に知らしめることになってしまう。キリトとアスナに、ユリエールとシンカーに、何と説明したらいいのか……。
「皆さん、下がっていてください。シンカーさん、ユリエールさん、転移結晶で脱出を!!」
「!?」
「ドレイク!?」
キリト、シェリーナが驚きの声を上げる。ドレイクが、いつの間にかあの魔法使いの杖を出現させていた。視界の向こう側で、シンカーと、彼に助け起こされたユリエールがうなずく。
死神が再び動きだし、鎌を振り上げるのと、シンカー、ユリエールが転移するのと、ドレイクの術が起動するのは、ほぼ同時だった。
「――――《フレイム・トーレンツ》」
ドレイクが呟くと同時に、死神に向けられた杖から、炎の矢がいくつも飛び出す。それは死神に炸裂すると、そのHPバーを大きく減らした。死神がデスマスクで覆われた顔をのけぞらせて、音のない悲鳴を上げる。
「ドレイク、それは……」
キリトがドレイクのもつ杖をみて、かすれた声を出す。驚愕が冷めないらしい。当然だ。この世界に存在しないはずの《魔法》――――それを駆使する人間を、目の前で見たのだから。
「シェリーナ、五秒だけあの死神の動きを止めてください。それで終わります」
「……分かりました」
シェリーナは《バールドライヴ》を抜き放つと、死神に向かってソードスキルを放つ。死神のHPが絶望的なほど少量減少するが、ダメージ量はさほど問題ではない。シェリーナにターゲットが移動したこと――――それに意味があるのだ。
「はぁっ!!」
斬りつける。死神の大ぶりの攻撃を避ける。五秒間がここまで長かったのは初めてかもしれない。
「シェリーナ、退避!!」
「了解!!」
ドレイクの叫び。シェリーナは全力でドレイクより後ろに後退する。直後、ドレイクの足元の魔法陣が完成した。
「―――――《マキシマイズマジック・ジャッジメントライツ》」
くわぁああん!!という音と共に、視界が光で塗りつぶされる。視力が戻った時、そこには、三本あったHPを、最後の一本のレッドゾーンまで陥れられた死神の姿があった。
「すごい……」
「ドレイク、君は……」
アスナとキリトが口々に感嘆の声を漏らす。
「……まだです」
しかし、死神はまだ倒れていない。死神がゆらり、と大鎌を振り上げ―――――歪んだ。
「!?」
ドレイクを含む全員が息をのむ気配。
大鎌に、暗黒のオーラが集約していく。ぎぃぃ、うぁぁあ、ひぁああ、と、悲鳴のようなサウンドが鳴り響く。
「う……!?」
「ドレイク!」
ドレイクががくり、と膝をつく。
「ママ……!」
ユイがアスナにすがりつく。キリトがアスナとユイを守るように立ちふさがる。
「これは……」
これは、プレイヤー達の負の感情。ユイと出会ったあの日、ノイズの様に走った、プレイヤー達の絶望の感情だ。
「なぜ、これが!?」
驚愕するシェリーナをよそに、死神の暗黒の大鎌が振るわれる。
瞬間。
フィールドが、掻き消えた。
文字通り、斬撃を食らったところが黒く消滅する。
「な……」
「なんだ、これは……」
キリトが絶句する。死神は、音のない叫びをあげて、鎌を振り回す。鎌が振るわれるたび、フィールドが消滅していく。このままでは、シェリーナ達も危ない……と、その時。
「大丈夫だよ、皆」
アスナの腕の中で、ユイが呟いた。
「ユイ?」
「ユイちゃん!?」
驚くキリトとアスナを振り払い、ユイが走り出す。その右手に、死神のそれとは真逆の、光の波動が集まっていく。そこにあったのは、希望。プレイヤーたちの笑顔。
「ォオオオオ―――――」
死神が、初めて声のある悲鳴を上げる。ユイの光の波動が、一本の剣をつくり出し、それが暗黒の波動ごと死神を消し去っていく―――――。
光は、陥没したフィールドをも塗り替えて、元の姿に戻していく。全てが終わった時、そこには何事もなかったかのように、全てが始まる前の静かなダンジョンがあるのみだった。死神の姿もない。ただ、黒い髪の少女が立っているのみだった。
少女――――ユイは、こちらを振り返ると、泣き出しそうな顔で、言った。
「みんな……全部、思い出したよ……」
***
ユイの話がすべて終わった。
ユイの正体は、《カーディナル・システム》によって作られた《メンタルヘルス・カウンセリング・プログラム》――――プレイヤーの感情を監視するAIだった。
『私を始め、九体のAIがその役割を担うはずでした』
しかし――――あの日、はじまりの日に、カーディナルによってユイ達《MHCP》は1つの命令コードを刻み込まれる。
曰く、「全プレイヤーへの干渉禁止」。
AIとしての存在理由を規制されたユイ達は、プレイヤーの絶望にふれて、それを解決できないという自らの目的と矛盾する状態の中で、徐々に崩壊していき、最後には二つだけが残ったという。
『そんな中で、ある日、私は一組のプレイヤーの感情が、今まで見てきた『絶望』とは大きく異なることに気が付きました』
それが、キリトとアスナ。キリトとアスナの『幸せ』『希望』の感情を読み込み、ユイは「彼らの元へ行きたい」と考えるようになったという。
強い《願い》が、カーディナルの一角を上書きする。後にシェリーナも知るところとなる、《心意システム》の力だった。
キリトとアスナのデータに触れた結果、ユイのプレイヤーコードはキリト・アスナの物を足して2で割ったものになった。キリトとアスナの家にほど近いあの森に実体化したユイは、唯々、「二人に会いたい」という感情だけで動いていたという。
自らが人でないこと。それを語って涙したユイは、どこかドレイクにも似ていた。ユイが記憶を取り戻したのも、ドレイクの《魔法》の余波を浴びることで、システム的な干渉を受けたことにあった。しかし、度重なるシステムへの否定で、ユイはカーディナルに目を付けられてしまった。
今、ユイの体は崩壊の一途をたどっている――――
「パパとママがそばにいたおかげで、二人が笑ってくれたおかげで、私も笑顔を取り戻せました――――さよなら、パパ、ママ、シェリーナさん、ドレイクさん」
「ユイ!行くな!!」
「ユイちゃん!!いやだよ!行かないでよ―――――!!」
光の粒となって、アスナの腕の中でユイが消滅していく。
「ドレイク、何とかならないんですか!!」
「――――やってみる価値はあります。必ず成功するとは限りませんが――――」
「それでもいいです!おねがいします、ドレイク!!」
シェリーナはドレイクの手を握る。今、何か救いがあるなら、どんなに確率が低い奇跡でも頼りたかった。ドレイクはシェリーナの眼を見ると、分かりました、と一度だけ頷いた。
ドレイクが左手をふる。出現したのは青いシステムウインドウ。画面を素早く操作したドレイクが、その一点を、祈るような表情で押す。
アスナの腕の中で、ユイを構成していた光、その最後のひとかけらが消滅しかけた。しかしそこで、それを上書きするように白い光が集約する。光は集まって、1つの小さなクリスタルをつくり出した。
「――――それは、ユイさんのデータをカーディナルから切り離したものです。いかなる事象があっても、キリトさんとアスナさんの元から消えることはありません。ユイさんの心の結晶ですよ」
ドレイクが、驚くキリトとアスナに語りかける。アスナは、それをしっかりと握りしめる。
「ユイちゃん――――」
「ユイ……」
***
結局、ドレイクの《魔法》や、ユイの《心の結晶》をつくり出したその技術に関しては、キリトとアスナが「お礼」としての形で不問とすることになった。
かくしてまた、いつもの日々が戻ってくる。
そして2024年11月7日、デスゲーム《ソードアート・オンライン》開始から二年と2日立ったこの日、遂にアインクラッド第七十五層攻略戦が始まる。
後書き
次回は第七十五層攻略編。原作改変入りまーす
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