ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
ユイ
黒髪の少女はキリトとアスナの家で一日休み、次の日の朝目覚めた。シェリーナとドレイクは二十二層の《エネマリア》ゲートからキリトとアスナの家に駆け付けた。
「キリトさん!アスナさん!目が覚めたって……」
「ああ」
キリトがシェリーナ達を案内する。キリトとアスナの家の寝室、アスナのベッドの上に、黒髪の少女は座っていた。大きな愛らしい眼がじーっとシェリーナを見つめる。しばらくシェリーナを見つめた少女は、突然
「にぃにと、ねぇねは、だれ?」
と問うてきた。
「え?えーっと……」
突然の問いに名前を聞かれているのだと気付けないシェリーナ。しどろもどろする彼女をフォローすべく、キリトが口を開く。
「あーっと……ユイ、この人はシェリーナ。こっちの銀髪のお兄さんがドレイク。パパとママの友達さ」
「ぱ、パパ?」
シェリーナはぐるりとものすごいスピードで振り向き、キリトに詰め寄る。
「キリトさんどういうことですか説明してください」
「怖い怖い怖い。なんか怖いぞシェリーナ……」
がくがくとゆすぶられつつキリトが説明するところによると、ユイという名の少女はあの森で目覚める前の記憶を一切失っており、キリトとアスナをそれぞれ『パパ』『ママ』と呼ぶことで落ち着いたらしい。そういう風に考えてみてみると、なるほど、ユイはキリトとアスナにどことなく似ている気もする。……血縁関係はないはずだが。
「……ないですよね?」
「一応」
シェリーナに問われたドレイクが小声で返す。もちろん、血縁関係が、ということだ。
「ただし……」
「ただし?」
ドレイクが厳しい表情になって言う。
「この子のステータスデータはプレイヤーのものではありません」
「え?……でも、NPCではないですよね?」
人型をしている存在の中でも、人間タイプの者は、アインクラッドには四種類しかいない。プレイヤー、NPC、モンスター、そしてクリッターだ。クリッターとは、言ってみれば背景として存在する、チョウチョや町中のネコなどだ。《エネマリア》の住民達も、普段はクリッター扱いである。もっとも、システムから切り離されているため、外側から見ることはできないのだが。
そして、クリッターを除く三種類は、必ず頭上にカラーカーソルが出現する。プレイヤーなら緑/オレンジ、NPCなら黄色、モンスターならその強さに応じて赤系統の色がカーソルとなる。プレイヤーと比較して、いくら攻撃されても死なないほど弱いものはほとんど白に近いピンク、適正レベルのものは鮮やかな赤、どうあがいても勝てない相手ならほとんど黒に近いダーククリムゾンとなる。
ユイがプレイヤーで無いなら、カーソルは黄色か赤、そして《圏内》に連れてくることができた時点で赤ではなくなる。クリッターはその場から動かすことはできず、NPCも特定のクエストの対象でない限りは移動不可だ。
「キリトさん、何かのクエストではなかったんですよね?」
「ああ。クエストログも何もないんだ。だから不思議なんだが……」
シェリーナはドレイクの方に向き直り、再び小声で問う。
「ドレイク、プレイヤーでもNPCでもないなら、何なんですか?あの子は」
「わかりません。しかし……私の予測が正しいのであれば……」
ドレイクが先を続けようとした時。
「みんな~、ご飯出来たよ~」
隣の部屋からアスナが入ってきて、会話が中断されてしまった。
「せっかくなので、頂きましょうか」
「え?ちょっと、ドレイク!」
答えを教えないまま、ドレイクはキリト、ユイに続いて部屋を出て行ってしまった。
***
ユイがキリトの持つマスタードをふんだんに使った激辛ホットドックをじーっと凝視している。キリトは辛い物が好物なので、比較的激辛でもいける口なのだが、どうにもシェリーナはそう言ったものが苦手で、アスナが別に作ったフルーツサンドをほおばっている。
「アスナさん、これ、すごくおいしいです。今度レシピ教えてもらえませんか?」
「いいよ~。結構簡単だよ。シェリーナちゃんいま熟練度どの辺?」
「えっと……最近よく使ってるので……960あたりでしょうか……」
「あ、じゃぁ全然大丈夫だよ」
シェリーナとアスナが盛り上がっている横で、ドレイクは1人、沈黙を決め込んでいた。その眼には、普段は無い金色の光が渦巻いている。
ドレイクには、《母》である浅木藍から、簡易的な管理者権限を与えられていた。《エネマリア》では最大まで発揮できるそれも、アインクラッドでは《魔王》たるヒースクリフの方が権限が上で、十全に効力を発揮できない。しかし、多少のシステム閲覧程度なら可能であった。
ドレイクの《ブラウザ・ウィンドウ》によれば、《ユイ》と名乗った少女のプレイヤーコードは、キリトとアスナのそれをたして二で割ったようなものとなっている。なぜキリトとアスナの物なのかはドレイクでも分からないが、《ユイ》の正式なプレイヤーネームを始めとする情報は分かった。
――――プレイヤーネーム《Yui-MHCP001》。およそプレイヤーのモノと思えない文字の羅列ではあるが、ドレイクは似たような文字列に見覚えがある。ほかでもない、自分自身だ。ドレイクの正式なプレイヤーネームは《Dreek-MITM》。《介入者》の意味を持つこの名前は、現在のSAOで唯一、《ナーヴギア》でダイブしていない存在であるドレイクにのみ与えられた名前だ。ユイのそれが何を示す文字列なのかはわからないが、はっきりしたことは1つ。
ユイは、人間ではない。
およそNPCとは思えないほど人間味があるが、恐らくかなり高度なAIによって動かされているはずだ。時々首をかしげ、疑問符の浮かびそうな表情を浮かべるのは、幼さゆえではなく、知識の中に情報がない、即ち『その情報はデータベースにはありません』という意味合いのはずだ。ドレイク自身はほとんど本物の人間と変わりないが、そんな彼ですら、いまだよくわからない物事も多い。さらに、ユイは記憶がない……つまりは、本来あるべきデーターベースが欠如している。幼い言動は恐らくその裏返し。
となると、ユイをきちんと元に戻すためには、きちんとした管理者のためのシステムコンソールがある場所にいかなければなるまい。《MHCP001》の欠如したデータを取り戻す。SAOを管理している《カーディナル・システム》にアクセスできる権限を持ったコンソールがある、現在解放されている階層は――――
「第一層ですか……」
誰にも気づかれないほどの小声でドレイクが呟く。
第一層主街区《はじまりの町》、その中心である《軍》の本拠地、《黒鉄宮》の地下ダンジョン最奥部に、システムコンソールが一つある。アインクラッド第九十六層ボスモンスターと同程度の強さにチューニングされたボスによって守られた最奥部に、キリト達を連れていくことに抵抗はあるが、しかし自分がいれば何とかなるだろう、とドレイクは決意する。
「皆さん」
「?……ドレイク、どうかしたんですか?」
シェリーナが聞き返してくる。
「一度、第一層に行ってみてはどうでしょうか。あそこには子どもプレイヤーや、その保護者が複数いらっしゃるはずです。もしかしたらユイさんの保護者も見つかるかもしれませんよ」
「そうだな。よし、言ってみるか!」
キリトが拳を打ち付け、アスナに準備を促す。立ち上がったアスナにユイも続く。シェリーナだけが、ドレイクの方によってくる。
「ドレイク」
「はい。何でしょう」
「あの――――ユイちゃんは、結局何者なんでしょうか」
「……詳しいことはよくわかりませんが、管理者系のNPCと推測されます。データ欠損を起こしており、記憶喪失になっている、と考えるのが正しいかと……ただ、繰り返しますが詳しいことは分かりません。もしかしたら本物のプレイヤーかもしれませんし……とにかく、第一層に行ってみましょう」
「……わかりました」
シェリーナが、どこかつらそうな表情をする。恐らく、ほとんど人間とそん色ないユイが、AIだというのが信じられないのだろう。そして、はっきりと彼女のことをわかってあげられないことが、余計にシェリーナを苦しめる。シェリーナは人の心を知りたがる人間だ。苦しんでいる人がいるなら、自分の手で助けたい――――ユイがなくしたという記憶を取り戻してあげたいと思っているのだろう。
だが、シェリーナではあのコンソールまでたどり着けまい。キリトですら、あのボスに現在のところ勝機は無い。ドレイクが、倒すしかないのだ。
「行きましょう、シェリーナ」
「はい」
顔を上げたシェリーナには笑顔が戻っていた。自然と、ドレイクの頬も緩み、笑顔をとる。
――――ドレイクに理解できない感情。それは、今自分の胸中を閉める感情だ。シェリーナが笑っていると、胸の中をかき回されるような痛みが走る。これは、なんという名前の感情なのだろうか。
***
アインクラッド第一層、《はじまりの町》。シェリーナには、あまりいい思い出がない。悪夢が始まったあの日、シェリーナは恐怖と絶望で押しつぶされそうだった。アインクラッド第一層が攻略され、少しだけ希望がさしたあの日まで、シェリーナは絶望と不安の中で毎日を暮してきた。
黒衣の剣士が手を差し伸べてくれたことで、やっと絶望を吹きはらい、今日、この日まで生きてきた。
ちらりと隣を歩くドレイクを盗み見る。
ドレイクは、自分が『人間ではない』事を気にしていた。今度は、自分が誰かに手を差し伸べてあげる番だ。ドレイクを救い、彼を悩みから解き放ってあげたい――――それが、シェリーナの今の夢だ。
「それにしても……人が少ないですね」
ドレイクが呟く。キリトも首肯。
「おかしいな……《はじまりの町》は決してプレイヤーが少ないわけじゃないんだが……」
「あっ!人がいるよ!!」
アスナが長い木の前でじーっと身構える男に気付き、声を掛ける。
「あの、すみません……」
「邪魔しないでくれ!!この木の実、売れば5コルなんだ……」
「ご、5コル……」
うん。安い。安すぎる。こんなものでは食事、それも素材アイテムすら買えないだろう。
「あの……フィールドの猪でも倒せばその倍は稼げますけど……」
シェリーナはアインクラッド最弱モンスター、《フレンジー・ボア》のドロップ金額を思い出し、告げた。すると、男はとんでもない!!とでもいうように首を振った。
「正気かあんた!?死んじまうかもしれないだろうが!!」
「……」
まさしく――――まさしく、キリトと出会う前のシェリーナと同じであった。この人は、まだ絶望と不安の檻にとらわれて生きているのだ――――
「……向こうの木がわかりますか」
突然、ドレイクが男に話しかける。男は煩わしそうにそっちを向く。
「……見えるが……?」
「あの木から落ちる木の実の方が高く売れますよ」
「なに!?」
男は目を向くと、高速でそちらに近づいて行った。初期値の敏捷値で、よくあそこまで速度が出せるものだ……。
「……ドレイク?」
「はい」
「本当ですか?」
「ええ。本当ですよ。7コルで売れます」
「…………」
「ちりも積もれば山となる、です」
はぁーとため息をつき、ふと横を見ると……
「キリトさん、何をしているんですか」
「いや……美味そうだなぁと……」
キリトが身構えていた。その隣でユイも。アスナがため息をつき、
「ほら、キリト君!ユイちゃん!行くよ!!」
ユイを抱き上げ、キリトの耳を引っ張った。
「ああ……」
情けない声を上げてずるずると引っ張られていくキリト。シェリーナとドレイクは顔を見合わせると、クスリと笑い、三人を追いかけた。
後書き
次回は軍の皆さんをフルぼっこ。
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