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北が恋しいと

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第三章

「ここはな」
「肉にチーズだからな」
「それだとワインだろ」
 焼酎よりもだ。
「やっぱりな」
「そっちか」
「それも赤な」
 肉とチーズならそれだ、私はオーソドックスな組み合わせを提案した。
「それでどうだい?」
「やっぱりそうなるか」
 同僚も私のこの提案にすぐに答えてくれた。
「赤ワインか」
「君もそっちでいいよな」
「ああ、いいよ」
 笑顔で頷いてくれてこう言ってくれた。
「それじゃあな」
「それでな」
「この店にもワインはあるさ、ただな」
「モンゴルのワインじゃないんだな」
「モンゴルにワインはないよ」
 このことは容易に想像がついた、モンゴルの大平原に葡萄畑なぞある筈もない、メニューを見ると野菜料理も結構あるがどう考えてもこれもモンゴル帝国の頃には食べられていないものだ。最近になって食べられたのだろう。
「だからな」
「じゃあどの国のワインだい?」
「甲州ワインだよ」
 つまり日本のワインだというのだ。
「それでもいいよな」
「ああ、甲州ワイン大好きだよ」
 私は同僚に笑って答えた、女房や娘も私が家でこのワインを飲んでいる時は中々いいよと言ってくれる、洒落ているかららしい。
「それじゃあそれを飲んでな」
「楽しもうな」
 こう話してそしてだった。
 その赤ワインをそれぞれボトルで注文して飲みだした、その中で。
 私はふと後ろに気配を感じた、それで振り向いてみるとそこにはモンゴルの民族衣装、赤いそれを来た若い娘さんがいた。
 黒く長い髪の毛を後ろで編んで垂らしている。切れ長の目に細面に丸い鼻、小さな唇と小柄な身体はまさしく。
「モンゴルの人かな」
「あれっ、この娘は」
 同僚もこの娘さんを見て意外そうに言った。
「誰かな」
「ああ、留学生の娘ですよ」
 カウンターから親父さんが笑って言って来た。
「モンゴルからの」
「本場からのですか」
「留学生さんなんだな」
「はい、そうなんです」
 私達に笑顔で話してくれる、その間も料理を作りながら。
「一週間前に店でアルバイトの娘として雇いまして」
「バイトの娘かい」
「そうです。色々やってもらってます」
 小さな店だ、それでだというのは店を見てわかった。
「女房や息子と一緒に頑張ってもらってます、いい娘ですよ」
「日本語は大丈夫かい?」
「はい」
 娘さんの方から声がした、私達ににこりと笑って言って来た。
「あまり上手じゃないですけれど」
「いや、喋れるじゃない」
「モンゴルでも日本語を勉強していまして」
「じゃあ語学留学かい?」
「大学の日本語学科にいます」
 そこに留学しているというのだ。
「それで勉強しています」
「成程ね。じゃあこの店にいるのは」
「生活費の為です。学費は奨学金で」
 こう少したどたどしいが日本語で話してくれる。
「そうしています」
「住み込みで、女房と一緒の部屋で寝てます」
 親父さんは何気に寂しいことも言う。 
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