北が恋しいと
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第四章
「本当にいい娘です、それで」
「それで?」
「それでっていうと」
「この娘ただのバイトさんじゃないんです」
「というと一体」
「何があるんだい?」
「歌えるんですよ」
飲み屋にはつきものの歌の話にもなった。
「歌も、あっちの歌を」
「へえ、モンゴルの歌をかい」
「聴きます?無料サービスですよ」
かつて飲み屋に多くいた流しのギター弾きとはそこが違っていた。
「一曲どうですか?」
「一曲かい」
同僚は親父さんの話を聞いて興味深そうな笑顔で応えた。
「そうだね、モンゴルの歌かい」
「本当に歌が上手ですから」
親父さんは笑顔で同僚に話す。
「どうでしょうか」
「どうする?」
同僚はここで私に顔を向けて尋ねてきた。
「僕は聴こうと思ってるけれどね」
「いいんじゃないかい?無料だし」
私はまず経済的な理由から答えた。
「それにモンゴルの歌っていうのもね」
「面白そうだよね」
「うん、だからね」
それでだとだ、私は彼に答えた。
「聴いてみよう」
「よし、それじゃあね」
こうして私達は実際にそのモンゴルの歌を聴いてみた、娘さんは一旦目を閉じてそれから朗々と歌いだした。
立ったまま歌うその歌は綺麗に整っているものだった、まるで草原の風の様に。
綺麗でそれでいて何処か悲しい、私達はその歌を聴きながら親父さんに言った。
「悲しい感じの曲ですね」
「綺麗にしてもな」
「この曲は一体どういった曲ですか?」
「どういう歌詞なんだい?」
「何でもですね」
親父さんもしんみりとした感じになっている、そのうえで私達に答えてくれた。
「故郷を想う曲らしくて」
「というとモンゴルの草原を」
「あそこをかい」
「はい、異国にいながら故郷を想う曲らしくて」
「じゃあ今のこの娘ですか」
「そうなるんだな」
「そうみたいですね、今はここで勉強して」
そしてだというのだ。
「モンゴルに戻って日本とモンゴルの為に働くことが夢らしくて」
「それでこの曲をですか」
「歌うんだな」
「勿論他の曲も歌いますよ」
今歌っている祖国を想う曲以外にもだというのだ。
「けれどこの曲を歌うことが一番多いですね」
「そうか、じゃあな」
同僚は親父さんの話と娘さんの歌、何よりも歌を聴きながらそのうえでこう言った。
「もう一回な」
「それはあの娘に言って下さい」
「よし、じゃあ歌い終わってからな」
それからだと、彼は決めてだった。
「もう一曲な」
「そういうことで」
親父さんも彼に応える、見れば他の客達も娘さんの歌に聴き惚れている、そして実際に歌い終えてからだった。
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