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探し求めてエデンの檻

作者:オイラム
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7-3話

 
前書き
 ■■■。
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 時間が、思考が、記憶が飛ぶ。
 強烈な体験が与えたショックは時間差を超えてその影響を与える。
 それこそ死に至るような危機的状況が与える衝撃は正気を失う一歩手前。

 体感時間を失いかけた赤神りおんは今、意識が現実に戻っていた。 

 


 何なの…?

 一体何が起きたの?

 頭が混乱して理解が追いつかない。

 わけがわからなくて、ひたすら恐ろしくて…頭の中が綯交(ないま)ぜになって、記憶が混乱していた。

 私はいつの間にか貪るように酸素を欲してヒューヒュー、と荒い呼吸をしていた。
 顔は涙でグチャグチャになっていて、喉奥からせり上がるように嗚咽(おえつ)を漏している。
 自分の顔は…どんな表情になっているのかわからない。 少なくとも、笑顔を浮かべられるような気分でない事は確かだった。

 どうして私はこんな状態になっているのか?
 どうして私はこんなにもみっともなく涙を流して、平静を失ったような有様なのだろうか?
 記憶が混乱するほど、私の身に何が起こったのか。
 断片を拾い集めるように、空白となっている自分の記憶を探る。

 その思考は数分ほど前の記憶を(さかのぼ)った。

―――。



「―――来る」

 その第一声から始まった。

 文明も何もない、無人島らしき島に漂着して何度目かの夜。
 暖かいベッドもない、熱いお風呂もない、そんな状況の中にいて数日…皆が無理に笑っているけど、いつその表情が崩れてもおかしくない。
 皆で一緒に固まっていても、安心できるとは思えないサバイバルな生活にストレスを感じている。
 何かの拍子にそのストレスが爆発してしまいそうで、それでも皆は一塊になって救助が来るのを切に待っていた。

 そんな時に…“ソレ”は現れた

 奇妙なほどに歪な頭部をさせ、尖った石を並べたような歯を剥き出しておぞましさを形にしていた。
 焚き火の灯りの中に入ってきたのは、奇っ怪な風貌をさせた体が半分が頭部で占めている犬のような怪物。 化け物。
 バランスのおかしいその頭部には獰猛(どうもう)な瞳が付いていた。 獲物を前にした肉食獣のような野性的な危険を漂わせるソレは…世のモノだとは思えないほど恐ろしい。

「キャアアアアアアアアアアア!!!」

 誰かが叫んだ。

 一体どこから、と視線を流すとそこには恐ろしい光景が広がっている。
 私はいつの間にこれほど視野が狭くなっていたのか、あの化け物が更に一体…二体……暗がりに隠れてまだそれは私達を取り囲むように姿を現した。
 しかもそれは……人間に食らいついていた。
 まるでオヤツの骨を咥える犬のように、人間の胴体を丸ごと口の中に収め、宙に浮かせている。
 巨大にして怪力、しかもそれは戯れではなく、あの石を並べたような口を使って本気で人間を喰おうとしているのだ。

「逃げろおおぉぉ!!」
「化け物だあぁーー!!」
「いやぁぁああ、助けてえぇぇ!」

 一転して地獄絵図(じごく)となった。
 化け物がその巨大な口で皆を追い立て始めたのだ。
 狩られるだけの無力な存在となると、誰もが正常ではいられなくなり、混乱しながらもあの化け物から逃げようと必死になる。
 私もその中の一人だった。

「グアアァぁぁ!!」
「や、いやだっ……い、ぎいいぃ!?」
「うわぁあぁぁぁああ!!」

 絶叫が響き渡る。
 逃げきれずに犬のような猛獣(かいぶつ)に捕まって、その巨大に口に捕らえられた者が出始めた。
 悲鳴が恐怖を駆り立てる。
 死にたくない、と喰われたくない、とそれだけで頭が一杯になった。

 この時点で、私の頭がプッツリと記憶が飛んでいたのだと思う。

 それから走り回った。
 目の前に(バケモノ)がいれば、反転して反対方向に逃げる。
 そんな逃走をしばらく繰り返していた。

 闇雲に逃げても死ぬのは確実だった。
 周りは取り囲まれて、森の中に逃げようと考える頭すらなかった。
 それでも私は助かったのは、明確な逃げ場所となる象徴があった。

 視線の先には、巨大な鉄の塊……飛行機がそこにあった。
 鉄の塊というだけであそこに逃げれば何とかなる、少なくともこんな隠れる場所も何もない所よりは安心の差が違った。

 そしてそこにはシューターがあった…!

 飛行機の出入り口から伸びている滑り台。 あそこを登れば…と、同じようにそう考える者が何人もいて群がるように殺到していた。
 私もその一人になって、坂を上った。

 登り難い…。

 降る事はあれど、登るためのものじゃないソレは重力という理不尽な力が()し掛る。
 その重力に負けたのか、それとも手を滑らせたのか、私の横で上から誰かが転げ落ちていった。
 そしてその直後に…断末魔が響いた。

「ギャアアァァァ!!」

 振り返ればその下には口を開けて待ち構えているあの怪物が待ち構えていた。
 滑り落ちるのを待つだけで獲物が転がってくる…そんな怪物にとっておいしい状況が出来上がっていて、私は命の危機に体が凍るような思いを覚えた。

 助けて、助けて、助けて、助けて!!
 ひたすら、心の中でそう唱えて、あの恐ろしい怪物の所へと私を突き放そうとする重力に逆らってシューターの上に登った。
 無我夢中に登って…飛行機の中に逃げ込んで……頭の中が、グチャグチャになっていた。


 ―――それが、数分間の私の行動だった。



 夢だと思いたい。
 だけど、あれは夢と思うには恐ろしすぎて…人が食い殺された。
 あんな怪物が存在するのか、と思うよりこんな理不尽があっていいのか、という怒りを含んだ(なげ)きがあった。

「はぁ…ぁ……何が…何なの……何、一体……」

 絞らせた声ではそれしか出なかった。
 頭一杯に疑問はあるのに、答えが全く出ないからだ。
 ただただひたすらに恐ろしい、あんな怪物の存在に答えなんてどこにある?

「く、来るぞおおおお!!?」

 っ!?

 私の安堵の間に付かせる暇もなく、それは追い立ててきた。
 出入り口の外にあるシューター近くに身を寄せ、眼下にはあの怪物が這い上がってきていた。
 犬のような頭部が、一口で人を喰らってしまいそうなその(あぎと)から生臭い息を零しながら、坂を這い上がってきていた。

「ひぃっ!?」
「き、来てる、来てるッ!!?」
「おい、何とかしろよ! 何かモノでも投げて…早く!早くッ!!」

 私はジリジリと近づいてくるその怪物から逃げたくて、でも逃げられなくて、あっちに行ってほしいとひたすら願い続けて目を離せずにいた。
 その横で、各々の人が手に様々なモノを持ってあの怪物に投げつけた。
 だがそんなものが効くわけがなかった。 怪物は顔の面でそれを受け止め、弾いて、平然と歩を進める。
 拳程度の石があったとしても人が投げた程度としてもその厚い面に通じるようには思えなかった。

 ついに…そいつはあとすぐそこにまで来ていた。
 モノを投げていた人はその距離に恐怖が限界に達し、みんな出入り口から離れて壁に背を付けた。

 ―――グロロロロォ……。

 喉を鳴らして這い上がってきた怪物は獲物を見回した。
 周りには逃げようとするだけで抵抗する意思のない人たちばかりで、誰も脅威を感じさせない。
 逃げる存在と狩る存在が決定的に区別されていて、壁のような巨体が出入り口を塞ぎ、逃げ場所になるはずの機内は絶望的な窮地が出来上がった。

「(嗚呼……ダメだ……もう、ダメだ…いや……アキラ、君……)」

 動けない。 口も開かない。
 恐怖で私は固まっていた。
 叫びたいのに、悲鳴を上げたいのに喉が枯れたように詰まっていて、獣臭い脅威を前に私は硬直している。

 殺される。
 喰われる。
 もうおしまいだ。

 私は諦めきれないのに、ここで死ぬのかと思った。


 怪物が私に近づいてくる、その前に…蒼が舞い降りた。


「―――」

 その光景に私は呆気にとられた。

 怪物の背に降り立ったのは蒼い髪を(なび)かせた女性。

 それは羽が留まるように軽やかさ。
 不安定な足場であるはずの怪物の背中に飛び乗って完全に鎮座(ちんざ)して見せた。

 彼女の上には、十字架のような形の剣が振りかざされていた。


 ―――ヒィン!


 空を切るような鋭い音が鳴いた。
 怪物のガラ空きの首に450度の孤を描き、袈裟まで振り抜いて銀光が閃く。

『…―――』

 誰もがその光景に言葉をなくし、周りが静かになる。
 怪物もまた声を殺した―――殺された。

 私達を喰い殺すはずだった怪物は、今殺されたのだと…私は麻痺した頭で理解した。
 その死神の姿を目にする事すらできずに、その首を刈られたのだと。


 ズル…ブチブチッ―――。


 一瞬の静寂を置いて響く鈍い音。

 首から血が吹き出てくる。
 十字架に見立てたような剣は怪物の首を切り裂いた、だが刃がほんの少し両断するに足りなかった。
 皮一枚が繋がってる状態の怪物の首は、一拍の間を置いて肉が滑る音と千切れる音を立てながら床に落ちた。
 ただの肉塊と化した巨躯が力なく崩れ落ちる。

『…―――』

 誰もがその一連に絶句するしかなかった。
 あまりにもあっさりで、あまりにも唐突で、ただ見届けるしかなかった。
 目を奪われるほどの衝撃。

 ―――人が、怪物の如き獣を(ほふ)った。


 たったそれだけの結果が残った。

 視線を中心に受ける蒼髪の女性は、間違いなくこの場において獣以上の存在。

 彼女は、肉塊の上でやはり体勢を崩さずに緩やかに立ち上がった。
 十字架のような剣を下ろし、静かに顔を上げた。

「(青い……目…)」

 蒼い髪をさせたその女性は、その目も青かった。
 だが…その目は、命を奪った者がするような目とは思えなかった。
 機械的に家畜を殺すような目でもなく、快楽で殺す事に悦びを覚える目でもない。

 あるのは鋭さ、そして飄々とした瞳。

「(ジェニアリー…さん…)」

 ジェニアリー…確かそんな名前だった。
 あの怪物達が来る直前まで言葉を交わしていた人が、こうも圧倒的な事を成して見せると、私はどう言葉をかければいいのかわからなくなっていた。
 衝撃的すぎて硬直している私は、命を救われた事の感謝の言葉が出てこない。

 トン、と軽やかに肉塊から降りたジェニアリーさんの視線は私の方に向いていた。

「さいな―――」
「何なんだお前はっ!?」

 ジェニアリーさんが何かを言うよりも先に、張り上げた別の声にビックリさせられた。

 その声で硬直が解けた私は、周りを見渡したら……そこで見た物に敬遠を覚えた。
 周りの皆が―――遠巻きに彼女を見ていた。
 それは感謝の眼差しとは遠い…ジェニアリーさんを“異物(バケモノ)”として拒絶し非難しているかのような目。

 命を救われたはずなのに、さっきの怪物を見るかのような怯えた瞳をさせながら、ストレスをぶつけるかのように誰かが再び声を荒げた。

「こ…殺したのか!? 殺したのかよ!」

「血が…あんなに血が…絶対死んだだろっ…!」

「なんで女が剣なんか持って……普通じゃないぞッ!」

「大体なんだその蒼い髪はっ…!」

「残酷すぎるだろ…っ!」

 口々に開くのは文句と非難の言葉。
 ざわざわ…と、その周りでは声高らかにしない者が隣同士で陰口(みにくいコトバ)を囁き合っている。

「(ひどい……)」

 あの人はあなた達に何をしたと言うの?


 さっきまで怯えるだけで壁にへばりついてまで縮こまっていた連中がスイッチが切り替わったような態度だ。
 卑屈だ……見ててみっともない…。
 この環境でのストレスなのか、それとも集団の意識がそうさせるのだろうか?

 対象が怪物から“人間”の女性にすり替わった途端、集団でいたぶる事に抵抗を覚えていない。
 なんだか…連中を傍から見ていると、汚らわしいモノに見えた。

「………」

 心無い非難を受けているジェニアリーさんは何も反論しない。
 目つきを少し険しくさせて沈黙する。

 だが、周りの言葉を無視して、彼女はため息混じりに小さく呟いた。


 “―――…災難なのはアタシか”。


 呟いた言葉は私の耳に届いた。
 それだけ、周りの声が雑音のように耳障りに聞こえたからなのかもしれない。
 彼女の…ジェニアリーさんの言葉は、どこか失望が込められているような気がした。
 その同じ枠に私が含まれていると思われていると…自分の立ち位置から離れたい気分にさせられた。

 この人達と一緒にしないで欲しい。
 なぜか、私はこの人にそう伝えたいと思っていた。


「―――!!」

 だがその前に…何かが、強い力で背中を押してきた。

「な…何っ…!?」

 たたらを踏んで体勢を持ち直して、振り返ると…そこは剣呑とした雰囲気が漂っていた。
 人の壁が波のようにうねり、怒りを孕んだ声でざわめいていた。
 何かが起こっている…人達が怒っている。

「どういう事だよ!?」

「それって本当なのか!?」

「それじゃあ…それじゃあ俺達おしまいじゃないか!!」

 声から声へと人は口調を張り上げる、そのどれもはストレスを爆発させたような声色が伝播して押し寄せてくる。
 後ろで何があったのだろうか、明らかにただ事じゃない。

 ただ、私はこの剣呑とした雰囲気に思い当たる想像があった。

「(暴動……)」

 脳裏に浮かべたそれと、彼らの行動は似ていた。

 怒りを露にしてバッシングする、やっている事は同じだ。
 声から人へと伝播し、鬱憤としたストレスが炎上して膨れ上がってきているのが見て伝わった。
 一体何が……何がここまで人を怒らせるのか、不満という見えない何かが波となって飲み込んできそうだった。



「これはいけないわね」

「っ!?」

 不意打ちで背後から掛けられた声で、私の体が跳ね上がった。

 いつの間にこんなに近くに来たのだろうか…それは振り返らずもジェニアリーさんのものだとわかった。
 飛行機の前部から伝わってくる喧騒に紛れて近づいたのだろうか、全く気付かなかった。


「悪いけど―――返事は聞かないから連れて行くわ」

 続けて、背中越しに耳打ちしてきたその言葉の意味がわからなかった。
 反射的に「何を…」と口にしたところで、私のお腹に手を滑り込んできた事に気付いた。

 私の体はグン、と後ろに引き寄せられた。
 お腹を抱き留められた腕が私の体を軽く持ち上げて、景色に眼が追いつかないほど速さで連れ去った。
 肺の中の空気を吐き出してしまうような圧迫感を覚えながらも、その勢いは止まらない。


 一瞬、昇るような浮遊感を感じた。

 その時、景色が緩やかに止まり、鮮明になった光景が私を包み込む。
 その光景を見て、自分の状況を思い知らされる。

「うぁっ、ぁ…はぁっ…あっ―――!?」

 信じ、られない。
 私は空を飛んでいた。 跳びながらにして、飛んでいた。
 突然の視界の変化に動揺し、口から悲鳴すらうまく出てこない。
 ジェニアリーさんの…私を連れ去りながら躊躇いのない跳躍によって、私は高い位置から眼下の怪物達を見下ろしていた。

 私が眼にしたのは―――飛行機の外に投げ出されていた自分の視界だった。


 何かのしがらみが遠くなるような、大気の壁が肌を撫でる感覚を覚える。
 滑空してるかのような飛距離でどんどん飛行機から遠ざかり、そして私はそのまま森の中へと落ちていった。
 
 

 
後書き
もう半年以上もエタっていたのをお詫び申しあげます。 
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