探し求めてエデンの檻
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7-2話
前書き
見えたのは地面に倒れる視界。
感じたのは石のような打撃。
聞こえたのは高笑い。
意識が堕ちていく仙谷はそのまま気を失い、そして目覚めるのは日が傾き始めた黄昏時だった。
「ぅ…あ……」
顔にぬめりを感じながらオレは気が付いた。
気持ち悪い…。
何か頬に粘着質な液体が張り付いていて、感触の悪さと共に意識が戻った。
何よりも顔を洗いたい衝動に駆られての目覚め。
体が重い…。
足元から重力の重さがのしかかっていた。
足首から引っ張られている感覚は違和感を覚えた。
後頭部に鈍痛がする……。
眠気が覚めるような不快な痛覚を刺激された。
頭蓋骨が割れるようなその痛みに、頭を抱えたくなった。
だがそれが出来ない。
手が、動かなかった。 両腕が後ろに回され、両方の手首が拘束されていた。
ギチギチと、紐状のソレは血の流れが止まって鬱血でもしてしまいそうなほどにキツく、何重にもグルグル巻きされている。
人は好まない環境になると不快さを露にする。 当然オレも腕が動けない状態に不機嫌に疑問を浮かべる。
「な…ぁ……なんで、縛られて…ぇ、っ―――!!?」
だが意識がハッキリすると、オレの視界はありえない光景を写していた。
足元より下は地面ではなく、遥か遠くに緑が広がっていた。
一瞬で理解するその立ち位置。 オレは森の上の、それもかなり高い所の崖にいて、その足は地面に付いていない。
それがオレの疑問を置き去りにする衝動を与える。
「ぁっ…なっ、高っ!? お、落ちっ……!?」
とんでもなく怖い。
どんな生物でも高所での地に足が付かなければ動揺する。
オレも当然、足をバタつかせて暴れ出した。
「な、なんだよこれっ!? だ、誰か……ヒッ!」
暴れた拍子にわかった。
オレのツタのようなモノで体は吊るされていて、それが上で木の枝を支点にブラ下がっている状態にある。
ギシギシと揺れる枝が危機感を煽った。 軋む音がオレの命の危うさを表現しているようで…恐怖した。
「あまり動くと…ツタが切れちゃうよ、仙石」
視界の外で誰かが声をかけてきた。
オレは顔を上げて、その声の方を見た。
すると目の前に、仮面があった。
「―――……っ!」
白地に穴だらけの仮面の向こうにある眼球がオレを覗いていた。
仮面を着けた……少年と思わしき男。 それは吊るされたオレに至近距離で見詰めていた。
その無言でオレを睨みつける瞳は暗い。 仮面の向こうからという以上に、そいつの瞳は黒く濁っていて獣相手とは違った不快さを感じさせた。
「お、お前……な、何なんだ!? ふ、ふざけてんのかよ!?」
「……」
オレはそう怒鳴りつける。
ブレる事なく視線を固定して凝視してくるソイツに向かって睨み返すが、何も言い返してこなかった。
奇妙な奴だ。 奴が顔に着けているモノだってそうだ、ソレはグアムで見たような…ホッケーマスクとはちょっと違う、顔を覆うほどツルリとした白地に額に模様が付いていて、いくつもの穴が空けられている特徴的な仮面である。
だがそれはあくまで鑑賞用かまじない用のモノであって、その作りは人が顔に着けるには不気味なのだ。
「おい、なんとか言えよ! もしかして…オレを殴ったのはてめーなのか!?」
オレは今でも後頭部に苛む痛みと共に訴えた。
意識を失う寸前に、石か何かで殴りつけたような記憶が蘇って、それをやったのがこいつの仕業だとオレは即断した。
「名前は!? その格好、生徒の一人だろ、クラスどこよ!? そんな、仮面を着けて…ふざけてんのか!?」
ガッ―――!
そいつは返答の代わりに石を叩いた。
手に石を持ち、拳以上に大きい石を砕き始めた。
その行動にちょっと驚いてしまったオレは言葉を失った。
ヤツの不気味さに圧されたとは思いたくないが…今この状況がどれほど不利なのか自分でも理解している。
ガッ…ガッ…――!
絶体絶命なのかも知れない。
腕は拘束され、足は地に付かず、地上から数十メートルもの高さの崖上から吊り下げられている。
こいつがどんなつもりなのかはわからないが、ツタ一本切るだけでオレを簡単に殺せるのだ。
「(くっそ……声じゃよくわかんねーけど……こいつ、オレを名前で呼んだよな…オレの知ってる奴なのか? 制服も同じだし…)」
ガッ…ゴッ……ガゴッ―――!
今もなお石を砕いているソイツの素顔は仮面に隠されていてその正体は窺い知れない。
体格はオレとあまり変わりないけど…心当たりがなかった。
「おい…何か言えよ!」
「ハデス…」
そいつは小さく答えて、こう続いた。
「――冥府の王、ハデスだ」
仮面の男、ハデスはそう名乗った。
「(ハ…デス……!? な、何を言っているんだ…?)」
怨嗟がこめられたような恨めしい声で言うその名は明らかに実名とは思えない。
冥府、とかそんな事を言うなどいよいよ正気を疑う。
だが、その正気の怪しさは…オレの命をも危うく感じさせた。
「ふ、ふざけてんじゃねーよ!! シャレんなってねーぞ、早く降ろせ!! こんな事をしてる場合かよっ…周りを見ろよっ、獣が…猛獣がウヨウヨしていて物凄く危険なんだぞ!? 生き残った奴らと一緒に協力しなきゃなんねーってのに…お前だって生きて帰りてーだろ!?」
ガツンッ―――。
「うぅん」
だがそいつは…ハデスは短く否定した。
「お前はここで死ぬんだ」
底暗い声で、オレに死亡宣告を下した。
とても同年代とは思えない、淡々と冗談では済まされない言葉を吐いた。
「お前だけじゃない」
ガツッ―――。
「教師、生徒、男子、女子…血祭りだ、学校の奴ら全員―――この島で死ぬんだ」
こいつは…ハデスはそう言った。
それは芝居とかでも何でもなく、本気で…同級生を含むであろう人をも、その命が損なわれるという事に何の動揺も浮かべていない。
「ふ…ざけんな……人の命を、何だと思ってんだよ! 皆生きてる! 死んだりなんかしねぇ! それとも、何か? お前が殺すとでも言うのかよ!」
「殺せるさ」
そいつは石を砕く作業を止め、仮面の裏で口の端を歪ませた。
「オレは以前のオレとは違う。 昔の、数日前までの、何も出来なかったオレとは違う。 この島に来てからは変わった。 この弱肉強食が支配する島がオレを変えてくれた。 そうさ、あの生活とは遠くかけ離れた存在になったんだ。 人の命を掌で操る冥府の王……ハデスに生まれ変わったんだ。 く、はっ…ははは……ハハハハハ! 強い…強いんだ! オレは強い! 好き放題…やりたい事をやってやる! だから、殺す! 殺してやるんだ!!」
こいつ…おかしい!
正気で言っているとは思えない。
こんな奴が、普通に机を並べて一緒に勉強をしていた奴が潜んでいたなんて…とても自分と同じような、学生をやっていた奴とはにわかに信じられない。
うちの学校には突出して才能に恵まれている奴や特別乱暴だったりヤバ気な人間もいたりするけど……こいつのは異質だ。
ガゴッ―――。
ハデスは再び石を砕き始めた。
これ以上問答しても、オレが望む答えが返ってきそうにない。
混乱している今では、ハデスの異質は理解に苦しむ。
「―――よし」
すると、ハデスは石を砕く作業を止めた。
砕かれた石には鋭い先端が出来ていた。 ハデスはその先端を作るためにずっと石を砕いていたのか、その形に納得がいったようだ。
その砕いた石を木の棒にツタで縛り付け、一つの道具を作り出した。
「出来た」
―――オレはその道具の形に、絶望で顔から血の気が引いた。
それはとても単純な“斧”だった。
すごく原始的な、この島で初めて見る事になる“凶器”だ。 それを見せつけられてオレは恐怖した。
殺意を言葉にしたコイツが凶器を手にしてるのに、オレは枝から吊り下げられて身動きの取れない。
オレは“殺される”かもしれない事に恐れ、今更ながらみっともなく暴れ始めた。
ツタが切れて落ちるかもしれない。
だがそれよりもハデスは石斧を両手に握って、ゆらりと幽鬼のようにオレに近づいてきている。
日が落ちたのか、辺りは暗くなっていてハデスの仮面の裏にある目の色が見えない。
その目がどんな色をしているのか、オレは確かめるのが恐ろしくて、物凄く動揺する。
「(ま、待てよ…ジョーダンだろ? 本気で…本気でオレを…!?)」
目の前にいるのは学生でもなければ奇人でもない。
オレの目にはハッキリと、“殺人者”という異常者がオレに近づいてきている。
「ちょ…おいっ、やめろよ! やめろッ!!」
殺される…とオレは生まれて初めて実感した。 だから、そこで理性を犠牲にしてみっともなく暴れだす。
だが、そいつは止まってくれない。 オレを拘束するツタは解けてはくれない。
ハデスは崖の縁にまで歩を進めて、斧をバックスイングして振りかぶる。
そこから繰り出される石斧の軌道上にはオレの頭があって…ハデスは仮面の奥にある狂気の瞳をチラつかせて狙いを定める。
そして次の瞬間、ハデスは石斧を打ち振るった。
「や…やめろおおおおぉぉぉ!?」
後書き
原作の7割増し狂気で中二病をお送りします。
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