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探し求めてエデンの檻

作者:オイラム
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8-1話

 
前書き

とても(いや)な夢を見た気がする。
地獄のような非現実的な悪い夢だ。
しかし、それは“冗談”でも何でもない。
赤神りおんを“悪い夢”を“悪い現実”へと引き戻したのは、鼻を優しく刺激する香草の匂いだった。
 

 

 鼻をくすぐる香りが漂っていた。

 コーヒーとも味噌汁とも違う…どこかツン、と強い刺激臭が鼻腔(びこう)をくすぐる。
 それは眠りを覚ますほどには十分だった。

「………ん…」

 嗅ぎ慣れない匂い…だけど、初めてじゃない。
 まどろんだ思考でそれが何なのか記憶を探る。
 何だろう………これは……どこで嗅いだのだろう……甘酸っぱいりんごのような香り……お母さんと一緒の時に、どこかで嗅いだような覚えがある……。


「(どこ…だっけ……?)」

 考えていく内に、私は瞼を開けた。

 自然と覚醒して開いた視界に見えたのは…シュンシュン、と湯気を立てる縦長のコーヒーポットだった。
 それはどう見ても、湯を沸かすための調理器具だ。
 今の現代、“お湯を沸かす”と言えば電気ポットとか給湯機とかであって、それらが普及していてそっちの方が見慣れている。
 今ではお目にかかる事はほとんどないレトロさを感じられるその首をもたげた蛇頭のような注ぎ口なデザインは、私の目には物珍しく映った。


 カチン―――。

 ふと、コーヒーポットの向こうで鉄の音が鳴った。
 何かが噛み合うように鉄と鉄を打ち鳴らしたかのようなその音。

 視界の焦点を合わせるとそこには重厚な黒の色をさせた鉄の塊。
 それは…どう見ても…“拳銃”としか思えない形だった。

「ヒッ…!?」

 その形は知識の中で無意識の恐怖の一つとして忌避感(きひかん)が刷り込まれている。
 モデルガンかどうか疑問を抱くよりも先に、まどろんだ意識ではその銃の黒光りの鉄の色に怯えの声が漏れた。

「あら、起きた?」

 銃に気を取られていた私は、そこで初めて“そこ”に人物の存在に気付く。
 岩を腰掛けに銃を握って、私に声をかけたのは―――。

「ジェニアリー……さん?」

 見覚えのある顔に記憶から出てきたのは、つい最近……昨夜出会った蒼い髪の人…ジェニアリーさんだった。
 そこで思い出すのは昨夜の記憶……忘れようと思っても傷のように残った強烈な体験が脳裏に蘇る。

「わた、しは……」
「ずいぶんと寝坊助なのね、もうお昼すぎよ」

 彼女はそう言うように、周りの状況はその通りだった。
 真上を天井の木漏れ日からは眩しい陽射しが覗いている。
 私…どれほど眠っていた?

「昨夜は怖い思いをして疲れたかしら? 昨日の事は覚えてる?」
「……」

 覚えてる…なんて話じゃない、あんなの忘れられるわけがない。
 人が喰われるという地獄のような出来事。 悪夢。
 それと同時に超人的な体験を味わった。

 そして私は…そのまま気を失っていたんだ。

「その様子だと覚えてるみたいね。 思ったよりしっかりした子なのね」

 ジェニアリーさんは脇に拳銃を置きながらそんな事を言ってきた。

 人の良いお姉さんのような態度を取っているけど…この人は…ただの人じゃない。
 人間を喰う怪物の首を落として…飛ぶような跳躍(ちょうやく)で地獄から私を無理やり連れ去って、獣の囲いから単身突破してのけた。
 思い出せばとんでもなくすごい事であり、並大抵の事では実行できる事じゃない。

 だが、目の前にいる人の態度に違和感を感じて混乱してしまう。

 思い返して、この目で見た自分自身それが信じられない。 だって…今の彼女はとても普通な印象を抱かせる。
 柔和(にゅうわ)で、気遣いがあって、大人らしい落ち着きの女性だ。
 しかし―――あの時はもっと…彼女の全てが印象が鋭かった………。

 私の中で、よくない感情が(くすぶ)っている。
 彼女に対して……ジェニアリーさんに対して…獣に対する恐怖より、彼女の……その異常性の方が強く意識してしまう。
 怪物をも凌駕するその力に…異物に対する拒否反応を起こすように、彼女に対して壁のような距離を作っている。

 ―――私は、この人を恐れてる。

 この人の蒼い髪が…青い眼が……なんでもない普通の態度が……恐ろしく感じてしまう。
 まるで恐れる理由を粗探ししてるかのように目線が動く。
 力を持った彼女をあの怪物と同列視する目になっているのが自分でもわかる。
 なんか、この無意識の思考が浅ましい………結局私も…命を救ってくれた人に拒絶の視線を投げかけたあの人達と同じにすぎない、とそんな風に思えて、自分を嫌悪した。

「……」

 沈黙する私を見て元気がないように思ったのだろうか。
 ジェニアリーさんは持ち上げたコーヒーポットを少し傾けて、注ぎ口から湯気を揺らめかせた。

「…飲む?」

 湯気の向こうで微笑んだ表情を見てわかった。
 私がどう思ってるか、棘を持ったこの気持ちをよそに…そっと触れるように接してきてくれる。
 あぁ…この人はこちらを気遣っている。

 言葉が出ない…だがこくり、と頷いて首肯だけはした。

「カモミールよ。 気分が落ち着くわ」

 コーヒーポットから沸いたばかりのお湯をマグカップに注いで、ジェニアリーさんはその上に握り拳を持ってきた。
 握り締めた手を開くとその中から……花が落とされた。
 中心の花芯が黄色く膨らんでいてその周りに沿って白い花びらが綺麗に並び咲くカモミール…乾燥したものじゃない、生のままの頭花――こんな所で一体どこから…――が数個マグカップの中に落とされた。
 そのマグカップに小皿を蓋代わりにして、蒸らして待つ事五分……先ほど嗅いだ甘酸っぱいりんごのような香りが漂ってきた。

「はい、どうぞ」

 差し出されたマグカップを受け取った。
 湯気と一緒に香りが立ち昇って、鼻腔を刺激してきた。

 ああ、そうか。 この匂い…嗅ぎ覚えがあると思った。
 お母さんが一時期ハーブティーを嗜むようになって、それに付き合って飲んでいた事があったんだ。
 小学生の時分で、いつの事だったか正確には覚えていないけど…この香りは覚えている。

「は、ぁ……」

 緊張感が解れていく。
 お湯の熱さだけじゃなくて、体の芯から暖まってくるような熱が寝起きの体に染み渡る。
 胸の内にあったモヤモヤとした感情が一緒に飲め込めたような気がした。

「赤神りおん」

 心中が穏やかになって気が緩んでいるところを、不意に名前を呼ばれてドキッとした。

「確かそういう名前だったわよね」
「は…はい」
「そう…アタシはむつ…ゴホン、ジェニアリーよ。 覚えてるかしら?」

 何か言い直した?

 それはともかく、私は勿論覚えている。
 名前ではなく、その容姿と昨日の衝撃的な体験とセットだと忘れられるわけがない。
 それを抜きにしても、非常事態にも関わらず自分を見失わず“芯”を保って飄々(ひょうひょう)とした態度で、私を和ませそして励ましてくれた事は印象に残っている。

「はい。 あの、昨日は…」
「まぁまぁ、まずはハーブティーを飲み干してからよ。 アタシばかり質問してなんだけど、もうちょっと落ち着いてからね」
「え、いや…あの…」
「焦らないの」

 強くはなく、だが決して強引ではない押しで宥められた。
 有無を言わさない“凄み”のようなものを感じられて、まるで親に言い聞かされたような気分を覚えた。

 訊きたい事はある。
 だけど、今は(なだ)められるがままカモミールを少しずつ飲み干して、少し間を空けた。

 ハーブの効果なのか、それとも暖かい飲み物を飲み込んだからなのか、さっきよりも心の中が穏やかになった。

「……ふぅ」
「落ち着いたようね」

 言われて私は醒めたような気分になった。
 混乱したり、怖がったりするばかりだったけど、今は少しはモノを考える事が出来る。

「はい……まだ、今でも何がなんだか…」
「それでいいのよ。 わけがわからなくても動揺しない事、理解するのはそれからだわ」

 コーヒーポットの向こうで、ジェニアリーさんが自分用のモノなのかマグカップを揺らしながらそう言った。

「異常を異常と受け入れるには準備が必要だわ。 日常に浸っていればいるほど、危機的な事に対して理解が追いつかないからね。 その上、いざ非日常に直面すれば理解を超えて感情のコントロールを失うわ」

 私はその言葉に頷いた。
 日和見…そう言われても当然なほどに、学生生活は平和で、危機的な事とは皆無な日常に違いなかった。

「その点、茶は便利なものよ、感情ではどうにもならない制御を補ってくれるからね」

 そうでしょ?…とジェニアリーさんははにかみながらマグカップをこちらに向けてクイッ、と傾けてきた。

「さて、非日常を認識した赤神りおん。 貴女は昨日の事が知りたいんでしょうね、あの(ケダモノ)について」

 私は、そのピンポイントの話題に一瞬体が強ばるも、首肯して返した。

「はい……ジェニアリーさんは、“アレ”を知っているんですか?」
「何も知らないわ」

 あっさりと否定して肩透かしを食らった。
 だが、私が言葉を返す前にジェニアリーさんは言葉を続けた。

「意地悪で言っているわけじゃないのよ。 アタシは本当に、あんな(ケダモノ)なんか知らない、名前すらね。 けど…“もしかしたら”、の推測なら言えるわよ」
「それは……?」
「絶滅動物」

 ―――少し、逡巡して私はその言葉を呑み込んだ。 そしてその言葉をオウム返しした。

「絶滅…動物?」
「文字通りの意味よ。 アレとは違う別の生物を見て、それを絶滅動物だと断定した子がいたのよ。 それもアタシが見た事も聞いた事もない(ケダモノ)だった。 アレが絶滅動物だとしたら、昨日の(ケダモノ)もまた絶滅動物かもしれないわね」

 てっきり、私が昨日見たモノ…アレが全てだと思った。
 だがそれは違った。 あんな怪物の他にもいるだなんて…。
 悪夢みたいな事実に目の前が暗くなるような錯覚を覚えた。

「あの(ケダモノ)だけじゃない、この土地全てが…現代には残っていない過去の存在が生息している…と、アタシは推測するわ」
「この土地全て…ですか? どうしてそんな事が…」
「辺り一帯を渡り歩いて調べたから。 どこにもいなかったのよ―――“普通の動物”が」

 その意味、わかるでしょう?、とジェニアリーさんは私に問うた。

 ジェニアリーさんは言外にこう込めた。
 この土地は、どこに行っても絶滅動物と思わしき生物しか見当たらない……と。

「そ、んな………」
「ありえない…とでも言いたい? でもね、こう思っておきなさい。 一枚壁向こうは別世界のような存在、文化、人種、常識、それらの一つ超えたそこには当たり前のように未知が転がっているのよ。 自分が常識を常識と思っていたものは、ほんのわずかの知識でしかなく、国一つ向こうの文化どころか同じ国の地域一つで違っただけでそこにあるモノに驚かされる。 日常という壁一つ向こうには、こんな事もあるのよ」
「あ、ぅ……」

 何も言い返せなかった。
 達観、どころじゃない…こんな異常な状況の中で動揺するどころか、そういうモノもあるという考えを持っている。
 私にはその世界観が見えてこない。
 一体何を見て何を体験すれば、そんな“視線”から世界を見れるのだろうか。

「こんな世界だけど、貴女はどうする? 何か特技とかある?」
「え、あ…ハイ、体操部をやってます」
「体操部。 体操部かぁ…厳しいわね。 しなやかな筋質はしてるけど、格闘してるソレじゃないのね」
「……?」

 どういう事だろう?
 特技があるから何だと…。

「貴女、自分で自分を守れる自信ある?」
「え…」

 唐突に突きつけられた質問に、私は体が(こわ)ばった。
 

「え、じゃないわよ。 こうなったからにはなるようになるしかない、と言うか猶予がないの。 親にも警察にも国にも頼れない、そういった庇護が届かないのよ、ここでは。 それじゃあ自分で自分を守れる? 自力ではそれもできない。 じゃあ、貴女はどうやって自分の身を守れるの?」
「そ、それは皆で力を合わせれば…」
「皆って、どこの誰の皆?」
「それは…………飛行機の乗っていた皆とかっ…!」

 そうだ。 あの怪物に襲撃されたけど、きっと生き残っているだって大勢いる。
 生徒だってたくさんいる、それなら協力し合えば何とかなるはずだ。

「却下だわ」
「えっ…!?」

 だが、ジェニアリーさんはこれを一蹴した。
 まるでどうでもいい事かのようにハーブティーを啜った。

「熱っ……むぅ」

 ハーブティーを口に含ませた途端、その温度にやられたのか舌を出して熱そうにして眉を顰めた。
 ややあって湯気の立つソレを飲むのを一旦諦めて話を続けた。

「…今から戻っても無駄よ、あそこはもう元には戻らないわ。 だから止めときなさい」

 元に…戻らない?

「それってどういう…」
「貴女が一人戻ったら、乱暴にされて犯されるからよ」
「お、犯さっ……!?」

 この人はいきなり何を言い出すのか!

 私はハーブティーを持ちながら、顔を赤くさせて反射的に立ち上がった。
 経験がどうだとか言う友人も、背伸びして下世話な事を言う部の先輩もいる。
 だからその言葉の意味を理解できないわけじゃない。

「な、何を言っているんですか!」

 しかし、私はそれで納得できるかどうか以前に、顔を赤くして反射的に否定した。
 怖いモノを見ると目線を逸らすように、私の中では卑猥(ひわい)な類には否定的になって思わず怒ってしまう習性が身に染み付いていた。

「あそこには皆が…先生も、生徒も、クラスメイトもいるんですよ! 何人も大人がいるというのに、そんな…!!」
「今あそこに戻っても、そこにいる人間は友好的な態度を取るどころか女を獲物と見て乱暴してくる可能性が高いって言ってるのよ」
「なんでそんな事がわかるのですか!」
「知ってるからよ、その場にいた貴女も見たはずよ。 たった一つの驚異でパニックなる群衆は容易く暴徒となる…あれは集団狂気(マス・ヒステリア)よ」

 私はその言葉に諭されて思い出す。
 あの同じ人間とは思えない暴走を、ジェニアリーさんは明確に名称として呼称した。

「意味もなく突然膨れ上がったかのような悪意。 意味はなくとも、混乱による不安は他人を罵って痛めつける事で精神の安定を保つために、同じように混乱と不安で動けない人を見つけては暴力の捌け口にする。 醜いけど、あれもまた人間の集団行動よ」
「―――……」

 理屈としては…わかる。 人間がそんなに綺麗なものじゃないのはわかっている。 清廉潔白じゃなく…男とか結構エッチな生き物なのだから、悪い面なんて私が想像できないほど醜いものなのだと何となくわかっている。
 だけど、それでも生徒なのだ、学生なのだ。 同じように机を並べて勉強した生徒達まで、あんな風に豹変してしまう事が理解しようとしても出来なかった。

「……信じられない? それとも信じたくない? 困ったわね…」
「……ごめん、なさい」

 彼女も決して意地悪で言っているわけではなく、第三者の視点としての事実を述べているだけにすぎない。 そして私を案じて諭しているのもわかる。
 ただ…いきなりで、私だけが納得できないだけなのだ。

 困ったように眉を下げるジェニアリーさんはハーブティーを啜ると、落ち着いた声で話しかけてきた。

「ん~……りおん。 貴女は、何においても心から信じられるような…そんな存在はいないのかしら?」
「え…それは……」

 言われて考えてみる。
 身近な人にそういう人がいるかどうか考えた…クラスメート、部活仲間、教師…仲間として考えられるけど疑ってしまえば、信じられるかどうかわからない。
 両親は…親は信じられる…だけど親子というある種の距離感にあって、何においても心から信じられる、となるとちょっと違うような気がする…それはきっとジェニアリーさんが言いたい事はそれじゃない。
 盲目的にじゃない、義務感でもない、連帯感でもない…それはきっと、他人同士でありながらもとても近くて信頼を寄せて、バカをしても、エッチな事をしていても、何か過ちを犯したとしても、それを許して信じられるような人……そう信じられる幼馴染、だ……。

 私の脳裏で顔が浮かんだ。
 慣れ親しんだ幼馴染の表情が浮かんで……私の顔が赤くなった。

「ア……アキラ…君……///」

 何という事だろう。
 大切と言えば大切な、好きだと思っていた幼馴染に対する気持ちを強く強く自覚してしまっている。
 答えたはいいが、気恥ずかしくなって私は両頬に手を覆って視線を逸らした。

「そう。 確か彼氏…じゃ、ないんだったっけ? そのアキラって子はりおんを信じてくれるような子?」
「え…それは……なんで…」
「答えて。 その子は、貴女の事を何があっても信じてくれる人なの?」

 こくり、と私は頷いた。

「なら信じなさい。 “あなたの信頼を買ってくれる彼らこそ信用しなさい”―――byシンディ・フランシス」

 ジェニアリーさんは言葉端に人名を付け加えた。
 今の言葉、どこか別の誰かのセリフを持ってきたかのような口ぶりだった。 格言、というものなのだろうか?

「その子は貴女が必死になって捜すほどの相手なのでしょう? それなら、りおんが求める助けはそこにあるわ」
「…アキラ君が…助け―――?」
「そ。 男の子は、女の子を護るものでしょ? 特に、やるべき事を残しているのなら尚更ね」

 ―――“死ぬべきじゃない、やるべき事、やり残した事がある…そう思える部分があるのならその子を強く信じてあげなさい”

 昨日、ジェニアリーさんにかけてもらった言葉を思い出した。

 アキラ君は大切な幼馴染…。
 事故が起きてすぐ傍にいない事に気付いて周りに聞いて回った…旅客機の非常口から放り出されるアキラ君を見てしまい、どこかで生きてほしい、絶望しながら探しまわった。
 いっそ森へと飛び込んででもアキラ君を探そうと思っていた……生きているかどうかもわからないのに、私は錯乱しても彼を探そうとしていた。
 でも、そんなアキラ君だから…もしかしたら今でも生きていて、私の事も必死で探してくれている?


 だとしたら……。

「……私、アキラ君と…会いたいです…」
「うん」
「皆がおかしくなって…こんなわけのわからない所にいるけど…アキラ君に会いたい」
「うん」
「アキラ君が無事だって事が知りたい…私が無事だって事を知ってもらいたいです…!」
「うん。 それでいいわ」

 私の答えをよしとしてくれたのか、ジェニアリーさんはハーブティーを飲んで頬を柔らかくさせた。

「右も左もわからなくても、歩ける事は出来るでしょ。 少なくともその気持ちだけでね」

 意固地になって事実を認めないで蹲るよりはマシ…うん、そうだろう。
 アキラ君は死んだかもしれない、後ろ向きな悪い考えに流されて変な想像ばかりしていた。
 うん…もっとしっかりしないといけない。 私はそんなに弱くないんだから。

 信じよう。 アキラ君の事を!

「…はいっ!」
「元気のいい返事ね。 さて…お腹空かない? 米はないけど、パンならあるわよ?」

 空気を切り替えて、ジェニアリーさんは朝食を提案してきた。
 卵やらベーコンやらをショルダーバッグから取り出して、どれがいい?とジェニアリーさんは訊いてくる。
 それはいいんだけど…コーヒーポットやらマグカップが入っていたそのショルダーバッグのどこに、食材が入る余裕があるのだろうか?

 疑問は尽きないけど、元気を保つには食べておかないといけないので、朝食に同意した。
 これまたどこに入るスペースがあったのかショルダーバッグからフライパンを取り出し、火にかけて調理にかかろうとする。


 その時だった―――。

「―――!」

 小さな影が飛びかかってきた。

 反射的にその影が見えたが、目で追う事はおろか腕一つ反応する事ができない。
 重力の流れを追い越して目にも留まらぬ俊敏な動きで、木の上から飛び出してきた影は私達の方へと向かってくる。

「―――疾っ」

 その素早く動く影に対して、ジェニアリーさんは凄腕ガンマンを思わせる反応速度で動いた。
 輪郭がブレるほどに速く振り向くと、袖から何かが飛び出してそれを手の中に収まると影を狙って振るわれた。

 それは瞬きのような短い瞬間、影を叩き落す直前―――。

「っと…君、か」

 ジェニアリーさんの緊張感が解けた声と、腕が静止されたのは同時だった。

 影はジェニアリーさんの手元でピョンとワンバウンド跳ねた。
 (すんで)の所で止めたジェニアリーさんの手元で影が足場にしたのは、柄だけの…刀身のない剣?らしきモノだった。
 その刀身のない柄の上に影は再び着地して、私はそこで初めてその影の正体を見た。

 それは縞模様をさせたリスのような小さな生き物だった。

 リスと違って尾は細長く、先っぽは筆のように毛並みが膨らんでいて結構可愛い…けど初めて見る生き物だった。
 もしかしてこの動物も、絶滅動物なのだろうか?

 でも…。

「(よかった…)」

 ジェニアリーさんが持っているモノは一応鈍器にもなるから、こんな小さな子を叩き落とさずに済んで私はホッとする。
 しかし…私が安堵しているのとは逆に、ジェニアリーさんの表情を変えた。
 こんな場所にいながら飄々と平衡を保っていた表情は、訝しげに強張って柳眉を寄せる。

「なぜここにいるの…?」

 その子を知っているかのような口ぶりで、柄の上に乗っているリスのような動物に問いかける。
 言葉を喋るわけでもないのに、対話をするかのような真っ直ぐな視線だ。
 小動物は鼻先をもたげ、ジェニアリーさんと視線を交差させ、それには何かのやりとりが成立しているかのように見えた。

 私はその様子を見ているしかない。
 言葉も声もないコミュニケーションを前に、当惑して口を挟む事が出来ずにいた…だけど……ジェニアリーさんの口から、私にとって聞き逃せない言葉が出てきた。


「―――…仙石達に、何かあったのね」
「えっ………?」



 
 

 
後書き
天信睦月の行動が別人のように思えるというコメントがありましたので補足を。

睦月の性格はちゃんとした肉付けがされています。
柔和で人当たりがいい性格で、絆を大切にする面がある。
しかし赤の他人にはいちいち関わってられないから、切り捨てるところもある。
赤の他人にはそんな扱いですが、一度は顔を合わせて会話し、嫌悪感を抱かずに接した相手でなら、旅の邪魔になる面倒に過ぎずそれっきりの関係になるのにそれなりに気にかける甘さがあります。
戦いと捜索の旅をしているので、多少荒っぽく血生臭くする行動しますが、それも捜し求めている目的があるから。
多少は法を無視した行動も破壊活動も、全て目的のために突き進んでるがゆえにです。

以上が、キャラ説明ではされなかった睦月の性格と、その行動の説明になります。 
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