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乱世の確率事象改変

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白馬長史の友達

 幽州に来てから少し経つが、公孫賛への大きな献策案は朱里と雛里を以ってしても未だ纏めきる事が出来ず、少しずつ確実なモノを小出しするのみになっていた。
 実のところ大方の理由は俺がたまに出す変な意見のせいであったが。
「そうだなぁ、例えば俺達の現状から出来る事と言えば代わりに賊討伐に行くくらいだが、効率的な仕事の進め方なんかを纏めてみたら案外いいかもしれない」
 そんな事を言ってしまい真面目な朱里はすぐに書簡に書き始めてしまったり。そして、もっとなにか無いですか!? と多くの意見を求めてくるのだ。
 何が朱里にそこまでさせてしまうのか、というと……言っては悪いが桃香のせいだろう。桃香の為に公孫賛との摩擦を減らす、確かにこれは三つの打開策の一つだが本来そこまで根を詰めてする事ではない。
 朱里は初めて桃香に出会ったあの日から初めての主に心酔している。いや、溺れてしまっている。
 綺麗で、美しくて、決して届きはしない遥か遠き理想に。なまじ頭が良いからか、それともただ世間知らずなだけなのか。
 対して雛里はどこか一歩引いた意見を言うのみで、大きく前に出て何かをしようとはしなかった。
 受動的といえるその態度は軍師としてはまだまだ未熟。軍師は自身で戦況を変えなければいけない能動的なモノであるため、最初から後手に回っていては軍師とは言えない。
 何よりも一番の問題と言えるのは、朱里に対する劣等感をまだ完全には克服できていない事。だからこそのあの態度だとは思うが、それでもまだマシになったというのだから驚くばかりである。
 そんなこんなで希代の天才軍師達の精神の成長はまだまだ伸び代が膨大ではあるが、未だ伏したる竜は首を上げられず、雛も巣立つには羽が小さく弱いということ。
 結局の所、俺にはどうする事もできないので、いつか来る戦に内心で怯えながらも、日々の訓練によって兵達と仲良くなりつつ毎日を送っていた。

 †

「まあ、そういう訳でな、未だに公孫賛殿に謁見さえ出来ずにいるんだが大丈夫だろうか……」
「クク、健気に頑張る少女というのはいいモノですなぁ。秋斗殿の主は劉備殿であり、彼女の私兵なのですからわざわざ謁見を行わなくてもよいのでは? それに余り気に病み過ぎるのも身体に毒というモノ」
 あの合同訓練から何故か毎日のように俺と二人で行動している星に日々の悩みを話すと、変態的に聞こえる発言をしてから俺の事を気遣ってくれた。
 もしかしたら星は女だがロリコンの気でもあるのかもしれない。
「そんな毒を追い払うためには……せっかくなので昨日言われた通りに行ってみるのも一興かと思いますが如何かな?」
 にやりと笑う彼女の考えはすぐに理解出来た。
 星は大の酒好きであり、昼であろうと夜であろうと隙あらば飲んだくれている。さすがに仕事をほっぽりだす事は無いがそれでも異常なほど。
 昨日も俺の仕事が早く終わったのを見て最近出来た新しい店に連れて行かれた。
 そのように毎日付き合わされて幽州に来るまでに貯めた金は、悲しい事に半分まで減っていたりする。
 ただおもしろい事があった。昨日行った店で星と口論になった時にある店の店主と仲良くなり、俺が知ってる日本の料理を教えたらタダでメシを食っていいと言われた。
 つまり彼女の言いたい事は、仕事も無いしタダ酒にありつきたい、という事。
「昨日の今日じゃさすがに悪いだろうよ」
「いやいや、こういうのは早い方が良いモノで、時機を見失っては店主の厚意を無駄にし、礼を失していると取られるでしょう」
 日々共に過ごしていて思ったが、ひらりひらりと自分の意見を通すために誘導する彼女は、会話の仕方は違えどもどこか俺と似たように感じる。
 本質的な部分で俺と同じなのかもしれない。
 素直になれず、回りくどく、自身の言いたい事、伝えたい事を誤魔化しながら飄々とした態度と曖昧な言葉で表現する彼女は、人への気遣いを忘れる事も無く、きちんとした自身の基準線を余程の事が無い限り踏み越えはしない。
 曖昧で誤魔化しを多く使う所が俺と星の似通った部分だとして、星の意思を汲み取るのが苦手な愛紗からは結構冷たい目で見られたりしている。
「しかしな、星。まだ昼も下がり始めたばかりだ。何があるか分からんだろうに」
「だからこそ、ですよ。先に行動しておけば面倒事を押し付けられる事もありますまい」
「一理あるが……ほら、うちには怖い怖い鬼がいるから」
 言うと彼女は目を丸くして、次に腹を抱えて大笑いしだした。
 俺達の頭に描かれる人物は一人の厳しい人。前に昼間から飲んでいたらこんこんと数時間にも渡り説教された。
「あはは! 確かにとばっちりを喰らうのも面倒ですな。愛紗は今日私達が共にいる事を知っておりますし、二度目ともなるとさすがに私も怒られる」
「だろう? なら今日は容赦してくれ。そうだな、公孫賛殿への献策が上手く行ったら祝いの席として使わせて貰うってのはどうだ?それなら気兼ねなく飲めるだろ」
「おお、それは名案。時機については天才と謳われる二人の少女の力量に期待ということで」
 ここらが落としどころととったのか星も納得し、タダ酒が飲めるので上機嫌になった。
 それから他愛ない会話を繰り返し、笑い合っていると俺達の元に朱里が近づいて来た。
「し、秋斗さん。献策する書簡が纏まったので明日、公孫賛様への謁見をお願いします。それと、申し訳ないのですが桃香様が公孫賛様にその事を伝えに行っておられますので代わりに今日の仕事をお願いしてもいいですか?」
「分かった。すぐに向かうから先に行っててくれ」
 俺の返答を聞いて朱里はすぐさま踵を返して桃香に与えられている執務室に向かう。
 見送ってから、星を見ると嬉しそうにこちらを見ていた。
「これほど早く決まるとは。これも天が我らに早期の酒宴を望んでいるという事でありましょう」
「クク、かもな。なら明日、公孫賛殿への献策が終わり次第二人で行こうか。明日の仕事は?」
「とりわけ急ぐような案件もありませぬ。急なモノがあっても代わりにしてくれる者がおりますし」
「……最後のは褒められた事ではないが、決まりだな。じゃあまた明日な」
「ええ、また明日、酒宴にて」

 仕事を押し付ける相手というのは誰なんだろうか、と考えながら星に別れを告げて、朱里に言われた仕事を終わらせに俺はその場を後にした。

 †

「私が公孫伯珪だ。お前が桃香のところから手伝いに来たという徐晃か?」
「は、徐公明と申します」
 執務がある程度片付き昼食を終えた頃、昨日桃香に言われていた一人の来客が現れた。
 その者の名は徐晃。大きな体躯にすらりと長い手足、しかし平凡というよりは普通というような顔をしていた。
 桃香が言っていたが大層優秀らしい。聞くところによると文官の仕事はほとんどなんでも出来て、さらに仕上げるのがかなり速いとか。武の腕も星が認めるほどと聞く。桃香ばかり羨ましいなぁ。
「それで? お前は何をしてくれるんだ?」
「? 桃香様より内容をお聞きになっていないのですか?」
 どういう事だ? それを伝えに来たんじゃないのか?
 徐晃の返答にしばし茫然としてしまうが気を確かに持ち、聞くことを変えてみる事にした。
「桃香には徐晃に手伝いをさせるからとしか聞かされていないが」
 徐晃は思いもよらなかったのか呆気にとられている。こいつも桃香の天然策略に嵌められた一人だったわけだ。どうせならギリギリの所まで使わせてもらう。
「お前が聞いていないのならば先の言が全てだろう。ではまず幽州の――」
「お待ちください、白蓮様」
 曖昧な条件を利用し、徐晃にこちら側の仕事を出来るだけ手伝ってもらえるようにしようと思ったが、隣に控える一人の少女から待ったが掛かる。
 何事かと思いその方を見てみると、燃える炎を幻視してしまうほどの怒気を纏っている私の腹心、関靖がこちらを見つめていた。
「どうした、牡丹?」
「私としましてはこいつに雑よごほん、何から何まで手伝いをさせる白蓮様の考えはもはや神の如き閃きだと思うのですが余りに曖昧で投げやりで阿呆でバカすぎる劉備の対応に対して何かしらの報ふごほん、対処をするのが先かと思う訳でしていえ決して違うのです白蓮様を否定しているわけではなくてむしろ崇めていまして命尽きるまでおそばにいたいわけでして素晴らしい所を一から順にならべたいくらいで「しつこい! 長い! 黙れ!」ありがとうございます!」
 真名で呼び掛けるとつらつらと、というよりは未だ私の元にて客将をしている星しか聞き取ることが出来ない速さで喋り倒し、こうなるといつまでもうるさいので三つの言葉で黙らせた。
 あぁ、なんで客人が来る今日に限ってこいつが隣にいるんだよ。
「短縮して、簡潔に述べろ」
「劉備、対処、先」
 言うが早く三つ単語を繋げて己が伝えたい事を説明し、それ以上は何も言わないように口に手を当てて押し黙った。
「ご苦労。だが桃香は私の友だ。それに逆に動いてもらいやすいし今回は目をつむるさ。……すまない徐晃。こいつには後でよく言っておくから容赦してくれ」
 余りに牡丹の行動と言動が鮮烈だった為か、ポカンとしている徐晃に言うと、
「え、えぇ。ありがとうございます?」
 混乱しているようで、何故か礼を言ってきた。こいつも早口すぎて聞き取れなかったのかもしれない。
「とりあえずここじゃなんだから、詳しい話は政務室で聞こう。ついて来てくれ」
 玉座から立ち上がり、牡丹に残りの政務をこなすように指示を出してから、徐晃と連れ立って謁見の間を後にした。




「こんなところでどうだろうか」
 途中でサボっていた星を捕まえ、政務室に行き徐晃と話を煮詰めること幾刻。
 提示された交換条件はあまりに素晴らしい策ばかりで、おそらく自身の負担が半分以下になる事が予想できた。さらに嬉しい事に徐晃本人をこちらの好きに動かして構わないらしい。
 繋ぎ役という特殊な立場からめんどくさい手続きを無視して細部を任せることができるので大助かりだ。
 二人の天才軍師に感謝しないとな。
「いいですね。これならお互いにとって最善でしょう。さすがは公孫賛様」
 さらに仕事の楽な進め方、胃に効く薬草、問題児のしつけ方まで入っていた。私にとってはもの凄く助かるモノだ。
 しかし後ろで震えて笑いを堪えている星が気になる。
「星、どうした?」
 私が言うと徐晃がにやりと笑う。
 それも一瞬で、急に真面目な顔になり星を見つめ口を開いた。
「星さん、私が話す度に笑うとは失礼にもほどがあるのでは? 私の話し方に問題があるとでも? いっそのことあなたへの話し方もずっとこのままで行きましょうか?」
 そんな徐晃の言葉に星は耐えきれなかったのか盛大に吹き出す。
 おい、唾が飛んだぞ。
「あははは! 秋斗殿! ひ、卑怯ではないか! そんな、ふふっ、堅苦しい……くくっ、喋り方で……話しかけるっ……なんて!」
 星の言葉でどうして可笑しかったのか納得が行った。
 どうやら普段とは全く違う徐晃の話し方がツボにはまっていたらしい。
「そ、そんなに違うのか?」
「……ふぅー。全然ちがいますな。腹を割った相手にはこう、兄貴風を吹かせようとするのですがへたれてしまうような」
 笑いも漸く落ち着いたのか一つ大きく息をついて呼吸を整えてから仕返しとばかりに徐晃をけなす星。にやりと笑ったその顔からは徐晃との仲の良さが見受けられた。
「ほう。そうなのか。最近心にゆとりがなかったんだ。ぜひお前たちの楽しい話を聞かせてくれ。私も久しく大声で笑いたい」
 気付けばそんな事を口走っていた。
 軽く冗談を言い合えるこいつらが羨ましかったから。思いつきだ。それを聞いてにやりと星が笑う。
「では秋斗殿、彼女もあそこに案内してもてなしては?」
「まあこれからも役に立ちそうだし俺は構わないが……」
 星の言葉に砕けた調子で話す徐晃は少し不安そうだったが了承の意を伝える。
 これが普段の徐晃か。なるほど、さっきのとは全然違うな。
「あそことは?」
「行けばわかりますよ」
 そう言われ、促されるままに息抜きがてら、牡丹にしばらく出ると伝えてからその場所に向かった。



「なん……だと……?」
 着いたところは超高級料理飯店『娘娘』。味は大陸でも片手で数える程美味いと言われており、しかしその値段は、腹を満たそうとするならば懐の温かい豪族でさえ滅多に来れないほど。こんなところで食事をしたら小遣いが消し飛ぶ。
「おい、本当にここか?」
「間違いなくここですな」
 バカな。私でも付き合いで数回しか入ったことがないぞ。
「大丈夫ですよ。秋斗殿に任せておけば」
 そう言って二人は店に入っていき、徐晃は何やら店員と話していた。
 すると奥から店主が現れる。
 ふと疑問に思ったのはその瞳が前に見たモノとは輝きが違った事。昏い色を湛えていたはずのその瞳は少年のように透き通っており、まさか別人かと思ってしまった。
「ようこそいらっしゃいました。太守様」
「久しぶりだな。その……」
「本日は徐晃様をお連れですのでお代は頂きません」
「はぁ!?」
 挨拶をしてから持ち合わせが少ない事を伝えようとすると、あまりに異常な情報を放たれ、驚愕の言葉が口を突いて出た。
 おかしいだろ! 絶対何か裏がある。
「おい……不正は……」
「そこまでです公孫賛様。とりあえず奥の個室へ行きましょう」
 言い切る前に徐晃に促され、店主はさっさと奥に戻ってしまった。
 奥の個室は店主のお気に入りしか入れないはず……何なんだ一体。



「つまり徐晃は店主に気に入られたわけか」
「はい、さすがに悪いと言ったのですが、そのくらいさせてくれと頼みこまれまして……」
「店長が言っておりましたが売り上げもうなぎ上りになるのが予想されるだろうとのこと。気にせずこの最上の料理達を堪能致しましょうぞ」
 聞くところによると、星とメンマの話で熱くなった時に作った料理をたまたまそこにいたこの店の店主が気に入り、作り方を教えてくれと頼みこみ、
 ついでにいろんな珍しい料理も教えると、店主は感動してこの店に来た時にはタダにしてくれるとのこと。
 確かに美味い。こんな美味いものは食べたことがない。
「この『はんばぁぐ』とかいうの、気に入ったぞ」
 肉団子を焼いたようなこの料理は、食べた瞬間に口全体にじわりと旨味が広がる。店主の腕もあるだろうが、異国の料理の数々にはこんなおいしいモノがあるのか。
 これが食べられただけでここに来た甲斐があるかもしれない。それにタダというのも懐が寒い私にも嬉しい。
「気に入って頂けたようで何より」
「あぁ、話し方戻していいぞ。今は私事だし、敬語もいらない」
 未だに敬語を続ける徐晃にどこか違和感を感じて、星と同じように話して欲しくて言ってみた。
 実際、さっきのを聞いたらもの凄くむずむずする。
「わかった。しかし喜んでもらえてよかった」
「では失礼して……。」
「おい、星。なんで酒を出してるんだ」
 徐晃の喋り方に違和感が無くなった事に納得していると、星がいきなり酒を出し始める。
 店に入った時はまだ夕方、確かにもう仕事はほとんど終わらせて来たがそれでもまずい。
「おや。これは私事なのでしょう? ならば語るのに酒はかかせますまい。ささっ、どうぞ」
 にやつきながら杯を私の前に置いて取り出した酒を満たしていく。
 私が言いだしたことだから今更撤回する事などできない。
「……仕方ない。いいか? ちょっとだけだからな!」
 仕事に差し支えないように少しだけ飲む事を決めて星に言うと、
「クク、相変わらず巻き込むのがうまいな」
「さぁ、なんのことやら」
 徐晃に痛い所を突かれたのかいつもの調子で誤魔化す星。
 どうやら私は嵌められたらしい。それに気付いて沸々と腹の底から怒りが湧きあがってきた。
 ええいままよとグイと杯を煽って……

 記憶はそこから綺麗さっぱりない。

 †

 どうにかうまく白蓮殿も嵌めることができた。タダ飯と美味い酒と楽しい時間。
 しかしまさか白蓮殿がここまで酒乱とは思わなかった。
 彼女は酔っぱらってからしばらくして眠りこけてしまい、帰り道の今、秋斗殿の背中で揺られている。
「うへへ~。星も秋斗もわらひのところではたらくんだぁ」
 幸せそうに蕩けた顔で語る言は、先ほどの酒宴で聞いた彼女の友達と共に働きたいという願い。
 しかしどんな夢をみているやら。
「わざわざ送っていただき申し訳ない。まさかここまでとは思いませなんだ」
「構わんさ。白蓮は軽いが、さすがに女の子に背負わせるわけにはいかんだろ」
 さらっと普段の飄々とした態度で嬉しいことを言う。
「しかしよかったのですかな?真名まで交換して、どこまで覚えているかわかりませんぞ。」
「いいさ。白蓮も辛かったんだろう。それに覚えてなきゃ教えてあげればいい。」
 違いない。今日ほどの白蓮殿の笑顔を私は終ぞ見たことがなかったのだから。それに子供の様に泣く姿も。


 太守という仕事の責任は重大で、良くも悪くも無い部下が一人以外は揃ってはいるが仕事も大きく減ることなど無く
さらに悪い事に友人である劉備殿が優秀な部下を連れて来た事によって自身の劣等感が刺激されて
 精神的に追い詰められていた白蓮殿は秋斗殿と私の中の良さを見てか大泣きした。

 お前達が羨ましい、私は普通が嫌だ、劉備殿のように多くの誰かに認められたい、と。

 ただ一人認めている、いや、心酔している部下を除けば誰からも普通だと言われる彼女は、認め合い、けなし合い、笑いあう私達の関係に羨望を抱いていた。
 秋斗殿はそれを聞いて一言、
「お前バカだろ」
 と酔っているのか敬称も使わずに言い放った。怒った白蓮殿に掴みかかられたが、
「自分がどれだけ凄いか分からないのか。太守なんて普通じゃ出来ないだろうが。この地が平穏に包まれているのは誰のおかげだ? 優秀な部下がいなくても、有名な親が居なくてものし上がったお前は誰よりも凄いんだよ!」
 ただ強く、その言葉は白蓮殿の胸を打ったようで、彼女はさらに大泣きした。
 私は彼のようには言えない。思っていても言えない。だから抱きしめて、頭を撫で、
「ふふ、真名を許しているのに認めていないわけが無いでしょう?」

 彼女に追い打ちを掛けた。


 先程の事を思い出しながら彼を見やる。暗がりを歩く彼はどこか楽しげで、共に歩いている私まで楽しくなってきた。
「秋斗殿。」
「ん?」
「いつまでかはわかりませぬ、ですがその時までは私と共に白蓮殿を支えましょうぞ」
 普段なら言わないような本心も、きっとそんな気分だから言えること。
 だがやはり少し照れる。似合わないな、酒が回っているのか身体が熱い。
「ああ。最低かもしれないが、せめてその時までは共に」
 そうだ。いつかは私も秋斗殿も出ていく。最低だろう。
 しかしその時が来るまでは、いやそれが終わっても、友でいたい。
「うへへ~。わらひたちはともだひだぁ~こころの……ともらぁ……」


 次の日、案の定記憶をなくしていたので、あったことを私と秋斗殿から包み隠さず聞いた白蓮殿は、少し記憶が戻ったのか、顔を真っ赤にして怒っていたがどこか楽しそうだった。













蛇足~酔っ払い白蓮さん~

 どうにか泣き止んだ白蓮殿は愛紗に説教を喰らう秋斗殿の話が気に入ったようで大爆笑していた。
「あははは! お前面白いな! 気に入ったぞ、私のになれ!」
「ぱ、白蓮殿、それはさすがに」
 急な彼女の告白に戸惑い、慌てて諌めるがこちらをちらと見ただけですぐにまた彼に話しかけた。
「あのバカも抑え込めそうだし、仕事とか手伝ってくれそうだ!」
「まあ確かにお人よしで流されやすいですな」
 バカとは牡丹のことだろうことは分かる。あれも頑張っているというのに報われないことだ。
 彼はそういう一面が大きい。面倒見が良く、誰に対しても優しく、頼みごとを断れない所がある。
「だろう? なぁ、星みたいに私のになれよぉ!」
「い、いえ、私は」
 甘ったるい声で赤い顔をしながら彼の肩を揺すり言う。
 しかし私はあなたのモノになった覚えはないが。
「……ちがうのか?」
「そんなどん底のような顔をしないでくだされ」
 私の言葉にピタリと揺するのを止め、ギギギと音が聴こえそうな動きで首を捻る。
 その表情は驚愕と落胆と絶望に染まっていた。
「……星が私の友じゃないって言う」
「そっちでしたか」
 彼に涙目ながらに擦り寄っての発言は、さすがの秋斗殿も動揺を隠せない様子。
 まさか友になれという事だとは思わなかったのだから仕方ないでしょうに。
「私の友じゃなかったんだ!」
「いえあなたとは確かに友ですよ。」
 このままではきっとまた泣き出すと分かったので急いで言うと、ぱぁっと表情が明るくなった。
「っ! そうだよな! だからお前も友になろう!」
「クク、お前達はおもしろいな。俺の真名は秋斗。これからよろしくな」
「秋斗殿、酔っておられるのか?」
 まさか真名まで預けるとは思わなかったので突っ込むと、ふるふると首を振って否定する。
「ふふ、真名は白蓮だ。星だけずるいもんな秋斗」
「何がずるいのです?」
「私たち二人を独り占めにしていた」
 聞き返すととんでもない事を言い出す。私が二人を独占していたなどと……まあ、確かに私は二人の新しい友を得た事で満たされていたが。
「ああ、白蓮。確かにそれはずるいな。きっと星は優越感に浸っていたことだろうよ」
「両手に華は秋斗殿でしょう」
「そうだな、よろこべ秋斗!」
 にやりと笑いこちらをけなしてきたので、私も笑い返していじわるを言ってみるとどうやら白蓮殿は味方に付いてくれるらしい。
「フフ、存外、いいものですな。このような時間も」
 彼に向かってそう言うととやれやれというように苦笑してから酒を飲み干した秋斗殿は、空いた杯に酒を満たしてから私達の分も注いでくれた。
「おい、星! もっと飲むぞ!」
「はいはい……」


 こうして楽しい酒宴の夜は深まって行く。

 
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