乱世の確率事象改変
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~幕間~ 竜との出来事
「ん~、終わったぁ」
書簡を片付けて、両掌の指を重ねつつ大きく背伸びをすると、事務仕事の疲れが一緒にすっと抜けて行くように感じた。
「桃香様、お疲れ様です」
自身の仕事をしながらもいろいろと至らぬ点、間違い等を正してくれていた朱里ちゃんは、私の仕事が終わったのを察してかお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう。うぅ、頭が痛い」
「お疲れ様です。桃香様は私達が来た時と比べると大分と仕事を終えるのがお早くなりましたね」
お菓子を出して机の上に置き、うーっと唸る私に雛里ちゃんが微笑んで褒めてくれる。
二人がいろいろと教えてくれたから前よりも若干早くはなった。しかし、
「まだ全然だめ。朱里ちゃんや雛里ちゃんみたいにうまくいかないし」
この二人の仕事の速さは私の三倍。いったいどうすればそんなことができるのか。
涙目になりながら机に顎を乗せて、自身の頭の悪さの不満からか無意識に頬を膨らます。
「いえいえ、最初より格段に効率が上がっていますし。それに比べて秋斗さんは――」
「……秋斗さんがどうかしたの?」
朗らかな表情だったはずが突然黒いものを纏って何かをぶつぶつと呟きだす朱里ちゃんには声を掛ける事ができず、代わりにわたわたと朱里ちゃんの様子に戸惑っている雛里ちゃんに尋ねる。
「あわわ、その……たまにサボっているときがありまして。重要な案件はすぐにこなしてくれるのですが、細かいものは後回しでギリギリ」
「そ、そうなの?真面目そうなのに。でも終わらせてるんだからいいんじゃないかな」
武官であるのに文官仕事もこなす彼は単純に見積もっても私の二倍は働いていて、さらに白蓮ちゃんとの繋ぎ役もしているため正直どのくらい働いているのか想像もできない。それをサボりながらもこなしていることに自信を無くす。
「だめです! 急にいなくなられるとこちらも連携がずれてしまうのですから! それに非常事態が出ると他の仕事がつまってしまいます!前なんか――」
急に話に入ってきたと思ったらまたぶつぶつと愚痴を言いはじめる朱里ちゃん。だいぶ不満がたまっているように見える。
「ねぇ、雛里ちゃん。サボってる時の秋斗さん捕まえて怒ったほうがいいよね」
「そうですね。このままでは朱里ちゃんが日に日に怖く……」
そう言ってぶるっと震える仕草は子犬のようで可愛いなと思ったが、口から零れる前になんとか呑み込んだ。
雛里ちゃんの言は分かる。確かにこれ以上溜め込むと鬼かなにかになってしまいそうだ。
「いいですね。サボりの現行犯で逮捕、拘束し連れて行く。お説教4刻、現行犯だから言い逃れはできない。ふふふ」
光の鈍くなった瞳を湛え、笑いの抜け落ちた目で笑い続ける彼女の背後には、轟々と立ち上がる黒い煙が幻視され、ありもしない冷気に身体が震えあがった。
やっぱり怖いよ朱里ちゃん。
†
次の日、仕事はそこそこに街に出ていく秋斗さんを見つける。堂々たる姿はまるで今日は休暇だと言わんばかりで、しかし与えた仕事量から簡単に推察できるが終わっているはずがない。
桃香様に一言伝え、仕事を雛里ちゃんに任せてから後をつける。
街道を真っ直ぐに進んで行く彼から二十歩程後ろのここならば気付かれる事もないだろう。必ず捕まえてみせる。
「おや? 物陰に隠れて覗き見とは趣味が悪い」
物陰に隠れながら進んでいると不意にすぐ近くから声をかけられた。
「せ、星さん」
最近真名を交換した星さんがそこには立っていて、
「気になるのなら堂々とついていけばよかろう」
不思議そうに、いや、おもしろそうに問いかけてきた。
「いえ、あの人は仕事をサボって街にでているんです。遊んでいるところを現行犯で捕まえないと」
「……くっくっ。なるほど。それはいけませんな。しかるべき罰を与えなければ。私も手伝っても?」
ほう、と一つ息をついてから悪戯を思いついた子供の様に笑い、同行を申し出てくれた。
「お願いします。もし逃げたら私じゃ追いつけませんし」
「引き受けよう。可愛い少女の頼みだ」
心強い味方が出来て、これで必ず成功するだろうと思っていると、視界の端に彼が街道の角を曲がって行くのを確認した。追いかけないと。
しばらく尾行すると彼はとある店に入って行った。
「もうお昼は食べたはずなのに。それに……」
その店は幽州一有名な高級料理店。彼の給金じゃこんなところで食べるお金はないはずで、私達義勇軍の誰もが入る事もできない所のはず。私もいつか入ってみたかったお店。
「おやおや、このような所に入れるほど給金があるとは、私も義勇軍に移りたいものだ」
「そんなはずは……まさか軍のお金をごまかして……」
ありえない。仮にも義勇軍の将がそんなことをするなんて。
「とりあえずここに立ち入れば現行犯で捕まえられるのでは?」
そうだ。これなら証拠も確実に突きつけられる。問い詰めて、お説教と、お仕置きも追加しよう。
「はい。では入りましょう」
何故か星さんはにやにやしているが、人の不幸は蜜の味ともいうしそんなに楽しいのだろうか。
手に汗を握りながら店の門をくぐる、と同時に、
「尾行ごくろうさん」
「はわわ!」
こらえきれず大声で笑いはじめる星さんと、呆れ顔で苦笑する秋斗さんに挟まれた。
驚いて腰を抜かしてしまった私を連れて、奥の部屋で説明を聞くことになった。
「もう! こういうことはちゃんと報告してくだしゃい!」
私は怒っている。
噛んでしまったのはそのせい。最近噛むことが無くなってきたというのにまた出てしまった。
「本当にすまない」
謝る彼の横で星さんは特製メンマをつまみながらにやけている。
「それにしてもあの時の朱里の驚きようといったら……」
言われて自身が尻もちをついてしまった事を思い出して恥ずかしくなった。
星さんはすべて知っていて黙っていたようで、私をからかっていただけだと聞かされてさらに怒りに心が染まった。
今回の話を聞くと、
星さんとメンマの話で熱くなった時に作った料理が、たまたまそこにいたこの店の店主が気に入り作り方を教えてくれと頼みこみ、ついでにいろんな珍しい料理も教えると、店主は感動してこの店に来た時にはタダにしてくれるらしい。
そういえば『おむらいす』や『はんばぁぐ』とかの聞いたこともない料理が菜譜にある。
仕事をサボっているのは、ここで村の長老達との相談や城では話せない話、商人との商談を行っているかららしい。
先程も別室にて、私達を運んでくれた商人さんと交渉を行っていたようで、その間に星さんから全てを説明された。
「秋斗殿のしている事は義勇軍ではあまり影響はないかもしれないが、白蓮殿のところではかなり助かっている」
幽州の治安や商業に関わってくるのだ。確かに義勇軍の将なので正式な手続き等の手間がかなりかかる。
公孫賛様とのつなぎ役にもなっている秋斗さんだからこそできるという訳か。そういえば公孫賛様も秋斗さんによく相談していると聞く。
「だが、白蓮とここに来るたびに愚痴を聞かされる俺の身にもなってほしいな」
「察してくれ秋斗殿。あの方も疲れているのだ。わかるでしょう?」
互いに苦笑し合って、楽しげに話す二人を見て納得がいった。
星さんとは特別仲がいいとは思っていたがこういう秘密もあったのか。
「とにかく! 話はわかりました。確かにこれも仕事のうちです。ただ報告しなかったのはいただけません」
この人のことだ。任された仕事のうちだからと、私たちに手間をかけさせないために一人でしていたのだろう。
「面目次第もございません」
机に額をつけるように頭を下げる秋斗さんを見やって、
「よって、これからは時間が合えば私と雛里ちゃんも連れてくること」
そんな事を言ってみた。
「ん?」
「私たちは軍師です。でもまだまだ足りない所があります。勉強にもなるでしょう。それに将となる秋斗さんにだけ任せてしまうわけにはいきません」
この人は優しいけど、私たちは甘えすぎちゃだめだから。
「そういうことか、構わんよ。それとこれからはちゃんと報告して相談する。ごめんな」
きっと今の言葉で伝えてないところまで察してくれたのだろう。優しく頭を撫でてくれる。
心が暖かくなったが少し恥ずかしい気持ちも込み上げてくる。
「隣の美女には目もくれず幼子といちゃいちゃするとは……あの共に過ごした夜の熱い言葉は嘘だったのですかな?」
「ちょ、星!誤解されるような事を言うなよ!」
よよよ、と泣き崩れる星さんに必死で弁解を行ってはいるが、慌てた様子からはどちらが真実かは判断しかねる。
しかし星さんと二人きりで過ごしたのは確定、ならお酒を飲んでいただろうから間違いもあったかもしれない。
やはりお仕置きが必要なようですね。
「朱里、いや朱里さん? 何故目からハイライトが消えているんですか?」
「ふふふ、大丈夫ですよ。少しのお説教と帰ってからお仕置きがあるだけですから」
意味の分からない単語が聴こえたがそれは置いておく。それより雛里ちゃんにも詳細を伝えよう。
「oh……」
それから私たちは少しだけおいしいものを食べて帰った。
秋斗さんは帰った後、雛里ちゃんにも怒られていた。
けど私たちに特製のお菓子を作ってくれたのでお仕置きは無し。
桃香様や愛紗さん、鈴々ちゃんが羨ましがって大量に作ることになったが、疲れているはずなのに快く了承した秋斗さんは、やっぱり優しいんだなと思いました。
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