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インフィニット・ストラトスの世界にうまれて

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ウェルカム・トゥ・ザ・サマー

八月の始めにオープンしたばかりのウォーターワールド。
かなりの人気らしく今月分の入場券の前売りはすでに完売で、当日券も二時間前には並ばないと買えないほどの人気ぶりらしい。
そのウォーターワールドのチケットが一枚、俺の手に握られていた。
原作では鈴とセシリアの物語なんだが、なぜか俺がここにいる。

土曜日の午前十時。
天候は晴れ。
噂に違わぬといった感じで、ウォーターワールドのゲート前は人でごった返していた。
そのゲート前で俺は鈴の姿を見つける。
俺が「よう!」と挨拶をすると、鈴はかなり複雑な表情を見せた。
鈴、お前さんの気持ちは解るよ。
俺が手に握っているウォーターワールドのチケットは、鈴が一夏に渡した物で、デートを目的としていたんだろうからな。
しかも、約束の時間になり、一夏とのデートを期待に胸を膨らませていたはずだが、予想外な俺の登場だからな。
そんな顔にもなるだろう。
俺は鈴に歩み寄り、一夏から預かったチケットを「返すよ」と言って手渡した。
このチケットは元々鈴が一夏のためにと用意したものだろうからな。
鈴が俺からチケットを受け取ったその後で何かの音が鳴り始める。
その音は鈴の方から聞こえていて、鈴はその音をする物をおもむろに取り出す。
見ればどうやらそれは携帯電話のようだ。
鈴は電話を掛けてきた人物の名を確認し、話し出す。
たぶん電話の主は一夏なんだろうな。
昨日は鈴と話すことが出来なかったらしいからな。
だから一夏は鈴と確実に連絡が取れそうな時間帯を狙って電話をしたんだろう。
それが鈴との待ち合わせの時間である今ということか。
鈴は何かを叫び、怒りを電話の向うにぶつけているようだ。

俺がこの場所にいるのは一夏がウォーターワールドのチケットを渡してくれたからだが、その理由は俺が箒に振られたかららしい。
一夏の話ではどうやら箒本人から聞いたそうだ。
その話を聞いた一夏が、俺が気落ちでもしているんじゃないかと思ったらしい。
一夏は俺を何とか元気づけようと考えてくれてたんだろう。
そんな時、鈴からウォーターワールドのチケットを手に入れたからこんなことをしたんだろうが、気の遣い方のベクトルが違う気がするのは俺だけか?
気を遣わないでくれと言って俺は断ったんだが、自分が鈴を説得すると言って一夏が譲らなかった。
一夏は友人思いのイイ奴なんだが、鈴の一夏に対する気持ちを考えると、俺は一夏を前にため息を漏らしそうになった。
そういう訳で、俺はこんな事態に陥っている。

俺はチケットを鈴に返したことだし自分の用事は済んだと考えていた。
そして、鈴の怒りの矛先が俺に向く前に、この場から撤退しようと踵を返したが、時既に遅し。

「ちょっと待ちなさいよ、アーサー。アンタ、ここに女の子一人を残してどこへ行くつもりよ!」

後ろから鈴のそんな言葉が聞こえる。
逃げるのが間に合わなかったらしい。
俺は振り帰りもせずに答えた。

「いや、急にイギリスまで帰らなければいけない用事を思い出したんだ」

「アンタねえ、すぐにバレる嘘なんかつくんじゃないわよ」

こうして俺は学園に帰ることが出来なくなった。
俺たちは話し合い、せっかくのチケットを無駄にするのはもったいないということで、ウォーターワールドのゲートをくぐった訳だが、鈴の見せる表情は、梅雨時期のどんよりとした空を思わせるそんなそんな表情だった。

「少しは楽しそうな顔しろよ。これじゃあまるで、別れる間際の恋人同士が最後の思い出を作りに来たように見えるだろ」

俺の前を歩いていた鈴はゲートをくぐる途中で足を止めると振り返り、

「誰と誰が恋人同士よ!」

と物凄い剣幕で怒鳴ってくる。
一夏への怒りが未だに収まらないのだろう。

「そう怒るなよ、鈴。俺たちは恋人同士じゃないと解っていても、周りからどう見えるかなんて解らないだろ? 現にほら、そこのゲートにいるお姉さんが俺の話を聞いて笑ってるじゃないか」

「悪かったわ、ごめん。ところで、アーサー。アンタは、その……どうなの?」

鈴は何かを伺うような素振りで聞いてくる。
一瞬、何を聞きたいのか解らなかった俺なのだが、なし崩し的に自分とウォーターワールドに入ることになったことを言っているんじゃないかと予想して、こんな言葉を返した。

「どうなのって、嬉しいに決まってるだろ? 普通、女子と二人でプールに遊びに来るシチュエーションなんて男子なら憧れるだろ?」

鈴は、はぁとため息をついた後、

「アーサーは女となら誰でも良いわけ?」

呆れているようなそんな口振りで話す。
俺には女子の気持ちは解らん。
仕方なく俺とウォーターワールドのゲートをくぐることになったのに、それでもこんなことを言うんだから。

「ごめん。言い方が悪かった。今日こうして鈴とウォーターワールドで遊べるのは嬉しいよ。死んだ父さんと母さんも喜んでいると思う」

「何か言い方が嘘っぽいけど、まあ許してあげる。ちょっと聞き難い話しなんだけど……アーサーの両親ってもしかして亡くなってるの?」

「いや、両親は今もイギリスで元気にしてるけど?」

「アーサー。アンタねえ、勝手に両親殺してんじゃないわよ。少しは感謝の気持ちを持ちなさいよ」

そんな鈴の声がゲート内に響き渡る。
俺たちは今、すごい注目を浴びているんだろうなと思っていると、こんな声が耳に届く。

「あの、お客様。後がつかえておりますので、申し訳ごさいませんが前へとお進み下さい」

ゲート内で立ち止まっていた俺たちは、お姉さんに注意を受けることになった。

凰鈴音。
一夏のセカンド幼なじみ。
長い栗色の髪をツインテイルにしている。
性格はサバサバしているが、意外と激しい面もあるらしい。
箒と入れ違いで小学五年生の頃に一夏のいる学校に転校してきた。
中学二年生のときに両親が離婚し、中国に引っ越すまで一夏と一緒に時間を過ごしている。

ウォーターワールドの中に入った俺と鈴は、人の間を縫うように歩き、プールサイドにある空いている椅子をようやく見つけ腰を掛ける。
鈴は荷物を持っているが、たふんそれは水着かなんかだろうな。

「鈴は泳がないのか?」

「アーサーが泳がないのに、あたし一人で泳いで何が楽しいのよ」

確かにな。

「悪いな、泳げなくてさ。怪我は良くなって歩けはするけど、プールで遊べるほどには回復してない。ウォーターワールドのチケットのことは今度違う形で埋め合わせするから」

「期待しないで待つことにするわ。でも、今回のことは一夏のせいなんだから気にしなくって良いわよ」

ゲートをくぐる時よりは、いく分表情は柔らかくなった気がする。

「了解」

そう言った後、俺は空を見上げた。

「この暑さだ、熱中症にでもなったらマズイだろ? とりあえず飲み物でも買ってくるから、鈴は席をキープしておいてくれないか?」

「ありがとう。席は取っておいてあげる」

鈴の答えを聞いた俺は、飲み物を買いに行くために立ち上がる。
そして歩みを進めた時に何かに躓いた俺はバランスを崩す。

「ちょっと、アーサー。危ない!」

鈴はそう叫び、立ち上がりながら俺の前へと出る。
何て反射神経なんだと思いながら、俺は両手を伸ばし鈴の肩に手をかけ自分の身体を支えようとするが、俺の両手は鈴の肩を滑るように通り過ぎ、俺の手は鈴の肩から加速度的に離れていく。
この後、俺がとった行動は自分の身体を支えるために鈴の華奢な身体をしがみつくことだった。
周りからはいきなり俺が鈴に抱きついたように見えたかもしれない。
鈴ってこんなに小さかったのか。
そんな感想が頭に浮かぶ。
俺の両腕にすっぽりと覆われるように抱かれていを支えようとしたであろう両腕は、しっかりと俺の背中に回されていた。
この瞬間、俺は時間が止まったように感じた。
俺は何も言えず、だだ鈴を抱きしめていた。
だがそんな時間は長くは続かなかった。

「あっ! あそこのお兄ちゃんとお姉ちゃんがチューしてる」

そんな子供の声が俺の耳に届く。
そう、俺たちはとんでもない事態に陥っていた。
俺たちは唇を重ねていた。
それは、接吻。
それは、口づけ。
それは、キス。
言い方は色々あるだろうが、唇と唇がくっついているという意味では同じだろう。
俺にとってはラッキースケベ的展開だが、それでも俺の腕の中にいる鈴のことをちょっとだけ愛おしいなんて感情が湧いてきてしまう。
そして今現在も唇は触れ合っているわけで、鈴の唇の感触が俺の唇を経由して、やがて脳へと伝わってきた。
ほのかに温かみのあり、柔らかくもあるが表面は張りがあるようなそんな感触。
鈴からは鼻から抜けるようななんとも言えない色っぽい声が聞えてきた。
回りからはどんな風に見られているのだろうか。
別れる間際の恋人同士が最後の思い出を作りに来たこの場所で、お互いの気持ちを確かめ合い、仲直りしてこんなことになっているくらいは思っているかもしれない。
プールサイドで、しかも公衆の面前で抱き合いキスするなんて、ともすればロマンチックに感じる光景は、リアルではなかなかお目にかからないだろう。
ようやく事態を理解したのか鈴は、俺の背中に回していた両腕を俺との間に入れる。
そして俺の胸に手を置くと突き飛ばすように離れた。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、アーサー。アンタ、な、な、なんてことしてくれるのよ」

そう言った鈴は俺を睨むように見ているが、顔は真っ赤になっていた。
当然、俺の顔も赤くなっているだろう。
顔の表面には火照りを感じ、心臓はいつもより早く鼓動していた。

「ごめん、鈴。でも、わざとじゃない」

「当たり前でしょ、そんなこと。それよりこの責任をどう取るつもりよ」

「どうって何だ? キスすると子供ができるから結婚しろとか?」

「そんなんじゃないわよ――っていうか、アーサー、アンタそんなことを信じてるわけ? いったい何歳なのよ。まさか、子供はキャベツ畑にいるとか、こうのとりが運んでくるとか思ってるんじゃないてしょうね?」

「安心してくれ、鈴。これでも俺は年頃の男子だ。どうすれば子供ができるかくらいは知っている」

「そう、安心したわって、そんな場合じゃないわよ。このことが一夏にバレたらどうするのかって言ってるのよ」

「そうなったらそうなったで、ヘタにトボケるより正直に話せばいいだろ? 事故だったって。むしろ抱き合ってキスした二人が、何事もなかっかたように仲良く会話しながら、このウォーターワールドにいるほうがマズイ気がするんだが」

「そ、そうよね。確かにマズイ気がするわ。もうここから出ましょう」

というわけで、俺たちはウォーターワールドを楽しむ間もなく去ることになった。
IS学園へと帰る途中、俺たちの間には会話らしい会話はほとんどなく、鈴の顔を見れば、さっきの出来事の記憶を今すぐ消し去りたいとでも思っているようなそんな表情だった。

日は改まって次の日。
夏休みになってようやく寮にプライベート空間を獲得していた俺は、エアコンの効いた涼しい部屋でベッドの上で寝転んでいた。
そんな時、激しくドアが何度もノックされたかと思うと、ドンッという乱暴にドアを開ける音とともに、部屋に侵入してきた人物がいる。
その侵入してきた人物の歩幅は小さいらしく、小気味よいリズミカルな足音が俺のいるベッドに迫ってきた。
俺の寝転がっているベッドのそばまできた人物はこんなことを言い出した。

「こ、これ見なさいよ。これをどうするつもりよ」

視線を向けると鈴がいて、表情はかなり焦っているように見えた。
手には携帯電話が握られていて、その画面を俺に見せつけるように向けている。
見れば何かが表示されているようで、それをまじまじと観察すると、そこにはプールサイドで抱き合いキスを交わしている男女の決定的瞬間が映っているようだった。
そこに映っている人物、それは見覚えのある二人で、どうやら俺と鈴のようだ。
俺はとりあえず身体を起こし、ベッドの上で胡坐で座ると、鈴に座るよう促した。
鈴はゆっくりとベッドの端に座る。

「で、その写真は誰から貰ったんだ?」

俺の質問に鈴は、ルームメイトのティナって娘から貰ったと言った。
聞けば、そのティナって娘本人が撮影したものではないらしい。
俺がもう少し詳しい説明を求めると鈴は語りだした。

「ティナの話では、あたしたちがウォーターワールドに行ったその日に、他の女子生徒も遊びに行ってたらしいのね、それでたまたま見覚えのあるあたしたちを見ていたら、あんなことになっているのを目撃して、それでその瞬間を撮影したらしい」

いや、その瞬間だけってことはないんじゃないか? 他にも撮られている可能性もあるだろう。
もしかして、ゲートあたりで俺たちを見つけて追っかけてたんじゃないか? じゃなきゃピンポイントであの場面を撮れるとは思えない。
芸能カメラマンかよ、まったく。
ともかくその画像と話が巡り巡ってティナって娘の元にきたのか。

「どうすんのよ、これ」

俺の目の前に突き出された携帯電話は、顔に近過ぎてもはや画面はボケて見え、むしろ見辛かった。
俺は目の前の携帯電話を優しく手で払うと鈴を見つめる。

「どうするも何も、今まで通りさ。普通にしてればいだろ。そのことを聞かれたら事故だったって話せばいいさ。有りのままに」

「アイツに知られたらどうしたら……いい?」

「一夏にか? 正直に話せばいいだろ? そして好きだと言ってキスしろ。昨日よりももっと濃厚なやつをな。それでさすがの一夏も鈴の気持ちに気づくだろう」

そんなこと出来るかと怒鳴りながら、俺の頭を平手で殴った鈴は、俺の部屋を去っていった。

この時の俺は女子のパワーを過小評価していた。
確かに世間を騒がせるような事柄だが、あれは事故だったと知れば、すぐにでも噂なんて消えてなくなるだろうと思っていた。
しかし実際は、気づかぬ内に噂は光の速さを超えるような勢いで学園中を駆け巡っていた。
夏休みが開ける頃に耳にした俺の噂は、女性週刊誌の表紙を飾れそうなキャッチフレーズとともに、不倫男だとか山田先生に飽きて若い女に走った男だとかそんな醜聞が飛び交うことになる。
鈴は俺に騙された憐れな女子ということになっていたらしい。
この噂によってしばらくの間、女子たちは俺に近づくのを躊躇っていたんだが、これを利用したのが一夏回りにいた女子五人である。
俺には常に一夏のそばにいろと言っていた。
最初は何でなのかと不思議に思っていた俺だが、どうやら一夏に他の女子たちが近づかないよう虫除け代わりに利用したらしい。
まったく逞しいことだな。

今回のことで俺が得るべき教訓は、ラッキースケベ的展開も実は良いことばかりじゃないということだろう。 
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