木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
笑尾喇
「サスケくん、ねえ……! サスケくんってば」
つけられた“呪印”の痛みに失神したサスケを抱きしめて、思わず泣きそうになってしまう。泣きそうに歪むの頬に、そっとはじめの手が添えられた。
「落ち着け、サクラ」
その言葉はただサクラの涙を流させる切っ掛けになっただけに過ぎなかった。安堵と恐怖が綯い交ぜになって、つうっと涙が彼女の頬を伝う。彼女は目を瞑って、抱きしめているサスケの黒い髪に頭を埋めた。
「わたし……私、どうしたらいいの」
頼れるチームメイトが二人も倒れてしまって、サクラのような、チャクラコントロールと頭しか取り柄の無い少女が一体どうすればいいというのだろう。そんなサクラに、「大丈夫だ」とはじめが静かにいった。その顔は相変らず無表情だ。
「私達が、ついているから」
はじめなりの、精一杯の励ましだった。そうね、とサクラは儚く笑って、サスケを抱えあげる。マナが背伸びして、サクラの桜色の髪を撫でた。
「紅丸がいいとこ見つけたつってたから、そこ行こうぜ、サクラ」
「うん……二人とも、ありがとう」
マナもユヅルを抱え起こした。犬神の憤慨が、ユヅルの体を通して伝わってくる。
どうやらサスケの呪印とユヅルの呪印は似て非なるものであるらしい。サスケのが禍々しい黒であるのに対して、ユヅルのは灰色だ。効力の方はサスケのが上らしい、というのは多分間違っていない。元々大蛇丸の本命はサスケだ。ユヅルの方は、暴走しかける笑尾喇を抑止する為につけたに過ぎないのだから。
それでもユヅルの状態もよくはないのは、恐らく笑尾喇が関係している。憤慨する笑尾喇を、封印式と呪印の二つが邪魔しているのだ。笑尾喇は尚更ユヅルの体内で暴れ、呪印と封印式は尚更それを止めようと発動し、そして結果ユヅルの体にかけられる負荷も多くなっている、ということだ。
ナルトを背負ったはじめが行くぞ、と言う。サクラとマナは頷くと、紅丸を追って移動を開始した。
+
大樹の根元、ちょうど何らかの戦闘かで根っこがもりあがってしまっているような場所で、マナやサクラ達は野宿を開始した。
怪我人三人を横たわらせ、念の為に火は焚かずにいる。はじめの水球の術で出した水で手拭いを濡らし、高熱を出し始めたサスケの額と、時たま体を痙攣させるユヅルの額に置く。しかし暫くして、痙攣するユヅルの額においても落ちるだけと察して、そちらはマナが団扇で仰いでやっていた。
横たわるチームメイトの姿を眺めて、サクラは拳を握り締める。マナ達は既に巻き物を得ていて、こちらは天の巻き物も地の巻き物もない。その上チームメイトたちは傷つき疲れきり、呪印にも苛まれてとても戦える状態ではない。マナ達がサクラを助ける義務なんてどこにもないのだから、もしユヅルが回復してからは、それからはサクラ一人でナルトとサスケを守らなければいけない。サクラたった一人で。
――私が……私が守らなきゃ
一人は片想いしてきた相手。もう一人は少し前までうざいと思っていた、でも今では掛け替えのないチームメイト。
両方守らなければならない。両方とも自分にとってはとても大切な存在だ。だから尚更守らなければならない、自分の力で。
「サクラ」
「どうしたの、マナ?」
はじめは紅丸と共に食物採取だ。曰くマナはつまみ食いするので駄目、ということで、マナとサクラ、女子二人が残されている。今晩は三人が交代制で見張りと看病を努める予定だ。
「これ、やるよ」
投げてよこしたのは地の巻き物だ。受け取ったサクラは目を白黒させてマナを見つめる。
「巻き物二つも無くなっちゃったんだろ? そっちあげるから。あ、それとも天の巻き物の方がよかったか?」
「ま、マナ!? ちょっとやめてよ、これはマナやはじめ達が手に入れたものでしょ!? 私には――っ」
「とっとけよ。役に立つかもしれねえから。おべんとつくってくれたお礼だからさ!」
にやっと悪戯っぽく笑って、マナは人差し指を立てる。
「これで貸し、一個返したからな!」
「……なによ、マナったら……こんなの、幾ら借りがあっても足りないくらいよ……っ」
また溢れてきた涙を拭って、サクラは渡された巻き物を握り締めて笑う。暫くの間することもなく横たわる三人を見つめていたマナとサクラだったが、その内サクラがうつらうつらと船を漕ぎ始めた。その頭がすうっと下がりかけて、しかしサクラはぱっと頭を起こすなり、ぶるんぶるんと頭を振った。先ほど一番の見張りには自分がつくと決めたばかりなのに。
「サクラ、寝たら?」
マナが声をかけてきたが、いいの、とサクラは首を振った。
「大丈夫よ。ちょっとぼーっとしてただけだもの。最初の見張りはやっぱり私がやるわ」
「……いいよ、アタシがやるから。寝てろよ。バテるぞ」
先ほどの戦闘でサクラは見ていることしか出来なかったとしても、精神的な消耗は酷かったはずだ。
「でも、マナは」
「アタシは特になんもしてなかったし……ちょっと寝てろよ。あとでまた起こしてやるから」
「……そう? じゃあ約束ね。マナの番が終わったら、私を起こして。それからは私がはじめを起こすから」
うん、とマナは頷いた。月明かりに照らされたマナの顔はいつも以上に大人びていて、神秘的に見えた。
目を瞑る。大丈夫。もうじきはじめは帰ってくるはずだし、マナも傍にいるから。
サクラは夢のない眠りの中に堕ちていった。マナに凭れ掛かりながら。
マナはサクラの桜色の髪に顔を埋める。そこからする匂いは花や香水の匂いではない。汗と血と、それから土の臭いだ。それは戦いの臭い。いい匂いとは言えない。これは女の子の匂いじゃない。けどこれはくノ一の臭いだ。それもこれは、戦うくノ一だけの臭いだった。
マナはどこかでこの臭いを嗅いだことがある。それが誰からの臭いからはわからない。けれど若しかしたらそれは母の、狐者異ネリネと言うらしい母の臭いなのではないかと今なら思う。
「……お腹空いたなあ」
はじめ、早く帰ってこないかなあと空を見上げる。腹がぐう、となった。
マナは凭れ掛かってくるサクラの白い手首を掴んだままにぽっかり浮んだ月を浮かべて、小さく溜息をついた。
+
――最低だ最低だ最低だ。
――しんじゃえしんじゃえ、私なんかしんじゃえ。
汗が滲み、体が震える。「後の」少女は泣き荒びながら背後の大樹にもたれかかる。
それを、「後の」ドスが冷たい瞳で眺めていた。
+
「おはよう、……って、もう朝?」
あの後はじめが帰ってきて、二時間ほど見張りをし、そしてサクラを起こしてからも数時間一緒に見張りをしていたが、やがて眠りについた。サクラは寝る間際のはじめに水球を水筒の中に足してくれるよう頼み、それから既に温くなった手拭いを取って、サスケの額に乗せる。ユヅルは先ほどよりもずっと落ち着いてきていた。笑尾喇ももう付近には大蛇丸がいないことを悟ったのかもしれない。ただサスケの熱は一向に下がらなかったし、とても苦しそうだった。それでもサクラに出来ることはこうやって看病し続けるだけだ。
――私が二人を守らなきゃ
ぎゅっと拳を握り締める。はじめもマナも、ユヅルさえ落ち着けばサクラ達を手助けする義理はない。はじめが採ってきた木の実を一粒、口の中で噛み潰した。甘酸っぱい味がする、と同時に、気持ち悪くなった。毒でも入っていたのだろうか? いや、それなら今はマナの傍で丸くなっている紅丸がはじめにそう警告していた筈だし、第一はじめがそれを食べてから眠ったのをサクラも目撃している。
腸が引きずり出されるような感覚に口元を押さえた。ぼんやりと遠くなりかけた意識の中で、穏やかに眠るユヅルの胸元が僅かに発光する。
――小娘。そう、お前だ。お前、この封印術を解けるか?
――貴方は……
二足歩行の犬が、白装束を纏ってそこに立っていた。これは幻覚だろうか? 目を擦っても、その姿は消えずに、犬の癖して紅を塗った口元を笑うように歪ませるだけだ。
――あの木の実は、食べた人間を眠りの境へ追い込む作用を持ってる。毒ではない、寧ろ薬に近いな。後ほどあの黒い髪の小僧にも食わせてやれ、幾分か落ち着くかもしれぬ
――眠りの境? ……それって、
――眠りの境に追い込まれれば、人は正気も狂気もない。一分でも多く留まろうとすればするほど、お前の目は冴えていく。……我はお前と交渉しにきたのだよ、小娘
笑尾喇が扇子をサクラの顎の下に宛がい、上を向かせた。
――この封印術を解け。これは白い目の男が、大蛇丸の実験体の女の息子だった男が我につけたものだ。まあ、そうはいってもあの男は大蛇丸のことなぞ露ほども覚えておらんが。寧ろ我へ対する記憶の方が深いらしい。まあそれも当然だろう、あの男は使い捨てにされた哀れな小娘に助け出されたんだから
くくと笑尾喇が笑う。
――白い目……日向一族?
――ああ――そうとかいったな。どうだ小娘、封印術を解いてくれはせぬか? 交換条件もそれなりに悪くないと思うが
――交換条件……?
そうだと笑尾喇は漂うような笑みを見せて、背筋を伸ばし、扇子片手にくるりと一回転、肉球のついた手のひらを差し出した。二足歩行の、白装束の犬が少女に向かって肉球のついた手を差し出す――それはある意味かなりシュールな光景だ。
サクラは手を乗せた。成立だ、と笑尾喇が笑い声をあげる。サクラは慎重にユヅルの服を捲り、印を組んでいく。これが施されたのとは逆の順序で。彼の左胸に浮んでいた二重丸の封印式がチャクラの塊と化して、持ち上げられていくサクラの左手に従って吸い取られるようにその肉体を離れていく。ユヅルがほう、と大きく溜息をついたかと思うと、呼吸は前に増して安定し、彼は安らかな表情で眠り始めた。
――礼を言うぞ――小娘。ふふふ……あの蛇の頭を砕いてやる! 殺してやる殺してやる――柱に縛って、食べ物を目の前に置いてやろう。あいつが餓死したらその首を切り、頭をかち割ってやろうぞ!
喜悦に歪んだ顔で笑尾喇が笑みに似たものを浮かべた。紅を塗った唇を真っ赤な舌が一舐めする。
サクラの意識が遠のいた。せめてマナを起こさなければと手を伸ばすけれど、その手が届く前にサクラの意識はもう、暗闇の中に沈んでいった。
サスケの瞳のような暗闇に。
「んーぁあー! あー!」
サクラは目を覚ました。ナルトが大きな欠伸をしながら両腕を天に向けて伸ばし、「よく寝たってばよぉ」とまだ些か眠そうな、しかし能天気な声で言う。
「ナルト! ――サスケくん、それにユヅルも」
それに相次いで、手拭いを額に乗せたままのサスケも起き上がり、ユヅルがもぞもぞしながら這い上がった。すぐ近くに視線をやると、見張りをしていたであろうはじめが「起きたのか」と振り返り、マナが木の実を食べているのに気付く。
「……お前が、看病してくれたのか?」
「あったりめーだろ? サクラ頑張ってたんだからな、感謝しろよー」
「ありがとうサクラちゃあん、お陰ですっかりよくなったってばよ!」
「ありがと、サクラ。迷惑かけちゃったね。……それにマナやはじめも」
手拭いとサクラを見比べたサスケの問いかけに、マナが笑いつつ返答する。ナルトが明るい声で礼を言い、ユヅルも穏やかに礼を言ってから、マナやはじめに笑顔を見せた。
「……よかったぁ……」
三人とも回復したことに、嬉しさのあまり思わず涙が出る。しかし直ぐに、ざわざわと茂みの揺れる音がしたような気がして振り返れば、そこには実物より数倍醜悪な大蛇丸が叢の中に立っていた。
「獲物というものは、常に気を張って逃げ惑うものよ……捕食者の前ではね!」
その首が、サスケやユヅルに呪印を施したときと同じように伸びて、蛇のようになって地を這い近づいてくる。サスケとナルト及び九班は今後のことについて語り合っており、大蛇丸に気付く様子もない。真っ直ぐサスケめがけて這ってくる蛇に、サクラは皆に注意を促がそうとする、が。
――声が出ない!
どんなに叫んでも彼等には届かない。その間にも大蛇丸は近づいてくる。お願い、気付いて、気付いて!
急に彼等が遠ざかっていくような気がした。叫ぶ。気付いて。大蛇丸よ。サスケくん! ナルト! マナ、はじめ、ユヅル! ねえ! 気付いて――お願い、気付いて!
体が金縛りにあったかのように動かない。大蛇丸がぱくんと口をあけた。
そしてその口はサスケを一思いに飲み込んでしまった。
「――!!」
頬が濡れる感覚に目を覚ませばそこは先ほどいたのと全く同じ場所で、紅丸が自分の頬を舐めていた。振り返れば三人とマナ、はじめはまだ眠っている。
「わん」
「夢、かぁ……」
紅丸の明るい声にほっとするのと同時に正夢ではないかという不安が過ぎる。ちゅんちゅん、という鳥の声と、明るくなってきた森を鑑みるに、もう朝であるらしい。先ほど眠ってしまったことに思い至り、その失態を恥じるのと同時に誰かもう一人起こさないと、と考える。まずはマナを起こしてみたが、こっちは中々起きなかった。諦めて一番手近にいたはじめの体を揺らすと、彼はあっさり体を起こす。
「もう朝……なのか?」
「……ええ」
「どうして起こさなかった」
些か不機嫌そうな声ではじめが聞く。ごめんなさい、と笑尾喇とのことも眠ってしまったことも口に出せずに俯くと、やはり不機嫌そうな声の彼は溜息をつく。
「……もっと頼って欲しかった」
「っえ? ……そ、そう?」
「私たちは仲間だから……助け合わなければ」
はじめは黙り込む。本当はそうじゃないのだ、仲間だからじゃない、好きだから頼って欲しいのだ。一文字はじめがどうして春野サクラを好きになったのかは、至って簡単だ。とりあえず一文字一族の男はこぞって女顔であり、そしてこぞって強気な女に目がないのだ。ついでに言えば一文字一族の女は皆かなり強気である。はじめの姉に瓜二つな母だって強気だったし、姉である初とて同じだ。初は強気を通り越してバイオレンスだが。
で、何故好きになったのがサクラでいのではないかというと、それはナルトがサクラちゃんサクラちゃん言っている内にサクラのことが気になりだし、それからサクラを目で追っていたら好きになったというだけのことである。
そういうはじめは自分の先輩がサクラに一目惚れしていることをまだ知らないが。
「食べるか?」
「あ、ありがとう」
差し出されたスモモを受け取って一口齧ったその時、がさっという音がした。まさか大蛇丸じゃないかという考えが脳裏に浮ぶ。情況的には違うが、もしかしたらあれは予知夢的なものだったのかもしれない。思いつつクナイをとって握り締める。自分に出来るだろうか。大蛇丸を殺すことが、出来るだろうか――。スモモを転がして、両手でクナイを掴んだ。両手が僅かに震える。それが恐怖からかもしくは武者震いからなのかはわからないが……はじめに目配せすると、はじめはきょとんとした顔で首をかしげ、それからハッという顔つきになる。
「サクラ、お前――!」
大丈夫、私にだって出来る。そう言い聞かせて振り返ると――
「リスを食べるつもりなのか?」
そこにいたのは何かの種を齧っている、一匹のリスがいた。
――リス?
思わず拍子抜けしてしまう。はじめがあまりにどぎまぎした表情で問いかけてくるので、なんだ……とサクラは溜息をついた。しかしその表情も、走ってくるリスの姿を見た途端焦ったものにかわる。
素早くクナイをリスの進路に投擲すると、リスは驚き、慌てて逃げ帰っていく。どうした、と問いかけてくるはじめの耳元に、そこに新たな罠をしかけたんだと耳打ちした。
「よくやったな」
とはじめは感心した顔つきになる。サスケの額に乗せた手拭いを換えて暫くすると、紅丸が何かの気配に感づいたらしい。うううう、と唸り声をあげる紅丸に二人して振り返る。
「寝ずの見張りかい? でももう必要ない。サスケくんを起こしてくれよ。僕達そいつと戦いたいんでね」
振り返ればそこには、ザク・アブミ、ドス・キヌタ、キン・ツチの三人が並んでいる。音の忍び――マナとキバ、そしてカブトを攻撃した忍びだ(正確にはマナとキバを攻撃しようとしていたのをカブトが庇い、そしてマナとキンプラス紅丸が互いに取っ組み合っていた、というべきか)。そしてあの大蛇丸の額当ても、音だった。
はじめが似之真絵を口寄せして立ち上がる。紅丸が全身の毛を逆立てた。サクラもホルスターに手を伸ばす。手の震えを悟られないよう、勢いよく立ち上がって、出来るだけ強気に問いかける。
「何言ってんのよ? 一体何が目的なの? ――大蛇丸って奴が、影で糸引いてんのはしってるわ!」
大蛇丸、その名前を出した途端三人の顔色が変わった。余裕に満ちた、小ばかにした表情から驚愕と戸惑いの顔にかわる。
「サスケくんとユヅルの首筋の痣はなんなのよ? サスケくんにこんなことしといて、何が戦いたいよ!」
「……さあて、何をお考えなのかな? あのお方は」
数秒して、ドスがそう言った。ザクも余裕の表情を取り戻して言う。
「しかしそれを聞いちゃあ黙ってられねえなあ……ピンクの女もオレが殺る。サスケとやらも俺が殺る。隣の紫女と犬はお前等に任せたぜ、ドス、キン」
「待てザク」
「ああん?」
ドスは自信に満ちたザクの言葉を否定するでもなく、数歩進むとしゃがみこんで土に手をやる。
「ベタだなあ? ひっくり返されたばかりの土の色……この草、こんなところに生えないでしょう」
「なっ、わ、私の性別について突っ込んでくれるのではなかったのか!?」
最後の一言はニッタリ笑いながら、サクラに問いかけるように言う。一方紫女と言われてしまったはじめは珍しく驚いた顔つきだ。「てめえの性別なんてどうでもいい!」とキンに突っ込まれ、サクラは仕掛けた罠に気付かれた焦りも忘れて溜息をついた。
「トラップってのはほら、バレないように造らなきゃ意味ないよ……」
草の色をした布を剥がすドスに、サクラの頬を汗が伝う。
「チッ、くっだらねえ。あのクナイはリスがトラップにかからないようにするためだったのか……」
ザクのその発言を鑑みるに、どうやらあのリスには起爆札とか閃光球とか、そういった類のものが仕掛けてあったようだ。
「すぐ殺そう」
ドスの言葉を合図に、三人が空へと飛び上がった。
しかしサクラもちゃんと予防線は張ってあった。自らの傍らに突き刺したクナイから伸びるワイヤーをクナイで断ち切る。それとほぼ同時に、巨大な丸太が三人に襲い掛かる。それは昨晩、はじめがまだ起きていたころ、サスケと大蛇丸との戦闘で落ちたのを、見張りを紅丸に任せて、はじめと悪戦苦闘しつつ仕掛けたものだ。もっともサクラははじめが寝付いてからも新たにトラップを仕掛けていたのだが。
「――はっきりいって才能ないよ君ら」
そんな声と共に、丸太が爆破された。驚愕に目を見開くサクラの前に、似之真絵を握り締めたはじめが立ち塞がる。三対二プラス紅丸では、限りなくこちらが不利だ。その上こちらは寝ている奴等を四人も守らなければいけない。おきろマナ、とはじめが叫んだ。
「そういう奴は、もっと努力しないとだめでしょ!」
「――木ノ葉旋風!!」
三人が蹴り飛ばされ、サクラとはじめの目の前に緑の全身タイツのおかっぱが着地する。サクラはぎょっとして、着地したその少年を見上げた。試験開始早々、まだ幻術を解いて間もない頃に現れて、「僕とお付き合いしましょう! 死ぬまで貴女をお守りしますから!」といきなり告白してきたゲジマユである。
「だったら君達も、努力すべきですね」
その肩に乗っているのは先ほどやってきたリスだ。放心して地面に崩れ落ちたサクラには、リーの姿がいつになく凛々しく見えた。はじめが目を見開き、肩の力を落として「先輩」と呟く。
「……何者です?」
「――木ノ葉の美しき青い野獣、ロック・リーだ!」
状況が状況じゃなかったら、思いっきり「はぁ?」な台詞だったが、しかし今のサクラにはそれより、なんで彼がここにいるのかが問題だった。
「何故先輩が……ここに」
「ふふ、出来ればそれはサクラさんに聞いてもらいたかったですね……。何故ならはじめくん、君は恋というものを知っていますか?」
「恋……? それって、」
「ええ。サクラさん、僕は貴女がピンチの時は、いつでも現れますよ」
なんてね、と呟きながらリーはリスを地面に下ろして、「ほんとは君のお陰だよ」と囁く。リスは数秒きょろきょろしていたが、リーの「さあお行き」という言葉に去っていった。
「でも、今は、貴方にとっても私は敵よ? ……はじめも、だけれど」
僅かに顔の表情筋を緩めつつも、切なげにサクラが俯けば、「前に一度言いましたね」とリーは柔らかな微笑を崩さずに言う。
「――死ぬまで貴女を守るって」
その顔に、サクラは勿論だが、ナルト以外の恋敵を見つけたはじめもはっとした顔になる。その言葉にサクラは何と言っていいのかわからず、消え入りそうにか細い声で、「ぁ、ぁりが、と……」と呟いた。
勿論そのサクラとその傍にいるはじめに、嬉し涙を零しながら(くーッ! 決まった! 決まった! 決まりましたよガイ先生!!)とガッツポーズをとるリーの顔は見えていない。
「サクラさんはそこにいて、サスケくんたちを見ててあげてください。いきますよ、はじめくん」
「……承知した」
「仕方ないなあ……ザク、サスケくんは君にあげるよ」
言って、ドスは地の巻き物を懐から出し、後ろにいるザクに向かって抛る。それを受け止めたザクに、「こいつらは僕が殺す」とドスは腰を落とし、サクラとリーを見据えて構えを取る。
「じゃあ、あたしはお隣の紫と、青い髪のチビでいいわよね?」
「……お好きにどうぞ」
キンがはじめと、まだ寝ているマナに視線をやって残虐な笑みを浮かべた。ドスは答えるなり、リーを見据え、そして袖をまくって機械を取り付けた腕を露出させるとリーの方へ向かって駆けだした。咄嗟にサクラが投げたクナイを飛び上がって回避する。それを看たリーは右腕を土の中に潜り込ませた。そしてその中に埋まっていた木の根っ子を――恐らくずっと前に、何かの術で土に埋まった木なのだろう――を無理矢理引っ張り上げてドスの攻撃を防ぐ。
「君の攻撃には、何かネタがあるんだろう? 馬鹿正直には避けないよ! 君の技は、前に見せて貰ったからね!」
前に見せてもらった、というのはマナとキバをカブトが庇った時だ。カブトは完全に見切ったはずなのに、それでも吐いた。ということはきっと何かのトリックがある。
ちらりと近くに目をやると、キンの背後に回りこんだはじめが似之真絵を振り上げていた。
「――!!」
間一髪それに気付き、右に飛びのいて回避することが出来たキンは千本をはじめに食らわさんとするが、はじめは一歩下がって回避するなり刀でそれを弾く。キンが印を結ぼうとしたが、そうさせるほどはじめは甘くない。似之真絵を振りかぶってキンを攻撃する。回避を余儀なくされたキンは印を結べずに、鈴を結わえ付けた千本を投擲した。
はじめはそれを弾いたが、しかし彼は鈴のついていない千本がその下で飛んでいたのに気づけず、内一本がその頬を掠る。流れ出た血を看て顔を顰めると、再びキンに向き直った。
「わん!」
紅丸が背後からザクに襲い掛かり、その首を噛み千切らんとする。クナイで突き刺されそうになるのを間一髪で避け、紅丸は唸り声を上げた。
「犬っころが……調子にのるなよ!」
投擲された手裏剣を上手く避けて、紅丸は穴を掘り始める。ザクの罵声は気にした風もなく、投げられた手裏剣も回避して、それから紅丸は掘り出した骨を咥えて走り出す。
「なんだあ、食べ物持って逃げようってか?」
「うううう!」
紅丸は一歩後ろに飛んで、骨をザクの片目めがけて投げつけた。目を押さえて一歩よろめくザクの足に噛み付き、前足でその足を抱え込み、後ろ足でザクを蹴り飛ばす。
「んだようぜえ!」
振り下ろされるクナイはまたしても回避、こんどはもう一方の足に噛み付く。紅丸なりに、ザクをドスやキンに加勢させないようにと考えた結果だ。キンの千本とはじめの水車輪がぶつかり合い、そして一方ではリーが、両腕に巻いたサポーターを緩めていた。
走ってくるドスを見据えて、緩めたサポーターを地面に垂らす。師匠マイト・ガイに禁術とされたこの術を解いていい条件が一つだけある。その条件とは、術を発動させていい時、それは――
「――大切な人を、守る時!!」
瞬間、リーがドスの前から消えた。ドスがリーの姿を探す暇を与えず、下方からその顎を蹴り上げてドスの体を宙へと跳ね上げる。なんてスピードなの、とサクラは目を見開いた。
そして片手で地面を弾いて跳び上がり、ドスの背後を跳んだ。
「まだまだ!」
腕のサポーターをドスの体に巻きつけ、縄抜けの術を使用出来ないよう両手を固定。頭からドスともども逆さまに急降下。紅丸を遠くに投げ飛ばして、ザクは印を切った。
「ったく! あれじゃ受身も取れねえ」
「喰らえぇえええ! 表蓮華!」
紅丸が掘った穴に両手を突っ込み、穿った穴から風を送る。ぼこぼこと土の表面が盛り上がり、そしてドスが地面に激突し、リーが空へ飛び上がった。
「フッ、やれやれ……どうにか間に合ったぜ」
ドスの下半身がザクの送った風で盛り上がった土から突き出ている。風によって盛り上がったその土の内部は真空になっているはずだ。ドスが本来受けていたであろうダメージはかなり減っただろう。
「っ馬鹿な!」
「……恐ろしい技ですね……土のスポンジの上に落ちたんじゃなかったら、これだけじゃ済まされなかった」
ふるふると頭を振りながら、起き上がったドスが言う。
しかしこれはリーにも負担を与える技らしい。リーの息が乱れてきていた。
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