木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
大蛇丸
ユヅルは手にした地の巻き物を半ば叩きつけるようにしてホルスターの中に潜り込ませた。今ではユヅルが九班公認の副リーダーとなっている。
とりあえず現在一番にやるべきことは作戦の組み立てだ。ユヅルは口を開いた。
「先ず――正直いってこの第二試験は俺らにとってもっとも不利な試験だ」
先ずは第三班。体術に優れ、尚且つあのガイに毎日付き合っている彼らはスタミナの点でもかなりの優勢がある。ネジの白眼で誰がどんな巻き物を持っているのか判別することが出来るし、テンテンの暗器の狙いは正確で、リーのスピードについていける下忍はそうそう少ないだろう。いってみれば今一番遭いたくない班だ。
次に第七班。アカデミー首席のサスケの天才肌は周知の事実、この年で既に火遁を使いこなしている。ナルトもあんな野郎だが、スタミナだけはよかったのを覚えている。体術が全くだめだめなサクラも頭はいいし、次席とドベと、その構成は極端ではあるもののある意味バランスが取れている。
更に第八班。こちらは感知タイプで固めてある。キバの嗅覚、シノの蟲にヒナタの白眼と、このような巻き物争奪戦においてはあまり出会いたくないような相手だ。赤丸は臭いで敵の強さを判断したり、キバとのコンビネーションもいい。シノは頭脳戦も得意な上に様々な蟲を操り、ヒナタはネジに同じく、巻き物の判別が可能である。
そして第十班は情報戦を得意とするものだ。チョウジを除き個々の戦闘力は高くはないが、そのチームワークはルーキー達の中でも群を抜いているし、白眼などがなくても彼等は情報戦で相手の巻き物が何かを探りあてることが出来る。チョウジの肉弾戦車、シカマルの影真似、いのの心転身――いずれも食らうのはご遠慮したい技である。
で、第九班といえば。
サバイバル生活には一番適していないブラックホール胃の持ち主、女子ドベ狐者異マナ、アカデミー次席でありながら色々抜けているはじめ、それに犬神暴走の可能性と傀儡すらないのにチャクラ糸しかないユヅル、そして赤丸のように自分の言葉を解してくれる人のいない紅丸だ。ブラックホール胃の持ち主がいる以上、ここは出来るだけ迅速に巻き物を奪って塔にたどり着いたほうがいいだろう。
そこまで考えた時、何かが傍を過ぎった。クズリだ。マナがそちらへ視線を向け、はじめが口を開いた。
「塔付近で巻き物を持ってきた奴等を襲うというのもアリだが、私的には余りそれを薦めないな。――初日で既に塔にたどり着けるような奴はかなり実力があるやつか、出なければ手口の巧妙な奴かのそのどちらかだ。手口の巧妙な奴らは、つまり実力と頭を使っているわけだから、そのマンセル内に頭脳派がいるだろう。頭のいい奴なら塔の付近での待ち伏せなど考慮済みだろうし、巻き物は考えているだけで手に入るものじゃない。素晴らしい作戦を考え付いたとて実行出来るだけの実力がなければいけない、違うか?」
「なるほどね。そして実力のある奴については論外だな――初日で突破できる実力派に俺達が太刀打ちできるとは思えないね。基本的に俺達の中で一番攻撃力があるのははじめだけど、リーさんほどじゃないし、それ以外は大して攻撃力がないでしょう? それに俺達って元々こんなサバイバル演習や長期戦には向いてないんだよね。ほらマナ、五日間も食べ物を得るのが難しいなんて状態、我慢できる?」
交互に説明するはじめとユヅルの話を黙って聞いていたマナの顔が、ユヅルの最後の一言を聞くなり真面目な顔から絶望的な顔になる。
「無理。ぜってぇ無理。……まあミント野郎からして長期戦には向かないタイプだろうな。スピード重視の奴だし。……まあ、となるとアタシに作戦があるんだけど、聞く気ねえか?」
マナの作戦? と二人が驚いたように顔を見合わせる。紅丸が不安そうな顔をした。
「ああ。心して聞けよ」
+
大樹によって日光の遮られた森の中を、下忍達が歩いていた。
「ったく、地の巻き物持ってる奴、みつかんねぇなあ……。ウツツ、地の巻き物の臭いとか嗅げねえのかよ?」
「お前、ウツツもそういうのは嗅げないってさっきも言ってたろ? ま、ウツツに任せとけって。ウツツの感知能力は同期でも一番だしな!」
「褒めすぎよ。あたくしは本当に、地の巻き物の臭いなんてわからないんだもの」
ウツツ、と呼ばれた少女は長い髪を翻して言った。どうやらウツツがリーダー格のようである。彼女たちが天の巻き物を持っているということは、偵察に出向かせていた紅丸が持ち帰った情報だ。といってもマナは紅丸の言葉を解することは出来ないので、「天の巻き物かYESorNO」と質問していたのだが。
「感知能力は同期でも一番っつーか、同期に感知タイプがいなかっただけだろ」
ぼそっとマナは呟く。会話から察するに、ウツツは嗅覚型の感知タイプだ。嗅覚型の欠点は臭いを撹乱されたり水の中に入られたり、風下にいるとその臭いを嗅げないということで、マナたちは風下に潜んでいた。
食遁の印を結ぶ。唾を口内にため、チャクラを練りこみ口内を唾で満たしていく。蛙のように膨らんだマナの顔は正直ギャグでしかない。紅丸に合図を出すと、マナに変化した紅丸はこくんと頷いた。
唾液弾が放たれ、ウツツの傍で歩いていた少年の――ウツツを賞賛した少年のホルスターに直撃した。その一撃でホルスターは中身もろともどろどろに溶解する。
「っう、うわああああ!」
「っな、なんだ!? ホルスターが、溶けた……!?」
「あたくしにもわからなかった存在――つまり風下。そして、撃ちだされた方向は――っ」
ウツツがこちらに視線を向ける。そしてすかさずマナに変化した紅丸が飛び出した。
その強烈な臭いに、ウツツは一瞬顔を顰める。その臭いを嗅いだのはウツツだけではない、仲間の二人もだ。
「クズリの、糞……ッ」
鼻を洗濯バサミで挟んだ紅丸がその身に擦り付けていたのは、クズリの糞だった。クズリの糞はかなり強烈な臭いを発する。一般人にとっても辛い臭いなのだから、嗅覚型のウツツには更に耐え難いはずだ。そして風上に移動した紅丸の体についたクズリの糞の臭いに気をとられたウツツは、三人が風下から飛び出てもそれに気付くことはない。
ユヅルのチャクラ糸が三人を縛り付ける。はじめがウツツに駆け寄って、そのホルスターの中身から天の巻き物を取り出した。が、その瞬間。
「くそぉ……ってんめえ……!」
声をあげたのは先ほどウツツに地の巻き物の臭いを嗅げないかどうか問うた少年だ。
「まずい、はじめ!」
ウツツともう一人の少年と共に縛り付けられているのは一本の丸太。つまり変わり身の術というわけだ。はじめの水車輪を回避し、槍を口寄せしてはじめに襲い掛かる。
「唾液弾――!」
しかしマナの唾液弾がべしゃりとその槍に命中し、少年は溶解しはじめた槍を遠くに投げる。そして幻術の印を組んだ。はじめの顔がハッとしたかと思いきや、はじめは苦しそうに顔を歪めて、見えない誰かに許しを乞う。その相手が彼の姉だと想像するのは容易い。
「はじめっ!」
ユヅルはウツツたちを縛るチャクラ糸を右手だけで操り、左手のチャクラ糸をはじめとその手が握る天の巻き物に繋ぐ。少年が天の巻き物に近づけないよう、マナが唾液弾を放った。
チャクラ糸を通じてチャクラを流し込むと、現実のチャクラの感覚に幻術から放たれたはじめが、ユヅルのチャクラ糸の力に沿って後ろへと跳ねる。
「三十六計逃げるに如かず――!!」
「っ、ヤバス!」
マナの叫び声にはじめが起爆札を発動させる掛け声(と本人はマナの誤植によりそう思っている)をあげ、それに呼応するようにして起爆札が爆発した。
それと同時に、ユヅルの爆笑も響いた。
+
木の枝を蹴ってサスケは走り出した。草忍は赤い写輪眼を晒した彼に向かって余裕の笑みをみせると、印を結んだ。そしてその草忍が両腕を大きく広げるなり、その周りから衝撃波が起こる。
それを写輪眼で見越していたサスケは宙に舞い上がり、チャクラを纏った足で大樹の枝や幹を蹴ってくるくると空中で回転し、方向転換しつつクナイを投げていく。
草忍は相変らず余裕の顔つきでそれを避けていたが、不意にチャクラを纏った足で木の幹を蹴り飛ばし、掛け声と共に襲い掛かってきた彼の体術に余裕の顔を崩して、サスケの蹴りをクロスさせていた両腕でガードする。
己の後方へ飛んでいくサスケに飛ばした蹴りも間一髪のところで回避され、すうっと彼は数メートル離れた地に着地する。
そして両者は互いに距離を縮め、凄まじい体術の攻防を繰り返した。
――……見える
とうとう本気を出したのだろう。草忍の姿が消えた。後ろで気配がしたかと思って振り返ると、既に草忍は風塵を巻き上げて消えている。かと思いきや付近を走っていく風の筋に、確かに草忍の纏う衣服の色がついていた。その下半身が伸びて、蛇のような風情になっている。
――見える!
けれどそのような、一般人には見えないような動きも、写輪眼の持つ動体視力から逃れることは出来ない。
「見えるぞっ!」
草忍が着地するであろう場所にめがけて火遁を放つ。一発、更に威力を強くして二発目。炎の竜巻が形成され、草忍は燃え盛る火の渦の中、閉じ込められる。
その火が消え去った頃に地面を潜って進んできた草忍を飛び退って交わし、その攻撃の手が数秒止まったのを見て大きく息を吐く。しかし緊張は緩めずに、素早く構えなおした。
草忍が口元に笑みを浮かべ、人の形態を取り戻して立ち上がる。そして掛け声とともに両掌を木の枝に叩きつけた。伝わっていく衝撃波に木肌が剥がれ落ち、サスケはさっと別の木へ飛び移った。彼の元いた枝が折れてぎぎぎと音をたてて落下していく。
飛び移ったその枝から素早く飛び降り、丁度真下にいた草忍の体を捕らえて木の枝からそいつの頭を下へ向け、まっさかさまに急降下した。
「もらったぁあああ!」
草忍が頭から地面に激突する。ここも木の枝とはいえ、上との差は十メートル以上にもなる。あんなに高い木の上から落ちて無事なはずはない。ぴしっと木に亀裂が入り、草忍は逆さまになって頭ごとのめり込み、大きな目が見開かれる。痙攣していた青白い手がばたりと体の両脇に落ちた。
すっとその体から距離を取ると、更に今まではサスケに支えられていた両足がぱっくりと外向きに倒れてかくんと折れる。
それを数秒長めていたサスケは、やがてその体が色を失って土くれとかすのを見た。
「変わり身!?」
途端クナイの群れが飛び交い、サスケは写輪眼を用いてそれらを交わすと、両手の中から伸ばしたワイヤーを木にひっかけ、倍化の術を使用したチョウジが三十人くらいの幅を持つ大樹の周りをくるりと回転する。そして足場を見つけてワイヤーを放し、その上に着地。後ろを振り返ったその瞬間、前から聞えてきた足音に振り返ると、顔面に拳が叩き込まれた。
今回は草忍の優勢だった。サスケが反応する暇すら与えず、膝や拳を次々とサスケの体に叩き込んでゆく。強めの拳を一撃叩き込めば、サスケの体は呆気なく吹き飛んだ。
「っサスケくん!」
自分がいれば逆に足手まといとわかっていて見るだけにしていたサクラも、倒れたサスケを見て悲鳴に近い声で彼の名を呼ぶ。
「他愛のない……、うちはの名が泣くわよ? まあまあ、このままじっくりと嬲ってから殺してあげる。――虫けらのように!」
気絶したふりをして目を瞑っていたサスケは、ゆっくりと写輪眼を開く。いつでも動けるように体を緊張させた。そろそろ仕掛けが発動する頃だ。
「――っうぁあ!?」
草忍の衣服に取り付けられていたものが爆発し、草忍が前のめる。その隙を狙っていたサスケは素早く飛び上がって続けざまにワイヤーを草忍の周囲に張り巡らし、やや離れた木の枝の上に着地する。内数本を口で、そして残り数本を両手で操り、草忍を木の幹へ縛り付ける。草忍の顔が苦痛に醜く歪んだ。
ワイヤーが緩まないよう口でワイヤーを噛み締め、両手で火遁の印を結ぶ。
――火遁・龍火の術!
自分の周囲から巻き起こった炎がぶわりとワイヤーに燃え移り、そして滑るように草忍の方へと向かっていく。飢えた火は燃え盛る口で草忍を、草忍の縛り付けられた木ごと飲み込んだ。火の粉の爆ぜる音に混じって草忍の凄絶な悲鳴が響き、「やった!」と嬉しそうに輝くサクラの声が耳に届いてくる。明るく嬉しそうなサクラの声と苦しさに悶える草忍の悲鳴は奇妙なコントラストを成していた。
+
――アタシの標的は、嗅覚型の感知タイプ――キバとか、もしくはそれに似た奴だ
――さっきクズリが通ってったろ? したらクズリの糞発見したんだけどよ、これすっげえ臭いだから、使えると思うんだ。嗅覚型の感知タイプの奴は確実に悶絶するぜ、間違いない。それに相手がそうじゃなくてもだ、この臭いをつけた敵が風上にいたらいやでもそっちに注意が向く。囮に使うには持ってこいってこった
――で、アタシの唾液弾を使って、相手のホルスターを攻撃するんだよ。そういうのって普通リーダーか一番強い奴が持ってるから、弱そうな奴か馬鹿そうな奴か日和見そうな奴かうるさそうな奴に狙いを定めればいい。ベストは恐慌に陥ってくれること。警戒心を起こされても別にいいさ、クズリの糞の囮で注意をそっちに引き付けて、ユヅルのチャクラ糸で縛る。そんではじめが巻き物を取ってくれ。こういう場合グダグダしてねーで早く巻き物取った方がいいから、スピードが九班一のはじめに任せる
――まあ最適の相手は嗅覚型の感知タイプだろうけど、そうでなくても相手の注意を引ければ同様に使える作戦さ。場合によってはクズリの糞を使わなくてもいーけど、役に立つかもだから一応とっとこう
――そんで最後は起爆札で派手に締めくくろうぜ。こういう時は、逃げるが勝ち、だっけ。あ、そうそう。三十六掌逃げたらシカニク。ネジ先輩の必殺技。え? 違う? どうでもいいんだよそんなの
それがマナの立てた作戦だった。今の紅丸は川で体を洗って貰っている。
「ありがとなー紅丸ー。臭かったろー?」
鼻に洗濯バサミの痕が痛々しい。紅丸の体を泡まみれにしているのはマナがポケットの中に持っていたサポナリア、別名シャボンソウというもので、葉から石鹸のような泡を出すことが出来、石鹸の代用となるものだ。彼女がそんなことを知っていたとは、と軽く驚きながらユヅルとはじめは話し合う。
「マナにはサバイバルは向かないと思ってたけど、訂正。マナも意外にやれるもんだね」
「ああ――単純だがわかりやすい計画だな」
高度なテクニックや凄まじい威力の技を必要としていない。クズリの糞、風下と風上――嗅覚型でなくとも十分使える作戦ではあるし、唾液弾もチャクラ糸も、使用される技は皆他の技に変わっても構わないような技だ。例えばこれが七班なら、唾液弾は豪火球、チャクラ糸は普通の縄、もしくは縛る必要すらないかもしれない。
以前は女子のドベだからと侮っていたところもあったのだろう。けれど彼女は予想以上だった。
「これならきっと第三試験だってばっちりだよ。そう思わない? はじめ」
「まあ……あっさりやられるような、無様な真似は晒すまい」
マナが体を起こす。すっかり綺麗になった紅丸がはしゃいでマナの足元でぐるぐる回っていた。
「じゃあ塔へ向かうぞ、おー!!」
拳を空に向かって突き上げたマナに、ユヅルが微笑んでみせる。相変らず無表情なはじめも、僅かに目元を緩めた。
けれど一歩も進みださないうちに、焦げ臭いにおいが鼻をついた。思わず振り返ると、森の一部だけが明るく燃え上がり、周囲の闇に更なる影を落としている。目のいいユヅルには、細めた目の先で、確かに鮮やかな桜色を目に捉えた。
「……サクラ? それに……ナルトも?」
眩しい金色が、オレンジの服をクナイで固定されている。気絶しているのだろう、だらんと四肢が垂れ下がっている。
「じゃああの火遁はサスケか。流石じゃねーか、もうじき巻き物ゲットしてこっちくんじゃねーの? ……おい、ユヅル?」
マナが能天気な声で笑うが、ユヅルは笑わなかった。地面に蹲って肩を震わすユヅルに、どうした、とはじめが屈みこむ。ユヅルの息が荒い。脂汗が滲み、そしてその服越しに、明滅する青白い光が零れていた。
「ユヅル? ……なあ、ユヅル?」
「いたい……」
「……え?」
いたい、とまた彼が呟いた。体ががくがくと震えていた。青白い光の明滅の頻度が上がり、彼はうわごとのように呟く。
「痛い、痛い痛い痛いよ。痛い痛い痛い――――ッ」
赤い瞳の中に新たな赤い光が現れた。澱んでいてそれでいて澄み切った赤。醜悪でありそれでいて美しい赤。忌々しくそれでいて神聖な赤。危険を示すと同時に欲望を示し、憎悪と同時に愛を示す赤。
それがユヅルの赤い瞳に広がっていく。その真紅に恐怖を覚えて、はじめは一歩後退った。
〈あの蛇め。覚えておれ、覚えておれ――! この恨み、晴らしてやる――〉
ユヅルが胸元を掻き毟った。そこからしきりに聞えてくるのは犬神の、笑尾喇の憎悪に満ちた声だ。
〈待っておれ――あの蛇が。呪われた生き物めが! 待っておれ――覚えておれ!〉
ユヅルが地面を蹴って跳ね上がる。その口が動いて、呪いの言葉を吐いた。
――ユヅルが、笑尾喇に乗っ取られている。そう感じたマナとはじめは顔を見合わせる。紅丸が唸り声を上げた。
これはいくしかないと、二人と一匹はユヅルの後を追って走り出した。
「サスケくーん! やったね!」
太い枝を駆け下りて、サクラはチャクラの使いすぎだろうか、荒い息をつくサスケの下へ駆け寄った。
しかしサスケは答えずに、息をするのですら苦しそうにはあはあと荒い呼吸を繰り返す。足が疲労に震えた。サクラの喜びの色はすっかり顔の影に潜んでいく。
「……大丈夫? しっかりして!」
ぷつんとワイヤーが切れて、草忍が数歩進んだことにサクラもサスケも気付かない。そしてその草忍は、印を結んだ。使用したのはアカデミーレベルの忍術だが、しかしその草忍が使用すると、威力も並みのものではない。サクラは数秒抗っていたが、力に押されて崩れ落ちてしまい、サスケはなんとか抗おうと必死だが、体は思うように動かない。
「――金縛りかっ!?」
「その年でここまで写輪眼を使いこなせるとはねえ……流石うちはの名を継ぐ男だわぁ」
草忍の顔の表面はぼろぼろになり、偽の皮が破れかけていた。その下から病的な青白い肌と爬虫類じみた金色の瞳が除く。草忍が手をどけると、草隠れを示していたはずの額当てに、音符マークが――音隠れの忍びであるということを示すマークが現れた。
「やっぱり私は君が欲しい」
草忍が――いや、大蛇丸が笑う。そんな大蛇丸を背後から襲ったのは、赤い二つの光。
〈はっ、――ほざいてろこの呪われた生き物め! 殺してやる殺してやる殺してやる――!〉
「っ!?」
「なっ、ユヅル!?」
白い髪を靡かせたユヅルのクナイが、咄嗟にかわした大蛇丸の服を裂いた。勢いあまったユヅルはサクラとサスケの近くに滑り込むも、枝を蹴って大蛇丸のところへと飛んでいく。人間の口寄せはめんどくさい、と彼が呟きながら、扇子を口寄せした。
一瞬集中力を散らした大蛇丸によって、サスケとサクラにかけられていた金縛りの術は解け、いきなり術がとけたことに、サスケは咄嗟にバランスがとれずに崩れ落ちかけたが、それをはじめが支えた。
「はじめ? それにマナも」
「大丈夫か、二人とも?」
「わ、私は大丈夫だけど――」
サクラが気遣わしげな目線を向けたのは、疲労困憊しているはずのサスケと、クナイで大樹に固定された気絶しているナルト、そして目を血走らせたユヅルだ。
「サスケ……それは、写輪眼か?」
「そんなことはどうでもいい、それよりユヅルは――?」
はじめの問いかけに若干焦った声で答えて、サスケは扇子で大蛇丸と戦うユヅルを見つめた。マナが短く答える。
「犬神っつー奴が、ユヅルの体を乗っ取ってんだよ」
+
「そう。貴方は犬神なのね?」
〈忘れたとは言わせんぞ、この呪われた生き物が! 蛇は蛇らしく地を這っておればいいものを――砕いてやる、お前の頭をかち割ってやる!!〉
歯をむき出して、ユヅルの扇子が激しい勢いで舞ってくる。それをクナイで受け止め、受け流したりしながら、大蛇丸はユヅルと――正確には笑尾喇と応戦していた。
「悪いけど私の邪魔をしないでくれるかしら。私はもっぱら、うちはの男の子に興味があるんだけれど?」
〈っが、ぐァアアアアア!〉
にこりと笑って見せた大蛇丸にユヅルの白い髪が逆立ち、ユヅルは叫びのような、呻きのようなもの声を出す。大蛇丸が印を結ぶ。ユヅルが吹っ飛び、マナ、サクラ、サスケ、はじめ、紅丸は飛び上がって散り散りになった。
マナがナルトを固定していたクナイを抜き、重力に手繰られ落下していくナルトをはじめが受け止め、上へと飛び上がった。着地したその傍にはサスケがいる。
「……サクラは?」
呟いた瞬間、引き攣った悲鳴。振り返れば太い木の枝の上でサクラがゆっくりと後退っている。
〈小娘……お前か、この術をかけたのは、お前か!?〉
看ればユヅルの左胸に円形の封印がかけられてある。そこが繰り返し明滅していた――成る程、とマナは瞬時に状況を理解する。笑尾喇はユヅルから出たくても出れないのだ。あれは恐らく封印術で、そしてそれがかけられたのは恐らく、ユヅルが健康診査をしにいったあの日。
「違う……私じゃない、私じゃないって言ってるでしょ!?」
〈大蛇丸め、お前か? 呪わしき生き物よ、お前か? 我を人間の小僧の体の中に閉じ込めようと、そういう魂胆か? いいだろういいだろう、受けてたとうではないか――!〉
そしてユヅルの胸の封印の明滅が更に激しくなり、そしてそこから犬の頭が現れた。ユヅルは上半身を仰け反らせるような体勢になった。その瞳から光が消えて虚ろになる。
〈ああああああ!〉
犬神の胴体が封印を突き破って出て来んとする。封印から言葉によって形成された鎖が現れ、犬神を繋ぎとめようとするが、しかし犬神はそれすら突き破って表に出てこようとしていた。けれどそれがユヅルの体に与える負荷もかなりのものだ。
ユヅルの口から唾液が滴り、顔は血の気を失って土気色になる。ネジかヒナタだったら、白眼で経絡系が犬神と共にその体からつかみ出されていくのを看ることも出来たはずだ。
「そこまでするなんて、見苦しいわよ笑尾喇――犬神はもっと崇高であるはずの存在ではないのかしら?」
大蛇丸が浮かべた笑みに、犬神の叫びが更に怒気を帯びたものになる。
〈黙れ! 黙れ! お前だ。お前が我をつくったのだ! 目の前に食べ物を置いておいて、我を柱に縛り付けて、そして餓死するなり我が首を切り飛ばしよった! そして我は、お前への怨念で生まれた! お前の頭を砕いてやる、首を折ってやる、目を抉って手足をもいで、内臓を喰らいつくしてやる。殺してやる殺してやる殺してやる!!〉
笑尾喇を生んだのが大蛇丸。その事実にマナもはじめも目を見開いた。大蛇丸といえば里のSランク犯罪者だ。その上笑尾喇を柱に縛って、目の前に食べ物を置いて、餓死するなり首を切るだなんてそんなむごいことをしただなんて。それは笑尾喇みたいな犬神が生まれるわけだ。
「ひっでえ……っ!」
マナが顔を引き攣らせる。そのような死に方はマナにとって死刑以上の拷問だ。そんな死に方したらマナは確実に幽霊どころか悪霊になって嫌がらせをしまくるだろう。というかそんな死に方死んでも死に切れない。とりあえずマナなら首を切られても確実に首だけは食べ物へぽーんしそうな死に方だ。
「ふふ……精々喚いているがいいわ」
めきめきとユヅルの体が嫌な音を立てる。だめ、とサクラが叫んで、無理矢理ユヅルを木の枝に押し倒すなり、服を捲り上げて封印式に視線をやった。犬神は言霊の鎖に縛られながら尚も外へ出ようともがいている。
「サクラ、危ない! 離れろ!」
サスケが叫んだが、サクラは聞いていなかった。
「この術式、看たことがあるわ! 確か術の解き方はこうだったはず――!」
サクラが慎重にチャクラを込めて、封印式に手を当てる。逆封印と呼ばれる解き方だ。封印式をかける手順を後ろからやっていけばこの術は解ける、はずだった。
「サクラ、やめろ!」
サスケがサクラを抱えてユヅルの傍から去る。ユヅルの封印は解かれなかったものの、しかしサクラのお陰かはたまたその所為か、術は緩くなったらしい。言霊の鎖を断ち切り、笑尾喇が更に出てこようとしていた。
〈ありがとよ、小娘――いつか礼を言おう〉
笑尾喇が笑って、出てこようとする。しかしその前に、ろくろ首のように首を伸ばした大蛇丸が、ぐさりとその歯をユヅルの首の付け根にあてていた。
「見苦しいわね――まあ、そこまでするのなら。貴方をまた違った方法で封印してあげるわ」
ゆっくりと三つの勾玉が浮ぶ。そして大蛇丸は更にサスケの元へ首を伸ばすなり、同じ場所に噛み付いた。
「――ユヅル!」
「サスケくん!!」
安心してねと、大蛇丸はちっとも人を安心させられない、おぞましい笑顔を口元に浮かべた。
「ユヅル君、だったかしら? あの子のはついで。本命はやっぱりサスケ君よ――サスケ君、もし貴方が私に、この大蛇丸に会いたいと思うなら、この試験を死に物狂いで駆け上がっておいで」
首を元に戻した大蛇丸が取り出したのは、数時間前サスケが渡してしまった天の巻き物だ。それが緑色の炎をちらつかせながら大蛇丸の掌で滅びていく。
「――巻き物がっ!」
サクラの目が驚きに見開かれる。ふふふと大蛇丸はまたおぞましい笑い声をあげた。
「てんめえ、サスケとユヅルに何しやがった!?」
「別れのプレゼントよ」
怒鳴るマナに大蛇丸は微笑してみせる。
「サスケ君、貴方はきっと私を求める。――力を求めてね」
君の力が見られて楽しかったわ。
笑いながら大蛇丸は、木の中に溶けこむように消えていった。
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