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とある碧空の暴風族(ストームライダー)

作者:七の名
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ニシオリ信乃過去編
  Trick07_“俺”の中の歪みを治してくれるって言うんですか?




アメリカに渡った俺は、ローラ様の知り合いであるマリヌさんを訪ねた。

マリヌさんは欧米女性と比べて少し高い身長のスレンダーで綺麗な女性だ。

彼女は魔術は使えないが、その存在を知っている人であり、
アメリカで発生した魔術現象をイギリス清教に報告する任務を持っている。

とはいっても本職はベビーシッター派遣の組合を切り盛りしている若社長です。

マリヌさんから紹介された住処に案内された後、今後について質問された際に
『旅行資金はありますが、少しでも稼げるなら何かやりたいです」と答えた。

これはちょうどいいと、俺はベビーシッター派遣組合の見習いに登録されてしまった。

曰く、素行や礼儀もローラ様からのお墨付きで即戦力になれる。
曰く、学歴に問題はないので勉強も教えられる。
曰く、歳が近いので子供も警戒が薄くなるので遊び相手になる。

確かに理由を見れば納得できるが、でも11歳の子供に任せていいのか・・
預ける側の親として幼児が大丈夫なのかと考えた。

そこもマリヌさんの考えで問題なく、メインの人とパートナーを組んで2人、
俺はあくまでサポートとして働くので、子供の同じ年代でちょうどいい遊び相手にできる。

それに“ベビー”シッターといっても、預けられるのは上は12歳までと幅は広い。
その上仕事は子供の相手をする以外にも夕食を与えるなど家政婦に近いものがある。

ジュニアスクールの下級学年であれば、僕の相手は勉強も遊びも含めて丁度良いのだ。

資金を出来るだけ使いたくなく、かつ仕事時間は子供が学校から帰ってからの
3時~8時と空いている時間は大きいので自分の時間も確保できる。

悪い話もないし、将来を考える子供と触れ合う事は
やりたい事探し中の俺にはいい刺激にもなる。
それでマリヌさんの話を受ける事にした。


―――――――――――――――――――――――――


「それじゃ、テッサちゃんの宿題の面倒をお願いね。私は夕食の下拵えをするわ」

「了解です、ビバリーさん」

仕事を始めて1週間。今日もいつもと同じく依頼された家へと向かう。

一緒に歩いているのはベビーシッター業のパートナー、ビバリー=シースルーさん。
白肌金髪碧眼の美人な女性である。

彼女も15歳と若いが、天然のナイスバディ(Gカップでさらに成長中と自己申告)と美顔にちょっとした化粧で大人びた雰囲気を出して、お客さんには20歳の大学生として通している。年齢詐欺、逆サバだ。

将来は映画監督を目指しているらしく、その為の資金集めに今の仕事をしているそうだ。

お客さんの娘さん、テッサちゃんの学校帰りの時間に合わせて夕食の材料を買って
そのお客さんの家に一緒に歩いている途中だ。

「その材料ですと、今夜はシチューですか?」

「さすがね。料理は私より上手だから信乃にお願いしたいけど、
 テッサちゃんのお気に入りは信乃だもの。テッサちゃんの相手は任せるわ」

「可愛い女の子に好かれるとは光栄ですね」

「ちなみに私もあなたを気に入っているのよ」

妖艶な笑みを浮かべるビバリーさん。

「結構です、お断りします」

俺は満々の笑顔で返した。

ビバリーさんは口をヘの字に歪めたが、たいして気にしていないようですぐにいつもと同じに戻った。

「・・・信乃、あなたロリコン?」

「違いますよ。ただ、愛ではないけど純粋な好意を向けられて嬉しい事と、
 男の子を誑かしそうな人の言葉とでは、当然返事は違ってきますよ」

「つれないわね」

いつものようにビバリーさんの誘いに距離を置く返事を俺は言う。

戦場でひどい目に合わされた女性を見たせいで、女性に対する性欲的な意味の興味は持たなくなっている。

そしてひどい目にあわされていたからこそ、女性に対しては優しくも距離を置く姿勢を持つようになっていた。

本当はビバリーさんもファミリーネームのシースルーと呼びたいところだけど、フレンドリーなビバリーさんから≪シースルーなんて型苦しい! ビバリーって呼びな。私も信乃って呼ぶから!≫とお願い(強制)されたので今の呼び方になっている。


「西折さん! ビバリーお姉ちゃん!」

ちょうど向かいから銀髪の少女が手を振りながら走ってきた。

この少女はテッサ=マデューカス。現在、俺達2人がベビーシッターとして面倒をみている7歳の少女だ。

「こんにちは、テッサさん」「よ、テッサちゃん!」

「こんにちは! 今日も宜しくお願いね!」

ペコリと可愛らしくお辞儀をする。

母親を早くに亡くし、父親が警察官と少し変わった環境で育ったためか
幼いながら礼儀正しくて元気な少女だ。

「今日はいつも以上に元気が良いわね。何かいい事あったのかしら?」

「あのね! 今日学校でね!」

ビバリーさんとテッサちゃんが仲良く雑談していく。

テッサちゃんは人見知りしないから俺だけがお気に入りというわけじゃなく、ビバリーさんとも充分に仲が良い。微笑ましい光景に俺は一歩後ろに下がって歩き、2人の話の邪魔にならないようにした。




テッサちゃんの家に到着し、決めていた通りに俺は勉強を教えてビバリーさんは夕食の準備を始めた。

テッサちゃんには父親のリチャード=マデューカスさんしかいない。
夕食はいつもリチャードさんが帰ってきてから4人で食べている。

今日もその予定だったが、リチャードさんから電話が掛かってきた。

「はい、マディーカスっす」

『その声はビバリー君だな、リチャードだ』

「あ、リチャードさん、お疲れ様です。どうかしたんですか? 予定だともう帰ってくる時間ですよね」

『それなんだが、今日は急な出動要請が遅くにあって、報告書の作成などで
 帰るのは無理のようだ』

「ん~そうっすか。それじゃあ、テッサちゃんは夜一人になりますね。

 いつもの残業した時と同じように、うちのベビーシッター組合に連絡して
 お泊り世話の出来る人呼びますね」

『うむ・・・ちなみにシースルー君と西折君は今晩の予定はあるかね?』

「ということは人を呼ばずに私達2人にお願いしたいってことっすね?」

『話が早くて助かる。新しい人を呼ぶのもいいが、テッサは2人を気に入っている。
 個人的なお願いが入っているから料金はサービスも入れよう』

「お、ラッキー! 了解っす! 信乃には私から伝えますね。組合の方にも連絡しておきます」

『頼んだよ』

ガチャ、と固定電話をビバリーさんが置いた。

「ビバリーさん。私、耳が良いから受話器からの声、聞こえていたんですけど・・・」

納得のいかない顔をしながらビバリーさんを睨んだ。

宿題も終わり、リビングでテッサちゃんとTVゲームしていた俺に、今の納得のいかない会話は聞こえていた。
あ、俺のキャラクターにクリーンヒットが当たって負けた。

「説明する手間省けたね。ということで今日はお泊りだよ!」

「やったーー! ずっとゲームできるよーー! 西折さんに再戦だ!」

無邪気に大喜びするテッサちゃん。ゲームが好きなのは確かだが、それ以上に俺達2人とゲームで遊ぶことがかなり嬉しいようだ。

「確かに今日の仕事の後に、私は予定は入っていませんよ。
 でも今日は暇だって私は一言も行っていないですよね、ビバリーさん?」

「ははは! 気にするな気にするな!」

豪快に笑い、食器をテーブルに並べ始めた。

リチャードさんが帰ってこれないなら夕食を待つ必要がない。
逆に早く食べてしまってゲームの時間を長く取ろうと考えたのだろう。

俺もテッサちゃんも準備に加わり、3人で仲良く夕食を取った。



食事の後はひたすらゲーム。宿題も終わっているし、怒る親もいない。
ゲームに大盛り上がりの3人で楽しく過ごした。

10時になり眠る時間になったが、テッサちゃんが「3人で一緒に寝る!」とわがままを言い、それにビバリーさんも賛同。一番立場の低い俺に拒否権はなく、リビングで毛布に包まり仲良く就寝した。



深夜・・・俺は嫌な予感がして目を覚ました。

すぐそばで寝ているビバリーさん、テッサちゃんを確認する。
テッサちゃんがビバリーさんの大きな胸に顔を埋めて仲良く抱き合っていた。

とりあえず2人の無事を確認し、今度は状況を確認。

時計を見ると午前3時。住宅街にあるこの家では、この時間帯には本当に静かで外の街灯も消えて暗い。
だが外からは車のエンジン音が聞こえた。それだけではなく、庭の芝生を踏むような音が複数聞こえた。

音が近い。この家に向かう音?

先程の嫌な予感と合わさり、嫌な想像をしてしまう。

「ビバリーさん、ビバリーさん」

「ん・・・ぁん。・・・ふぁ・・・なぁに? 夜這い?」

「違います。もしかしたら緊急事態です。起きてください」

「え?」

「説明は省きますが、複数の人がこの家に忍び近づいてきています。
 こんな真夜中にです」

「リチャードさん・・かな? それとも泥棒、とか?」

「わからないですが、とにかくここにいては危ないと思います。
 テッサちゃんを起こさないように抱えてキッチンのカクンター裏に隠れて下さい。
 俺が合図するまで出てこないで下さいね。

 俺は別の場所に隠れます」

「わ、わかった!」

目も覚めていない状態だったが、ベビーシッター歴が俺より長いだけあって
落ち着いて対処してくれた。


さて、これからどうしようか?

相手の目的はビバリーさんが言っていた通り泥棒なのか?
確かに泥棒かもしれない。でも俺の欠陥製品のようなマイナス思考では、それ以上の事を想像した。

 殺人

理由をつけるなら、テッサちゃんの父親、リチャード=マデューカスさんは警察官だ。逆恨みを買いやすい職業に就いている。逆恨みした相手がリチャードさんの家を調べて襲ってきたと考えるのが俺の最悪のシナリオだ。たかが人が忍びよっただけで考えが飛躍しすぎている事に自覚はある。だが半年前までは戦場にいた自分だ。こう考えてしまうのが俺にとって普通なんだ。

ではどう対処するべきか?

隠れる。
時間稼ぎにしかならないだろう。家の場所を調べる人間が、当日に誰もいない事を確認しない筈がない。隠れているのなら見つかるまで探すだろう。カウンター裏にいる2人だって一時凌ぎのために移動させたにすぎない。

逃げる。
背中から攻撃されて終わりだ。ここは銃を認められた国アメリカ。下手に逃げれば銃で撃たれる。それ以前にこれだけの組織的な動きをしていれば、日本であろうと国に関わらず銃を用意していてもおかしくない。むしろ銃があると想定するべきだ。

助けを求める。
間に合わない。警察に連絡しても来るまでに数分が掛かる。それまで隠れ続けるのは無理だし、電話で話す時間もないかもしれない。

ならば、撃退するしかない。

俺は撃退などの準備をして、布をかぶり隠れた。


 パリン

何か細工をしたのだろうか、音質から考えてガラスを割ったのだろうがとても小さくて眠っている状態では気付かない音だった。

音は2階。おそらく寝室に侵入したのだろう。

その予想は当たっていたようで階段から降りる音が聞こえてきた。

降りて来たのは2人か。

ゆっくりとリビングのドアが開かれる。そして銃口がドアの隙間から見せながら入ってきた。
そして入口付近で部屋全体を確認する。持っているのはハンドガンだ。そして覆面に黒の服装で闇に紛れやすい格好をしている。

この動き、訓練を受けたプロだ。
戦場での経験から訓練を受けていない素人兵と、訓練を受けた兵士の動きの両方を見ていた。両方を見ていたから相手の熟練度が良く分かった。威力の高いマシンガンなどの中型銃ではなく小型のハンドガンを選んでいるあたり、室内で動きまわりやすい事を知っているのだろう。

どうするべきか、訓練を受けている上に銃を武装した相手複数に、どう立ち向かうべきか。

色々と策を練る。が、概要は既に決まっている。

各個撃破。複数人数が相手であろうが、各個撃破をしていけば1対1を複数回繰り返すだけだ。実力が負けている俺に出来るのはこの方法しかない。

まずは1人目、それが今リビングに入ってきた男だ。もう1人1階に降りてきた男は別の部屋を見ているはず。ならば合流する前に倒す。

男は毛布の3つのふくらみを見つける。傍から見れば毛布に包まる3人に見えるようになっているはずだ。

俺の策にはまり、周りを注意しながら男は毛布に近付く。そして銃口を毛布の膨らみへ。

 パシュ

  パシュ

サイレンサー付きで静かな音が響く3人(の膨らみ)の内、2つに弾丸が貫く。

そして最後の1人(の膨らみ)に放つと同時に俺は走り出す。
隠れていたのはドアの近く。そして、その位置は男の真後ろ! 攻撃の瞬間には攻撃の対象にだけ集中するこの時を狙って首筋に手刀を!!

   パシュ


     ドサッ


俺の攻撃は成功し、男を一撃で気を失わせた。
サイレンサーの音よりも少し大きめに倒れる音がしたから、もしかしたら仲間が来るかもしれない。

それなら倒れた男を利用させてもらいますか。

リビングにあるソファーに堂々と座らせる。そして俺は同じように隠れる。

それにしても最悪を想定して命を狙ってきたと思ったのに、本当に躊躇なく殺しに来た。やばい・・・


「(ヒソ)ジョン、何か音がしたようだが・・・ジョン?」

予想通りもう一人がリビングに来て、狙い通り不審に思って座っている男へと近づく。

さて、さっきみたいに分かりやすい隙を作れそうにない。それなら倒す時は銃を無効化することが優先だな。
銃を無効化させた後に気絶させる!

敵はプロだし、仲間に声を掛けた時でさえ周りの注意を払っているだろう。タイミングが当たっているかはわからない。正直に言えば勘だ。それでも俺が倒さないとビバリーさんとテッサちゃんの命はない。やるしか、ない!

「おい、ジョン。どうした?」

左手で気絶させた男の肩を揺らす。右手は銃を持ったままだが、引き金から人差し指は外れている。

今だ!

走るために踏み込んだ時の僅かな床の軋む音が出た。その音ですぐに銃を持った男が振り向いた。

タイミングはほぼ同時、いや! こちらの方が早い!

自分の左手を振り上げて銃を弾く。

 パシュ

  パリン!

間一髪で銃口の向きを変えて間に合った。発射された弾丸は天井の電灯に当たり、ガラスが割れて飛び散った。

銃が関係無ければこの距離は素手の俺が有利。そして反射で銃を打っただけの相手と殴るつもりでいた俺とでは俺が有利!
突進力を乗せて全力で顔面を殴った。

「ぐうぇ!」

これで2人目だ。

まだ、2人目だ。上の階にいるのが何人いるか分からないし、今の銃弾で電灯が割れる音がした。全員が下に来るはずだ。

くそ! 俺だけ足止めに残って2人を逃がせば、まだ2人が生き残る可能性があったかもしれない。

いや、今は“かも”なんて事を考えても仕方ない。全力で倒す方法を見つけないと!

 キィ

僅かに聞こえた床が軋む音は階段の報告からだ。

階段の登り口から直接見えない所に隠れる。

くそ・・・恐い

俺は また

  また、助けられないのか


くそ・・・くそったれか 俺は

 何で俺はまた助けられないんだよ



 落ち着け、まだだ。

 相打ち覚悟でいけば、相手に傷を負わせられる。

 せめてテッサちゃん、ビバリーさんを追いかける事が出来ないようには出来る。

 それで充分だ。戦場で一度死んだと思った身だ。女性2人を守れるなら本望だ。


覚悟は決まった。

即死しないように守るのは首と頭、心臓を両腕で守る。
胴体に何発当たろうと気にしない。その状態で突撃する。

ま、今の銃は性能が良いから腕ごと急所を貫通するかもな。おっと、“かも”なんて考えている暇はなかったな。



 キィ

  キィ

   キィ

音が近づいてくる。

全神経をこの音に集中。音から敵の位置を予測する。


 キィ


俺の間合いまで、残り3歩








ガシャン!


大きな音。ドアが毛破られた音だ。

だが俺が出した音じゃない。

どういうことだ?

「敵補足!行動開始」

「「「了解」」」

 パシュッ

「ウルズ7、1階階段にて敵の確保を完了した」

「ウルズ6、ウルズ2、2階への探索を開始する!」

なんだ、どうなっている?
俺が倒そうとした奴を、別の奴が、奴らが乱入して倒している?

とにかく守りに入らないと。
キッチンカウンターの陰に隠れているテッサちゃん、ビバリーさんの所に俺は行く。
急に入ってきたことでビバリーさんが驚いて体を震わせたが、俺だと解って少し笑みを浮かべた。

何か言いたいようだったが、人差し指で『静かに』にジェスチャーをするとビバリーさんから頷きが返ってきた。

「ウルズ2、リビングにて敵勢力2人を確認。
 しかし意識がありません。問題ないと思われます」

「了解だ。

 さて隊長、どうしますか?」

「テッサ! テッサいるのか!? 無事なのか!!?」

「ちょ、隊長! まだ安全は確保されていませんよ!」

この声は、リチャードさん!? しかも隊長って呼ばれていたし。・・・ってことは乱入してきた奴らってリチャードさんが指揮する警察の部隊?

「信乃くん! ビバリーくん! 無事なら返事をしてくれ!」

「・・・了解。大丈夫ですよ、リチャードさん」

「その声は信乃くんか!?」

走る音が近づいてくる。

そしてキッチンカウンターの陰に隠れていた俺達3人の前に現れたのは、親バカのリチャード=マデューカスさんだ。

服装は見なれている普段着ではなく、警官という服装でもない。

一般的に当てはまるのは“兵士”の格好だ。

「大丈夫か!?」

「ええ、3人とも怪我ひとつありません」

「そ、そうか。よかった。本当に良かった」

「た、隊長。お喜びの所に申し訳ありませんが、報告があります」

「すまない、取り乱してしまった。

 それで報告とは?」

「はい。2階にて更に1人の敵勢力を確保しました。

 1階、2階の全ての部屋、物陰を確認完了。敵勢力を全て確保したと思われます」

「うむ。しかし完全とは言い切れない。外の車まで移動しよう。3人ともいいかね」

「わかりました。ビバリーさん、テッサちゃんは俺が運ぶよ」

「私がやるわ。信乃は強盗を倒したんでしょ? 私もベビーシッターなのよ。
 これぐらいの仕事させてちょうだい」

そう言っているビバリーさんの手は震えていた。

この数分間、テッサちゃんを守るために本気で抱きしめ続けて疲労したからなのか。
それとも恐怖に耐え続けたからなのか、恐怖からの安心感なのか。

震えながらもゆっくりと立ち上がるビバリーに尊敬の念を抱かされた。

「・・・では、お願いします。行きましょう」


―――――――――――――――――――――


リチャードさん達の指示に従い、外に止めていた車に乗り家から離れて行った。

車と言っても普通の車じゃない。装甲車だ。

シルエットは普通の車に近かったし、真夜中の住宅街という事できれいにみることは出来なかった。でも車の表面にある分厚い鉄板は普通の車じゃない事はすぐに分かった。戦場で見た事のなる戦車と同じだ。戦車と同じ材料で作られた車って感じだ。

その車に乗り込んでリチャードさんとその部下数名をを含めた俺達3人は、リチャードさんの職場である警察署へと行った。

「到着だ。ここまでくればさすがに安心だろう」

未だに周囲を警戒しながらリチャードさんと部下の人たちは降りた。
そしてテッサちゃん、ビバリーさんが建物の奥へ行くのを見送り、リチャードさんに話しかけた。

「ありがとうございます、リチャードさん。
 あそこで間に合っていなければ私達3人はダメでしたよ」

「いや、こちらこそ礼をいわせてくれ、信乃くん。
 君が敵に抵抗していなければ、我々は間に合わなかった。

「お礼はいりません。自分では失敗だったと思っていますから」

「・・・それは全員を撃退出来なかったからかね?」

「違います。テッサちゃんとビバリーさんを守れなかったからです」

「先程も言ったが、君がいなければ我々は間に合わなかった。それを考えると君の功績は」

「ええ。私の足掻きがなければ2人は無事ではありませんでした。
 それはリチャードさんが言ったように、あなた達が間に合ったから良かったと
 言える結果です。結果論です。

 もし来なかったら、俺に出来たのは犯人全員に怪我をさせて2人を逃がす可能性を
 増やすだけ。代償は俺の命。それだとテッサちゃんもビバリーさんも
 精神的にダメージを与えてしまう。

 最善の結果じゃない」

「・・・そうか。そう思っているなら何も言う事はない。

 本当なら『なぜ一人で無茶をした』と怒鳴りたかったが、君がそこまで反省して
 落ち込んでいるなら何も攻めないよ。

 しかし君にここまでの戦闘能力があったのは驚きだ。
 襲撃してきた者たちは元内の部隊にいた人間だ。それを倒せるとはな」

「倒したと言っても2人とも奇襲ですよ。

 それに・・・・深くは言えませんが戦場経験者です。銃も、殺しも・・・」

「わかった、それ以上は何も言わなくていい。

 今の君は、私の娘の命の恩人であり、ベビーシッターで優秀な西折信乃くんだ。
 それだけで十分だよ」

「・・・・・・ありがとうございます」

「・・・・・・」

2人が沈黙のまま建物の奥へと足を運ぶ。

「・・・・信乃くん」

「なんでしょうか?」

「深く聞くつもりは無い。君がどのような経験を積んだのかは分からないが
 常人では考えられない戦闘経験を積んでいるだろう。

 しかし未熟だ。経験があるだけで訓練をしたわけではないな?」

「・・その通りです。

 見ての通り未熟です。自己鍛錬だけでは限界がありますね・・・」

「そうか、ならばここの訓練を受けてみるか?」

「え? 今何を言いました?」

「ここ、SWATで訓練を受けてみないか、と言った」

「冗談にしては面白くないですね。

 人殺しに部隊の訓練? 意味が分かりません」

「そう自虐するものじゃない。
 それに君の力が未熟だというなら、それは不安定だということだ。
 不安定なものは放っておくほうが危ない。

 ならば安定を、訓練を受けて正すべきだと思ったまでだ」

「人殺しが力を増すだけになるかもしれませんよ」

「そうならないようにするのが子供に対する大人の役目だ」

「“俺”の中の歪みを治してくれるって言うんですか?」

「ああ。私に出来る事ならやらせてもらうよ」

「・・・・・

 お願い・・・します!」

「うむ」

自分を鍛える事には強い関心は無い。
でも、自分の事を本気で心配してくれる人がいる事は、本当に嬉しい。



つづく
 
 

 
後書き
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