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とある碧空の暴風族(ストームライダー)

作者:七の名
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ニシオリ信乃過去編
  Trick-06_≪錬金≫と≪解析≫






「アークビショップ、少年について調査が完了しました」

「ご苦労様。で、どうだったの? あの子は、見た限りでは中東の人種ではないわ。
 神裂、あなたと同じ東洋人の容姿をしている」

「ええ、その通りです。私と同じ東洋人、それどころか同じ日本人でした。

 持っていた少量の荷物の中に学園都市の学生証がありました」

「これは驚いたわね。助けたのがよりにもよって“あの”学園都市の子。
 戦場にいたと言う事は、まさか超能力の実験だったということかしら・・・」

「いいえ、それは違うようです。

 経歴を調べてみましたが能力はレベル0。無能力者です。
 学問で優秀だったようですが、無能力者に対する強化訓練など怪しいところもありません。
 実験に使ったということはありえないでしょう。

 なにより、彼は事故で死んだと記録されています」

「事故? 学園都市とあの中東近くが関わった事故というと、
 乗客乗組員全員が死亡したという半年前の飛行機落下事故かしら?」

「はい。彼はその飛行機に乗っていたようです。
 学園都市の記録にもそう残っており、彼の死亡報告書もありました。

 ただ、遺体が見つからなかった事、現場そのものが悲惨な状態であり詳細な調査が
 出来ないまま死亡認定となった事も書かれていました」

「なるほどね。実は少年が事故で死んでおらず、戦場で戦士として生きていたというわけね。

 そういえば、あの子は何故学園都市の学生証を持っていたのかしら?」

「正確に言えば、持ち歩いていたのは定期入れのようなものです。
 おそらくはその中に入っていた家族写真を持ち歩くためでしょう。
 学生証はついでだと思います」

そう言って神裂は2枚の写真を渡した。

1枚は少年が小学校低学年に取られたであろう数年前のもの。
写っているのは3人。父親に見える青年、姉に見える中学生ほどの藍色の髪の少女、
そして数年分は幼い、助け出された少年。

2枚目はこの1年以内に取られたもの。
少年と、1枚目とは別の少女と共に2人で仲良く映されていた。

2枚とも写真に写る全員が無邪気に笑っている。
少年が本当に一般家庭の、普通の男の子“だった”ことを証明するものだった。

「悲しいわね。本当に普通の子でも、人殺しに変わってしまう戦場とは嫌ね」

「はい。この写真が、唯一の少年の支えとなっていたのだと思います。
 半年も戦場にいたにもかかわらず、写真の状態はご覧の通り綺麗なままです。
 よほど大事に扱っていたと思います」

「・・・・」

アークビショップ。彼女の生きる世界では争いは珍しい事ではない。

しかし、やはり一般の人間が争いに巻き込まれる事に何も感じないわけではなかった。

「神裂、あの少年を保護するわ。魔術や学園都市とは関係なく、ただの人として。
 少年が目を覚ましたら知らせなさい。私から説明するわ」

「わかりました。では、西折信乃が目覚めましたらご報告にあがります」

「・・・西折? あの少年のファミリーネームはニシオリというの?」

「はい。方角の『西』に、棒を折るの『折』の文字を使って西折です。それがなにか?」

ふと、名前に違和感を感じた。それと同時に持っている1枚目の写真に目がいった。

西折信乃の父親、彼の腕には刺青を入れているのか綺麗な碧色の痣のようなものが写っていた。

彼女の記憶では、その色を持っている者は、あの一族しかしない。

「ただの一般人として助けるつもりだったけど、これは面白い事になりそうね」

「は?」

「独り言よ、気にしないで」

「は、はい。私はこれにて」

神裂が部屋から出て行った。


―――――――――――――――――――――――――


「っ!   ・・・・・ここは・・・・」

知らない、天井だ。

綺麗な清楚な部屋。こんな建物を見るのは半年ぶりかな・・・ここはどこだ?

「おや? ようやく目を覚ましましたか」

声のした方を見ると、本を読んでいる女性がいた。

「そのまま眠らずに待っていてください。あなたが目を覚ましたら話がある人がいるので」

「あ、ああ」

そういって女性は部屋から出て行った。

状況が呑み込めない。

確か、王都に攻め込んで、逃げた参謀を追いかけて、それで・・・。

! 思い出した! 

あの女の人は無事か!?

「ようやく目覚めたのね。1週間も眠っていたからそのまま死んでしまうと思ったわ」

「!? あなたはあの時の!」

心配していた金髪の女の人が、丁度良いタイミングで部屋に入ってきた。

歩く姿を見ただけだが、そこには怪我を負った様子はない。

「よかった。無事だったんだ・・・」

「心配するのは私の方よ。目覚めてくれなかったら、こっちの目覚めが悪くなるところだったわ。

 どう? 怪我の処置は充分にしたけど、どこかに異変は無い?」

聞かれて自分の体を確認する。

「っ!」

途端に激痛が走る。
起き上がれないけれど、よく見れば全身が包帯だらけだ。

だが、手足の指は少し動かす事が出来た。
神経に問題はないようだ。

「確認しておいて何だけど、無理に動かせる状態じゃないわよ」

「だ、大丈夫、・・指が動くから」

「それならいいわ。色々あるとはいえ、私はあなたに命を助けられた。
 だから逆に命を助けたの。ただそれだけよ」

「・・・・・ありがとうございます」

「今はゆっくりと療養しなさい。詳しい話はそこにいる神裂に聞きなさい」

それに合わせて頭を下げる女性。

先程、俺が目覚めるまで側で本を読んでいた人だ。

綺麗で長い黒髪。顔と名前で判断するに、同じ日本人のようだ。

「私はこれで失礼するわ」

「あ、待って、ください。

 ・・・あの、お名前を出来れば教えて、いただきたいんですが・・・」

「・・ローラ=スチュアート」

母性溢れる笑顔で部屋から出て行った。


「ふぅ・・」

女性が無事な事に安堵してか、思わず息を漏らした。

でも分からない事だらけなのは間違いない。
昨日の今日まで(話を聞いた限りでは1週間寝ていたので実際はかなり前)戦場で
命を掛けて戦っていたのに、ここは見た限りでは安全を保障されている。

いくら反乱軍が勝ったからと言ってこれはおかしい。

「どうやら今の状況に疑問を持っているようですね」

「えっと、確か神裂さん、だっけ」

「ええ。神裂 火織(かんざき かおり)。あなたと同じ日本人です」

「日本人、か。俺以外に、戦場で同じ日本人とは初めて会ったよ」

「・・・・・なるほど、そこから勘違いされているようですね。

 あの後、あなたが銃弾を受けて倒れた後、どうなったか説明しましょう」

それから神裂さんは丁寧に説明をしてくれた。

分かった事をまとめると以下の通りになる。
・ローラさんはイギリス在住の貴族であり、ここはローラさんの家?である。
・とある用事から自家用機で中東を訪れており、用事の際に信乃と遭遇した。
・銃弾で撃ち抜かれた後、神裂さんが応急処置をして、急いでイギリスに戻り治療を行った。
・1週間もの間、信乃は眠り続けていた。
・その間に信乃の持っていた物から信乃の身分を調査。
・中東での戦いも反乱軍の勝利に終わり、順調に新政権の話が進んでいるらしい。


「なるほど・・・なんと言うか、色々を含めて本当にありがとうございます」

「いえ、私はアークビショップに従ったにすぎませんから」

「アークビショップ?」

「ローラ様の事です。

 それであなたは現在、イギリスにいるわけですが、今後はどうしますか?」

「どう・・か・・」

「ええ。怪我が落ち着けば再び中東へ戻ることも可能です。
 または学園都市に復学する手伝いもできるかもしれません」

「中東には、戻りたくないよ。反乱軍に参加したのは成り行きだし、
 あそこは本当に生き地獄だ。だから、嫌だ」

「では学園都市に戻りますか。

 学園都市には家族がいるのですよね」

「うん・・・・でも、戻りたくない」

「え? それはどうして?」

「家族に合わせる顔がない。


 今の俺は人殺しだから   」

「・・・ですが、それは仕方のない事だと思います。

 戦場で生きるには、他の命を奪う事も時には必要です」

「わかっる。でも、割り切れないよ。

 あいつだったら、美雪だったら、人殺しをした俺を受け入れてくれるかもしれない。

 でも、拒絶するかもしれない。

 恐いんだよ! もし拒絶されるかもしれないと思うと恐いんだ!」

「・・・・・・」

「半年間、ずっと戦い続けて気にはしなかった。
 気にする暇はなかった。

 だけど、今落ち着いて考えてみれば俺がやった事は人殺しなんだ。
 美雪に嫌われてもおかしくない事をしたんだ・・・・

 美雪に合わせる顔が無いよ・・・・」

「・・・わかります。その気持ち。

 私もある事情から仲間の元を離れました。

 会いたくても会えない。合わせる顔がない状態です」

「・・・・・」

「私の事は置いておきましょう。

 それよりもあなたの処遇についてです。

 アークビショップからは好きなように、と言われました。
 中東に戻ろうとも、学園都市に戻ろうとも、手伝ってやれと。

 それはあなたの望んでいる両方に戻りたくないと言う事も手伝ってあげることにも
 なると思います。

 しばらくは怪我の療養を。それからでも何をしたいのか考えるのは遅くないと思います」

「・・・・はい」


――――――――――――――――――――――――――


戦場から離れて半年。

俺、もとい私は執事としてローラ様のお世話をさせていただいた。

ローラ様は命の恩人。その恩を返すために何か出来るかを聞いたところ・・

「別にいいわよ。私だってあなたに助けられたのだから」

「だけど神裂さんから聞いたんですけど、俺が助けなくても
 身を守る手段があったんでしょ?

 だったら俺が一方的に命を助けられた事になる。
 それだったら何か恩返しをするのが普通ですよ。いえ、やらせえてくださいお願いします」

「・・・・そうね、学園都市にも戻らずに自分が何をするか、答えを出す時間も必要ね。

 それなら執事で私の身の回りの世話をしなさい」

「執事? それならローラさんにはセバスチャンさんがいますよ?」

「彼に弟子入りをしなさいって言っているのよ。

 家事ができて損な事はないし、何よりあなた、言葉使いがあまり良くないわ。
 私は気にしていないけど、命の恩人や歳上に対等に話をしすぎよ」

「うっ」

「ということでセバスチャン、調教、もとい教育をお願いね」

「かしこまりました、ローラ様」

今、調教って言っていたよな?



ということでセバスチャンさん、セバスチャン様から様々な事を教えて頂きました。

ええい、やめやめ! 地の文まで丁寧に話していたら疲れる!

半年の間、セバスチャン様からパネェ指導の元、超は付かないながらも
一流の執事になる事が出来ました。

それともう一つ。

三流の魔術師になりました。



・・・・うん、執事とまったく関係ない事は自覚あります。
前後関係の文章がおかしいのもあります。ですが事実です。

執事の仕事として部屋を、本棚を掃除していたら魔術書みたいな物を見つけました。
オカルト(偽物)の意味で読んでいたら、丁度部屋に入ってきたローラ様と神裂さん。

「いや、驚きました。魔術は本当に存在していたんですね」

と、冗談として言ったつもりだったのだが

「あ、あなたは魔術の事は信じるのですか!?

 学園都市の生徒だったのでしょう!?」

「え"?」

神裂さんが素で驚いて予想外の返事をした。俺も素で驚きました。

いや、神裂さん程の理性的で真面目な人が魔術を酔狂で実行していると思えない。

「・・・魔術って本当にあるんですか?」

「え? 今、あなただってそう思って言ったのでは・・」

「いや、ごめんなさい。冗談のつもりで魔術があると言ったつもりだったんですが、
 神裂さんの反応を見ると本当、なんですよね?」

「・・・・・アリマセンヨ、魔術ナンテ」

「嘘っぽいです」

そんなことがあって魔術の存在を知りました。

ちなみにローラ様は会話には入らず、後ろで微笑をしていただけである。
うん、何か企んでいるときの笑顔ですね。いや、企みが成功した時の笑顔だ。

執事スキルで主の考えている事が表情である程度分かるようになりましたよ。
たぶん魔術の露見はローラ様が仕組んだ事かも知れない。確証はないけど。


学園都市出身の俺が魔術を簡単に受け入れたのは、大きな理由が2つある。

1つ目は超能力が使えない事だ。

超能力を今後も一切使えないとお墨付きを貰った俺は、
早々に能力開発の授業を受けなくなった。

無駄だし、逆にきっぱりと諦めた方が精神衛生上に良い。
そのせいで学園都市の科学絶対主義な考えには浸っていないのだ。

2つ目はA・T(エア・トレック)の存在を知っていたからだ。

いやね、あれも科学的な事象ですよ。
けど客観的にみれば超能力というか魔法というか超常現象というか。


そんな感じで魔術みたいな科学では証明できない事でも、別に受け入れられるわけだ。
ローラ様と神裂さんには1つ目の理由だけを話して(2つ目は話してない)納得してもらえた。

「なら、あなたも魔術を学んでみたら?」

「アークビショップ!? 科学を学んだ者が魔術を行使すれば肉体に影響が!」

「でも彼の場合は特殊なケースよ。

 確か超能力の強さを示す数、AIMとかそんな名前だったかしら?
 その値が"0”ということは科学を学んでいない普通の人と同じと言えるのじゃないかしら」

「それは・・・確かに」

「ものは試しよ。もしもの時は治療の準備や暴走などの対策を取ればいいわ」

とローラ様の勧めで俺も魔術を学ぶ事になった。

その言葉で確信した。確証は無かったけど確信した。
ローラ様、あなた俺に魔術を教えるつもりだったでしょ!?

でも俺も超能力にまったく憧れが無かったわけではない。
超能力の代わり、なんて言ったら魔術師に怒られそうだけど、超常の力に憧れが
消えたわけではなかったからありがたい話だ。

ありがたい話だが、残念な結果になった。

魔術を試したけど、ローラ様の予想通りに科学を学んだ事による害は無かった。
その代わり魔術がまともに発動しなかった。

発動したと思われる痕跡は出た。痕跡だけは出た。だから魔術は発動したのだろう。
だけど結果があまりにも不十分で、魔術に対しても才能無しの烙印が押された。

少なからずショックだったよ。

でも、ある程度は覚悟していた。科学でもそうなら魔術でもそうかもしれないと
心のどこかで思っていたのが幸いだった。

もう一つショックを和らげる要因があった。

たった2つの魔法の基礎の基礎だけだけは発動できたのだ。

それは≪錬金≫と≪解析≫。

両方の魔術を詳しく説明すると長くなるので、俺が出来た部分だけを紹介する。

1つ目。
≪錬金≫の基礎の基礎は、物質の形状変化。
魔法陣を書いて、その上に置かれた物質の形を変える。

漫画で見た事ある≪鋼の錬○術師≫に似ているな。

ちなみに錬金速度が恐ろしく遅くて、俺自身も相当の相当の集中力が必要になるから
戦闘では絶対に使えない。

2つ目。
≪解析≫の基礎の基礎は、その名の通り物質の状態を解析する事が出来る。
物質に微量の魔力を流すことで、魔力から帰ってくる反応で状態が分かるのだ。

ちなみに微量の魔力は、ごく少量の魔力を流さなければならない技術、ではなくて
俺が微量の魔術しか流せないのだ。
≪錬金≫の事を含めて考えると、俺の魔力の出口は相当に小さいみたいだ。
さらに魔力量も少ないと神裂さんに言われた(泣)。

魔術の修行を開始して2カ月程。その時点で≪錬金≫を教えてくれている先生から
こんな事を言われた。

「君は才能が無い。これ以上やっても上達しない」

おのれ、銀髪のシスターを監視役と言いながら仲良く行動しているロリコンのくせに。

でもその先生が言うのは事実であり、最初の1ヵ月で特殊な金属を含めて
加工、合成、形状変化が出来るようになった。

ただしそれ以降の1ヵ月に成長は見られない。

これは≪解析≫に関しても同じだった。

まぁ、心のどこかで諦めていたから納得しよう、と自分に嘘をついて誤魔化した。
というわけで、ローラ様の元で私は一流の執事、ド三流の魔術師になりました。


「ふーん。もう半年になるのね」

「そうですね」

「紅茶も淹れられるようになったし、まあまあね」

「ありがとうございます、ローラ様」

そして現在は午後のティータイム。俺が淹れたお茶にローラ様から合格を貰えた。
二口、三口と飲み進めたが、ローラ様の手が止まった。

「如何なされましたか? なにか不手際がありましたでしょうか?」

「いえ、あなたの対応に不満があるわけじゃないの。

 たった半年で超一流のセバスチャンの技術を完全ではないにしても習得出来たようね。
 そして魔術に関しては三流にも満たないレベル。

 “予想通り”ね」

「え?」

今、ローラ様は予想通りと言った? ド三流になるのが予想どおりって
俺はどれだけ期待されていなかったのかな?

ティーカップをテーブルへと置き、真剣なまなざしが俺へと向いた。

「急に真面目な話になるけどいいかしら?」

その時の顔はアークビショップとしての顔だ。
普段の甘いものが好きなお嬢様ではなく、宗教のトップとしての顔だ。

「はい」

ならば俺も相応の覚悟で聞く必要がある。

「この半年であなたは執事として、一人でいきる最低限の技術を身につけた。
 そして魔術師として、残念ながらこれ以上の政情が見込めない程に修行をした。

 これからどうしたいの?」

「これから、ですか? それはどういった意味か私には諮りかねます」

「そのままの意味よ。

 このまま私のもとで一生、執事として生きていくのか。
 はたまた、今度こそ学園都市に戻って家族と再会するのか。
 それとも第3の道を選ぶのか」

「・・・・・」

「あなたが好きに選びなさい。

 私への恩ならもう充分に返せたと思うわよ」

「いえ、それはあり得ません。

 お世話をさせて頂いてもほんの少ししか返せていません。
 それどころかセバスチャン様、アウレオルス様と素晴らしい先生に
 出会う機会を頂きました。

 むしろ恩が多くなったと思っております。

 ですが、もし私に不手際があり手元に置きたくないとおっしゃるのであれば
 いつでも出ていきます。

 その上で恩返しができる方法を愚鈍ながら考えていきたいと思います」

俺の返事に、「はぁ」と大きく呆れたため息をローラ様から出た。

「本当に真面目ね」

「ありがとうございます。誉め言葉として受け取ります」

「はぁー」

はい、もちろん嫌みで言った事に気付いていますよ。
真正面から笑顔で返されたらローラ様も先程より大きなため息になりました。

「真面目というのは一部撤回する必要があるようね。
 女性に対しては親身になって接しなさいと教えたはずよ」

「ええ。それはもう重々承知です」

正直、戦争で人を殺した事の次に印象にある事は性的暴行を受けた女性についてだった。

その影響で未だに女性にそういった欲を感じることは全くなく、
ローラ様の勧めで女性に対しては本当に優しく接するように言われたので
半分フェミニストな性格になっている。軟派な意味ではなく、女性優先主義な意味合いだ。

「女性には親身に接しています。ローラ様の教え通りに。

 そして執事として主の言葉を受け止める事、
 時には冗談を交えることでスムーズな交流関係を築く事も教えて頂きました」

「そうだったわね・・・」

苦虫を噛んだような表情になってしまった。
ありゃ? どうやらローラ様を言い負かしてしまったらしい。

「図に乗り過ぎた事を言ってしまいまして申し訳ありません」

「いいわよ、これぐらいなら」

と言いながらも少し口が尖っていた。拗ねているようだ。

「・・・・この半年でずいぶんまともになったわね」

「そうでも・・・ありませんよ。先程おっしゃっていた≪学園都市に戻る≫という
 選択肢は選べそうにないですから」

まだ、恐い。半年経とうが、俺が人を殺した事実が消えるわけでも無い。
ただ学園都市の話をしても狼狽しなくなっただけだ。いつも逃げている。

「でも、私個人としてはあなたを手元に置いておくのは良い気はしないわ」

「・・・それは、どういった理由でしょうか?」

「宝の持ち腐れなのよ。あなたがここにいても」

「は?」

意味が本当に分からない。

「執事の仕事はセバスチャンと他の執事で足りている。
 魔術に関しては特に期待していない。

 でもね、私はあなたを高く評価しているの」

「どうして、でしょうか?」

「あなたの習得技術の早さには目を見張るものがあるわ。
 執事の仕事と言っても多岐にわたる。それをあなたはたった半年で習得したのよ。

 それを評価しないでどうするの」

「ありがたいお言葉です。しかし、ここから離れる事と何の関係があるのですか?」

「だから言ったでしょ。あなたには才能があるの。

 私が教えた事は何一つないけど、こういうことよ。

 ≪あなたに教える事はもう何もない≫」

「だから、出て行けと言う訳ですか?」

少なからず悲しい気持ちになる。

「そうじゃないわよ。言ったわよね? 教えるものはもう残っていないって。

 それなら新しく何かを学ぶって言うのはどうかしら?」

「新しく、ですか? そのために一度ここから出た方が良いと?」

「ええ。別に何を学んで来いと決めるつもりは一切ないけど
 学べるものがあるなら色々と学ぶことが良いと思うわ。

 あなた自分の年齢を忘れていない? 本当ならジュニアスクールに通っているのよ?」

「そういえばそうでしたね」

俺の年齢は11歳。小学生である。
戦争や執事の仕事、魔術を学ぶ事に一生懸命で義務教育など忘れていた。
でも学園都市にいた時に物理学の博士号を取るついでに大学の卒業資格も取っている。
教養は足りているから余計に忘れていた。

だから今さら小学校に通うつもりなんて起きない。

「あなたの学歴は知っているわ。今更ジュニアスクールに行けとは言わない。
 でも、この場所で教える事もない。

 あなたはどうしたい?」

そうか。出て行けってことは、巣立って自分のやりたい事をやれ、という意味だったのか。
自分のやりたい事。急に言われても思いつかないな・・・・

「答えは、出せないようね」

「はい、残念ながら私は目の前の事にしか考えられない未熟者です。
 将来の事と言われると言葉に詰まってしまいます」

「将来の事、自分のやりたいことが分からない、か・・・

 そんな子供が言うような当たり前の言葉、信乃から聞くなんて新鮮ね。
 あなた、子供って感じがいつもしないもの。

 それじゃ、お姉さんが命令をしてあげるわ。

 行きたい所だけを決めなさい。その地で住む場所程度は用意するわ。
 自分探しの旅をする場所をね」

「自分探しの、旅・・・」

なんだか新鮮だな、自分探しの旅か。

「行き先は・・・アメリカに行きたいですね」

「理由を聞かせてくれる?」

「学園都市がある日本を除けば、経済が一番発達した国です。

 経済が大きければ善きも悪きも色々とあるはずです。
 そこでなら何か掴めるのではないかと」

「わかったわ。

 すでにイギリス在住の日系二世として適当に偽造戸籍とパスポートは作ってあるわ。

 それにアメリカの知り合いに連絡を入れておく。
 住む場所は用意してあげる。

 あと半年分の給料も用意しておくから資金にしなさい」

「え? いえ、働いていたのは恩返しであって「資金にしなさい」  ・・はい」

いつの世も女性は強い。あと恐い。

「何か失礼な事を考えていないかしら?」

「いえ、そのような事はありませんよ、ローラ様」

そして勘の鋭い生き物です。



数日後、旅の準備や挨拶回りなどをした後に出発の日を迎えた。

「それでは改めて。

 ローラ様、半年間お世話になりました。本当にありがとうございました」

「ええ、お世話しました。借りは10倍返しが日本人の流儀よね? 楽しみにしてるわ」

「アークビショップ、横暴ですね」

隣にいる日本人の神裂さんが苦笑いしている。

見送りに来てもらっているのは3人。

ローラ様、セバスチャン先生、神裂さん。交流が深かった3人だ。

本当はローラ様ほどの偉い人に見送られるのは、ただの執事としておかしいが
そこはローラ様が『見送ってあげてもいいわよ』と言ったので“俺の方から”見送りをお願いしました。

「はい、ローラ様。命を救っていただいた恩返しが10倍にできるかどうか
 わかりませんが、この旅で何かを掴み、それで恩返しをさせて頂きたいと思います」

「真面目ね。冗談の受け取り方を教えるべきだったかしら」

「主の言葉には真に受け止めよ、とセバスチャン様から教わりましたから」

呆れのローラ様に、今の言葉でどこか嬉しそうなセバスチャンさん。

「西折君、君の実力なら世界中どこでも立派にやっていけるでしょう。
 私もそれだけのものを伝えたと思っている」

「はい、セバスチャン様。いえ、先生、ありがとうございます」

「ふむ」

「信乃、あなたは辛い経験をしています。

 ですがそれは時としてあなたを支える心の強さになるはずです。
 あなたの旅に幸あらん事を」

「あの神裂さん、私は自分探しの旅と少し難しい事をですけど、
 何も敵と戦いに行くわけではありませんよ。大げさです」

「っと! これは失礼しました」

「いえ、お気持ちはとてもありがたく思います。
 不肖ながら頑張ってきたいと思います」

「ええ」

「ローラ様」

最後の挨拶のために改めてローラ様に向き直る。

「まったく。執事の見送りに主を長い間引っ張り出さないでくれる?

 早く出発しなさい」

追い払うように手をヒラヒラと振る。
でも表情には鬱陶しさは感じさせない。

これ以上言葉を重ねるのも迷惑になっているなら、一言だけ言わせてもらおう。

「はい。

 ありがとうございました」

「・・・・ふん。無事に戻るのよ。命令よ」

「かしこまりました」

礼をして、俺は屋敷から歩き出した。




「本当に面白い子ね。“ニシオリ”の打算として世話したつもりなのに
 いつの間にか普通に見守るのが楽しくなっていたわ」

「打算、ですか?」

「ええ、打算よ。打算のつもりだったけど、あの子に巻き込まれて
 いつの間にか忘れていたわ。

 でも結果的に恩を売れたのだからいいのかしら」

「・・そうですか」

「神裂、話は急に変わるけど今度日本語を教えてくれる?」

「構いませんが、急にどうしたのですか?」

「学園都市は日本にあるわ。

 科学側の動きが最近活発になっているから学園都市の動向を詳細に知っておきたい。
 それなら同じ言語を使えると何かと便利だからよ。

 あと、今度信乃に会う時、少し驚かせようかと思ってね」

「ふふふ。そうですか。それなら私より土御門の方が適任かと。

 私がこちらに加入した際、通訳として世話を焼いてもらいました。
 彼なら細かい日本語と英語、両方できると思います」

「なら土御門に依頼するわ」

それがエセ古文調、一部では≪馬鹿な喋り方≫と呼ばれる彼女の日本語が出来るきっかけであった。



つづく

 
 

 
後書き
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