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港町の闇

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第十六章


第十六章

 それが大地に垂れる。するとそこから漆黒の蝙蝠達が姿を現わした。
「我が僕達よ」
 アルノルトはその蝙蝠達に対して言った。
「行け。そしてその鳥共を滅ぼすがいい」
 その言葉のまま蝙蝠達は動きはじめた。そして役の鳥達に向かっていく。
 空で鳥と蝙蝠の戦いがはじまった。アルノルトは相変わらず笑いながらそれを見ている。鳥と蝙蝠の力は互角であった。
「クッ」
 役はそれを見てまた式神の鳥を出した。そしてそれで蝙蝠達の相手をさせる。アルノルトの周りにも蝙蝠達がおり、鳥達は近付けはしなかった。
 そして鳥も蝙蝠も全て地に墜ちた。残っているのは紙の一片と血溜まりだけであった。他には何も残ってはいなかった。
「やはり手品に過ぎなかったな」
 アルノルトは紙と血を見下ろしてそう言った。
「所詮は人間の技か。下らぬ」
「それはどうかな」
 だが役はそれでも引いてはいなかった。また懐から紙を出した。
「何度やっても同じことだが」
「そう思うのだな」
「当然だ」
 アルノルトは答えた。
「それはさっきのことでわかっている筈だ」
「ならばこの紙を見てみろ」 
 役はあえて自分の持っている紙を見せてきた。それは赤い紙であった。
「赤い紙か」
「そうだ。これが何を意味しているかわかるか」
「わかる必要はない」
 彼はそう返した。
「人間のやることなぞな」
「ならばいい。そのままわからないままでいろ」
 役もそう言葉を返した。
「そしてそのまま死ね」
「何度やっても同じこと」
 また血を垂らしてきた。今度は狼達であった。漆黒の巨大な狼達であった。その目が禍々しく赤く輝き、そして牙が見える。白く大きな牙であった。
「だがそろそろ終わらせてもらう。我が僕達よ」
 狼達に対して言う。冷たい声であった。
「あの者を喰らえ。骨一つ残らずな」
 狼達はそれには答えなかった。かわりに低く唸るだけであっただがそれが返答であるのはわかっていた。
「行け」
 アルノルトは一言そう命令した。すると狼達は一斉に跳んだ。そして役に襲い掛かって来た。
「来たか」
 今度は役が受ける番であった。だが彼はそれでも落ち着いた態度を崩してはいなかった。
「我が式神達よ」
 そして手に持つ赤紙を掲げながら言う。
「行け。そして焼き尽くせ」
 すると紙が一斉に舞い飛んだ。そしてそれは狐に姿を変えた。
「狐か」
「そうだ」
 役は答えた。
「ただし普通の狐ではない」
 見れば色が違っていた。俗に言う狐色ではなかったのである。
 赤かった。そして毛が立っていた。それはまるで炎の様に動いていた。
「火狐か」
「如何にも」 
 役は答えた。
「式神にも色々あってな。こうしたものもある」
「ふむ」
 アルノルトはそれを見て考える目をした。
「それで私を焼き殺すつもりだな」
「だとすればどうする」
「面白いことを考えたな」
「まだ余裕があるか」
 吸血鬼、いや闇の世界の住人にとって炎は不倶戴天の敵である。炎には邪悪なるものを滅ぼす力があるのだ。仏教の不動明王が炎を司っているのもそれである。明王の中で最も強大な力を持つとされるこの明王はその炎によりあらゆる邪悪な存在を調伏すると言われているのだ。
「炎を前にして」
「みくびってもらっては困るな」
 アルノルトはそれに対して言った。
「この程度の炎で私を倒せると思われては困るのだ」
 そう言いながらまたもや血を垂らしてきた。そして今度は蛇達を出してきた。
「蛇か」
「そうだ」
 アルノルトは答えた。
「蛇は本質的に水を好む。この意味がわかるな」
「・・・・・・・・・」
「水は火に克つ。そう言われているのは東洋だけではない」
 中国の五行思想においては水は火に克つと言われている。だがそれは欧州においても同じである。
 錬金術は中国の五行思想である火金水木土に対して地水火風の四つである。そしてそれぞれの属性を持っている。
その中で水は火に克つとされているのである。水が火を消すことからきているのは言うまでもない。
「それは知っているな」
「ふん」
 役はそれに答えようとはしなかった。
「これでその狐達は怖くはない」
 だがそれでも狐達はアルノルトを見据えて唸り声をあげていた。彼等は魂を持たぬ存在である為か怖れは知らなかったのである。
「後は貴様だけだな」
「もう一つ札を出すか」
「まだあるというのか」
「そうだ」
 彼はそう言うと今度は青い札を出してきた。そしてそれを投げた。するとそこから人面獣身の存在が出て来た。
「ホウコウという」
 役は言った。
「本来は木から生じるものだ。木の属性を持つ」
「それで私の蛇を相殺するつもりだな」
「そうだ」
 役は答えた。
「これで狼も蛇も恐れることはない」
「そうだな。だが私はどうするつもりだ?」
 アルノルトは問うてきた。
「貴様か」
「そうだ。まさか私を倒すのが目的ではないとは言わないだろう」
「無論」
 役はそれに答えた。
「私がここにいるのは貴様を滅ぼす為なのだからな。だからこそ式神を用意してきたのだ」
「だがその式神も私の僕達の相手にしかならないな。私には指一本触れることはできぬ。それでどうするつもりなのだ?」
「まだ手はある」
 役は昂然と言った。
「貴様を倒す手はな。今それを見せよう」
「ほう」
 役は横に動いた。同時に式神と僕達の戦いがはじまった。役とアルノルトはその中互いに動きはじめたのであった。
「さて、人間よ」
 アルノルトはまるで影の様な動きで地面を滑りながら役に声をかける。
「私をどうやって倒すつもりなのだ?」
「こうしてだ」
 役は一言言うと右腕を振った。そしてそこから剣を出した。
「退魔の剣か」
「唯の退魔の剣ではない」
 役はそう言い返した。
「これは炎の剣だ」
 刀身を青い炎が包み込んだ。青い光がその場を支配した。
「これで貴様を滅ぼす」
「どうやら私が思っている以上だな、貴様は」
 アルノルトはそれを見て呟いた。
「これはさらに面白くなってきた」
 陰惨な笑みを浮かべた。それは戦いを楽しむ笑みではなかった。
「それでは私も本気を出させてもらおう」
 動きながら髪を抜いた。そしてそれで槍を作る。
「これでな」
「望むところ」
 役が間合いに入った。そして剣を突いてきた。
「フン」
 だがアルノルトはそれをかわした。そして逆に槍を突き返す。
「剣捌きもよいな」
「おかげでな。貴様等の同胞を数多く相手にしてきたのでな」
「我等が同胞をか」
「そうだ。貴様も今ここでその一人となる。覚悟しろ」
 そして剣を再び突き立てた。それでアルノルトの胸を貫いた。
 筈であった。だが彼の姿は消えていた。
「ムッ」
「フフフフフ」
 離れた場所から彼の笑い声が聞こえてきた。
「甘いな。まだ私のことを完全に理解してはいないようだ」
「貴様・・・・・・。消えたか」
「少し違う」
 声は次第に遠のいていた。
「場所を変えただけだ。ここで戦うのも飽きたのでな」
「飽きただと」
「そうだ。だからこそ場所を変えるのだ」
 アルノルトの声はそれに答えた。そしてその声も消えていった。
 役はその気配を探り続けていた。そして声のした方へ顔をやった。
「そこか」
 彼はそこの気配に気付いた。そしてそちらへ向けて歩きはじめた。
 既にパレスの周りは赤い血と紙で汚れていた。彼等の戦いの後であった。だがそれはすぐに消え去った。
 一陣の風が吹いたのであった。その風が全てを吹き去った。そして後には何も残ってはいなかった。
 
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