港町の闇
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第十七章
第十七章
その頃本郷は音楽堂の方にいた。警官達は他の場所に移っている。
彼は木造の音楽堂の前に辺りを探りながら花々も見ていた。そこには色取り取りのチューリップがあった。ここはチューリップが置かれているのである。
「いいねえ、やっぱり」
彼はそれを見て目を細めた。彼は意外にも花が好きなようであった。そしてその中でもチューリップは特に好きな方である。だから今ここにいるのが気持ちよくて仕方ないのだ。
だがそれでもその気持ちに制限があった。彼は今戦いの場にいるのであるから。それは忘れられはしなかった。
「ゆっくり見ていたいもんだよ。こうした状況じゃなきゃな」
そう言いながら刀を抜く。そして構えをとった。
「そうは思わねえか、なあ」
「それには同意する」
黒い男が姿を現わしてきた。
「私も花は好きだ」
アルノルトであるのは言うまでもなかった。彼は本郷の前で宙に浮かんでいた。
「そこに人間がいなければなおよい」
「フン」
「どうやら異論があるようだな」
「今更御前にとやかく言うつもりはない」
彼はそう言いながら刀を抜いてきた。
「どうせ殺し合うしかないしな」
「その認識は違う」
アルノルトは自身の爪を前に出しながらそう言った。赤い爪であった。紅の血で塗れているように。
「どういうことだ」
「御前は私の獲物だ。それ以外の何者でもない」
「では勝手にそう思っていろ。どのみちここで始末してやる」
二人は対峙していた。本郷は刀を抜き構えた。示現流の構えであった。
「一太刀で決めてやる」
「できるものならな」
アルノルトは爪を伸ばしてきた。右手の五つの爪が伸びる。そしてそれが本郷を狙っていた。
「やってみるがいい」
だがその時であった。
「待つがいい、闇の世界の住人よ」
そこで別の者の声がした。
「!?」
それは本郷から見て右手から聞こえてきた。彼は目だけでそちらを見た。
「誰だ」
「また獲物か」
アルノルトはその赤い目で左手を見た。そこには黒い法衣の男が立っていた。黒い帽子を目深に被りその顔は見えない。
「誰かと思えば」
彼はその法衣だけを見て呟いた。
「教会の者か。一体私に何の用だ」
「教会が貴様等の前に姿を現わす時は理由は一つしかない」
その法衣の男は言った。
「貴様等を滅ぼす時だ。神の名にかけてな」
「神か」
それを聞いたアルノルトの目が微かに歪んだ。
「聞きたくもない名だな」
「貴様にとってはそうだろう」
法衣の男はゆっくりと前に出て来た。
「闇の世界で蠢く影にとってはな」
「ふん」
アルノルトはその言葉を軽く蹴った。そのうえで言った。
「そして貴様は私を滅ぼすというわけか」
「如何にも」
彼は答えた。
「その為にドイツからここまで来たのだからな」
「ドイツから」
「はい」
男は本郷の言葉に答えた。そして帽子を上げた。そこには青い目をした初老の男がいた。髪は白髪となっている。
「ドイツで神父をしていましてね」
「唯の神父ではないでしょう」
「わかりますか」
神父はそれを聞いて微かな笑みを浮かべた。
「確かに私は唯の神父ではありません。教会から退魔師の称号を受けております。言うならばエクソシストのようなものです」
エクソシストは教会に実在する。映画にもなっているのでよく知られている。だが彼はそれとはまた違った特別な仕事に携わっているようであった。
「魔物を専門に倒す、ね」
「つまり俺達の同業者ですか」
「そういうことになるでしょう。ただ」
「そちらはバチカン専属、俺達はフリー。どうやら立場の差は歴然としているようですね」
「ははは」
神父はそれを聞いて笑った。
「それでも何かと大変ですぞ。バチカンは」
「わかっていますよ」
バチカンと邪悪なる者達との戦いは長きに渡っている。それは人類の歴史の闇の部分であり決して表には出ない。だがその戦いが今も続いているというのは事実である。そして彼のような者もいるのも事実なのだ。
「バチカンのことはね」
本郷もそれはわかっていた。だから多くは尋ねなかった。質問を変えた。
「それで貴方の名は」
「ヘルバルトと申します」
「ヘルバルト」
「ヘルバルト=フォン=ローゼンクロイツ。それが私の名です」
「ローゼンクロイツか」
それを聞いたアルノルトの眉が動いた。
「懐かしい名だ」
「知っているようだな」
「知らぬと思っているのか。古の者が」
ローゼンクロイツ、日本語にすると薔薇十字団となる。錬金術を極めたとも言われる謎の集団である。フリーメーソンの前身であるとも言われているがその実態は謎に包まれているのだ。
「その名を冠しているとはな。只者ではあるまい」
「少なくとも魔を倒すことはできる」
ローゼンクロイツ神父はそう言葉を返した。
「覚悟はできているな」
「一つ御前に聞きたいことがある。いや、御前達か」
「何だ」
神父だけでなく本郷も彼に顔を向けた。
「御前達は今まで自分が何を食べたか全て覚えてはいないだろう」
「昨日の夕食なら覚えているけどな」
「戯れ言はいい。覚えている筈はないな」
「だったらどうだっていうんだ」
「ならばよい。それは私もだ」
「つまり貴様は我々も糧に過ぎないと言いたいのだな」
「その通りだ。よくわかったな」
アルノルトはそれに答えてうそぶいた。
「私はこう見えても味には五月蝿くてな。女の血だけを飲むのではないのだ」
「両刀使いならお断りだぜ。俺はそっちの方は興味がないんだ」
「糧はまた違う。時には神父の血もよいものだ」
「クッ」
神父はそれを聞いて身構えた。
「まさか」
「そう。今まで愚かにも私に挑みかかってきた神父達がいた。だが皆末路は同じだった」
彼は語りはじめた。
「全て私の糧となったのだ。全てな」
「だがそれも終わりだ」
神父は言い返した。
「貴様はここで死ぬのだからな。覚悟するがいい」
「覚悟というのは生ある存在のみがすることだ」
アルノルトはそう言いながら伸ばしたままである爪を神父に向けた。
「我等死すことのない者達のすることではない」
そう言いながら爪をさらに伸ばしてきた。そしてそれで神父を貫こうとする。
「死ね。そして我が糧となるがいい」
「クッ」
胸に迫ってきた爪を紙一重でかわした。かわしながら懐から何かを取り出す。
出て来たのは十字架だった。銀色に輝いている。
「十字架か」
アルノルトにもそれは確認されていた。彼はそれを見て言った。
「古典的なものを出してきたな」
「確かにそうかも知れない」
だが神父はアルノルトの言葉を意に介さず言葉を進めていく。
「だが貴様にはこれが最も効く筈だ」
「十字架がか」
「違う」
彼はそれは否定した。
「銀がだ。違うか」
「否定はしない」
アルノルトはそれを認めた。
「しかしそれで本当に私を倒せるのか」
「倒せる」
神父はそう言い切った。
「必ずな。それを見せてやろう」
「ならば見せてもらおうか」
アルノルトはその髪を抜き槍にしてから言った。
「倒せるのならな」
「では見せてやろう」
神父は十字架を掲げながら言う。
「神の御力をな。今ここで闇の住人に」
「では見せてみろ」
アルノルトはそれに対して言葉を返した。
「まやかしの力をな」
神をまやかしと評した。それこそが闇の世界の者の考えであった。彼等は神の世界の住人ではないのだから。
「フン」
アルノルトは今度は答えなかった。だがそれに対して十字架を投げてきた。
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