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港町の闇

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第十五章


第十五章

「いい勉強になるからな、人生の」
「そういうものですか」
「それもおいおいな。わかることだ」
「はあ」
「話はそれ位にしてだ」
 刑事はこれで話を中断させることにした。
「行くぞ。奴はこの中にいるのは間違いないのだからな」
「あ、刑事」
 ここで本郷が前からやって来た。
「こちらにおられたんですか」
「はい」
 刑事は彼に応えた。
「本郷さんだけですか。役さんは?」
「役さんは別のところです」
 彼はそう答えた。
「一人で。奴を探しています」
「一人で、ですか」
 刑事はそれに反応した。
「大丈夫ですか?」
「御心配なく」
 だが本郷はそれに対してにこやかに笑ってそう答えた。
「あの人なら心配無用ですよ」
「そうでしょうか。ええ。ですから俺達は俺達でやりましょう」
「そうしますか」
 大森巡査がそれに頷いた。
「じゃあとりあえずはこの辺りを調べましょう」
「そうですね。そうしましょう」
「はい」
 彼等は音楽堂の辺りを調べはじめた。だがすぐに場所を移り別の場所に向かった。そこにアルノルトと思しき影も気配もなかったからであった。
 その頃役はパレスの前の庭にいた。西欧風の左右対称の庭であった。その中央には噴水がある。彼は今その前に立っていたのだ。
 立ちながら辺りを探る。そして何かを探していた。
 その何かは言うまでもない。彼はただそれだけを探していたのである。
「いないか」
 一通り探してみて彼は呟いた。
「ここにも」
 だがその時足下から何かを感じた。
「ムッ!?」
 それは妖気であった。すぐに彼はそれに反応した。
「ここか」
 彼は密かに懐に手を入れた。そして再び辺りを探った。
「何処だ。ここにいるな」
 だが答えはない。しかし気配だけはあった。ここにいるのは間違いなかった。
 だが姿は見えない。姿を消しているのか、彼は不意にそう思った。しかしそれはどうやら違っていたようであった。
(ムッ!?)
 気配が近付いてくる。彼の方へ一直線にそれは来た。足下を走ってくる。
「下から!?」
 そこから跳んだ。そして着地し再び辺りを探る。
「ここにいるのは間違いない。だが」
 何処か、それがわからないのだ。見えるのは白亜の城と緑の木々だけである。そして花々が。美しい景色の中に邪悪な気配だけが漂っていた。それが美しい筈のこの場所を無気味なものに感じさせていた。
 城も見る。並んだ窓が美しい。しかしそこからは邪悪な気配は感じられなかった。あるとすればこの庭しかなかった。
しかしそこには誰もいなかった。
「ふふふ、困っているようだな」
 ここでアルノルトの声がした。
「その声は」
「そうだ、私だ」 
 彼はそれに答えた。血塗られた声であった。
「私は今ここにいる。だが姿が見えないのを不思議に思っているのだろう。違うか」
「・・・・・・・・・」
 答えなかった。だがそれは肯定の印であった。しかし頷きもしなかった。
「答えぬか。だがそれでもよい」
 彼は悠然とそう言った。
「どちらにしろ私は獲物の前には姿を現わす主義なのでな」
「私を獲物というか」
「如何にも」
 彼は答えた。
「それ以外に何だというのだ」
 すると地からアルノルトが顔を出してきた。その整った顔が地に浮き出てきた。
「人間は。私の糧となるだけの存在なのだからな」
 顔が上がり頭が出て来た。そこからゆっくりと彼の上半身が出て来た。昨夜の黒づくめの服であった。
 そして身体全体が出て来た。彼はその場所に立った。
「違うというのか」
「それを貴様に言っても無駄だろう」
 役はそう言葉を返した。
「どのみち人間の言葉なぞ聞く気もないだろうからな」
「フ、その通りだ」
 アルノルトはそれを認めた。
「何故糧の言うことなぞ聞く必要があるというのだ」
「では言わなくてもよいな」
 役はそう言いながら懐から銃を出してきた。
「貴様への冥福の言葉だ」
「生憎冥府は我々夜の住人達の世界」
 アルノルトは嘯いた。
「そう言われることもない」
「そうか。ならば」
 銃を構えた。
「ここで死ね」
 そして銃を放った。それでアルノルトを撃った。だが彼はそれを悠然と見ていた。
「またあの銀の弾か」
 彼はにこやかに笑っていた。
「それは通用しないとわかっている筈だが」
 赤い髪が伸びた。そして彼の前を覆った。
 それで弾を弾いた。銃弾が虚しく下に落ちた。
「この通りな。私の髪は何ものをも通しはしない」
「それもユダの力か」
「そうだ」
 彼は答えた。
「わかっていたのではないのか」
「そうだな。では」
 今度はコートのポケットから数枚の札を取り出した。
「これならどうだ」
「むっ!?」
 アルノルトはそれに目を向けた。それは紙の札であった。そこに何かしらの文字が書かれていた。アルノルトの知らない文字であった。
「それは」
「すぐにわかる」
 役はそう言ってそれをアルノルトにめがけ投げた。札はすぐに白い鳥となった。
「鳥!?」
 鳥はそれぞれに別れアルノルトに向かってきた。彼に襲い掛からんとしていた。
「これは」
「式神だ」
 役は言った。
「我が国の陰陽道に術の一つだ。それは知っているか」
「知らんな」
 彼はそう答えた。
「この手品が一体どうしたというのだ」
「生憎だが手品ではない」
 役はそう言葉を返した。
「これは術なのだ」
「術!?」
「そうだ」
 役は言った。
「貴様等異形の者達を滅ぼす術だ。さあ受けてみろ」
 そしてまた札を取り出してきた。そして投げる。
「これを受けて滅びる為にな」
「滅びる、私がか」
 しかしそれでもアルノルトは余裕に満ちた態度を崩してはいなかった。
「おかしなことを言い続ける」
 そしてまた笑った。やはり余裕に満ちた笑みであった。
「笑えるか、まだ」
「無論」 
 そしてこう答えた。
「私がこの程度で滅びる筈がないのだからな」
 そして自分の左手の人差し指を噛んだ。そこから無気味な赤黒い血が出て来た。
 
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