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鋼殻のレギオス 勝手に24巻 +α

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ある約束の戦い (前)

 ヴェルゼンハイムとの戦いから二ヶ月程が経過したある日、グレンダンに非常警報が鳴り響いた。汚染獣の襲来が頻繁にあるグレンダンでは珍しい事ではなく、都市民は慌てることもなくいつものように粛々と避難所への道を辿っていった。
 だが汚染獣に立ち向かう武芸者の側は常とは異なっていた。集結した者達は王宮付近に留められ外縁部には数人が集められただけだった。

「俺っち達が呼ばれるってことはそんな大物が近づいて来てるってことなんかさ」

 そのうちの一人ハイアがそばに浮かぶ念威端子に向けて問いかける。

「いえ、今回皆さんが出撃することはなくて……」

「ん、じゃあここに居ない旦那が出るのかい。旦那が行くなら後詰めの必要なんて無いだろうから俺達がいる意味無いだろ」

 エルスマウの答えにトロイアットが会話に加わる。
 リンテンスが出撃した際に他の天剣の手が必要になったことはない。
 それなのに今ここにいるのはハイア、トロイアット、バーメリンの天剣と元天剣のレイフォンの四人なのだ。
 名付きの老性体でも来るのかというグレンダンでも第一級の警戒態勢が敷かれているというのにエルスマウから緊張等といったものは伝わって来ない。また数多の戦場を駆け抜けた武芸者の感覚にも訴えて来るものがないため戸惑いが多くを占めている。

「なんで僕まで……」

 そんなことを口に出すのはレイフォン、いきなり「女王命令よ」というだけで天剣でもないのに呼び出されたのだ。それは他の天剣も同じようでバーメリンが「クソ陛下め」と悪態を吐いているのが聞こえる。

「汚染獣が来たのではないんですがグレンダンを守る為で」

「汚染獣がいないのになんでそんなことが起きるのかさ」

 ハイアの疑問はそこにいる者達を代表したもので、皆怪訝な顔をしている。

「さしずめ人類最強決定戦、といったところでしょうか」

「「「「はあ?」」」」

 思わず四人の声が重なった時、荒野で爆発音と共に凄まじい剄の高まりを感じた。






 レヴァンティンとの戦いで壊滅的な被害を受けたグレンダンも二ヶ月が経ち復興も進んでいた。
 優先されたのは住居であり外縁部付近にその後も利用される仮設が建ち並び徐々に中心部に向けて復興が進んでいった。無論王宮は別で早くから再建が始まっているが。
 そんな低所得者向けとなった外縁部に程近い、集合住宅の一室に二人の男女がいた。

「うっわひど、どうしてこうなんのよ。まだ新築でしょうに」

 入り口で仁王立ちするメイド姿の女性に対し、部屋の主たる男はソファで横たわったまま煙草を燻らせていた。

「うるさいぞクソ陛下、余計なお世話だ」

「ホコリも増やさないと我慢ならないの、この大量数字マニアめ」

 リンテンスが住んでいたボロアパートも壊れてしまい、もっと良い所に移るようアルシェイラが言ったにも関わらず以前と同じ様な所に住居を構えている。
 そんな所にアルシェイラが掃除という名の実の伴わない行為をしに来るのもまた以前と同じである。

「それよりリン、あなたあの約束忘れてないわよね」

 掃除機を使いながらリンテンスに話しかける。
 掃除機の音を遮断するように背を向けていたリンテンスもソファに横になったまま向き直る。

「覚えていたのか、てっきりもう忘れたかと思っていたが」

「忘れたわけないでしょ、リンが怪我してたから待ってたんでしょうが。って何よその顔、忘れてなんかないわよ女王なんだから」

「まぁいい、それでいつやる」

「今からでもいいわよ、って言いたいけど無理ね。準備がいるし明日でいいわよね」

「構わん」

「勝った方の言うことを聞くっていうのも忘れんじゃないわよ」

「わかっている、終わったならさっさと帰れ」



 翌日、二人はグレンダン近くの荒野で向き合っていた。

「リンと戦うのも二度目、今回はすぐ終わらないでよ。私が勝ったら天剣らしくもっといい所に住んでもらうわ、侍女が逃げ出すようなのはだめよ」

 一度目はリンテンスがグレンダンに来た日。勝負は一瞬でつきリンテンスはアルシェイラにかすり傷を負わせるのが精一杯だった。
 それ以来リンテンスが再戦を望むことはなく、天剣となり老性体を切り裂き天剣最強の名を欲しいままにしてきた。
 だが彼のスタイルは変わることなく薄汚れたコートに紫煙を燻らせるという地位にそぐわないものだ。それは今、アルシェイラを目の前にしても変わることはない。

「勝ってから言え」

 煙草を左手に挟みながら言う姿に気負いといったものは感じられないが同時に強敵を前にした緊張もない。

「じゃあ、いくわよ」

 宣言と同時に右手を振りかぶり降り下ろすと共に剄を射ち出す。一瞬でリンテンスの下に届き爆発を起こす。



「要するにあそこでやりあってるのが陛下と糸の旦那で俺っち達はもしもの時グレンダンを守る壁ってことなんさ」

「ええ、市民にシェルターに避難してもらったのも万一に備えてのことです」

「にしてもそこまでして戦いたいものなんかさ」

 呆れるハイアが同意を求めるが反応がないのに周りをみると真剣に戦いを見詰めていた。



「ま、この程度で終わるわけないわよね」

 土煙が晴れた先ではリンテンスが何事もなかったように煙草を吹かしている。
 綱糸が幾重にも絡み合い衝剄を受け止めたのだ。

「前よりも威力は上がったが相変わらず粗削りだな」

「ムッカ、そんな台詞は勝ってから言いなさいよ」

「では行くぞ」

 宣言と同時に無数の綱糸がアルシェイラに襲い掛かる。

「ふんっ」

 全身から衝剄を放ち弾き返す。その影響で大気も暴風の如く荒れ狂うがその隙間を縫うようにして静かに綱糸が侵入してくる。

「全く面倒ね」

 綱糸をつかみとるが全てを防ぐことはできず足首を絡め取られる。
 すぐに引き離そうとするもそれより早く綱糸がたわみ、アルシェイラを投げ捨てる。
 無論叩きつけられるような無様を晒す事などなく、空中で姿勢を立て直して着地する。
 続けざまに襲い来る刺突の嵐をかわしながら接近、綱糸の壁を殴りつけようとするがその絡まりをほどいて掴ませることをしない。
 ならばとそのまま本人に向けて衝剄を飛ばせば複雑な模様を描き受け止められる。

「やっぱりいいわね、汚染獣どもと比べるのはアレだけど遥かに楽しいわ」

「武芸者の本分は汚染獣を倒すことだ」

 愉しそうに口元を緩めるアルシェイラに対し、リンテンスは素っ気ない返事を返す。

「だが、悪くはない」

 その言葉と共に凄まじい勢いで面を切り裂くように綱糸の群れが襲い掛かる。
 かわした先には塊があった。
 外力系衝剄の変化、繰弦曲・跳ね虫。
 相手の体内に侵入させて内部から切り刻む技だがアルシェイラにそんなことをさせる積もりはない。
 その塊を殴って弾こうとする。が衝突の瞬間固く絡まっていた綱糸が結束を解き、アルシェイラを包み込もうとする。慌てて衝剄を放ち綱糸を防ぐが一瞬でも遅れれば少なくとも全身に傷を負っていただろう。

「危ないわね、この絶世の美貌に傷がついたらどうしてくれんのよ」

「知らん、戦場でそんなこと気にするものか」

 背中に一筋の冷や汗を流しながらも軽口は止めない。

「全く厄介なんだから。仕方ない」

 両手を銃の形にして向けると人差し指から交互に衝剄を放つ。とはいってもその剄量は膨大なもので並みの武芸者の出せる威力を遥かに超えたものが連射される。

(剄量で言えば私が負ける筈が無いんだけどなぁ。天剣は簡単に壊れないし、捕まったら終わりよね)

 対するリンテンスはそれを正面から受け止めることはせず、綱糸の壁に僅かな角度をつけ逸らしていく。
 地面が衝剄で抉られるがリンテンス自身は何事もないかのように衝剄の影響を受けていない。



(全く衝剄は受け止められるし下手に触ると引き剥がす前に斬られちゃうし、やっぱりこれで行くしかないかしら)

ある程度距離をとると剄を練ることに専念する。リンテンスも何を思ったか鋼糸を襲い掛からせようとはせず更に距離をとる。

「リン、死ぬんじゃないわよ」

膨大な剄が体を巡り、身じろぎするだけで、声を出すだけで空気の波に乗った剄が辺りを破壊していく。
右腕に乗せられた剄が眩い光を発し、その動作に従いリンテンスに向けて放出される。
それは技であるとかそういったものは一切ない純粋な剄の塊、ただの衝剄である。だが天剣をも上回るアルシェイラの剄を存分に使った一撃、名付きの老生体クラスであろうと一撃の下に葬れる威力を秘めている。



「陛下、本気かさ」

あまりの剄に観戦していた天剣にも動揺が走る。それぞれ本気で戦う機会が無い為互いの底を知っているわけではないが、ハイアからしてみれば避けきることができなければ間違いなく死ぬと確信できる。
天剣は強くなることを至上命題としているがもっぱら自己鍛錬である。まともに戦えるのが天剣のみだからと言って天剣同士で戦うことはなく、サヴァリスであっても他の天剣との鍛錬や殺し合いを望んだことはない

「というかやばいな」

その声の主を見ればトロイアットが額に汗をにじませている。
何故ならその攻撃を避けたりした場合、グレンダンへの直撃ルートをとるからで、それに備えてできる限りの剄を練り始める。
 
 

 
後書き
後編に続きます。もしよかったら待っていてください 
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