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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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星屑の覚醒
  6 怒りと恐怖

メリーは夜が明けた後、彩斗が病室から消えたことを伝えられた。
メリーも精神的に参っていたのか、何度起こされても明け方まで意識を取り戻すことはなかった。
だが生物として最低限の欲求は無くならなかった。
兄のような存在が姿を眩ませたという緊急時であってもトイレにだって行きたくなるし、食欲も失せることはなかった。
生理的なものは仕方がないと分かっていても恨めしかった。
病院の食堂でうまく炊かれていない飯、妙に味の薄い味噌汁などをサラリと平らげ、傷だらけのミヤがいる病室へと向かった。
どうやら危機は脱したらしい。
一般病棟の個室へと移った。
それから3日が経った。
メリーはミヤの見舞いにやってきた。
ハートレスのガヤルドの助手席に乗ったのは初めてだった。
ハートレスもValkyrieの件でかなり忙しいが、頼み込んだら送ってくれたのだった。
途中で洋菓子店の焼きチョコを購入し、病院へと入った。
廊下を歩きながら生と死が混同する空間を避けるようにミヤの病室を目指す。
だがメリーの前に先客がいた。
三崎奈美だった。
彼女は特に会話をすることなく、メリーに一度深く頭を下げると、去っていった。
寝ていないのか、かなり眠そうな表情だった。
一度家に帰るのだろう。
この数日、睡眠時間も殆ど削り、ミヤにつきっきりだった。
そしてメリーはミヤの顔を見た。
あの笑顔は消え失せ、必死に呼吸しているのが分かった。
まだ死ねないという気持ちを感じる。
しかしその時、病室に入ってきた女性がいた。
切れ長の目に小さい縁無しのメガネを掛けた美人で白衣を着ている医師だった。

「あら?さっきの娘は?」
「帰りました」
「あなたは?」
「友達の妹です」

メリーは椅子に腰掛け、ため息をついた。
普段の居場所を無くした気分だった。
彩斗が何処に行ったか?
その可能性は2つ。
責任を感じて自らの死に場所を探しに行ったか、もしくは復讐をしに行った。
だがどちらでもないとすれば、全く検討もつかなかった。

「もしかして...昨日、一緒に運ばれてきた子の妹さんかね?」
「...ハイ」
「やっぱり。目元とか違うけど、髪質とか髪型とか、少し似てるし」
「....」
「大丈夫?お兄ちゃんもいなくなっちゃって...」

女医は隣りに座った。
明らかにメリーは疲れきった顔をしていた。

「私は大丈夫です。でも...私より兄さんの方が辛い思いをしてる。今頃、自分のせいだって思って飛び降りたりしているかもしれない...そう思うだけで...」
「...昨日は大変だったからね。この娘のお母さんとあなたのお兄ちゃんの会話、私聞いていたんだが、酷い話だよ、全く」
「人の痛みを自分の痛みとして受け止めてしまうほどに優しい人なんです。だからあんなこと言われたら、立ち上がれないかもしれない...」
「...いいお兄ちゃんじゃないか。私、この娘の手術をしてみて、驚いたことがあった。あなたのお兄ちゃんは多分、無意識のうちに止血をしていたようだ。自分だって傷だらけだったのに」

彩斗は救急車を呼んだ後、意識を失ったが、体はミヤの応急処置をしようと必死に動いていた。

「もし止血してなかったら、今頃もっと酷いことになっていただろう。だから自分を責めないで欲しい。きっとこの娘もそう思ってる」
「...」
「気を落とさないことだよ!今度、もう一度手術して治してみせる。本来なら1回で済む手術なんだけど、この娘のダメージや体力からどうしても一時止めなければならなくてね」

女医はメリーを励ますように頭を撫でながら、ポケットからメロン味の飴玉と自販機で買ってきたらしきミルクティーと渡した。
メリーは作り笑顔でそれを受け取るが、頭を撫でられることにあまり嬉しさを感じなかった。
彩斗の手でないため安心感が無い。
下を向きそうになった時、女医のネームプレートが見える。
『Reona Yoyly-Retina』とあった。
どうやらハーフの医師のようだ。
実際、髪の色も少し金髪と茶髪が混じっている感じだった。

「ヨイリー先生って言うんですか?」
玲音奈(レオナ)だ。『玲音奈・ヨイリー=レティーナ』。出身はイギリス、担当は外科じゃないがね。でも腕は信用してもらって結構だよ。呼びにくいからレオナでもヨイリーでも好きに呼んでくれ。君は?」
「私は...メリー....いえ、雛梨(ひなり)です」

メリーは一瞬戸惑った。
メリーは本名ではない。
そして本名と思われるものですら、正確かどうか分かっていない。
だからこそ初対面の人間に名乗るときはいつもこんな調子だった。

「ヒナリちゃん?可愛いじゃないか。知り合いの娘さんに同じ名前の娘がいるんだけど、最近会ってないなぁ....あなたと同じくらいのピンク色の髪の娘なんだ」
「そうですか...珍しいと思っていたけど、案外メジャーな名前なのかな」
「それより気がかりなのは、君のお兄さんだ」
「兄さん?」
「昔、大きな病気をしたことはないか?ほとんど消えていたが、胸のあたりに古い手術痕があった」
「さぁ。私が生まれる前のことだったら分かりません。兄さん、あまり多くを語らないので」
「そうか。ちょっと気になったもんでね。じゃあ、そろそろ次の患者の触診があるから、私はこれで。またお会いしましょう」

レオナはそう言って簡単な検査をすると病室を後にした。
そしてメリーも焼きチョコを置くと、出ていこうとする。
だがミヤの荷物の置かれているところに気になるものがあった。
被害に遭った時に持っていた荷物の中にあった普段使っているAQUOS、教科書類、USBメモリー型のミュージックプレイヤー、女の子なら持ち歩いているような携帯型のクシ、そして日記帳だ。
前に彩斗と公園で話しながらたまに開いては書いていた日記帳。
いつも楽しそうに書いていたのを思い出す。
メリーは欲望に負けそうになった。
手を伸ばし、オレンジ色の日記を開こうとする。

「ダメだよね。人の日記覗いちゃ...」

メリーはぎりぎりのところで欲望に打ち勝つと、玄関の前で待っていたハートレスのガヤルドに乗り込んだ。
すぐさま街外れの施設に戻ろうとする。
しかし途中で学校の前を通り過ぎた時に、メリーは怒りに震えた。
大人数で群れて大笑いしながら下校する不良たちが見えた。
彩斗とミヤを襲った犯人たちだ。
まるで邪魔者がいなくなったことが嬉しくて仕方がないように満面の笑みだ。

「落ち着きなさい。怒りに囚われたら終わりよ」

ハートレスに諭され、ようやく自分を取り戻す。
メリーのそれを察したのかハートレスも一気にアクセルを踏み込み、学校から離れていく。
深呼吸をしながら落ち着いた。
そして施設に戻ると、部屋の彩斗のベッドに飛び込んだ。

「...一体何処にいるんです?」

彩斗のベッドにいるだけで彩斗に抱きしめられているような錯覚に包まれていた。
少しだけだが、安心できる。
今すぐでも探しに行きたい。
しかし全く手がかりがない状態では、行っても全く意味を成さないのが逃れられない事実だった。
そしてハートレスはそれを見届けると自分のオフィスのある施設の12階へと向かった。
孤児たちの個室のある3階から10階の更に上だ。
実際、この施設はホテルやビルと似た構造で、12階はまるで展望レストランのようなオフィスだった。
ハートレスはいつもの自分のデスクに座り、iMacの電源を入れた。
OSはDebianをカスタムしたディーラーオリジナルのものだ。
そしてすぐにデスクトップのカウントダウンクロックを開いた。
ハートレスは焦っていた。

「...あと8日」

これは彩斗の生命の火がこのままの状態で持ちこたえられる時間だった。
彩斗が死ねばディーラーの計画に大きな支障が出る。
というのも彩斗には持病がある。
本人も知らないことで、それは彩斗の出生に大きな関係のあり、一度はその命を奪った「H・B・D」という病だ。
原因不明の心臓病で近年になってようやく治療法が見つかった。
それは蘇生したからといって治ったわけではない。
症状を抑える薬品を彩斗が普段、摂っている食事に混入させていたからこそ、ここまで何とも無く生きてこられたのだ。
もし残り8日で薬を投与できなければ、本人はわけも分からずに野垂れ死ぬことになるのだ。
それは何としてでも避けねばならぬ事態だった。



























「........ハァ...フゥ...」

彩斗はあれから2日間、瞑想を続けた。
まるでダークネスから超音波状の催眠術のようなものを受け、自分の精神の底に落ちる。
そして自らの恐怖を抑えこもうとするのだった。

「....もっと...もっと」

自分の精神の底は恐ろしいまでに冷たい世界だった。
海の底だ。
まるで石油を運輸していたタンカーが事故を起こして、石油が海を汚染してしまったくらいに淀んで光など無い世界だ。
そこでひたすら自分の恐怖を打ち消すために激しい怒りで記憶を抑え込む。
自らの暴力への恐怖の原因、それは数年前のあの公園での出来事。
いじめられている少女を救うべく、初めて暴力を振るったあの日だ。
他人事と思えなかった。
あの少女の痛みが自分の痛みに感じて、身体が動き、結果として殴り倒した。
だがそれによってか弱いはずの自分でも殴れば善悪を問わずに人を傷つける。
それに恐怖を感じた。
それ以来、やり返そうとした段階でそれが思い出され、拳が止まる。
つまりその記憶が無ければ、自分は悪と戦う術を手に入れられるのだ。
怒りで恐怖が押し込められると分かった今では、必死に憎み、その記憶を押さえつけていた。
もう一息というところだった。
だがそんな時、声が聞こえた。

「あなたは本当にそれでいいの?」
「!?」

彩斗は振り向く。
自分だけの世界に自分以外の人間がいた。
そしてその人間には見覚えがある。

「君は...あの琥珀に触れた時に見た...」

少女は甘音色の長い髪にラベンダー色のスカートにピンクのYシャツ、そして大きめのリボンという外見に特徴的な蝶型の髪留めをつけていた。
前に"例のメール"に添付されていた『Memory』に触れた時に一瞬だけ垣間見たあの少女だった。
名前も知らないし、素性も知らない。
だが確実に自分の意識の中に存在していた。

「あなたは自らの記憶を抑え込むことで、恐怖に打ち勝とうとしている。でもそれはあなたの優しさの否定よ。あなたの一番の魅力は優しさ....それを捨てる勇気があるの?」
「...捨てなければ、この街では生きていられないよ。ミヤの敵も討てない」

彩斗は少女との会話を始めた。
だが彼女は自分を止めようとしているとすぐに分かった。

「あなたは昔、セレナードというナビに会ったことがあるはず」
「...どうしてそれを?」
「あなたはセレナードをどう思ってる?」
「恩人だ。あんなふうに誰かを助けられるのは凄いことだと思う」
「セレナードだって誰にでも救いを与えるわけじゃない。あなたはそれを超える優しさ...慈悲の心を捨てる。でもそれが無かったら、あなたはただの人殺しになってしまう」
「構わないよ」
「それはあなたたちを襲った連中と同レベルにまで身を落とすことに繋がる。あなたが誰よりも忌み嫌う人と同じ存在になるのよ?」
「....」

彩斗は黙り込んだ。
ただひたすら怒りで記憶を封じ込めていく。
もう後には引けない。
だからこそたとえ、この少女の言い分が正しいとしても後戻りは出来ないのだった。
だが彩斗は自分への救いを与えようとする少女にこう言った。
彼女が初めて会った時からずっと、あまりにも悲しそうな表情を浮かべているのだ。
彩斗は自分でも情けないが、彼女に優しく接した。
それは自分の中の優しさが捨てきれていないということの証明だ。

「君...寂しいのかい?」
「...ええ」
「じゃあ、ここで良かったらいていいよ。どうせ僕の心の中だ。ずっと僕なんかの心になんていたくないだろうけど、寂しいなら一緒にいてあげる」
「...嬉しい。でもどうして?」
「...僕も寂しいからかもしれない。メリーにもミヤにも会えなくなって...」
「じゃあ喜んで」

少女は小鳥のように微笑み、その場から姿を消した。
そして彩斗はとうとう自分の記憶を封じ込めた。

『どうだ?』

目を覚ますと、あの教会の中だ。
日が登り、朝になっていた。
黒いカーテンで光は遮られているが、僅かに入る光が、朝であることを自己主張していた。
空腹と尿意に襲われる。

「ああ...抑えた。もう大丈夫なはずだ」

彩斗は何度も深呼吸を繰り返し、怒りを込み上げ過ぎたことによって、上昇した拍数を整えていた。
汗も大量にかき、シャツも脱いでしまいたかった。
だが黒マントの男がいつものように着替えと食事を運んでくる。
そして彩斗はそれにありついた。

「そういえば、どうしてここは地図に載ってない?これだけの教会が地図から抜け落ちるっていうのは少し違和感がある」
『我々のようなならず者が入り込めるほどに、この街の腐敗が進んでいるということだ』
「でも誰から森に入ってここを見つけたら...」
『君に渡した封筒と手紙があるはずだ。それからは微弱な電波が出ている。それによってこの協会を包む視覚操作電波を受けずに済むのだ。つまり我々が認めた者しかここに来ることは出来ない』

彩斗はダークネスが何者なのかについては全く触れなかった。
恐らくは自分と似た境遇を持っているのだろう。

「2日前の君たちの話だと、僕のような人の前に現れるんだろう?どうして?」
『共に戦う仲間を探している。闇を恐れず、悪となっても善を成す。法から見れば悪であっても正義を全うする。そんな人間を』
「僕にそれがあると?」
『そうだ。君は一般的な価値観と、特殊な価値観を持っている。君は正義は法に則ったものだとは思っていないだろう?』
「...はい」
『君は正しいものが報われない世界で人を傷つける者は当然の報い、いやそれ以上にこの世から消えてもいいと思っているはずだ。例え話をしよう。君が今まで10万人を殺してきて、これから更に20万人を殺そうとする殺人鬼を殺したとしよう』

彩斗はおかゆのようなシチューのようなスープを吐き出しかけ、一気に水で飲み込む。

『世間一般の常識、つまり法で片付けるならば、殺人鬼であっても殺せば殺人。君も殺人鬼の同類として扱われる。だがそれによって救われた人々ならば、君は英雄だ。自分たちの命を救ったのだからな。早い話が何が正義で悪かではない。問題は結果だ。正義だの悪だのは立ち位置によって変わるものだ』
「...その通りだね。まともに働かない法律なんか無い方がいい」
『そう、恐れるな。所詮は社会のクズだ。これから彼らのせいで傷つく人々のことを考えれば、君の行いは正当化される。では始めよう。今日から君の身体を鍛え、技を磨く。柔術のように相手を捕らえ、身を守るだけではない。相手の恐怖を操り、味方につけ、目的を達成する術を』

彩斗は残りの日々を身体の鍛錬に費やした。
身体が基本的に虚弱であるということは、問題ではない。
技を磨くことで力不足はかなり補える。

『もっと速くだ!!』
「ウゥ!!ヤァァ!!」

真っ先に氷の上で四方八方から襲ってくる黒マントたちの真剣を交わすトレーニングが始まった。
竹刀や木刀と違い、当たれば死ぬ。
だからこそ体は死にたくない一心でそれを交わし続けるのだ。
氷の上であるという条件からバランス感覚も磨かれる。
滑ってばかりだったというのに、僅か2時間で自由に歩けるようになった。
だがそれで終わりではない。
今度は実際の戦闘だ。

「ヤァァ!!!」
「ハァ!!」
「!?」
「タァァ!!!」

ナイフ、短刀、斧、日本刀、ハンマーなどあらゆる武器で襲い掛かってくる黒マントたちの攻撃を交わすか、防ぎ、弱点に一撃を加える。
反撃方法については何の指南もない。
これはクインティアに教わった護身術とは名ばかりの戦術で事足りた。
最初は1人が相手の状態から徐々に人数を増やしていき、とうとう4人を同時に相手にすることとなる。
それもダークネスは読み切っていた。

『今の君なら5人を同時に相手にできる!!10人、100人をすることなど、その延長線上だ!!』
「ハァ!!ウゥゥ!!」

暴力への恐怖が無くなったことで、彩斗は自然と全体重を掛けて思いっきり攻撃することが出来るようになっていた。
今までは躊躇い、ぎりぎりで力を抜いているところが多々あったのだ。

「ヤァァァ!!!」

だがそれが無くなった今、元から肘打ちや膝蹴りなどは多くの格闘技で禁止されているほどに強力なものだ。
弱者を一気に強者にする。
そしてそれを弱点に加えることで彩斗は更なる強化を続けた。
先程の氷の上での訓練で強化された脚力、それを使った跳躍力、ステップなど、威力は後から後から追い付いてくる。
僅か4日で信じられないまでに肉体が進化していた。
敵の総数と一度に相手にする数は違う。
自分を取り囲み、ミンチにする時に、1000人で一斉に襲い掛かれるわけがない。
スペース的にも効率的も悪い。
混雑すればそれに混じり、逃げられるかもしれない。

『肉体への鍛錬でかなり成果が現れてきたようだな?肉体自体は特に変化はないが、恐怖を無くしたこと、そして技と戦闘技術の向上で身体能力を更に底上げすることに成功している』
「そうだね。これなら僕の学校全体の不良でも相手に出来る自信がある」

彩斗はここ数日、殆ど寝ていなかった。
返事をする声にも荒い息が混じっている。
血圧も低下し、体が限界だった。

『明日からは敵への肉体的な攻撃ではなく、精神的な攻撃の仕方を教える』
「精神...?」
『君の本来の目的だ。自分が恐怖で暴力を震えないということを食い物にしてきた連中に恐怖で精神的に傷めつける方法だ。君が敵の恐怖を自由に操るのだ』

辺りは真っ暗だ。
昼も夜もカーテンが閉まったままの教会の中ではうまくは分からない。
だが壊れかけている体内時計が告げていた。

「どうやって?」
『それは相手によって様々なバリエーションを持つ。だが誰にでも使えるものから教えていく。例えば"闇"だ』
「闇?」
『我々がこのような暗い環境、蝋燭、月、木漏れ日だけを明かりにした闇に溢れる環境で訓練をしていたのは、君から闇への恐怖心を取り去るためだ』
「.....」

確かに言われてみれば、この数日の間、常に真っ暗な環境で鍛錬し続けた。
最初は恐れがあった。
闇の中の奇襲、特に氷の上での鍛錬の際の真剣だ。
剣の軌跡が全くに近いほどに見えない。
だが自然と見えてきた。
暗闇ならば誰かが潜んでいるという恐怖は子供心に誰でも持っている。
しかし彩斗からすれば、何も潜んでおらず、いたとしてもこのような黒マントの不気味な仮面をつけた連中だということで自然と恐怖はなくなっていた。

『敵を攻めるのなら夜だ。もし昼ならば、自らその環境を作る』
「...」
『暗闇でなくてもいい。人は何か分からない、見えないものを恐れる。スモークや霧を作り、それに紛れる。君にはこの数日で忍者の雲隠れに必要な忍耐力を養ってある』
「忍耐力?」
『気配を消し、一瞬でその場を消え失せることも出来れば、一瞬にして現れることも出来る。陸上、水中あっても息を殺し、敵に見つからずに追い込んでいく』
「忍術?...他には?」
『光や音、そして狂気だ。奇術師が使うような手品に近いが、混乱した状態ならば、君というものが脅威に思える。そして狂ったような態度は次に何をしてくるか予想出来ない。それによって恐怖を与えられる』
「君はどうしてこんなことを始めたの?」
『...私が始めたわけではない。私よりもずっと昔、それでこそ何千年も前だ。『紺碧の闇』はこれまでローマを滅ぼし、シャーロの革命を引き起こし、アメロッパの独裁政治を破壊した。世界中でデンサンシティ以上に腐敗した街がこれまでも、そして現在でも存在する。我々はそのような悪の蔓延る場所に現れては潰してきた』
「じゃあ君は...君たちはそれは受け継いできたっていうことか...」

ダークネスはそう告げて一瞬にして姿を消した。
これこそ本当の雲隠れだ。
忍者としか言い様がない。
そして驚愕の事実だ。
社会の授業で教わる歴史上の革命や、反乱の一部はこの集団の手によるものだった。
彩斗はトランサーから通信SIMを引き抜き、電源を入れた。
ネットに繋がっていない状態でGPSも使えなければ、居場所を特定されることもない。
そしてこの森の中ではそんなことをせずとも基地局が無いため、無駄にも思えるが念のためだ。
そしてメリーの写真を表示した。

「メリー....ヒナ...」

心の癒やしだった。
本来なら復讐心と恐怖を克服するという目的が無ければ、逃げ出しているところだった。
そして画像ビューアーを停止すると、青を貴重にしたホーム画面からメールアプリを開く。

「...これが僕にとっての決断だ。こんなプログラムを起動しなくても、自分の答えくらい自分で見つけられる」

例のメールを開いた。
今ならこのメールに頼る必要はない。
このメールのプログラムを開かずとも、自分にとっての新しい世界を知ることが出来る。
そう思い、「削除」を選択した。
彩斗は1人きりで教会の礼拝の際に教会にやってきたものたちが座る長椅子をベッド代わりに数日ぶりの睡眠を取り始めた。
毛布が1枚だけだが、未だに気温が夏さながらの10月下旬だ。
十分事足りた。
だが寝る間際、再び自分の夢に登場する少女について考えていた。
確かに慈悲がなければ、人としては二流だ。
どんな犯罪者であろうとも何かしら拠ん所ない事情があったのかもしれない。
だが自分はそれを情け容赦無く、殺害することを目的としている。
不良にだって勉強へのストレス、家庭事情から来た幼児退行などの事情はあったのかもしれない。
だがミヤや自分を痛めつけてきた事実だけで手に掛けようとしている。
つまり自分が人からかけ離れた存在に近づいていくことだった。

「もう4日目です。あの虚弱な体でここまで耐えるとは...何者ですか?」
『我らが同士だ。我々同様の悪を憎む心であの鍛錬に耐えている』
「仲間に引き入れるのですか?」

ダークネスは彩斗が寝入ったのを確認すると、黒マントの1人から声を掛けられた。
正直、ダークネスもこの数日間は彩斗を試していた。
ここまで短時間で這い上がった者を見たのは、数年ぶりだった。

『いや...今すぐにとはいくまい。だが彼の復讐が終わった後、ディーラーからは解放する。そして我々同様の力を与える。『サターン・システム』の用意を進めろ」
「了解。そして次は星河スバル...」
『ああ、彼にはシューティングスター・ロックマンはふさわしくない。これから地球に向かってくるであろう『メテオG』を止めるには、彼に『星屑』の力を与えるしか無い』
「ディーラーを滅ぼし、『メテオG』を潰せるだけの力を...」
『我々の目的を遂行するためには、『メテオG』を手にしたディーラーの手によって地球を滅ぼされるわけにはいかない』

だがその時、聞きたくない声が響く。

「生憎だけど、星河スバルに『星屑』の力が渡ることはない」

「!?」
『...お前は...』

暗闇から1人の少年が現れた。
オルガンに背中を預け立っている。
銀色の長い髪に野球帽、そしてパーカーという今どきの格好に身長は160センチメートル程だった。
少年は不敵な笑みを浮かべている。

『どういう意味だ?』
「星河スバルでは『星屑』の力を完全に引き出せない。しかしシューティングスターの力は最大限に引き出す素質がある。このままシューティングスターとして戦ってもらう方が性能的にはベターだ」
『それは承知している。だが『星屑』は間違った者の手に渡ってはならない。我々の管理下にある者が手にしている方が安全だ』
「だけど、星河スバルがあのじゃじゃ馬の御眼鏡に適うとは思えない」
『...君は破門された身だ。何を企んでいる?』
「いやいや。オレはアンタらの味方さ」
『君の目的は何だ?ディーラーが無くなった後、どうする?』

少年は笑った。
何かがおかしくて仕方がない。
そしてそれは少年自身もそれを分かっていない。

「オレはこの集団を破門されても、同じ精神を持ってるぜ?そしてアンタが率いてるもう一方の組織には全面的に協力してるつもりだけど?」
『あくまでValkyrieは悪をもたらし、留められなくなった悪が自然に消滅するように用意したに過ぎん。増えすぎた家畜が共食いを始めるように。それに君はValkyrieすらも裏切るつもりだろう』
「協力はしているけど、仲間になった覚えはないよ。じゃあまた。彩斗のことをよろしく」

少年はそう告げると、すぐさま闇に消えた。
黒マントは少年を探すも既に教会からは消え失せている。
まるで先程のダークネスと同じだ。
一瞬で煙の如く消え失せた。


 
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