魔法少女リリカルなのは〜神命の魔導師〜
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第四話、未来の記憶
「……ラウル、どうするの?」
ヘルメスと名乗った謎の男が去ったあと、これからのことを考えていた俺にフェイトが不安げに問いかけて来た。
「そうだな……さっきもあの男に言った通り、ゲームには乗ってみようと思う」
「でも、罠って可能性も…」
「…その可能性も捨てきれないが…」
言い淀むと同時に、沈黙が訪れた。どうすればいいか決めかねているとき、俺とフェイトの前に青色のモニターが現れた。それを見て、フェイトからヒッ!という悲鳴が聞こえた。なんだ、と思い俺もモニターを見ると、そこにはとてつもなくいい笑顔で俺達を見るプレシアと、その後ろで苦笑いを浮かべているリニスがいた。
「フェイト、ラウル。早く戻ってきなさい。母さんの指示も聞かずにあんな無茶した挙句、あんなゲームに勝手に参加しちゃうんだもの…相応の覚悟があったのよね?」
「あ、ははは……」
凄味を帯びるプレシアを見て思った。ーーああ、長くなりそうだーーと。
「それで…あの男は何者か、あなたは知っているのかしら?」
夜ーー、夕食の片付けの後、リビングで家族会議が開かれた。議題は、勿論朝のこと。
俺とあの男、ヘルメス・アークライドの関係性を尋ねてきたプレシアに俺は首を横に振った。
「あの男とは間違いなく出会ったのは今日が初めてだ。ただ……」
「ただ?」
顔を顰めた俺に、みんなが首を傾げた。
「アークライドという姓はどこかで聞いたことがあるんだ……けど、それが思い出せない…」
「…無理に思い出そうとしなくていいわ。ラウル、あなた顔色が悪いもの。今日はもう寝なさい」
「え…?」
ふと俯けていた顔を上げると、プレシアの心配そうな顔が写った。
どうやら相当酷いようだ。フェイトが焦ってるし、これは素直にプレシアの指示に従ったほうがいいか。
「…そうさせてもらう。なにか決まったら教えてくれ」
「わかったわ。フェイト、ラウルについていってあげなさい」
「うん。分かった」
フェイトに連れられて、俺はリビングを後にした。
「さて、本題に入りましょうか」
プレシアの言葉に、残ったリニスとアルフは頷いた。
「今日、侵入してきた男の名前はヘルメス・アークライド。少し調べてみましたが、どうやら管理局や聖王協会とはなんの関係もありませんでした。ちなみに出身世界不明、家族構成不明と、情報がとても少なく、正体を突き止めるのは困難でしょう。ラウルがなにかを知っているらしいですが、有益な情報が得られるとはあまり思えません」
リニスの報告に、プレシアを目を瞑って頷いた。
「ありがとうリニス。さて、ラウルとフェイトの報告によれば、ヘルメスが持っていた魔導書が、碧天の魔術書で間違いないらしいわ。それと、先週くらいに発掘されたと言われている願いを叶える石…ジュエルシードがヘルメスによってばら撒かれた……正直、なぜヘルメスがラウルの一族、フェルナンデス家の魔術書を持っているのか疑問なのだけど、問題はそこじゃない。どうやって、ヘルメスが提示してきたゲームに勝利するかよ」
「確か、散らばった21個のジュエルシードを先に集めたほうが勝ちっていうルールだったね」
アルフの言葉に頷いて、椅子に座りながらリニスが続けた。
「ジュエルシードが落ちた場所は、第97管理外世界、地球と言われるところです」
「そこに魔法文化はあるのかしら?」
プレシアの問いかけに、リニスを首を横に振った。
「なにせ管理外世界ですからね。魔法文化があったなら、管理局が真っ先につっかかっていってるはずです」
「なるほどね。なら、捜索は比較的楽になるわね…」
「でも、楽になるのはあっちも同じなんだろう?なら、早く地球とやらに向かったほうがいいんじゃないのかい?」
アルフの指摘に、頷きを返してプレシアは立ち上がった。
「明後日、アルフとフェイトとラウルに地球に向かってもらうわ。フェイトにはアルフが伝えておいてちょうだい」
「分かったよ」
「リニスは私と待機ね。魔法文化のない世界に、ポットの中に入っているアリシアを連れて行くわけにはいかないわ」
「了解しました」
「じゃあ、おやすみなさい」
そう言って、プレシアはリビングを後にした。
「ラウル、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」
心配そうに問いかけて来るフェイトに向かって、俺は笑みを浮かべた。
「……私、薬とってくるね」
「ああ、頼む」
パタパタと小走りに部屋から出て行ったフェイトから視線を逸らして、俺はベッドに倒れこんだ。
「…ぐっ…ぅ…」
朝から感じていた頭痛がどうやらピークを迎えたようだった。
ガンガンと鳴る早鐘のように痛みの波は次々に襲って来る。頭を抱えながら、俺は原因を考えた。
この手の頭痛は今に始まったことではない。そう、それこそフェイトと出会ったその日から始まっていた。けど、最近、特にウンディーネに抜刀の条件を聞いたときから酷くなっていった気がする。だが、そのウンディーネとの会話が頭痛の直接の原因となっているかはまだ分からない。だが、手がかりになりそうなことは、これくらいか。
あの時ウンディーネは確か、俺には思い出さなくてはならないことがあると言っていた。一体なにを思い出せというのだろうか。記憶は、俺が時の庭園にまで倒れる寸前以外のことは覚えているし、恐らく俺にその記憶がないのは気絶していたからだろうと考えられる。つまり、俺が忘れているという過去はないはずだ。
ならば、俺が思い出さなければならないのは人物か?物か?魔法か?それとも別のなにかか?
「ガッ…ぁ…くっ…そ…」
考えを進めていく度に、痛みは更に強くなっていく。いつもならここで挫折していた。けど、俺はここまでの考えが正しいのだと確信した。間違いなく、この頭痛が酷くなればなるほど、俺は正解に近づく。なら、躊躇いはしない。頭が砕けるような痛みが襲ってこようが、必ず正解に辿り着く。
「ウンディーネ…!俺、が…思い出さなければ、ならないのはっ…人かっ?」
痛みに堪えて言うと、中指に嵌った深い蒼を讃えるコアが細かく明滅した。
『私にはそれについてマスターに助言することをシステム的に禁じられています。しかし、私とてこの失った記憶はいち早く思い出してほしいもの……答えについてのヒント程度ならば、可能です』
「ならっ、はやく…そ、れを…!教えてくれ…!」
言葉を紡いで行く度に増す痛みに歯を喰いしばりそこまで言うと、ウンディーネのコアとなっている蒼い宝石が一度点滅した。
『我がマスター。貴方が思い出さなければならないことは、これから来るであろう、絶望の未来のことです』
「み、らい…?お前、な、んで…そんなこと、知って……!?」
次々浮かんでくる疑問を含めた思考すべてを漂白するように一際激しい頭痛が襲ってきて、俺は意識を手放した。
『今はお休みください我がマスター………しかし、記憶が蘇りそうになると激痛が襲うとあの方達が言っていたが…よもや、これほどまでとは……』
『今のマスターには、まだ早かったということなのでしょうか…?しかし、モタモタしている時間もないことは事実。マスターに極力苦痛を与えず、かつ迅速に記憶を呼び覚ます……』
『早くしなければ…滅びが、始まってしまう前に…!』
機械にしてはあまりにも人間のような声で、謎の少年のデバイスが呟いていたことは、誰も知らない。
いつか見たことのあるような、暗黒と虚無の白に塗りつぶされたモノクロの世界。青年の意識は、ここにあった。
力なく座り込んだ青い髪を持つ青年の目の前に積み上げられた瓦礫の山。砕け散った建物の鉄骨やコンクリート、道の端に立っていた木々、そして、そこから突き出しているのは、人間の、手。
「う…ぁ……」
見れば、青年を取り囲むように瓦礫の山が築かれていて、そこからまるで助けを求めているかのように、手が突き出されていた。
「ぁ…ぁぁぁ……」
本能的な恐怖に、青年は身を震わせた。
『……ケ…テ……』
「…え…?」
不意に、どこからともなく声が聞こえてきた。
『タス…ケ…テ…タ…スケ……』
それが助けを求める幼い少女のものだと頭が理解して、青年の体は勝手に動きだしていた。目の前の瓦礫の山を掻き分けて、声の主を探す。
「ハァッ…ハァッ……くそ…死なせて、たまるかよ……これ以上、これ以上は…!」
自分が防げなかった。自分が守れなかった。自分が倒せなかった。自分のせいで、自分が弱かったせいで、数えきれない命が亡くなっていった。
一人でもいい。誰でもいい。誰か、誰か生き残っていてくれ。
「はぁ…はぁ……っ、見つけた!」
三個目の瓦礫の山から、声が聞こえた。急いで、傷だらけの両手を突っ込んで掻き分ける。そして、僅かに動く子供の手が見えて、青年は夢中で引き抜いた。
『…オ"ニイヂャ……ン…ア"、リガ…ド…』
「う…ぁぁ…ぁぁぁ…うわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
助け出した少女の姿は、もはや人間の形を成していなかった。華奢な両手両足はあっちゃいけない方向に曲がり、細い首はへし折れて、痩せた腹からは肋骨が突き出していた。
その少女は、ゴヒュー、ゴヒュー、とまるで獣の唸り声のような呼吸を数回繰り返したあと、息を引き取った。
「俺が…やった……俺が、この少女を……こんな、姿に…」
ツウ、と青年の頬を水滴が撫でた。溢れ出る涙を拭くこともせず、青年はただ、異様な形になってしまった少女を見続けていた。
「……まだ……」
やがて、青年がそう呟くと、震える足で立ち上がった。そして、何処へともなく歩き始める。まだ生きている人がいるかもしれない。なら、救わなければならない。そして、謝らなければいけない。すまなかったと、自分の力が足りなかったばかりに貴方の大切な人を殺してしまったと。
「まだ…まだだ……誰か……誰か…」
譫言のように繰り返しながら、青年は滅んだ世界を歩き回った。その傷ついてもはや使い物にならない手を懸命に動かして、瓦礫の山から人を引っ張る。だが、ついに生存者は見つけることはできず、そして、青年も、自らの相棒を刃に変え、胸に突き刺して死んだ。
乾いた風が、動かなくなった青年の髪を揺らした。
「……ふむ…想像以上に過酷な記憶であった」
真っ白な空間。天上の神々の座す聖なる神殿の最奥ーー最高神オーディンは自らの席に座り溜息をついた。厳ついつくりの顔を更に険しげな表情に変え、いつの間にか皺が寄っていた眉間を揉む。傍らには、淡い緑色の髪を持つ青年、その姿をとったオーディンの補佐神、ラファエルの姿があった。
「この間、転生させた適合者の記憶ですか?」
「ああ。なぜあれほどまでにあの少年が自分への怨念を持っているのか気になってな……」
知りたくなると抑えられない。私の悪い癖だ、オーディンはそう言って腕を組んだ。
「……この少年の記憶はどうした?」
「オーディン様の言った通り、消すことはせずに封印いたしました」
「…そうか。ラファエル…もしかすると、あの少年はお前の封印術を力づくで破りかねんぞ?」
「そんな、馬鹿な…!」
余程、自らの術に自信があったのだろう、ラファエルは主の言葉を信じられないとばかりに反駁した。
「適合者の少年にかけた記憶封印術式は私の最高効力に近い効果を発揮しています!なんの記憶についての手掛かりのない過去の世界で、その封印術が解けるはずはありません!」
確かに、自らの補佐を務めるこの神の封印術には目を見張るものがある。この術を破るには、幾ら適合者であっても自力で破るのは不可能だ。
だが、
「ラファエル、落ち着いてよく考えよ。あの世界は彼の者にとって過去の世界。つまり、彼の者に縁のある者が数多いる世界だ。更に彼の者は死に逝く仲間を想って自害した。彼の者の記憶の手掛かりは、それで十分すぎるのではないか?」
「そんな…なら…!」
ラファエルの考えることは、主であるオーディンにもハッキリと分かった。
ここ最近、天界ではめったに見なくなった事象ーーー。
「うむ…恐らくあの適合者の少年が、未来の記憶を取り戻した暁には、天成が起こるかもしれぬ」
そう言い切って、驚愕して、なにもいえない補佐神を余所に、主神オーディンは楽しげな笑みを口に浮かべた。
ーーto be continuedーー
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