魔法少女リリカルなのは〜神命の魔導師〜
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第五話、地球へ
翌日、ラウルは腹部に軽い重みを感じて起きた。
「ん……あ…」
取り敢えず、昨日酷かった頭痛が収まったのを確認してから、ラウルはその重さの正体を確かめるために上半身を起こした。
「フェイト……」
正体が分かって、ラウルは溜息をついた。どうやら、フェイトはあまりの頭痛の酷さで気絶してしまったラウルの看病をつきっきりでしてくれていたらしい。ラウルの腹に両手を重ねて、その上に頭を載せて気持ちよさそうに寝ていた。
「迷惑かけてごめんな…」
そう呟いて、ラウルはフェイトの頭を撫でた。サラサラと流れるような金の髪を梳いて、再び頭を枕に預ける。
「……未来の記憶、か。それに…」
夢の中に出てきた光景を思い出す。所々覚えていない箇所もあったが、大体は思い出せた。白と黒しかないモノクロの世界に、積み重なる死体の山。そして、泣き叫んで助けを求める一人の男の姿。
「あれが、未来、なのか…?」
口に出して呟いてみても、とうぜん返答はなかった。
「ダメだ、思考が安定しない……もう一度寝よう」
気分が優れないこともあってか、簡単に俺は意識を手放した。
「おはよー……」
「あら、おはようアルフ。フェイトとラウルは一緒じゃないのかしら?」
リビングで朝食の準備をしていると、まだ半分寝ているような状態のアルフがヨタヨタと歩いてきた。しかし、いつもならしっかり者のフェイトがアルフを起こして身支度してから来るはずだけど。
「うんー…さっきラウルの部屋で様子を見てきたけど、二人とも爆睡だったよー。ありゃ中々起きないね」
やはり、昨日のラウルはどこか体調がおかしかったのだろう。顔色も悪かったし、冷や汗もかいていた。何故かと断定することはできないけど、多分、彼の過去の記憶に関係することなのだろう。
「一体、あの子はあんな小さな体にどれだけの苦しみを溜め込んでいるのかしら…」
そう呟いて、無性にラウルのことが心配になる。
「プレシアもやっぱりお母さんなんだねー」
「あ、アルフ?」
そんなことを突然言い出したアルフに、思わず声が裏返ってしまう。
「だって、ラウルのことでそんな心配そうな顔してんだ。それだけでもう立派なお母さんさ」
「う……」
図星だったために、なにも言えなかった。
「アハハ!んじゃ、アタシは顔洗ってくるわ!」
「ええ…」
手をヒラヒラと振って洗面所へ向かったアルフに溜息をついて、私は手に持った皿をテーブルに並べた。
「…そういえば、こんな光景あの子がうちに来なければなかったのよね」
ラウルが拾われてくる前まで、私は研究漬けの毎日だった。食事も睡眠も録にとらず、体が病に蝕まれるまでに、私は研究しかしていなかった。全てはアリシアを蘇らせるため。そのためなら、リニスやフェイトを捨て駒にすることまで考えたこともあった。
けど、あの子がうちに来てから、私は大幅に変わった。というより、彼に変えられた。
まずはフェイトとの関係。研究ばかりでまったく相手にしていなかったもう一人の娘との和解。それから、生活全般。私の病気。それに、アリシアのことも、ラウルは引き受けてくれた。
最初はギスギスしていたフェイトとの関係も、ラウルが仲を取り持ってくれた。インスタントしか食べてなかった家族全ての食事を、ラウルは作ってくれた。私が病を患っていることも考慮した献立になっていたのを知ったのは、ラウルに料理を教わったときだった。
私がこれまで研究だけにつぎ込んでいた、アリシアを蘇らせるただそれだけのために全てを無意味としてあしらっていた私の世界に、ラウルは一つ一つ意味を与えてくれた。灰色だった世界に、ラウルが色をつけてくれた。
本当に、感謝してもしきれないほどの恩が彼にある。今の生活は、全てラウルが私たちに与えてくれたものだ。
でも、私はラウルにはなにもしてやれていない。恩を受けるだけ受けて、未だ一切返せないでいる。いつか返したい、そんな気持ちが、ここ最近、私の中にずっと溜まっていた。
「私がラウルにできること、なにかないのかしら……」
「俺が、なんだ?」
「え!?」
不意にドアのほうからラウルの声が聞こえてきて、私は危うく持っていた食器を落としそうになった。
「おい、大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫よ」
考えてた人が急に現れて驚いている私を他所に、ラウルはひょいと私の手から食器を取った。
「食器は俺が並べとくから、プレシアはご飯よそってきてくれ」
「あ、ええ…分かったわ」
素早く、かつ丁寧に食器を並べていくラウルの姿を見て、私は笑みを浮かべながら炊飯器のふたを開けた。
「もう体調はいいのかしら?」
「ああ、お陰様でな。まだ多少頭痛が残っているが、その内痛みは引くさ」
その言葉に安堵して、軽く溜息をつく。脳裏にあの時のアルフの言葉が浮かんできて頬に熱を感じた。
「お母さん、か……」
「ん?なにか言ったか?」
きょとん、として問いかけてくるラウルを見つめて、私は笑った。
「なんでもないわ」
「え?」
そして、私は自然にラウルの頭を撫でていた。いつもならツンツン立っているはずだが、今は寝癖で寝ている青の髪に指を絡めながら、くしゃくしゃと撫でる。
「ありがとう…」
私の思いが分かったのかどうかは知らないけれど、ラウルは一瞬虚をつかれたような顔をしてから、笑顔を浮かべた。いつもどちらかといえば無愛想なラウルの、年相応の満面の笑み。それは、私が初めて見た最上の笑顔だった。
「フェイトー、起きろー、朝だぞー」
気持ち良さそうに俺の布団で眠るフェイトの頬をペチペチと叩く。あらかた朝食の準備ができた俺は、プレシアに頼まれてフェイトを起こしにきていた。いつもなら、フェイトがプレシアの次に早起きして俺とアルフを起こしてくれるのだが、昨日遅くまで看病してくれていたのだろう。フェイトに起きる様子はない。ちなみに、いつもならプレシアよりも早起きするリニスはまだ寝ている。プレシア曰く、明け方くらいまで調べ物をしていたようだ。せめてもう少し寝かせてあげよう、それが俺らの判断だった。
「フェイトー起きろー、はやく起きないとお前の好きな卵焼き食べちゃうぞー」
体を揺すりながら声をかける。ちなみに、甘い卵焼きはフェイトの大好物だ。
「うにゃあぁ…卵焼きらめぇ……」
「…こいつ、意外と食い意地張ってるな」
まさか卵焼きを人質にとっただけで起きるとは思わなかった。
「食われたくなかったら早く起きろよー」
「うにゅぅ…らうるー、起こしてぇ…」
起こしてって、子供かお前は。とはいえここは素直に起こしたほうがよさそうだ。このまま寝っ転がしてたらまた寝るだろう。
「まったく、ホラ掴まれ」
「ん!」
寝ぼけ眼のままに差し出された俺の腕を掴むフェイト。しっかり握ったのを確認してから、俺は両足を踏ん張った。
「ほい!」
「ひゃあ!?」
ぐいっと思い切り引っ張るとその勢いのままにフェイトの体は起き上がりそのまま俺の胸にすっぽりと収まった。
「おはようフェイト」
「うん、おはよラウル」
さて、リビングに向かうか。
「おはようお母さん、アルフ」
「…アルフ食い出すの早いな」
フェイトを起こしてリビングに向かうと、既に二人は席についていた。家族一大食いのアルフは我慢できなかったのか、早速白米を掻き込んでいる。
余談ではあるが、この白米はフェルナンデス家で好んで食べられていたもので、どうやら居合切りと同じ地球の食物のようだった。試しに半年前に取り寄せてみたのだが、予想外に好評で今ではすっかり朝食の定番になっている。
「いただきます」
そして、各々自分たちの席についた俺たちは一斉に和やかに朝食をとりはじめた。
「ああ、そういえばフェイト、ラウル、アルフ、あなた達三人には明日から地球に行ってもらうわ」
「え?地球?」
「いいぞ」
「アンタ、随分アッサリしてるね」
食事中に唐突に言われたことに、フェイトとアルフは疑問符を浮かべたがラウルはあっさりと頷いた。
「どこかの世界に行くことは予想していたからな。まあ、そこが地球っていうことには若干驚いているが」
その割りには表情変わらないんだねぇ、というアルフの言葉をラウルはすました顔で受け流した。
「ああ、そのことなんだがプレシア、俺だけ今日から地球に向かってもいいか?」
「なぜかしら?」
唐突に言い出したラウルの提案に、疑問を示した。問われたラウルは、プチトマトをひょいと口に入れた。
「地球にジュエルシードの確保にいくのならそれなりの日数がかかると考えてもいいだろう?」
「ええ、そうね。だから、明日はリニスにも地球に向かってもらって正式な戸籍作って家を借りようと思っていたのだけど」
プレシアの提案に、ラウルは頷いて同意を示した。
「だがそこまでする必要はない。正式に戸籍を作るのは恐らく簡単じゃないだろうしな。実は、そういったことの専門というほどではないが、戸籍を偽装してくれるとかそういったツテがあるんだ」
全員の、批判的な目がラウルに突き刺さった。
「戸籍の偽装って、なんであなたそんな人と知り合いなのよ?」
問いかける、というより尋問に近い口調だった。想像以上にアウェイな雰囲気に、流石のラウルでも焦り始めた。
「いや、な?お家柄というかなんというか…と、とにかくっ、その人が俺の母親と知り合いで、何度か会ったことがあるんだよ」
説明してみても、三人の視線は変わらない。だが、ここで食い下がるほどラウルは弱くなかった。
「もともとこうなったのは、挑発に乗った俺のせいだし…少しでも役に立ちたいんだ。だ、ダメかな?お、お母さん…」
「いいわよ!」
「母さん!?」
「決断早すぎじゃないかねえ…」
あざとい、実にあざとい涙目+上目遣い。更にプレシアにとっては至高のご褒美とでも言っていいほどの、『お母さん』という呼び方。躊躇う必要など、微塵もなかった。
「ありがとう!」
言葉で感謝を告げながら、ラウルは恥ずかしすぎて真っ赤になった顔を懸命に隠していた。
そんなラウルを見て、アルフはニヤニヤしていたのだった。
「ラウル、もう出るの?」
転送ポートの用意が完了し、自室で荷物を整理していると部屋にフェイトが入ってきた。
取り敢えずカバンにほとんどが紺色や黒で統一された服を押し込み、俺はフェイトに向き直った。
「ああ、できるだけ早く拠点を確保しておきたいからな」
「そっか…」
いつもより歯切れの悪いフェイト。なにかあったのだろうか。
「ねえラウル?」
「うん?」
戸惑うように、不安げに揺れた瞳だった。一体どうしたのだろうか。
「もしだよ?もし、アリシア姉さんの目が覚めたら、母さんは、私のことを見てくれなくなるのかな…」
それは、多分フェイトがいま一番恐れていることなのだろう。
もともと、プレシアがフェイトを作り出した理由はアリシアの代わりにするため。だがその目論見は失敗し、生まれたのはアリシアではなくフェイトだった。今では本当の家族として接しているが、怖いのだろう。自分はアリシアの代わりだったという事実が、まだフェイトの中に根強く残ってしまっている。
アリシアが目を覚ましたら、プレシアにとって自分はいらない人間になってしまうのではないか。ずっと、そう考えていたのだろう。
「一度、聞いたことがあるんだ」
「聞いたこと?」
それは、半年くらい前のこと。体調を崩したプレシアの看病をしているときに聞いたことだった。
「プレシアはな、最初からお前のことをアリシアの代わりとしてなんか見ていなかったぞ」
「え?」
目を見開いて驚くフェイト。でもそれは仕方ないだろう。なにせ、ずっと自分はアリシアの代わりだと思いつづけてきたのだから。
だが、それは全く違う。
「プレシアは最初からお前のことをフェイト・テスタロッサとして見ていた。ただ、割り切れなかったんだろうな…お前のことを娘と認めてしまったら、アリシアはどうなるのかって。ずっと自分の気持ちがわからないまま。だからプレシアは敢えてお前と距離をとった、自分の気持ちに折り合いをつけるためにな」
結果的に、その判断がフェイトを傷つけてしまっていたのだが、まったく不器用な母親だ。
俺のベッドに腰掛けたフェイトは下を向いていた。
「ずっと悩み続けて、自分がわからなくなって…それを紛らわすために研究に没頭した。けどある時思い出したそうだ」
「…なにを思い出したの?」
「アリシアとの約束だ」
アリシアが昏倒する事故が起こる前に、プレシアはアリシアと『妹を作る』と約束していたらしい。
つまり、プロジェクトF.A.T.Eはアリシアの『妹』、フェイトを作るためのものだったのだ。
「妹を作る。その約束を思い出して、プレシアは踏ん切りがついたのだろうな。お前を、アリシアの妹として受け入れることに」
「……」
俺がここに引き取られた時と今のテスタロッサ家の現状は、見違えるほどに変わっている。険悪だった親子の仲。リニスとプレシアの契約延長。プレシアの病の治療。それが、本当に良い事だったと断言することはできないが、俺は少なくとも自分のしたことには後悔していない。いや、後悔してはいけないんだ。プレシアたちの生活を変えたのは俺だ。そのことを後悔したら、プレシアたちに失礼になってしまう。
「…ラウルって、やっぱり不思議だね」
しばらくして、フェイトからそんな呟きが漏れた。
「不思議?俺が?」
フェイトの言った意味が分からなかった。俺が不思議とは、一体どういう意味なんだろうか。
「うん。私ね、ラウルが来る前はお母さんの期待に答えなきゃってことだけに夢中になってたんだ。朝起きたらリニスが作ってくれたご飯食べて、食べ終わったら魔法の勉強して、それが終わったらリニスと魔法の訓練。日が暮れたらお風呂入ってご飯食べて寝る…ただそれだけの作業みたいな毎日が続いてた」
「……」
フェイトの独白を、俺は黙って聞いていた。この話は、フェイトの人形という意識を打ち砕くための第一歩になるかもしれない。なら、俺は俺にできることをしよう。
「本当に、毎日がつまらなくて、苦しくて、寝る前に泣いちゃってたりしたんだ」
あはは、とフェイトの自嘲気味な笑いが部屋に響く。
「でも、ラウルが来てから、そんなつまらない毎日が少しずつ変わっていったんだ。ラウルは色んなことをしてくれたよね…いつもご飯作ってくれたり、洗い物してくれたり、母さんの病気の治療もしてくれた。ラウルと過ごしていく内にね、私の世界に色がついていったんだ。明日のご飯は何かな、とか、明日はどんな修行をするんだろうとか、毎日がすごく楽しくなってたんだ。母さんも、私と普通に接してくれるようになったし……」
照れ臭そうに微笑んで、フェイトは俺のことを見た。その表情は笑っていて、けれど一筋の涙が頬を伝っていた。
「でも、私、心配なんだ…ラウルってさ、いつも弱音吐かないでなんでもやっちゃうでしょ?それが、なんか無理してるように見えてね…私、ラウルが倒れないか、とか、どっかに行っちゃわないかとか…すごく怖いんだ…」
俯いたフェイトの姿が、いつもより小さく見えた。
「あっ、ラ、ラウル?」
そんな姿を見てしまったからだろうか。俺は気づいたらフェイトのことを抱き締めていた。
「…俺は、どこにも行かないよ。ずっとフェイト達の側にいる。お前達を、ずっと傍で支え続ける。誓うよ」
「う、ん…ありがとうラウル…」
それからしばらく、俺はフェイトが泣き止むまでその小さな体を抱きしめ続けていた。
「それじゃあ、先に行ってるよ」
「取り敢えず転送に成功したら連絡を入れなさい」
フェイトが泣き止んで少しして、荷造りを終えたラウルはプレシアとフェイト、アルフの見送りで転送ポートまで来ていた。
出会った当初の冷たい態度はどこに行ったのやら、過保護なまでに心配するプレシアに苦笑いしつつラウルは頷いた。
「拠点が見つかり次第連絡をする。その際座標も送るから、俺から連絡があったら転移してきてくれ」
「わかったよ。というか、気をつけなよ、ラウル。アンタ意外と危なっかしいところがあるんだから」
「ラウル!気をつけてね!」
「ああ、行ってきます」
笑みを浮かべて、ラウルは第97管理外世界『地球』へと向かった。
ーーto be continuedーー
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