ファイアーエムブレム~ユグドラル動乱時代に転生~【外伝】
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とある騎士の昔語り---その5---
「そんな怪物ブッ倒したんなら勲章もんじゃないのかい?」
「話にゃあまだ続きがありましてね」
「あぁ、話の腰を折ってすまなかったね」
レイミアはヴォルツの盃を満たしてやると急いで続きを促しはせず、頬杖を付いた。
満たされた緋色の液体をぐいと呷った彼は満足げな吐息を上げ、腰に下げた剣の柄尻をいじりながら少し遠い目をして続きを口にした。
……事後処理のため数日村に滞在していたヴォルツは、役場に送った使者が戻って来ないことを訝しみ、残務の処理もそこそこに引き上げることにした。
戦利品との趣もある討ち取った巨熊から剥ぎとられた毛皮は、大きな木板に打ち付けられてそれに同道していた。
役場のあるアウネ村にほど近くなると幾名かを物見に遣ったものの、こちらも音沙汰なく、よって警戒態勢を命じたヴォルツであったのだが……
数名の騎馬の者、それに物々しく武装した徒歩の兵士達が悠然と行く手から現れたことにヴォルツは慄然とした。
こちらから問いただそうとしたところに機先を制され、先頭の騎馬の者から誰何を受けた。
「そこを行く一団、何者か。 速やかに所属と目的を明らかにせよ」
「……何を言うか、ここはアグスティ王家直轄領なるぞ。 かような戦支度での往来、アグスティ王家への謀反の意思ありと見たがなんとする?」
自分でも良く詰まらずに口上できたな、と、日頃、村人達と交わるときとは異なる言上がすらすらと出来たことにヴォルツは内心驚いていた。
「これはしたり、この地の治安を預かる我らへの侮蔑、ゆえなくであればその罪、万死に値する」
「………言うにこと欠き、治安を預かるたぁ太ぇ言いぐさじゃねぇか、アグスティ王家近衛騎士、ヴォルツさまのコトを差し置いてずいぶん言ってくれるじゃねぇかよ!」
馬上から行儀悪く、己の親指で自分を指し示し恫喝した彼であったが、相手は意に介したふうもなく
「ほぅ。 そうでしたか、お通りなされて結構ですぞ」
声の主を睨み付けた彼は随員を促すと、一団が道を開けたので無言で進んで行く。
すれ違いに先頭の男は口の端を吊り上げ
「……くくくっ、いやはやさすがは王都からお越しだけあって、ふははっ、……獣狩りで持ち場を離れるとは、雅なことで。 我々田舎者もあやかりたいものですな、いや結構結こ………うふわぁはぁっ」
最後まで語らせなかったのは話の途中で強かに顔面を殴りつけ、先頭の男が落馬したからだ。
リーダーらしき先頭の男への凶行を見過ごせず、抜剣してヴォルツへ襲い掛かった伴の騎馬武者達は挑みかかるものの、彼の剣が閃く度に腕を押さえ武器を取り落とした。
その様子に歩兵達は慌てて槍を構え主人を救おうとしたが、最初に落馬した男の喉元にヴォルツが剣を突きつけると腰が引けてしまったようだ。
騎士らしき者三名を縛り上げ、歩兵達には武装解除させているとまた新たに一団がやってきた。
こちらの様子を窺うと隊列の中ほどから見知った顔の者が進み出て来た。
代官である。
脇を新たな一団の者に固められた彼はヴォルツに向かい
「す、すみやかにそのお方の身柄を、か、解放したまえ……ヴォルツ卿」
思いもかけない登場と要求に面くらいながらも " はい、そうですか " とは言える訳もなく
「閣下ァ、こいつらぁ陛下の御領で畏れ多くも戦支度をしとったんですぜ、何か事情があるにせよ取り調べねばなりますまい。 それに、そのぅ、……新しいお仲間はなんですかね?」
「き、キミィ、言葉を慎みたまえ。 君が持ち場を放棄した間に役場を襲った山賊共を誅滅した功労者なのだぞ! かっ、彼らは!」
予想だにしない代官の返事に困惑しながらもうさん臭さを感じざるをえない彼は
「閣下ァ、武器突きつけられて無理やり言う事聞かされてるってんならご同情申し上げますよ。 しかし、申し訳ないが陛下への忠義、お互い見せましょうや」
「なっ、なにを言っておるか、そんなことなどあるものか」
代官は脇を固めた者を手で制すとヴォルツのもとへと歩み寄ってきた。
きな臭さをぷんぷんに感じながらも行動の自由があることを身を以て示した代官に従わざるをえず、要求を飲むより他なかった。
……ヴォルツが役場を離れて翌日、にわかに山賊とおぼしき一団の襲撃があった。
その折 " 偶然 " 改めて訪れていたブリエンヌ伯爵の使節が族を追い払い、駐在の騎士が不在という苦境を見逃せないと " 紳士的な申し出 " によりブリエンヌ伯爵は配下の者を遣わしてほんの昨日、山賊の根城を見つけ出し討ち果たしたという。
治安のために駐留してもよいという申し出も受け入れたとのことだ。
……役場に戻るまでの間に代官がヴォルツに語った内容を要約すると以上であった。
「……あの毛皮を見れば、たしかに巨大な熊だったようだがね。 君が不在だったことでいったいこちらはどれだけ苦境に立ったことか!」
「閣下とて許可はくださいましたでしょう! アレに村人が八人も殺られてるんですよ!」
「だから! 君の首がまだ胴と繋がっていることを許しておるのだよ!」
「だいたい、山賊が攻めて来たってんなら知らせを寄越してくださいよ。 こっちだって人手が足りんのに二日置きには人を遣ってたんですよ! だーれも返事には来ませんでしたがね!」
腕組みをして考えはじめた代官は
「うむ。 山賊どもによって使者が捕えられ殺害されたのであろう。 こちらからももちろん送ったとも」
「……だったら仕方ないですね」
「うむ。 その通りだ」
「では遺体を捜索しませんと」
「それには及ばんぞ、奴らの根城は戦いの最中、落盤を起こしてしまってな。 伯爵の麾下の方々も幾人も犠牲になった」
「それが何か?」
「え~い、わからんかね、奴らが我々の使者達を捕えるなり殺すなりしてそれがすぐに漏れないように根城に隠しておったんだろう」
「……ほぅ」
" まるでその場で見てきたようですね " などと口に出しては取り返しのつかない事態に至ると思ったヴォルツはその件についてはそれ以上追及するのを取りやめた。
翌日、引き揚げて行った伯爵の配下の者達を表面上丁重に送り出したヴォルツであった。
それに気が付いたのはさらに翌日の午後である。
熊害についての正式な報告書を作成中、証拠品の毛皮を確認しようとしたところその所在が知れなくなっていたのだ。
倉庫の管理に該たっていた者は行方知れずとなっていた。
自分も証言するし村人も証言するだろうから君の武勲は安泰だよと鷹揚に言う代官であったが、無論、手放しで信用など出来ようはずもなく、どうやら自分が何か謀にかけられているのではないかと感ずきはじめた……
それから二月ほどの後、王都から新たな近衛騎士の赴任、そしてヴォルツへの召還命令がもたらされた……
" 引き継ぎの必要無し、速やかに帰還せよ "
書状にあった一文と同じことを使者から告げられ、彼の身柄は拘束された……
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