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ファイアーエムブレム~ユグドラル動乱時代に転生~【外伝】

作者:脳貧
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とある騎士の昔語り---その6---

  

 最低限の身の回りの物を持ち出す時間も与えられず、後に捕吏(ほり)から渡された私物の中に目当ての物は無かった。
 しかし、着衣に縫い込んであるものまでは取り上げられずに済み、一応の安心のもと王都への旅路に就いた。
 せめてもの温情として枷を嵌められることは無かったものの、檻車に揺られる道のりは体にこたえた。
 しかし、彼の従者は徒歩であるだけに贅沢は言えない。
 道中に知ることが出来たのはこれから自分は審問にかけられるということであった。
 王都に到着後、地下牢にでも放り込まれるものかと思ったが予想に反し、彼の上役である近衛騎士団長の邸宅に預けられ、ひとまず謹慎して過ごすようにとの達しを受けていた。




 邸宅の離れをあてがわれた彼にあえて接触を図る者は無く、従者とは引き離された。
 家主の家人が時折身の回りの世話に訪れる程度であり、せっかくの王都暮らしでありながら彩りなどまるで無い生活であった。
 持て余した暇を鍛錬にぶつけてみたこともあったが翌日には " 謹慎の身でなんたることか " などと(たしな)められる有様であり、そんな日々が彼を心身ともに憔悴させた。
 ひと月……ふた月…………半年ほどが過ぎ、出廷せよとの連絡を受けた頃には彼はずいぶんとやつれていた……





 ……ユグドラル大陸を支配する政体が共和制であった頃、訴訟制度の内容ははっきりとしていない。
 それというのもロプト帝国支配期に多くの文献や資料、関わった人的資源の大半が失われた、いわば暗黒時代があったからである。
 ロプト帝国の時代は皇帝とその代理人が気まぐれな基準と、ロプト教の教義により望むままの裁きを行っていたことをこの大陸に暮らす者ならば誰しもが知っている。
 ロプト帝国を打倒した英雄たちが興した各国についてはどうかと尋ねられれば、各国の王をはじめとした封建領主が支配域に於いてその全てを総覧しており、独立した司法権などと言うものは存在していない。
 言ってみれば源泉が力による支配というわけでロプト帝国時代と本質的には同じであるのだ。
 ……裁きの基準が被支配階級にとってより理解を得やすいかどうかの違いに過ぎない。





 任地では自前の鎖帷子に部分鎧を組み合わせていたが、久方ぶりに着用した甲冑は緩く、また数年の間に身長が伸びたりもしたのだろう、丈が短く不格好なものだった。
 だが、審問を受けるに該たり正式な装束を帯びるようにとの通達は守らねばならない。

 ……姓名を名乗り、宣誓。

 高等法院に連なる裁判所では無く、王宮の一角、麝香の間に通された彼に要求された行動であった。
 もちろん国王自ら臨席しているということは無く、多少の距離を離して彼を取り囲むように配された席には幾人かの見知った顔と多くの知らぬ者の顔があり、正面には一際高い段が据えられそこには判事らしき者達が(いか)めしい顔で彼を見下ろしていた。

 審問の内容は公金横領の疑い、また、近衛騎士としての資格争訟についてのものだった。
 身に覚えのない内容に幾度も反論しようとした彼であったが、その度に叱責を浴びせられた。
 この半年、彼の(あずか)り知らぬ間に捜査や審理は行われており、この日は認否だけと思われた。
 訴訟は既に彼一身のことにとどまらず近衛騎士団の面子がかかったものとなっていたのであろう。
 
                                                                                             ……真相としては代官が行っていた横領をヴォルツになすりつけるためのものだった。
 横領した公金のうち、ブリエンヌ伯爵にもそれは流れており、アウネ村を襲ったという山賊についても実は伯爵が用意した者達であり、口封じに皆殺しにされていたりもする。
 代官と伯爵は共犯であるかに見えるが、実は伯爵は開拓村を横取りするつもりであり、鹿追い祭りで勢子が入り込んだというのも敵情視察に他ならなかった。
 その際、偶然出くわした巨熊を仕留めようとしたがし損ない、取り逃したのが開拓村近郊へと出没したのだろう。
 手負いとなり凶暴化していたのはそういう事情だったのだ。





「……自分は訴えの件、全て身に覚えは無い。 また、本分は騎士ゆえ、かような恥辱を受けたからには『決闘(フェーデ)』によって疑いを晴らし、名誉を取り戻す機会をいただきたい」

 日を改め幾度かの召喚と審理の後、遂に彼にも許された発言に、隣席していた者達はざわざわと色めき立ち、騎士団側から彼に就けられていた弁護人は裁判長に発言の許可を求めたが得られなかった。
 裁判長は他の判事と小声でしばらく協議し " 静粛に " と、呼びかけてから

「決闘については却下とする。 一つは、騎士としての身分争訟が本件の事案の一つである以上、ヴォルツ卿の身分が決闘の結果失われた場合、そもそも決闘を行う権利を持たぬ者が決闘を行ったという不法行為を担保することが出来ないからである。 いま一つは事の真偽を(つまび)らかにするために本件の審理が行われている以上、単に勝者が主張を確定せしむる決闘による決着は本件の性質上そぐわない」
「……意味がよくわからねぇが、自分は国王陛下から叙任された身。 そして、陛下によって任を解かれてもいない訳なんでね、騎士としての権利を行使することに妨げを受ける(いわ)れは無いはず。 よって! 改めて! 『決闘(フェーデ)』を申し込む!!!」

 裁判長に手袋を投げつけ、指さして睨み付けた不遜な態度の彼にその場は沸き、彼付きの弁護人は顔色を失った。
  " 静粛に! " と繰り返す裁判長だが一向に治まらぬことに業を煮やしたのか、木槌(ガベル)で机を何度も叩き付け、力ずくでその場の静寂を作り出した。

「畏れ多くも国王陛下の御意を持ち出すのであれば、貴公に関わる事案の審理も又、これ全て陛下からの信任のもと我らに一任されたものである。 ……許可なくこれ以上の発言を認めぬ」








「……全く、なんてことをしでかしてくれたのかね。 あれほど余計なことは言うなと念を押したというに」
「余計なことなんざ何一つ言っちゃぁいませんがね」

 その日の審理の後、弁護人に連れられたヴォルツは久方ぶりに王都の歓楽街に在った。
 入念な打ち合わせをしたいのなら半年余りもの間、いくらでもそんな時間はあったというのに。
 弁護人は誰かに代わってもらえるのならすぐにでも替ってもらいたい心持であった。
 なにしろ、法廷闘争で決闘を以て決着をつけろなどというのは近年稀なことであったからだ。
 ……破る者ばかりであるが決闘は禁じられている。
 ただ、それは私闘としてのものであり、決闘裁判自体はいまだ合法であったのだ。
 もっとも、相手側が受諾しなければ成立しえないので起こることは無さそうであったが……




 その後の裁判と審理では出廷と発言の機会を求めるヴォルツの要望は叶えられることは無く、彼にとって情勢は芳しくはなかった。
 だが、最後にどうにか得られた発言の機会に彼はぐっと怒りを抑えて、新たな証拠として扱ってほしいと衣服の内側に縫い込んできた書状と言うよりは幾つかの皮の切れ端を提出した。
 ……(はかりごと)にかけられているのではと疑いを感じてからの彼は、役場の書記に慎重に近づいた。
 代官の命により帳簿の改竄を日頃から命じられていた書記官は、発覚することをとにかく恐れる小心な者であった。
 かと言って代官に逆らうことも恐ろしく……そこで二重に帳簿をつけていた。
 代官を通じて本国へ送られる物、そして、正規であるべき物と。
 書記官とヴォルツが連署し血判を押したソレ、つまり不正は代官によって行われているという新たな告発、そして帳簿を書き写したほんの一部は新たな証拠品として受理されたが、裁判長を含めた判事達は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
 

  
 

 それから三月ほどの後、王都へと召喚された書記官と代官、それに彼も含めて審理のやりなおしが行われた。
 ……ヴォルツと書記官が共謀して自分を陥れようとしているという代官の主張は資金力による根回しによって優勢であった。
 しかしながら横領された公金の行先というものがヴォルツや書記官の周りから出て来ないという不都合もあった。
 だが不思議なことに、代官は部下が紛失した公金を私費を投じて穴埋めしたという美談すら出来上がっていた……




 司法取引というものでもあったのか、表向きは三者とも咎めを受けることはなかった。
 何が " 事の真偽を詳らかにする " だ、彼はあの判事達を見かけたらくびり殺してやろうとさえ思っていた。
 ………その後、彼は近衛騎士としての任務を全て解かれることになった。







「……納得いきませんよ! なぜオレが辞めねばならんのです!」
「まぁ、落ち着け」
「落ち着いてなんていられませんぜ!」
「きちんと聞け。任務を解くだけだ。 お前から騎士の身分を剥奪するなんてお達しじゃあ無いのだしな」

 近衛騎士団長じきじきに彼への通達が行われていた。

「だいたいがだ、その様子では我々がいかなるものか本当にわかっているのか疑問に思うぞ」
「……国王陛下に対し無私の忠義を捧げ、外敵からお守りし、民の模範となり……」
「あー、そんなのは当たり前だ。 そうじゃ無くてな……」

 近衛騎士団長はそう言うと彼の甲冑の胸甲を軽く叩き、

「お前が選ばれたのはこの甲冑の寸法にぴったりだった。 ただそれだけだ」
「そ、それじゃ……」
「その通り、今のお前を見てみろぉ。 緩くなっていたり、丈が合ってなかったりと酷いものだ」

 一揃いの甲冑というものは当たり前だが値が張り、おいそれと誰でも手が出せるものでは無い。
 それゆえお抱えになる近衛騎士に貸与される。
 また、自前で鎧を持つ者であっても王宮内では貸与される甲冑を身に帯びねばならない決まりとなっていた。
 近衛騎士に限らず集団行動をはたから見る場合、構成員が等しい規格で統一され一糸乱れぬ動きを為しえた時、そこに秩序だった美を感じることはないだろうか。
 王直属の部隊であるというのならそのような儀礼的な美しさもまた求められるのは大きな戦乱から離れたこの時代では辿るべき道筋であった。

「ミレトスという自由都市になじみの者がいる。 元は同僚だったんだがな」
「……それはいったい?」
「紹介状を遣るから奴の元へと赴け、廻国修行ってことにしておく」
「やっぱり厄介払いじゃないですか!」
「違う違う、王都におわし自由に動けぬ我らがあるじの目となり耳となる役割を果たせってな」
「………」
「それと、そこに跪け。 もったいなくも陛下からお言葉をお預かりしている」

 言葉に従い片膝を着いた彼の姿を確認すると国王からのねぎらいの言葉を伝えられ、預かっていた指輪(エリートリング)を授けられた。
 これは書状を封蝋する際に象嵌部分を用い、同じような任務に就いている者のうち誰からの物であるかを判別するためのものだと知らされた。



 王都を去る前に従者と再会したが、騎士団のほうで新たなあるじを見繕ってくれた為に生活に不安は無かったと知ったのはここに戻ってから知らされた、たった一つの嬉しい知らせであった。
 








 ………再び場面は戻る。

「するとオマエ、まだアグストリアの騎士でもあるのかい?」
「いやぁ、とっくに縁は切れちまってましてね、団長が亡くなってわかったって言うかね」
「ん? どういうことだい?」
「どうやら王の目となり耳となりってのは方便みたいなもんでしてね、実際は団長の私的な密偵だったんですよ。 団長が亡くなったあとは定期に連絡入れても活動資金送られて来なくなっちまいまして」
「………そっかぁ、ヒドイ話だね。 まぁ、アタシは面倒見てやんよ!」

 レイミアは彼の肩を叩き、再び彼の盃を満たしてやった。

「それにしてもアタシの手下ンなった後の戦歴でも話すかと思ったけど、そんな過去があったとはねぇ」
「じゃあ続きもいきましょうか」
「おう、それじゃ追加のオーダーしようかね」

 給仕を呼びつけて注文している主の姿を見ながら、今の暮らしもそう悪くはないなと彼は思っていた。




---おしまい---


 
 

 
後書き
このシリーズはこれで終わりです。

その後ミレトスで傭兵隊長のもとを訪れたヴォルツは敵対するペルルークとの小競り合いでレイミア(レイニー)と知己を得ますが彼女はトラキア王に呼び戻されミュアハの警護につくことに。
その後マディノでの傭兵隊のひとつから騎兵隊長としてスカウトされて赴くことに。
トラバントから逃れてマディノへ流れてきたレイミアと再会し、紆余曲折のあと彼女と決闘に及び、敗れたあとは配下となった。

一応六話で終わったので本編の一章と同じサイズだったりします。

また外伝書きたくなったら適当にゲリラ投下しまする~ 
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