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アマガミフェイト・ZERO

作者:天海サキ
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十三日目 十二月三日(土)前編

「よぉ大将、何しけた面してんだよ」
 休み時間、ぼぉっとしていた純一の机に、親友の梅原正吉が爽やかな顔付きでやって来た。やや刈り込んだ髪に、高い背丈。引き締まった体は剣道部の賜物だ。梅原と純一は、小学生からの同級生。家も近く、いつも何かと良く連む仲だ。
「……梅原、聞いてくれるか」
「あったりめぇじゃねえか。親友の話だったら何だって聞いてやるよ」
「実は昨日の夕方……」
 何だか鋭い視線を感じた純一は、言葉を止め、目をちらっと動かした。すると満面の笑みを浮かべた絢辻司の顔が見えた。純一の心臓が、一瞬止まった。天使のような愛くるしい笑みが、ほんの少しの間、拷問執行を楽しみにしてる悪鬼の笑顔に変わった。
「いや、梅原、やっぱ何でも無い」
「おお? そか。……大丈夫か、おまえ?」
「……ああ、心配ない。昨日出たビーバー三国志最新巻についつい夢中になっちゃってさ」
「なんだよ、そんなことかよ」
 梅原が、がっかりしたような顔をする。
「そ、そんなこととは何だよっ。いいか、ビーバー三国志はなぁ!」
 熱く語ろうとした矢先に、チャイムが鳴った。

 土曜日の放課後。お昼も過ぎて普通なら殆ど生徒は残っていない。だが後一ヶ月で伝統のクリスマス会という、この時期だけは違う。多くの生徒が、部活やクラスの出し物の準備で校内に残っている。そしてこの時期、最も忙しいのが実行委員だ。
(ああ、やっぱり)
 実行委員長の絢辻司は、教室に残って今日も作業をしていた。
(まぁ、手伝うか。あの量じゃあ、一人だと大変だろうしね)
昨日意外な素顔を知ったとはいえ、絢辻司は純一にとって、よく話すクラスメイトである事に変わりは無かった。そして何より、純一は少しほっとしてもいた。近寄り難い完璧超人のような絢辻にも、普通の人間らしい一面があったのだ。絢辻司という少女との距離が、近づいたようにも感じる純一だった。
「お疲れ様。手伝うよ」
「……橘君は変な人ね。普通、声なんかかけないでしょ」
 絢辻司が少し顔をしかめ、純一を胡散臭そうな目で見る。
「うーん、でもほら、大変そうだったし」
「……手伝ってくれるなら助かるわ。でも何にも出ないわよ」
「別にいいよ。絢辻さんと一緒に仕事するの、結構楽しいんだ。絢辻さんテキパキしてるから」
 絢辻が、呆れたような顔をする。
「それが理由? ……ほんと変な人ね」

 絢辻が、先生に確認してもらってから帰るとの事だったので、純一は先に学校を出た。セイバーと合流し、まだ日も高かったので散策をする事にした。輝日東で行われている聖杯戦争。セイバーは、未だ姿を現さないキャスターの事が気になっていたのだ。
キャスターとは、魔術を用いて活躍した英雄が該当するサーヴァントクラス。高度な魔術攻撃を専門とし、自身の能力を飛躍的に高める特殊フィールドを作成する〈陣地作成〉のスキルを持つ。
しかしセイバー、ランサー、アーチャ―は高い〈対魔力〉のスキルを有しており、魔術的な攻撃では殆どダメージを与えられない。その為、キャスターは〝最弱のサーヴァント″と呼ばれている。
それでもキャスター側に対抗手段が無い訳ではない。相性を覆せる可能性の一つが、魔力を蓄えさせて作成する、陣地で戦闘を行う事なのだ。陣地内でのキャスターは、最強のサーヴァントと言っても過言では無い。その空間全てがキャスターに優位に働き、敵を不利にさせるのだ。陣地内では土地や建物、空気等全てがキャスターの味方になる。
だが陣地を作成する為には、居城と定めた場所に魔力を蓄えなければならない。それはつまり、魔力の有無を調べれば、陣地を発見する事が出来る。そして陣地が人工的に作られた物である故に、壊す事もまた不可能では無い。つまりキャスター攻略の鍵は、相手の陣地を先んじて破壊する事なのだ。
「……セイバー、そろそろ休もうよ」
 両肩で息をした純一が、先頭を颯爽と歩く制服姿のセイバーに懇願した。
「軟弱者ね。まぁいいわ。あそこにちょうどベンチもある事だし、休みましょうか」
 海岸沿いを〈調査〉していた二人は、海を見渡せる広場を見つけ、そこで休む事にした。
「あー疲れた。いや、結構歩いたよ」
 ベンチにどかっと座り、大きく息を吐く純一。
「でも、収穫無しよ。まぁ、川沿いにはキャスターは居なそうって解ったのは、ある意味収穫だけどね」
 セイバーが、スカートを抑えながらさほど疲れた様子も無く、純一の隣に座る。
「そういえば、どうして川を調べてたの?」
「魔術にとって、水は基本なの。調べた川の水に魔力が混じっていれば、それはその川沿いにキャスターの陣地があるという事よ。幸い輝日東町の川は、どれも全てこの海岸沿いに辿り着くわ。だから何か手掛かりがあるかと思ったんだけれど、中てが外れたようね」
 セイバーが目を閉じ、何やら考え事を始める。
「……でも最近、妙に水の匂いが鼻に付く気がするのよね」
 純一が、考え込むセイバーをちらちらと見る。
「セイバー、ちょっといいかな」
「なに?」
「聞きたい事があるんだ。……えっと、森島先輩と良く似た人って、知ってる?」
「……何でそう思ったのかしら?」
「夢を見たんだ。多分セイバーの記憶。セイバーが、ドレスを着た森島先輩みたいな人と言い争ってた」
「……そう」
 セイバーの表情が、微かに曇った。
「あ、言いたくないならいいんだ」
 純一が、慌てて手を振った。セイバーが、ふふっと微笑を浮かべた。でも瞳はまだ悲しみを湛えている。
「……彼女の事は思い出したくないの。でも、あなたを信頼していないわけじゃない」
 海からそよ風が吹いて来る。セイバーの美しい髪がふわりと舞う。
「少し、昔話をしようかな」
何かを思い出そうとするかのように、彼女が顔を上げ、空を見つめた。
「……私はね、使命を果たす為に育てられたの。毎日が厳しい訓練。でもね、嫌ではなかった。身体動かすの、好きだったしね。だけど、気が付いたらそればかりになっちゃってたのよ」
 彼女の瞳が、潤いを帯びているように見える。けれど、セイバーは微笑んでいた。
「でもね、姉さんが教えてくれたの。人の気持ちの温かさ、かけがえのなさを」
「セイバーにも、お姉さんがいるんだ」
「にも?」
「あ、うん。絢辻さんにもね、お姉さんがいるんだよ」
「……そう。不思議な偶然ね」
(でも、絢辻さんはお姉さんの事、嫌いみたいだったな)
 セイバーが、少しの間口を噤んだ。
「姉さんは、とても素敵な人だったわ。明るくて、綺麗で、織物も上手だった。一緒にいると、悲しい事があっても不思議と元気が出たわ。でも、あまり長くは生きられなかった」
「……亡くなったんだ」
「私の生きた時代は、皆長くは生きなかったのよ。剣を振るって敵を倒し、功名を上げる。そうすれば、天国での幸せが約束される。そういう時代だったわ」
 純一が、何と答えればいいのか解らず、口をつぐむ。セイバーも、それ以上語ろうとしなかった。
「あら、また会ったわね」
「響先輩!? どうしてここに?」
 沈黙を終わらせたのは、第三者。塚原響だった。腰に手を当て、微笑を浮かべる。
「ここの海岸は、水泳部がゴミ拾いを定期的にしているのよ」
「え? じゃあ今部活ですか?」
「もう終わったわ。私だけ残っていたのよ」
「どうかしたんですか?」
「もう卒業か、と思ったらね。何だか、もう少し海を見ていたくなったのよ。……橘君は、可愛い彼女とデート?」
「え?」
 慌てる純一。セイバーも眼を丸くし、ほんの少し頬を染めた。響が微かに笑う。
「冗談よ。……橘君、ちょっといいかな。絢辻さん、可愛い彼氏君を、ちょっと借りてくね」
「か、彼氏!? 違いますっ。どうぞ勝手に持って行って下さい!」
 セイバーがむきになって否定した。純一が苦笑する。
「じゃあ、遠慮なく。橘君、あっちで、いいかな」
 響が、浜辺を指差す。
「あ、はい」

 さわぁっ、さわぁっと波が小気味良い音楽を奏でる。優しい風が頬をくすぐり、仄かな潮の香りが鼻を楽しませる。
 少し公園から離れたところで、塚原響は足を止めた。振り向いた彼女は、真剣な顔をしていた。
「あなた、公園君でしょ」
「……えっと?」
「去年のクリスマスに、丘の上の公園ではるかに会わなかったかな」
 純一は、自分の顔が強張るのを感じた。何か言おうとしたが、口からは何の言葉も出てこなかった。
「はるかがね、言ってたのよ。公園でワンちゃんみたいな子に会ったって」
 響が、懐かしそうな表情を浮かべる。
「その子の事をね、公園君って、はるかは呼んでてね、しばらくはその子の話ばっかり。よっぽどだったのね。あの子、去年の今頃、少し落ち込んでてね。でも、公園君と会ったって話をし始めてからは、また明るくなったのよ」
「……そんな。むしろ救われたのは、僕の方でした」
 やっと出た声は、絞り出したかのように擦れていた。
「僕は、二年前のクリスマスに嫌な思い出があって、それで結構塞ぎ込んでいたんです。でも去年、公園で森島先輩に話かけられたんです。最初、びっくりしたけど、先輩はとても明るくて、一緒に話してるうちに、もやもやしてる気持ちが薄れていって。おかげであの後、友達と楽しく過ごせたんです」
「……そうだったんだ。ふふ、そんな事聞いたら、ますます応援したくなっちゃうな」
「森島先輩には、本当に感謝しています」
「はるかはね、結構君の事気に入ってるよ。ううん、気になってるんだと思う。はるかがね、男の子に興味持つの、高校に入ってから始めてなのよ。私は、親友として、その気持ちを応援したい」
「……」
「それで、橘君って結構仲の良い女の子、多いよね。だから、君の本当の気持ち、どうなのかなって思って」
 響が鋭い眼差しで、まっすぐこちらを見つめている。緊張からか、口の中に唾が溜まっていた。唾を飲み込み、ぐるぐるしている頭の中を掻き分けて、返す言葉を探す。
「……えと。今年は、過去を振り切る為にもう一歩踏み出そうって決めて。でも、色々あって、今はそのことで手一杯で。ただ、妙に気になる人も居て……。って、すみません。なんか、取り留めないですね……」
 情けない返事だったから、響の顔をまともに見る事が出来なかった。
「気になる人って、絢辻さん?」
「えっと、はい……」
 頭を上げる事が出来ずにいると、響のくすくす、という笑い声が聞こえて来た。
「君って、ほんと顔が正直だよね。本当にそんな感じってのが、見てるだけで伝わってきたよ。ありがとね。言い辛い事、聞いちゃったね」
(なら、はるかもまだ脈が有りそうね)
 純一が意を決して顔を上げると、響の柔らかい笑顔が有った。
「さて、実はもう一つお願いがあるんだ」
「あ、はい。何でしょう」
 響は、いつも学校で他愛の無い話をする時のように、微笑を浮かべている。
「ごめんね。正々堂々とは言い難いんだけど、大目に見てくれないかな」
「えっと?」
「橘君、マスターとしてあなたに勝負を申し込むわ」
 微笑みながら響が言った言葉を、純一はしばらく理解できなかった。ぽかんと響を見つめていたら、急にセイバーの銀の鎧が目の前に現れた。
「下がって! もの凄い魔力よっ」
「へぇ、あなたサーヴァントだったんだ。なら、あの子を気になっちゃうのも仕方ないか」
「ひ、響、せん、ぱい?」
 言っている事を理解しなければ、いつもの塚原響だ。だが、彼女が口にした内容は、常人が口にするものではない。
「後はお願いするわね」
「おぅ大将。任せてくれや」
 響の声かけで、水色の髪をした、短髪で長身の逞しい男が現れた。引き締まった身体付きで、身体には使い込んだ感のある白いト―ガを身に纏っている。だが純一が驚愕のあまり、まじまじと見てしまったのは、男の顔だった。
「う、梅原!?」
「似てるわよね。私もびっくりした。でも別人よ。私のサーヴァント、キャスターよ」
 水色の髪の梅原が、にやっとした。
「最弱なんて言われてるらしいがな、それが真実か、身を持って確認するんだなっ」
「敵陣地での勝負、分が悪いわねっ。引くわよ!」
「え、わぁっ!」
 セイバーが、純一の腰に手を回して右肩に担ぎ上げ、跳躍を繰り返して海岸から離れようとする。
「甘ぇよっ、逃げれると思ってんのかっ」
 公園に続く階段を駆け上がろうとしたセイバーが、突然止まった。
「っつ、これ以上進めないっ!?」
「せっかくの相手がよぉ、逃げちゃあ、つまんねぇじゃねえか」
 セイバーが振り向き、キャスターを睨みつけた。不敵な笑みを返すキャスター。
「俺が許可しない限り、ここからは出られねえよ。観念して、尋常に勝負といこうや」
 セイバーが抱えていた純一を降ろす。純一は心配になってセイバーを見た。だが彼女は笑っていた。セイバーが盾と剣を構え、キャスターに悠然と向かい合う。
「良い仕掛けだわ。やるわね。でも、そう簡単に倒される私では無いわよっ!」
「おもろしれぇ! そうでなくちゃなっ」
 キャスターが、どこからか杖を取り出す。杖の先端には、大きくて不気味な巻貝が付いている。キャスターが何事か呟くと、青白い輝く球体が、いくつも彼の周囲に現れた。
「魔法攻撃が効くとは、思わないことね」
「へっ、何事も試してみねぇとなっ」
「無駄よ。証明してあげるわ」
 セイバーが跳躍し、キャスターに猛然と突撃した。キャスターが杖を振り、光の球が、もの凄い速さでセイバーを迎え撃った。
「いざ、勝負!」 
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