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アマガミフェイト・ZERO

作者:天海サキ
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十二日目 十二月二日(金) 後編

 
前書き
お気に入り登録4人目、ありがとうございます。細々かもしれませんが、これからも頑張ります。 

 
 誰かに揺り起こされた。目を開けると、保健室の先生が居て、窓から赤い光が差し込んでいた。時計を確認して、自分が結構長々と眠っていた事にびっくりした。起こしてくれた保健室の先生に礼を言い、純一は部屋を出た。
(さっきのは、セイバーの記憶だよな。でもだったら、どうして森島先輩まで? ……実は単なる普通の夢だったりして。……怖い顔の先輩も結構ぐっと来たな)
 寝起きでボヤボヤしてるからか、馬鹿な発想もしてしまう純一だった。
 もう十二月だからか、廊下は今までよりずっと寒いように感じた。
(うぉ、寒いな。去年もこんなに寒かったっけ? ……後三週間とちょっとでクリスマスか。いや、確かに今年は一念発起して、頑張ろうとは思ったけどさ。こんなに濃い毎日を願った訳ではないんだけどなぁ)
 でも鬱々とした気分を去年とは違って、今のところまったく感じていないのは確かだった。いや、沈み込んでいる暇が無いと言った方が、正確か。
(あれ、あんなところの窓が開いてる。……なんで誰も気づかないんだよ)
 一階の廊下を教室に向かって歩いていると、窓が全開になっているのが見えた。
 純一が窓を閉めようと近づくと、外からびりぃっ、びりぃっと何か紙を破っているような音が聞こえて来た。
(……泣き声?)
 何の音だと思って、窓から顔を出してみたが、特に何も見つからなかった。ただ、紙を破くような音に混じって、嗚咽のような、啜り泣きの様な声が、ほんの微かに聞こえるように思った。
(まさか、七不思議とかじゃないだろうな。ひぃ、勘弁してくれ。魔法使いどうしの争いだけで十分だよっ)
 それでも気になったので、純一は怪音の正体を確かめるべく、窓から外に出た。耳を頼りに歩く。
(この先は、焼却炉だよな。……あれ、誰かいる)
 焼却炉の前に、髪の長い女子生徒が居るのが見えた。彼女は左手にノートを持ち、右手でページを切り離してはクシャクシャに丸めて、焼却炉に投げ込んでいた。
(……そんな、絢辻さん!?)
 純一は目にしたものが一瞬、信じられなかった。あまりに驚いた為に、つい隠れて覗き見る格好になってしまった。それほどまでに、焼却炉の前で佇む絢辻司の姿は、普段の様子とはかけ離れていた。
 〝二年A組の天使″とも呼ばれる彼女は、クリスマス会実行委員長としても出来過ぎなくらい良くやっていると聞く。可愛らしい笑顔とテキパキとした仕事振りが評判で、最近では〝輝日東の天使″とも言われている程だとか。
 だがノートをひたすら破る今の彼女からは、天使という言葉は到底連想出来なかった。細められた目はどこか苦痛を我慢しているかのようで、下唇を噛む様は痛々しさすら感じられた。顔は青ざめ、身体は少し震えている。その様はまるで、雪降る日に怪我をして飛べなくなった小鳥のよう。
「どこまで、頑張ればいいの?」
 怪我した小鳥のさえずりは、震えていた。
「どれだけ続ければ、手に入るの? ねぇ、まだ続くの? わたしは、いつになったら、一人じゃなくなるの? もう、耐えられないよ……。ううん、まだ、頑張れる。……頑張るの? まだまだがんばらなきゃ、いけないの? ……しかたないよ。だって、わたしにはだれもいないんだから。だから、うん、そう。だから……だ、か……ら……」
 純一は踵を返した。これ以上、盗み聞きするのは、申し訳なかった。触れられたくない部分を、見てしまったと思った。自分は絢辻とは、単なるクラスメイトでしかない。そういう浅い関係の人間が、ここにはいちゃいけなかった。純一には、身体を震わせて嗚咽する絢辻が自分自身と、何度か重なって見えた。
(やばいな。ちょっと引きずられちゃったか。不意打ちだったもんな)
 純一は、心の奥底から、忌々しいものが噴き出して来るのを感じた。猛毒が樹を内側から腐らされていくように、忌々しいものが純一の気持ちをどん底に引きずろうとする。
(……深呼吸だ。大丈夫、大丈夫。……はは、こんなんじゃセイバーに怒られちゃうな)
 二年前のクリスマスの記憶が今もまだ自分を害する事に、気分が滅入る思いだった。足取りが自然とゆっくりになる。
(……鞄取って帰ろう。そして押し入れに入ってもう寝よう)
 自室にある押し入れは、純一のもっともプライベートな拠り所だった。扉を閉じて訪れる温かい暗闇は、母のお腹の中にも似て心地良い。天井には、自分で作った簡易プラネタリウムが優しく光っている。誰も自分を傷つけない安心がそこにはある。やってくる人だって美也くらいなものだ。
 純一は救いの暗黒を思いながら、二年A組の教室に向かった。

「……落し物?」
 鞄を取って、さぁ帰ろうと思った時、教室の床に落ちてるそれを、純一は見つけてしまった。正直今日は気分が沈んでいたので、さすがの純一も落し物を見て見ぬ振りをしようとした。だが、自分でも解りきっていたが、そんなこと出来る訳が無く、純一は落ちていたものを拾った。それは長方形の形をした、厚みのある黒い手帳だ。名前でもどこかに書いてないかと、手帳の外側をまず見る。真っ黒で持ち主の手掛かりは無い。少し気が引けたが、名前の書いてあるそうなところを開いてみた。
「橘君、それ……」
 教室の外から、聞き覚えのある声がして顔を上げた純一は、一瞬はっとして身体が硬直した。絢辻司が教室の入り口に立っていた。落ち着いたのか、今の彼女はいつもの絢辻司に見える。
「あ、これ絢辻さんの? ごめん、名前が書いてないかと思って少し開いちゃった」
 彼女の顔が少し陰った。絢辻司が近づいて来る。
「橘君、何か見た?」
「え、あ、いや。特に何も見てないよ」
「そう……」
「うん。名前探して、ちょっと見えちゃったけど、字、綺麗だなって思ったくらいで……」
 何かが引っ掛かったのか、一瞬絢辻の歩みが止まった。表情が更に陰った。
「そうなんだ……。じゃあ、生かしておけないね」
「え……?」
 純一には、黒い竜巻が巻き起こり、背中に黒い翼が生えた絢辻が、もの凄い速さで飛んで来たかのように見えた。黒い二本の手が伸びて来て、純一の首を包み込んだ。
「残念。クラスメイトが一人減っちゃう」
 絢辻司の顔が目の前にあった。身体がぎゅっと押し付けられ、柔らかい膨らみが仄かに感じられた。純一の脳内が桃色に染まり始めたが、すぐに現実は純一を成敗した。彼女の華奢に見える手に、力が入りだした。息が、少しずつ苦しくなる。
「ご、ごめん。あ、あやまるから、ゆ、許して」
「ふふ、どうしようかな」
 絢辻司の表情は、どこか歪んでいて、瞳は空虚で何を見ているのか解らなかった。さっき焼却炉で見た時の顔に良く似ていると、純一は思った。今にも壊れてしまいそうな、儚い顔。
 絢辻の手から力が抜け、彼女が純一の首から手を離した。
「橘君。これから、暇でしょ?」
 にこりといつも通りの笑顔を浮かべる絢辻。急に問われて何と答えたらいいのか解らず、純一ははっきりしない返事を返す。
「ひ・ま・でしょ?」
 絢辻の笑顔が、見たことも無いくらい邪悪になった。
 選択の余地は無かった。

「……酷い目にあった」
「あなたってほんと変態ね。あれだけ女の子に嫌われるのは、才能ね」
 夕暮れの帰り道。クラスメイトと良く似たサーヴァントが、軽蔑の眼差しを純一に向けている。
「……天使なんかじゃなかった。悪魔……いや、あそこまでいくと魔王だよ」
 絢辻司の黒い手帳を拾った後の、散々な出来事がまた頭の中をぐるぐる駆け巡り、純一は憂鬱になる。隣にいるセイバーが、瓜二つなのも無駄に心を騒がせていた。
(やっぱり顔が似てると性格も似るのか)
「あれ、橘君? 可愛い彼女さんと帰り?」
「え? あ、塚原先輩」
 輝日東高校へ続く坂道を登って来る女子生徒が居る。彼女は鋭い目付きをしていて、どこか近寄り難い雰囲気を漂わせている。しかし知る人が見れば、今彼女が微笑んでいるのが解るだろう。彼女こそ、森島はるかの親友にして、通称はるかを守る〝女神の騎士″。
「お疲れ様です。えっと、今日は部活じゃないんですか?」
「ええ。あ、でも部の用事で出てたから、部活と言えば部活かな」
「そうだったんですか」
「絢辻さんも、今日は実行委員の仕事はいいのかしら?」
「え? いえ、今日は外に用事があるんです」
 にこやかに返事をするセイバー。変わり身の早さは、この顔に備わる基本スペックという事なのか。
「部室寄るから、もう行くわ。またね、お二人さん」
 微笑を浮かべながら、塚原響は坂道を登って行った。
「誰?」
 セイバーが、塚原を横目で見ながら、純一の耳元に顔を近づける。
「ああ、塚原響先輩。ほら、森島先輩がよくひびきって言ってる、その人」
「ふーん。……部活って?」
「え? ああ、水泳部だよ。塚原先輩は部長なんだ」
 セイバーは、ふーんと呟きながらも、それでもまだ何かが引っ掛かってる様子だ。
「それでなのかな」
「どうかしたの?」
「強い水の匂いがしたのよ」 
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