ファイアーエムブレム~ユグドラル動乱時代に転生~【外伝】
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とある騎士の昔語り---その3---
前書き
後半グロ注意です、お気を付けくださいましー
「……お休みんところ悪いですが緊急出動の許可、もらえませんかね?」
この一言に先立ち、代官の起居する屋敷を訪れた彼と兵士達は緊急事態ゆえに取り次げと家人に迫り、その目的を果たすことは出来た。
ただし、不機嫌な家主との対面という別の厄介ごとも抱える結果を伴いはしたのだが。
既に休んでいた代官は寝入り鼻を起こされたことに不快な態度を隠そうともしなかったが、もたらされた知らせの重大さに目を白黒させ、次第に顔色まで悪くなっていったように見えさえもした。
……実際のところ彼も似たようなもので、この事態の伝言を部下に命じ、現地へ急行しても良いところであろうが彼自身も精神のバランスを保つための踊り場として、正当化出来る時間稼ぎを選択していたのだ。
口頭で許可を貰うに留めたこと、そして屋敷のゲストハウスに滞在者が居ること、加えてそれが日中に訪れたブリエンヌ伯爵の使者であることに気がつく余裕の無さが彼の身を窮地に追い込むのだが、それはもうしばらく後の話である。
翌日の計画は頭の片隅からも追いやり、この兇報をもたらした兵には代官への詳細説明のあと休むことを命じ、ヴォルツ自身は武装をはじめ支度を整える。
その前に出した命令は、この村の男たちを村の広場へと集めることだった。
赤々とかがり火が焚かれた広場に集合した村人達はひそひそと言葉を交わし合い、不意の招集とその理由に不安げな様子が見受けられる。
彼自身、全容の把握には至っていないが演台に立つと軽く咳払いを行い、背筋を正して言葉を口にする。
「……こんな夜更けであるが聞いてくれ。 シィス村に巨大な人食い熊が現れた。 迷い熊が現れて家畜や作物を荒らしたって訳じゃ無い。 『人食い』熊だ」
明らかに断定した口調でそう宣告すると、その意味を理解した者達が驚きや狼狽の声を上げ、騒乱に包まれるかに見えたその時、
「静まれ!」
そうヴォルツがよく通る声で叫ぶと演台の床を剣の鞘で打ち据え、彼の左右に控えている兵達はめいめいの武器と盾をぶつけ合わせて耳障りな音を鳴り響かせた。
重ねての静まるようにとの声を繰り返し、静まった頃合いを見計らって告げるべき言葉を続けた。
「明朝予定していた行方不明者の捜索隊に選ばれた者をそのまま討伐隊とする。 詰所で準備を整えてもらうが、残留する者達は彼らの各家族へ連絡を行うように」
「 『待ってくれ騎士さま、話がちがう』 『人食い熊なんて冗談じゃねぇ、あんたらだけで喰われて来い』 『うちの村には関係ねぇだ』 『もっと詳しいこと教えてくんろ!』 『せめて夜明けまで待ってくで』 」
村の男達はめいめいに好き勝手なことを並べ立てているが幾人かはじっと何かを堪えた様子であるのを彼は見逃してはいなかった。
「……あっちに娘が嫁いだり、独立した身内が転居先に選んだりした家もあるんじゃないのか?」
彼にそう言われると男たちは痛いところを突かれたようで押し黙る。
そこへ畳みかけるように繋げた言葉は
「だいたいがだ、正面切って戦うのはまずはオレらだ。 お前らは荷物運んだり重いケガを負った奴を礼拝所の神父さんとこ運んだりだとかそういう仕事をな、やってもらおうって寸法よ。 ばったり獲物に出くわしちまったらオレらに知らせに走ればいいんだ。 なっ、気楽にとは言わんが行ったらみんな死ぬみてぇに思う必要はこれっぽっちもねぇから安心してくれ」
押し黙る村人達を見てもうひと押しだなと彼は思った。
「なぁ、この村は近隣で一番最初に出来たんだろ? ……お前ら入植した時に言われなかったか? 向こう二十年間は免租ってな具合に」
「 『んだ』 『それがどした』 」
「そりゃオレが言ったからって必ずしも聞き遂げてもらえる訳じゃねぇが、免租を一年なり二年なり延ばしてもらったり、税の率を少し棒引きしてもらうとかな、……この大事件で被害が出たからって報告を代官にしてもらやぁ、わかるよな?」
武力や権威で頭ごなしに従わせることももちろん可能ではあったが、それは現地に着いてからでも遅くはないし、なによりただでさえ少ない兵士を不満を持った村人の見張りに回さねばならないような状態は避けたかった。
硬軟織り交ぜたと言うよりはむしろ軟に寄った説得に村人達は従ったが、これもまた彼を苦しめる一因となった……
目的地への進路上にあるトゥワロ村で小休止を行った。
そこはシィス村の母村とも言うべき存在で討伐隊への協力はすんなりと得られたが、場合によってはここにまで『怪物』が足を伸ばす恐れもある、いや、既に向かっている途中であるかも知れないので残る村人には厳重な戸締りや、夫や父が討伐隊に加わる家族は残留する家族のもとへ身を寄せ合うなどの対策を講じたようだ。
再度出発した一向は、夜半過ぎにシィス村へと辿り着くのだが、村の入り口に篝火が盛大に焚かれ、それは村の長の住居前も同様であることを入口の見張りから知らされることになる。
討伐隊の到着に安堵した見張りの中には、その場にへたり込んでしまうほどの者すらいた。
一行の中で兵以外の者は村長の住まいなど、広さに余裕のある家々に分かれて休むよう命じたがトゥワロ村からの合流組は寝ずの番の交代員を引き受けた。
彼らが到着する前に起こった出来事の詳細を報告するようヴォルツは問いただしたが、シィス村の人々は口々に興奮した様子でまくしたてるので、時系列順に出来事を把握するのに骨が折れた。
……村長の妻マノンは年長の娘ドロテと息子のエリクを連れ、暮らしの足しにと山菜や木の実を採りに、まだ開発の手が延びていない森の奥へと足を延ばした。
はじめ、それを見つけたのは息子のエリクだった。
" おかあさん、あれなぁに? "と指差した先にはこんもりした黒っぽい山のような固まりがあったという。
マノンはすぐに大声を上げたり走りだしたりするようなことは無く、両手を広げ我が子の前にゆっくりと進み出て己の背後へと隠すように導くと二人の子らに言い聞かせるかのごとく
「目を逸らしてはだめ、ゆっくり……ゆっくりとあとずさって頂戴。 お願いだから、かぁさんの言う通りにね。 帰ったら、蜂蜜塗ったパンを食べようね」
「ねぇ、あれはなんなのー? なぁに? なぁに?」
「お願いだから言う事聞いて頂戴、ね」
「エリク、おかあさんの言う通りになさい、じゃないとあとでねぇさんぶつわよ!」
村長にとって跡継ぎ息子ということで甘やかされてきたエリクは聞き分けが無く、さらにはこの年代特有の好奇心旺盛さが仇となり、彼を見かねて叱ったりぶったりした母親も姉も、その後に上位者である村長に逆に怒鳴られたり折檻されることが繰り返され、すっかり甘く見られていたのも事態の悪化に一役買っていた。
ちっぽけな自己顕示欲、母や姉より自分は上なのだと生意気にも口答えする本人達に思い知らせよう……とでも思ったのであろうか、言われたことの反対を敢えて行ったのだ。
「お前なんかあっちに行けー! クサイんだよ!」
勝ち誇ったような表情を浮かべたエリクは大声で叫び、小枝を拾うとこんもりした黒山……巨大な熊に投げつけ、後ろを振り返ると走りだした。
木の枝をぶつけられた巨大な熊は凄まじい咆哮を上げ、それを耳にしたドロテはあまりの恐ろしさに胸が潰れるかと思った。
咆哮だけに留まらず、脱兎などものともしないような速度で突進した。
エリク目がけて襲い掛かった熊が踏みつけた木の枝は折れ飛び、掠めた破片の一片は彼女の頬を傷つけた。
ちらりとしか目に入らなかったが、熊の身体の至るところには矢が突き立っており、それは左目にも及んでいるのが見てとれた。
次いで、弟の上げた叫び声と泣き声、それを救おうと挑みかかった母の声を彼女は終生忘れ得ないだろう。
それに、自分に逃げろと叫び続けたことも………
ドロテは恐ろしくて逃げた。
母親が自分に逃げろと叫び続けた声はしばらく繰り返されていたが、夢中で逃げているうちにそれもやがて聞こえなくなり、どうやって逃げ続けたのか自分でもわからなくなっているうちに道に迷ったという。
やがて夜になったがあの恐ろしい熊から一刻も早く逃れたいものだから野宿など思いも寄らず、方角もわからないままひたすら歩き続けていた。
翌日の夜明けから間もない頃に偶然、猟師のフレージルに見つけられて彼女は保護されたが、その時には既に父親である村長によって捜索願の陳情は送られていた。
ただ一人戻った娘にひとまずは安堵の声を出した村長だが、妻と幼い息子の行方を問いただしても要領を得ない娘の様子に焦燥感を募らせ、フレージルがその場で止めなければ手ひどい暴力を振るったことであろう。
様子を心配してやってきた村人のおかみさん達はドロテを労り、抱きしめ、落ち着かせると彼女のほうからぽつぽつと状況を語り出した。
村長が強い口調で言葉の途中を遮ったり、当たりもしない先読みで話を先取りして話そうとするたびにおかみさん方は村長の手や時には頬までぴしゃりと叩き、窘めた。
" 母親と幼い弟を置いて一人だけ逃げてくるとは何事だ! " 全てを聞き取ったあと、村長は怒りを露わにしさえしたが、おかみさん達だけでなくフレージル含め居合わせた村民達は彼に呆れ、むしろ、この知らせをもたらした彼女を称賛した。
……村人たちが、" マノンさんは熊を追い払ったけど怪我して動けなくて助けを求めているかもしれない "と言い、決して" 遺体の捜索へ行こう "とは言わなかったのは村長では無くドロテの気持ちを慮ったからであった。
熊と出くわしたおおよその場所はドロテから聞き出すことが出来たので村の男達は総出で森へと出発した……
鉈や薪割り用のマサカリ、それにフレージルの猟弓程度とおそまつな武装であったが、山菜収拾用の小刀くらいしか持ち合わせて居なかったマノンに比べれば状況はマシであろう。
ほどなくドロテ達が巨大な熊と出くわしたあたりに辿り着いた村人達は漂う血なまぐさい匂いに、わずかに信じ込もうとしていた二人の生存を諦めた。
……見つかったのは血まみれになった衣類の切れ端と……背骨やあばら骨とおぼしき骨がいくつか。
それに女性のものと思われる膝から下と思われる脚が二本……
小さな履物が片方、それにずたずたになった血まみれの短衣はエリクの痕跡であろうか。
丁重にそれを回収した村人達であったが、猟師のフレージルはそれを辞めさせようとした。
曰く、熊は自分のモノと思ったものは執念深く取り返そうとするから村へと襲ってくる可能性が高いだろうと。
しかし、埋葬してやらねば浮かばれねぇと言う皆の意見を覆せる訳でなく重い足取りで彼をはじめ村人たちは帰路についたのであった。
フレージルの警告もあったので一計を案じた村長は付近一帯の開拓村の管理を司る役場へと救援を願う使者を送ることに決めた。
駐在する近衛騎士は少なくとも月に二度は巡視に来るなど、前任者に比べて勤勉であり頼りになると思ったからだ。
今朝一番で陳情の使者を送ったせいで馬を送ることは出来ず健脚の者に託そうと支度を整えていると、役場のほうから使者がやってきたことに村長は" こんな早く対応してくれるならきっと力になってくれるであろう "との思いを強くした。
派遣された使者でありヴォルツの部下である兵士から届けられた書状の確認もそこそこに、状況が変わって人食い熊の退治をお願いしたいと涙ながらに訴えた。
自身の妻と息子が食い殺されたという村長の訴えに感じるところのあった兵士は仔細の説明を受けると、" 決して見捨てる訳では無い、それと書状にあった支度を遺漏無く整えるように "との言葉を残して役場へととんぼ帰りするのだが、片道しか歩んでいない自身の馬に比べてシィス村の使いが乗った馬は往復をしているので疲れているだろうということもあり、一人で知らせをもたらすことにした。
それがヴォルツの就寝前に舞い込んだ知らせであったのだ……
後書き
農村と言うと、農家の人の住居に隣接する形で耕作地や家畜の獣舎なんかがあったりするのをドライブ中に見たりします。
一軒の農家さんのお隣さんまではほんと遠いって感じで。
とはいえ、開拓村とかはそういうスタイルの他に、住民はみんな村の中心部に居住エリアを作って半共同生活を送り、そこから同心円状に開墾エリアを広げていくー、みたいなのもどこかで聞いた覚えがあるようなので今回の村々はそういうスタイルで暮らしていると想定しました。
個体差もあるでしょうけれどクマって火はあまり怖がらないみたいですね。 動物=火を恐れると思っていましたが……マジでばったり出くわしたら無理ゲー臭がしますw 木登りもめっちゃ得意なようですし
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