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ファイアーエムブレム~ユグドラル動乱時代に転生~【外伝】

作者:脳貧
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とある騎士の昔語り---その2---

 ユグドラル大陸の西方に広大な国土を領するアグストリア諸国連合。
 十二聖戦士が一人、黒騎士ヘズルが興したと言われるそこは、四つの王国がアグスティ王家を支える形で形成されているという点でグランベルの統治形態に似通っていると言えなくもない。 
 しかし、有史以来この大陸の中心として文明・文化の中心として発展し続けてきたグランベルと異なり、いまだ尚武の気風を色濃く残すこの地に於いては形式の模倣がむしろ内実の未熟さを晒けだす、などと手厳しい評価を下す向きもある。 
 事実、その未分化な社会体制に翻弄される男がいる。
 誰あろう、ヴォルツである。





 たかだか開拓村の為にアグスティ王家の直臣たる近衛騎士が駐在するという意味、それを未だ若い彼は純粋に住民の治安の維持の為であると額面通りに信じて疑いなかった。
 周辺の村落を統括する代官への着任挨拶や自分との交代で退任し、アグスティへと帰還する中年の騎士からの引継ぎを済ませた彼の期待と少しの不安は若干違う意味で裏切られた。
 あまりに平穏過ぎるがゆえに。



 さすがに一日で担当する全ての村を巡ることなど出来ようはずもなく、ローテーションを組んで週に一ないしは三ヵ村の巡視を欠かさない彼は、それでも勤勉であると言われている。
 この日も予定の巡視をこなし、馬屋番に愛馬の世話を一任すると厩舎を後にして、仮の名が付きながらも現実的には本庁舎となっている木造の建築物へと足を向けた。
 この村の誕生とほとんど時を同じくして建設されたそこは、村の歴史を物言わず観察してきた生き証人とでも呼ぶべきであろうか。
 壁面の一部に今だ残る焼け焦げた痕は、かつて山賊の類に焼き討ちされた事件を控えめに主張していた。
 執務室へと足を向け、午前はそこで時間を潰すことになっているが特にやるべきことも無く、無為に時を過ごすばかりであった。
 体のいい飼い殺しのようなものだが、この管区の代官が言うには彼はそれでも恵まれているらしい。
 なぜなら、姿を見るだけで陰鬱な気分になる書記官と四六時中顔を突き合わせねばならない自分に比べたならば、と言うわけなのだが。
 はじめ、直属の兵が数十人……などと言われ期待していたものだが、これは "有事の際は各村から無償で壮丁を相当数徴用し指揮下に置くことが出来る" という但し書きを拡大解釈したもので、実際は庁舎に詰める兵士など両手の指で足りるほどしか居ない状態であった。
 有事に備え農閑期に農夫達を集めて訓練をさせてみたが、整列や点呼、それに集団行動を教え込むくらいが精一杯であったのは、武器を使った稽古で怪我でも負ったら本業に差し障ると口々に訴える彼らの言い分を聞き遂げてしまったからだ。
 万に一つも有事など起こらぬであろうとそれまでの平穏な日々が思わせてしまったこと、それに小規模領主の子弟の出である彼は直営地の賦役に就かされた農民達とのやりとりから生活の実情を知っており、無理強いした結果による生産性の低さを身を以て知っていたこともある。
 これが駐在する兵などおらず、開拓地は開拓者自身が守らねばならぬということであったならば、彼らは率先して有事に備えていたであろう、しかし、中央から派遣された騎士とその兵隊が在しているのだから荒ごとは任せてしまおうと、多少なりとも無責任な心もちであったのは否めない。
 ある意味なれあいとも言えるこの関係であったが、山賊なりその手の武装集団が現れるでもなく、なんら問題が起こりもせず同じような日々を単調に繰り返して行くのみだった。
 そんな退屈な毎日がいつまでも続き、任期を全うすることが出来ていたのならば、彼は近衛騎士の身分を喪うことも無かったのだが……





 幾つもの季節が巡り、あと一年余りで任期が切れようかというある日に事件は起こった。
 一週間ほど前に近隣のブリエンヌ伯爵が催した鹿追いの際に、獲物を追う余りこの開拓村と境を接する山へと勢子達が無断で入り込んでしまい、それを巡視中に見つけてしまうという出来事があったのだが、それを無かったことにして欲しいと使者が訪れたのだ。
 このいくつかの開拓村をはじめとしたアグスティ王家直轄地と領域の近い領主達とは川や山などの自然を目印に境界としており、このような事が起こらぬ限りは互いに立ち入らない不文律となっていた。
 折悪く、前日に山菜採りへと森に入った村人が今日になっても戻らないので捜索して欲しいと陳情が届いており、それへの対処を優先しなければならない時にそれである。
 今日も異常無しで日報を書き終えたい代官はその申し出を受け入れることに前向きであったが、ヴォルツは記録すべきであるとして軽く言い合いになってしまい、結局は責任者である代官の顔を立て、受け入れた。
 それというのも行方不明者の捜索への指揮を執らねばならないということに気持ちが向かっており、侵犯問題に関してはそもそも自分では無く代官が方針を決定し、自分はそれを執行する立場にあるのだと突き放した見方をしていたせいでもある。
 ……この時、村人を救わねばならないという気持ちよりもむしろ、赴任以来はじめて大勢の部下を指揮するという事態に心が躍るくらいの気持ちに彼は至っていた。
 各村に兵を伝令として送り、そのまま名主や村長のもとに宿泊させ、翌日の早朝から捜索活動を行うので送った兵の指示に従うようにと書状をしたためる。
 兵達には各村の男手、特に猟師や樵などを間違いなく協力させるようにと命令を与え、装備を整えさせると送り出し、それに加え行方不明者を出した村に対して、救助後の遭難者をはじめ捜索隊への食事の用意、そして捜索が一日で済まなかった場合に備えて宿泊所の提供を命じる命令書を別に作成する必要があった。




 陽光に当たれば輝きが反射する剣と甲冑、盾にはへこみの一つも無いのは日頃持て余した時間を手入れに注ぎ込んでいるからだ。
 彼が故郷から王都へ上った時に着用していた鎧とは異なり、叙任された時に貸与されたもので、不思議と彼の寸法と一致していたが赴任してからというもの着る機会は滅多にない。
 野外活動の多いこともあり甲冑は動きにくいからだ。
 それゆえ自前の鎖帷子と皮革をベースにした部分鎧の組み合わせである事が多く、今回の出撃もそれで済ます予定ではあるが、やはり甲冑には特別な思い入れがあるだけに手入れを怠る訳には行かないのだ。
 鞘に納めた長剣はその前に丹念に布で磨かれ、納まる際に鳴らした小気味よい音を楽しめたのは眠ろうとしている彼のみであった。
 いまだ妻帯していない彼であったが、女っ気が全く無いかと言えばそうでは無く、各村で歓待を受ける場合にいい目に遭うこともままある。
 だが、仮に今日そういう相手が居たとして任務を目の前に控えていたが為に自重する程度の節度は持ち合わせていたであろう。
 寝酒すら控えて寝台に横になった彼は不思議と目が冴え、仕方ないとばかりに酒瓶に手を出そうとしたところ予想だにしない知らせを受けた。
 


 行方不明者を出したシィス村に巨大な怪物、おそらく大熊が現れたと……
 



 
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