真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第120話 洛陽でのある一日
協との面会を終えた私は冀州に戻る準備と都でやっておくべき執務の整理を行なっていました。
何となく後ろ髪引かれる想いを抱きながら冀州に下向することになりそうです。
協を護るために私は洛陽に残るべきでないかと考える度に「天下平定」を胸に刻み自分に言い聞かせいます。
私の家臣を協の元に残すことも考えましたが、いずれ洛陽を掌中にする董卓、いえ賈詡に利用される可能性を考えると二の足を踏みました。
もう私は幼少の頃のように気ままに行動できた時とは違います。
私の肩には私に従う将兵、その家族、領民の命と生活がかかっています。
絶対に負ける訳にはいきません。
戦を起こす以上、必ず勝利しなくてはいけません。
敗北、それは私の命だけでなく、私に従った者達の全てが奪われるということです。
だからこそ、絶対に勝利しなくてはいけません。
「正宗様、冀州より報告がございました」
戸口より揚羽の声が聞こえました。
「入れ」
私は入室の許可を出すと揚羽と冥琳が部屋の中に入ってきました。
揚羽と冥琳が一緒に来るとは何事でしょう。
重要な案件であることは間違い無いです。
「報告の内容は?」
「朱里殿と稟より文がございました」
揚羽は私に二通の文を手渡し、私をそれを受け取ると文に目を通しました。
朱里からの文には彼女に頼んでおいた白蓮の元に送る文官達の件について書いてありました。
朱里は私の封地である清河国に馬良、馬謖を招き、白蓮の元に送る算段をまとめたとのことですが、白蓮より受け入れを拒否されたとのことです。
白蓮の対応は予想ができていました。
ここまであからさまに拒否されると白蓮との関係修復は容易でないと感じました。
文の中で朱里は馬良、馬謖の扱いを私に相談し、このまま清河国に留め置き私の家臣することを勧めていました。
稟からの文には公孫度が首尾よく蘇僕延を討ち取ったようで公孫度が約束の遼東郡大守の地位を求めているそうです。
報告のために帰還した公孫度、監視役の泉(満寵)と無臣氐(瑛千)は蘇僕延の塩漬けの首を持参してきたとのことです。
公孫度には遼東郡大守の官職を約束していたので奏上しておきましょう。
彼女とは遼東郡が安定したら硫黄と鉄の交易を勧めましょう。
鉄は幽州漁陽郡からも調達できますが、劉虞が幽州牧になると漁陽郡の鉄の専売を独占するはずなので別ルートを開拓する必要があります。
鉄などの鉱物が豊富に産出する益州の牧に任じられた劉焉が羨ましいです。
でも、益州は篭るには最善の地ですが、外征には不向きなことを考えると冀州牧で良かったと思います。
「正宗様、内容は何と書いてあるのですか?」
揚羽が私の文の内容を聞いてきたので揚羽に読んだ文を手渡しました。
「公孫度が蘇僕延を討ち取ったそうだ。それと白蓮が私が融通した文官を受けれ拒否してきたらしい」
私の言葉に反応することなく揚羽は文を読み進めていました。
冥琳も動じていません。
彼女達の中では白蓮の態度は折り込み済みのようです。
私ですら予想していたのですから、彼女達が予想できないはずがないです。
揚羽は文を読み終わると冥琳にそれを渡し、冥琳は受け取った文に目を通し始めました。
「公孫度の遼東郡大守任官は約束したことだ。都を立つ前に奏上しておく。白蓮の元に送る予定だった文官は私の配下にすることにする。これから文官は幾らいても足りなくなるだろうからな」
私は冥琳が文を読み終わるのを待ち口を開きました。
「はい、異論ございません」
「私もありません。文武官の数はもっと増やすべきと思っていました」
揚羽と冥琳は口を揃えて返事をしました。
「しかし、白蓮殿は鈴を付けて置くべきかと思います」
「白蓮を信用できないか?」
「白蓮殿が正宗様の申し出を拒否した理由は烏桓族の仕置の甘さに不満があるからです。心に痼りのある者が一人の庶民であれば気にすることはないでしょうが、一郡の大守となれば話は変わります。正宗様に対する痼りを他の諸候に利用され、正宗様に弓を引く可能性がある以上、用心にこしたことはありません」
冥琳は懸念を示す表情で私に言いました。
「公孫賛の鈴役は劉虞にお任せすればよろしいでしょう」
「劉虞ですか。都暮らしの長い彼の御方が白、いえ公孫賛の抑えになるでしょうか?」
「劉虞は優秀な政治家です。前線で戦う武官の怒りを逆撫するほどに」
揚羽は白蓮のことを公孫賛と呼び捨てにし冥琳の発言に対する案を出しました。
揚羽の中では白蓮は既に敵ということでしょう。
敵と確定したわけでないですが、このまま突き進めば衝突することは目に見えています。
劉虞が幽州牧として幽州入りとなれば火に油を注ぎ込む結果になると思います。
私が白蓮と距離を置くことで事態の悪化は一時的にですが収まっていますが劉虞が幽州牧として動けば、その状態も崩壊するでしょう。
「正宗様は劉虞と面識がおありですか?」
冥琳が私に質問をしてきました。
「ああ、ある。立ち話をした程度だがな」
「どのような人物だったのですか」
「温和で血生臭いこととは縁遠い人物と感じた。あの様子では人を斬ったこともないだろう。私の見立ては猫を被っていなければの話だが、多分間違っていないだろう」
「ほう。正宗様、その根拠をお聞かせくださいますか?」
揚羽と冥琳が興味深そうに尋ねてきました。
「血の臭いがしなかった。人を多く斬った者は血を幾ら洗い流そうと雰囲気でわかる」
「含蓄のある回答ですね」
「揚羽殿のお考え正宗様の言葉で合点がいきました。劉虞は異民族への処置への考え方は正宗様と同じということですね」
「ええ。それに劉虞は正宗様の幽州への介入を嫌い、異民族の問題で悪戯に領内の政情不安に繋がることはしないでしょう。劉虞が暗愚であれば公孫賛にも目があったでしょうが、生憎と劉虞は中央で海千山千の妖怪の中で地位を護ったきた人間です。公孫賛では劉虞を転がすことは適いますまい」
劉虞は皇帝の座を狙える程の血筋でありながら皇帝の位に目を向けていません。
皇帝の座を狙えば血なまぐさい政争に明け暮れる羽目になります。
劉虞は血筋が名門中の名門であることもあり、危険な政争に身を投じずとも野心を強く表に出さない限り安定した地位を維持できると思います。
また、特定の勢力と緊密になることなく、どの勢力とも一定の距離を保っていたことも彼女の地位維持に繋がったのだと思います。
その手腕から見て沈着冷静かつ知恵の回る人物だと思います。
政治におけるバランス感覚が抜群の劉虞が異民族の積極的な討伐に積極的に行なうとは思えません。
異民族の討伐は相手を簡単に皆殺しに出来るものでは有りません。
異民族の戦闘は機動力を重視した戦法です。
彼らは旗色が悪くなれば蜘蛛の子を散らすように逃げて行き、機会を見てまた襲撃してきます。
異民族との対立は必ず領内の荒廃を招きます。
農民に兵と食料を差し出させ異民族を討伐した結果、その村々を復讐に燃える異民族が襲撃します。
多くの民が飢え、多くの民が死ねば土地は荒れ賊が蔓延ることになります。
最終的には治安が最悪の状態になり民は流民として他州に逃げていくことになります。
現状、私の幽州介入により彼の地は政情は安定しています。
劉虞がわざわざかき回して被害を大きくする愚策を選択するとは思えません。
「確かに劉虞なら公孫賛の抑えにはなるな。公孫度にも公孫賛の抑えとして頑張ってもらおう。当面は幽州から距離を置くとしよう。冥琳、青州への工作はどうなんだ?」
「三姉妹のお陰で重畳です。青州の黄巾賊のうち三割が正宗様に恭順の意思を示しております。兵数して一万五千」
「黄巾賊の要求は何だ?」
「生活のために田畑を与えて欲しいとのことです。また、生活が安定するまで農機具や食料の支援をして欲しいとのことです」
「いいだろう。とりあえず冀州へ移民するように伝えてくれ。それと彼らの冀州までの道中に必要な糧食も工面するように」
「はい、そのように取りはからいます」
今日やる仕事にだいたい目処が経つと、ふと協のことを思い出しました。
協と会って帰宅してから現在まで揚羽は協の件を何も聞いてきませんでした。
揚羽の態度が凄く気になっています。
いつもの揚羽なら「どうでしたか?」と聞いてきそうな気がするのですが何もありません。
「揚羽、協皇子の件について何も聞かないのだな」
「正宗様のご様子を見る限り首尾は上々でないかと思いました。協皇子が正宗様とお二人で話を望まれたのであれば、正宗様にのみ打ち明けたい話だったのだと思います。それを根掘り葉掘り聞くのは無粋でございませんか? 冥琳殿もそう思われるでしょ?」
揚羽は私を意味深な笑みを浮かべました。
冥琳は揚羽に突然話を振られ、一瞬困惑した表情をしました。
「そうですね・・・・・・。妻とはいえ口にすべきことではないと思います」
冥琳も真面目な表情で応えました。
協との会話の内容は二人に聞かれて困る内容でありませんが、協が私と本音で語り会いたいと思って私を呼び寄せたのであれば第三者に話すべきでないでしょう。
揚羽に協の件で確認したいことがありました。
「揚羽、お前は協皇子をどうしようと思っている」
「正宗様はどうお考えなのでしょう」
揚羽は私を真剣な表情で見つめました。
「質問に質問で返すな。まあいい。私は協皇子をお護りするつもりだ」
揚羽と冥琳の表情が微かに剣呑になりましたが、彼女達は黙っていました。
「お護りするとは漢臣としてお支えするという意味ではない。後漢の歴史に幕を下ろし、新たな世を私が造るつもりだ。協皇子にも私が造る世の住人になっていただく」
「住人ですか・・・・・・」
「正宗様、そのお考えが上手くいくかは協皇子次第かと思います」
揚羽と冥琳は私の言葉に安堵していましたが、揚羽は言葉少なく微妙な表情をし、冥琳は自分の考えを私に言いました。
「二人は私の考えに不服か?」
「いいえ、不服はありません。状況的に協皇子を抹殺するには難しい条件を満たす必要があります。しかし、その条件を満たすことは困難と言わざるを得ません。目下の課題は幽州の火種を消すことですが早々に火消しはできないでしょう」
「私も不服はありません。ただ協皇子次第です。協皇子に禅譲を迫るのは慎重に慎重を期す必要があります。一つ間違えば逆賊として大陸全土の諸候を敵に回すことになります」
「揚羽、難しい条件とは何か聞かせてくれるか?」
「協皇子を抹殺する道を選ぶのであれば、我らは協皇子が皇帝に即位すると同時に反旗を翻す必要がありますが、我らの現状の勢力で大陸の全諸候を相手にするだけの力はございません。だから、不可能と言いました」
「では私の選ぶ道はどうするべきと考える」
「まずは朝廷の権威を失墜させる必要があります。そのためには反董卓連合を起こし洛陽に諸候の軍を雪崩込ませる必要があります。皇帝のお膝元である洛陽に諸候の軍が勅なしに雪崩れ込んだ事実だけで皇帝の権威は地に落ちます。後は権威の失墜した皇帝陛下を御輿として担ぎ、折を見て皇帝陛下に禅譲を迫りご退位願います。劉氏であり、前漢の皇族であり、斉王の末裔であられる正宗ならば禅譲を円滑に行なうことができます。そのために十三州を平定し正宗様に天意ありと示す必要がございます」
皇帝殺しより禅譲が現実的だと思います。
私も協を手にかける気持ちは更々ありませんし禅譲しかないでしょう。
禅譲は伝説の中でのみ語られている政権移譲の方法です。
現実の禅譲は禅譲とは名ばかりの簒奪による政権移譲です。
理想は所詮理想ということです。
私が協に禅譲を迫る時も形式はどうあれ簒奪の形になると思います。
私は惨いことをしようとしているのかもしれません。
ですが、腐敗しきった後漢を再建することはどう考えても無理です。
やるしかありません。
「正宗様、焦る必要はありませんが覚悟はなさっていてください。協皇子を害すつもりはありませんが、状況が許さない場合あります」
揚羽は私を厳しい表情で見つめていました。
「正宗様の想いは承知しました。協皇子をお護りしたいのであれば、反董卓連合時には誰よりも早く我らが協皇子を確保せねばなりません」
「反董卓連合は起こるのであろうか?」
「起こらないのであれば無理矢理にでも起こしてみせます。どのみち何進様が倒れ、宦官が皆殺しにされれば、都の政は立ち行かなくなります。誰かが都を仕切らねばならず、誰かは皇帝陛下がお選びになりましょう」
「私が選ばれる可能性はあるのか?」
「正宗様は協皇子があなた様をお選びになると思われるのですか?」
「多分、ない」
協との会話では確かに私を側近として置きたい気持ちがあったと感じられましたが、私との会話の中で協は私を側近しないと決めた感じがしました。
だから、協は私に「今日のように、また語らう日が来るだろうか?」と聞いたのだと思います。
あれが彼女の私への返事だと思います。
私は協との約束を守るためにもう一度再開する必要があります。
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