| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ワルキューレ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三幕その八


第三幕その八

「それが私の目と耳に届き」
 その言葉は続く。
「胸は痛み聖なるおののきを感じたのです」
「それで裏切ったのか」
「裏切ったのではありません」
 それも否定するブリュンヒルテだった。
「私は彼のために。ジークムントと運命を共にすることこそが」
「御前の運命だというのだな」
「そう感じました。そのことを私に教えた人」
 ブリュンヒルテは言う。
「ヴェルズングと私を合わせたその愛」
「愛か」
「この人の真心に忠実でありたいと」
 彼女は言った。
「私は貴方の命を拒んだのです」
「わしがやりたいことをやったというのか」
 ヴォータンの目が鋭くなる。
「予測する事態がわしにそれをさせまいとしたことを」
 言葉を続けていく。
「燃えるような痛みが我が心を打ち砕き厭うべき苦しみがわしに憤怒を湧かせる時」
「その時は」
「喜びがそう容易くわしの心に起こると思うのか」
 こうブリュンヒルテに問うのだった。
「ある別の世界の為に苦痛にあえぐ心の中で愛の泉は一つの世界を救う為に塞がれているのだ」
「一つの世界を」
「己に逆らい傷つけ振り向きそのうえで無力を自覚する苦痛」
 彼は言うのであった。
「怒りに燃えて立ち上がった時焦土の希望の荒れ狂う欲望が」
「御父様御自身を」
「そうだ。わしの心を激しく駆り立て」
 こう述べていく。
「自分自身の世界の瓦礫の中で我が永遠の苦しみを終わらせようとしたのだ」
「そうだったのですか」
「だが御前は」
 ここまで話したうえでブリュンヒルテに告げた。
「甘美な喜びに浸り快い感動に陶然と身を委ね」
「私がそれに」
「微笑みつつ愛の美酒を飲み干したのだ」
「美酒をですか」
「わしが苛むばかりの苦渋を神の苦しみとして飲まなければならない時に」
 じっと娘を見続けての言葉だった。
「御前の軽はずみな心を御前自身が導くのだ。しかし」
「しかし?」
「御前はわしから離れた」
 また娘に告げたのだった。
「わしは御前を避けなければならん。これから永遠にだ」
「永遠に。しかし」
「しかし?」
「私は確かに貴方を理解しませんでした」
 そこまで深くはということだった。今の言葉は。
「私自身の忠告が唯一のことを告げたのです」
「唯一のだと」
「そうです。貴方が愛したものを愛せと」
 じっとヴォータンを見続けている。
「私が貴方の前から去りそのうえで貴方自身の半身を御自身で離されるのなら」
「わし自身の半身を」
「かつて彼女の全てが貴方のものであったことを忘れないで下さい」
「・・・・・・・・・」
「永遠に貴方の一部であるもの、その貴方の名誉を汚したこの女を」
 沈黙するヴォータンにさらに語る。
「私を貶めないで欲しいのです」
「だが御前は喜んで愛の力に従った」
 ヴォータンはここでも己の真意を隠していた。ここでもだった。
「御前が愛さねばならぬ者に従えばいい」
「私自身が」
「そうだ」
「では私はどういった者に」
「御前が選ぶ権利はない」
 今は突き放してみせたのだった。
「全くな」
「ですが貴方は」
 必死の顔で娘に告げる父だった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧