ワルキューレ
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第三幕その九
第三幕その九
「高貴な一族を作られました」
「ヴェルズングのことか」
「そうです、あの一族からは臆病者は出ません」
そのことは彼女もヴォータンもよく知っていたのだった。
「ジークムントもヴェルズングから出たではありませんか」
「あの一族のことは話すな」
だがヴォータンはまた彼女の言葉を拒んだのだった。
「御前から去ったわしはあの一族からも去るのだ」
「ヴェルズングからも」
「そうだ。そして」
言葉に微かに忌々しげなものが宿った。
「あの一族は最早滅びるしかないのだ」
「いえ」
しかしそれでも。ブリュンヒルテは首を横に振るのだった。
「貴方から引き裂かれたその人こそがです」
「何だ!?」
「一族を助けたのです」
「ジークリンデがか」
「そうです。あの人は今英雄を宿しています」
ヴォータンに必死の顔で告げる。
「あの人は如何なる女性も感じたことはない程苦しみ嘆きつつ」
その顔で父に告げていく。
「その宿している子を産むでしょう」
「その女の保護をわしに求めるのか」
「いいえ」
それは否定するブリュンヒルテだった。
「貴方がジークムントの為に作ったあの剣」
「ノートゥングか」
「そうです」
まさにそれだというのだ。
「彼女はそれを持っています」
「わしはあの剣を折った」
他ならぬ自分自身がしたことだ。
「わしは己の決意を変えない。御前の上に架かるその運命を受けよ」
「私に」
「わしにそれを選ぶことができない」
言葉が次第に苦いものになっていく。
「わしから離れた女から離れるのだ。そしてわしは」
「御父様は」
「その女の望むことを知ってはならぬのだ。ただ罰せられるところだけを見るだけだ」
「では私に対して何を」
「御前を深い眠りに閉じ込める」
このことを告げるのだった。
「護りなき女を目覚めさせた男がだ」
「その男だ」
「そうだ、御前を妻とするのだ」
「それならせめて」
ビリュンヒルテはまた必死にヴォータンに告げた。
「ただ一つ御聞き下さい」
「何をダ」
「眠るその私をです」
自分自身のことを指し示しての言葉だ。
「何人も恐れさせるもので御護り下さい」
「何人もか」
「そうです。それで」
護って欲しいというのである。
「恐れを知らず最も自由な英雄だけが」
「御前を妻とするのだな」
「この岩山に私を見出せるように」
右手を己の胸にやっての言葉である。
「どうかそれだけを」
「せよというのかわしに」
「それだけは。どうか御願いします」
その時だった。ヴォータンの目に何かが見えた。だがそれはブリュンヒルテには見えなかった。しかしここで彼は言うのだった。
「今思い出したが」
「何をですか?」
「ローゲは御前と親しかったな」
「ローゲ様ですか」
「確かそうだったな」
このことをブリュンヒルテに問うてきたのだ。
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