ワルキューレ
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第三幕その六
第三幕その六
「その様なことを言う筈ではないな」
「ですが」
「どうかここは」
「ブリュンヒルテは神の命に逆らった」
だがヴォータンの言葉は変わらない。
「このわしのだ。その罪は逃れられないのだ」
「ですが御父様の娘です」
「私達と同じ」
「だからこそだ」
だからだとも言うヴォータンだった。
「許されることではないのだ。出て来るのだ」
「それでも」
「敢えて」
「出て来るのだ」
ヴォータンの言葉は有無を言わせぬものだった。
「ここにな。出て来るのだ」
「わかりました」
それに応えてだった。ワルキューレの中から声がした。
「それでは。私は」
「駄目よ!」
「出てはいけないわ!」
ワルキューレ達は自分の輪の中に顔を向けて叫んだ。
「今出て来ては貴女は!」
「それでもう」
「いえ、私は逃げないと決めたから」
先程ジークリンデに告げた言葉そのものだった。
「だから。もう」
「そんな・・・・・・」
「それじゃあもう」
「これで宜しいのですね」
ブリュンヒルテは父と対した。嘆く姉妹達を後ろにして。
「御父様」
「御前の罪を償わせる」
ヴォータンは厳かな声でそのブリュンヒルテに告げたのだった。
「いいな」
「私の積荷対してですね」
「わしに逆らいあの男を守り」
そのことに他ならなかった。
「そして運命を運ぶのではなく」
「はい」
「運命を選んだ」
このことも言うのだった。
「御前自身が英雄を鼓舞した。既に御前はワルキューレではないのだ」
「ワルキューレではない」
「そうだ。最早ヴァルハラの使いではない」
そうだというのである。
「御前はもうな」
「そんな、ずっと九人だったのに」
「私達は九人なのに」
ワルキューレ達にとってそれは受け入れられないことだった。ヴォータンがブリュンヒルテに告げた宣告にただおろおろするばかりだった。
「それでこんな」
「何と恐ろしいこと」
「私は神ではなくなる」
「そうだ」
またブリュンヒルテに告げるヴォータンだった。
「その通りだ。いいな」
「神ではなくなる。私が」
「あの岩山の上にだ」
東のさらに彼方にあると奥の岩山を右手の槍で指し示した。
「あの上に御前を呪縛する」
「あの岩山に私を」
「そこで人の男に御前を授けることになる」
「そんな、ブリュンヒルテが人のものになるなんて」
「何て恐ろしいこと」
このこともまたワルキューレ達にはとてつもなく恐ろしいことだった。何故なら彼女達もまた神に他ならない存在であるからだ。人ではないのだ。
「その様な恐ろしいことを」
「されるというのですか」
「これが報いだ」
しかしヴォータンは彼女達に対しても返す。
「この娘へのな」
「神でなくなるだけでなく」
「人のものになることが」
「わかったなら去れ」
そして八人の娘達に対して告げたのだった。
「去れ。この場からな」
「去れと」
「ブリュンヒルテの前から」
「そうだ」
まさしくそれだというのである。
「御前達は去れ。いいな」
「ブリュンヒルテ・・・・・・」
「もう私達は」
「ええ」
お互いに向かい合い泣き濡れていた。
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