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ヴァレンタインから一週間

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第19話 有希の初陣

 
前書き
 第19話を更新します。

 次の更新は、
 5月28日。『蒼き夢の果てに』第62話。
 タイトルは、『海軍食の基本と言えば?』です。

 その次の更新は、
 6月1日。『私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?』第5話。
 タイトルは、『待って居たのはイケメン青年ですよ?』です。
 

 
 月齢にして四以下。見た目からすると、三日月ドコロか氷空(そら)に浮かぶ紅い弓、……と言うべき紅き月(つき)と、満面の笑みを地上へと放つ蒼き月。
 煌々と。ただ、煌々と闇色に染まった地上を照らす。

 いや、違うな。重力()の底から遙か頭上を仰ぎ視ながら、俺はこう感じたのだ。
 そう。あの蒼い月は、まるでこの俺が暮らして居る地球その物の姿のようだと。

 あの、俺にしか……。いや、おそらく、能力者にしか見えていないあの幻の月の正体は、もしかすると、位相をずらした異世界の地球の姿を……。

 其処まで考えを纏め掛けた俺と、俺の右横に立つ人工生命体の少女の二人を、この季節の夜に相応しい冷気を伴った風が吹き付ける。その冷たい風(かぜ)がすっかり冬枯れの状態と成った数本の広葉樹を凍えさせ、そして、現在の時間帯故に、誰も乗って揺らす事のないブランコを微かに振るわせた。
 そう。ここは西宮市内に有る、とある児童公園の入り口。

 其処から、公園の中心に存在する街灯の明かりが支配する地点まで進んだ後、少し顧みて共に歩みを進めて来た少女の姿を自らの瞳に映した。

 但し、この作業は別に必要だから行った訳などではなく、紅と蒼。二人の女神()が放つ自然の光と、街灯が造り上げた人工的な青白い光が造り出した世界の中心で立ち尽くす少女。その彼女が発する独特のペシミズムと言うべき物が、真冬の夜の静寂(しじま)の中で、一種、独特の世界を構築しているようで……。
 ただ、その姿を自らの瞳に宿して置きたかっただけ、なのですが。

 珍しく、俺の方から彼女を見つめて居る事に気付いた有希が、真っ直ぐに、俺の瞳を覗き返して来た。彼女が発して居るのは、少しの疑問。
 確かに、意味もなく彼女を見つめた事は、あまり有りませんか。

「有希、寒くはないか?」

 少し、取って付けたような雰囲気と成ったのですが、照れ隠しと、そして、同時に確認の意味も込めて、そう問い掛けてみる俺。
 その俺の問いに対して、首をゆっくりと二度横に振り、否定の答えと為す有希。
 そして、

「問題ない」

 ……と、短く簡潔に答えた。
 尚、当然のように、彼女と俺自身に関しては、現在、紅玉に封じられ、起動状態と成って居る炎の精霊サラマンダーの術の効果範囲内に存在して居るはずですから、冬の寒さからは完全に守られているはずなのですがね。

 有希の答えに、ワザとらしく首肯いて答える俺。まして、彼女と世界の有様を俺の記憶に残す作業は既に完了しています。
 それならば、

「次は、この公園の中に配置されている結界材に、俺の霊気を籠めて待機状態にするから、やり方を見て置いてくれるか?」

 ……と問い掛けた。
 尚、元々、その目的で、夜の西宮の街を歩んで来た訳ですから、有希がこの問い掛けを否定する訳は有りません。
 案の定、普段通りの透明な表情で俺を見つめたまま、彼女は微かに首肯いた。

 彼女が首肯く様を最後まで確認した後、探知用の霊気を周囲へと放つ俺。

 そして、次の瞬間、在る方向に歩み始める俺。その場所。公園内に植えられて居る落葉広葉樹としては、ごく有りふれた種類の桜の樹木()の下に存在する少し大きめの石。
 その存在の大半を土に埋められたと思しき石の傍らに立ち、そして、その石に対して僅かに手をかざし、最後の確認を行って見る。

 ……反応有り。この石に間違いなし。

「これが、水晶宮の方で用意してくれた結界材と言う事。これに、俺の霊気を籠めてから待機状態にして、実際のラゴウ星との戦闘開始直前に起動させて、ヤツの能力をダウンさせる晴明桔梗結界と為す」

 そして、もしも、俺が時間までにラゴウ星を封じる事が出来なければ、この晴明桔梗は俺ごとラゴウ星を異世界へと封じる為の異世界へのゲートとする為の物でも有ります。
 流石に、失敗しました。……の一言で終わらせる訳には行かない事件ですから。

 羅睺(ラゴウ)悪大星君が顕現する、などと言う異常事態は。

 有希が俺の顔を見つめてから、微かに首肯いて魅せる。もっとも、この首肯きの意味は、良く判らないのですが。
 ただ、何か……。決意に似た何かを秘めた強い気を以て首肯いた。そのような、感覚が発せられた事は間違い有りませんでしたが。



「我、陣の理を知り、大地に砦を画く」

 口訣を唱え、導印を結ぶ。
 そして、結界材に籠められて行く俺の霊力。流石に、水晶宮が用意した結界材。ここまで大きな霊力を注ぎ込むには、俺では貴石。つまり、かなり価値の高い宝石の類を準備する必要が有ったのですが、それは流石に勿体ないですから。

 宝石には宝石に。貴金属には貴金属に相応しい使い方、と言う物が有ります。

 刹那、ある一定以上の霊力が籠められた結界材から、ゆっくりと立ち昇り始める蒼白い光輝にも似た霊気。

 そう。もしもこの瞬間、在る一定以上の見鬼の素質の有る人間が俺の行為を見ていた場合、ゆっくりと波紋を広げて行くかのように周囲にその領域を広げて行く俺の霊気と、その質を示す蒼白き輝きを目に出来たかも知れない。
 そして、ある一定以上の霊気が籠められた瞬間、大きな霊気の柱にも似た光輝を一瞬発して、その後、結界材は元のただの少し大きめの石へと戻って居た。

「これで――――――」

 振り返った俺が、これで、ひとつ目の結界石の配置が完了、そう、有希に対して伝えようとした刹那。
 彼女。有希と視線を交わらせる事もなく、在らぬ方向に視線を彷徨わせる俺。
 そして、眉根を寄せて、同じ方向に視線を向ける彼女。

 これは――――。

「距離は近いな」

 俺が、やや意味不明の問い掛けを有希に対して行う。
 その問いに対して、無言で首肯く有希。その表情は普段通り。
 但し、僅かな緊張と、そして、先ほど彼女から感じる事が出来た決意にも似た何かを再び、感じる事が出来た。

 それならば、

「有希、持ち上げるで」

 俺の問い掛けに、少し意味不明と言う気を発する有希。
 しかし、それも一瞬の事。そのすぐ後に、俺の事を信用したのか、それとも、それ以外の理由かは判りませんが微かに首肯く有希。

 その仕草を瞳に納めた後、彼女を抱き寄せ――――――。

 正に、跳ぶような勢いで、戦いの気が発せられた個所へと向かったのでした。


☆★☆★☆


 紅い弓の如き三日月と、蒼き満月が支配する世界に、まるで墓標の如き寡黙さで立ち並ぶ家、家、家。
 しかし、既に異界化した世界ではそれもまた真実。立ち並ぶ建物すべてが、妙に現実感の薄い……。まるで、テレビの向こう側に映る映像を見ているような。いや、分厚いガラスと冷たい海水の向こう側を覗き込む水族館の中の景色を見ているような。そこは、そのような気さえして来る世界で有ったのだ。

 空に浮かぶ二人の女神。そして、頭上を覆う闇色の天蓋はそのままに、家屋も、樹木も、そして、道路標識さえも。そのすべてが、現実とは少し位相をずらした存在と成り、
 そして、俺と有希以外に動くモノが一切存在しない空間へと移り変わっていた。

 そう、これは単純に動く者や、動く物が見えていない、と言う訳では無い。正に、写真の中の風景。街路樹の葉が、氷空に浮かぶ雲が、そして、風すらも動かない。
 此の世とは違う理が支配する、あちら側の世界。

 その、無と静寂が支配する…………。
 ……………………。
 ………………。

 いや、違う。其処には確かに、動くモノが存在していた。

 有希を抱き上げ、異界化した空間に突入した瞬間に襲い掛かって来る何モノか。
 自在に宙を舞い、在らぬ角度から、遙か頭上から、地を這うように、大地を走る俺に目がけて殺到するおぞましき髑髏(ドクロ)の群れ。

 しかし! そう、しかし! 

 上空から急降下気味に接近して俺達を襲おうとしたその髑髏の群れの目前に、突如、発生した目に見えない何かに因って阻まれて仕舞う異世界の生命体の攻撃。

 そう、それは正しく不可視の壁。おそらく防御用の結界術の類。……ただ、魔法回路が宙に浮かばなかった以上、これは俺が施した神明帰鏡符に因る反射ではなく、俺の腕の中に存在する少女の能力に因る物。

 しかし、その不可視の壁に攻撃を完全に阻止された瞬間、表情を持たないはずの髑髏と、俺の視線を合わさった。
 その瞬間。髑髏から感じた物は、がらんとした空洞のみの眼窩から覗いた虚ろな死相と、その中にチロチロと燃える、隠し様のない恨みの炎。
 そして、生ある者を、己と同じ境遇へと落とそうとする執念。

 俺の経験から言えるのは、この類のヤツラに軽く触られるだけでも、霊的な防御力のない人間には、それなりの生気を持って行かれる可能性も有る相手だと言う事ですか。
 だとすると、奴等の正体は、

「あいつらは物質化しているように見えるけど、実際は霊体。おそらく、幽鬼に属する存在たち」

 怨嗟の声を上げ、生命力そのものを奪い去るが如き魔力を籠めて、俺と有希から一度、遙か上空へと遠ざかる髑髏の群れを瞳のみで制しながら、腕の中の少女に話し掛ける俺。
 刹那、大きな哄笑の形に口を開いた髑髏の群れが、カタカタと……。カタカタと骨を鳴らして、再び俺と有希の元に殺到しようと試みる。

「故に、物理的な攻撃は、殆んど意味を為さない」

 そう有希に伝えた瞬間、俺の周囲に複数のこぶし大の光る玉が浮かび上がった。その、蒼白き光を放つ……数十の雷の玉は、互いに激しい放電を行い、その中心に居る俺と、有希の姿を昏き世界の中で明るく浮かび上がらせる。

 そして、次の刹那。

 周囲。有希の視線の高さから、そして、俺の頭上に向かって。丁度、俺たち二人を中心にして、半球上に外に向かって放たれる雷の玉。

「ただ、五行に属する攻撃は普通に通用する可能性が高い」

 四方八方から、俺と有希の生気を求めて襲い掛かって来る雲霞の如き髑髏の群れを、その雷の玉が迎撃を行う!
 そう。宙を舞う怨恨の昏き炎を纏いし髑髏たちに対して、龍の放つ紫電の一閃が迎え撃ったのだ。

 そして、響く轟音と閃光。

 聞こえないはずの声なき声が大気を裂いて響き、一瞬にして、数十体の宙を舞う髑髏を、本来、彼らが有るべき世界へと送り返した俺。
 そうして、

「有希に、攻撃の部分を任せる事は出来るか?」

 ……と、緊張した雰囲気も感じさせず、自らの腕の中に存在する少女に問い掛ける。
 そう。この程度の事は日常茶飯事。今、目の前を昏き怨恨の焔を纏い、宙空から歯列をむき出しにして俺と有希の二人を虚ろな眼窩で見つめる低級な幽鬼程度ならば、有希を腕の中に納めたままでも、俺一人で十分に相手をして行けます。

 但し、もしも、先ほど俺が感じた有希の決意にも似た雰囲気が、俺に着いてラゴウ星との戦いの場に赴く為の決意ならば、この程度の相手を一瞬で退魔出来る能力がなければ、とてもでは有りませんが、彼女を死地へと連れて行く事は不可能。
 物理的な手段以外でしか倒す事が出来ない相手。その相手を攻撃する手段が、この人工生命体の少女に存在するのか。その事を知るには絶好の相手だと思いますから。

 この手の幽鬼と言う存在は。

 刹那、有希が良く聞き取る事の出来ない、言葉とも、呪文とも付かない音を高速で紡ぎ出した。
 これは、呪文の高速詠唱にも似た様相を伴い、俺と有希の周囲に、彼女の集めた呪が渦を巻く。

 そして、その一瞬後、俺の周囲を水の気が、俺達を中心に上空へとうねりながら昇って行き……。
 そして!

 轟音と光が同時に世界を包み、走る電の柱が、大地から、宙に浮かぶ髑髏を貫く。

 これは俺の知識から言うと水生木。水の気を集め、雷を呼んだと言う事。
 もっとも、自然現象としての雷をこんな地表付近で発生させる事が可能だとは思いませんでしたが……。

 自然現象の雷は、そもそも、上昇気流と積乱雲が必要だったと思うのですが。
 確かに、水の気が下から上に動いて居たのは認めますが……。

 ただ、彼女は、先ほども俺が用いる結界術の如き不可視の壁のような物で、髑髏の群れの攻撃から俺達を護る事が出来たのですから、自然現象としての雷を操る事など造作もないと言う事なのでしょうか。
 未来を知って居る事と言い、彼女……情報統合思念体作製の、対有機生命体接触用人型端末の能力と言う物も侮る事は出来ないと言う事ですか。

「そうしたら、攻撃は有希に任せて、俺は、この異界化現象の核の発見に全力を挙げる」

 何にしても、この異界化現象の核を探さない限り、この状況は改善されない。そう考え、有希の能力や思念体と呼ばれる存在の能力に関する考察は後回し。
 そんな、俺の問い掛けに、有希から、同意を示す【念話】のような物が返されて来た。

 少しの陽の気に分類される雰囲気と共に……。


☆★☆★☆


 俺の見ている目の前で、炎を纏いし一刀が、彼女に襲い掛かろうとした巨大な白骨の右手を撥ね上げた。
 しかし、それまで。
 巨大な相手と戦うのに、背後に護るべき存在を置いての戦いはどう見ても不利。

 自らの全身よりも巨大な右手を跳ね上げた瞬間に思わず折って仕舞った右ひざが、少女の次の行動への僅かなタイムラグを招き――――――。
 次に振り下ろされる左手の一撃を、今の彼女には躱す術も。まして、撥ね上げる術も残されてはいない。

 これで、次の瞬間に、目の前に広がるのは無残に散らされた二人の少女の姿が晒されるだけと成る。

 しかし――――――。

 刹那、炎を纏いし少女(相馬さつき)と、巨大な白骨(がしゃどくろ)との間に、二十メートル程の距離を一瞬の内にゼロとした俺と有希が割って入った。
 そして、先ほどの髑髏の群れの時と同じように、俺と有希の前面に展開される防御用の結界。

 しかし、今回の分は、有希が展開させた防御用の結界(不可視の壁)などではなく、俺が施した神明帰鏡符がもたらした結界。
 故に、

 俺と有希を、巨大な白骨の左手が完全に捉えたと思った刹那、俺達二人の目の前に光り輝く魔術回路……結界用の防御魔法陣が顕われ、
 俺達を虚ろな眼窩で見つめていた巨大な髑髏から、怨嗟の籠った視線と、それ以上の呪いの籠った声なき絶叫が響き渡った。

 そう。如何なる物理攻撃も一度だけ反射する呪符が施されて居る以上、俺と有希を攻撃する事は、自らを攻撃する事と成るのは必定。

「助っ人、参上。……と言う感じかな」

 俺は、さつきに軽口風に伝えた後、有希を腕から解放。そして、

 軽くその場でターンをした瞬間、右手に顕われた七星の宝刀で、今度は俺を掴もうとした巨大な白骨の右手が振り下ろされる瞬間に、撥ね上げて仕舞った。
 それは、余裕を持った、更に、相手の動きを予想した行動。

「誰も、助けてくれ、などと頼んではいない!」

 その巨大な白骨製の右腕が撥ね上げられた瞬間、俺の左横を走り抜ける黒い影。
 長いコートの裾をはためかせ宙に舞う姿は魔鳥か、それとも、地に舞い降りようとする天女の姿か。

 さつきの霊気に反応する毛抜き形蕨手刀(わらびでとう)が、異界化した空間を紅蓮の炎で焦がしながら、逆袈裟懸けの形で巨大な白骨により形作られた異世界の生命体を斬り上げる!

 再びの咆哮!

 しかし、その咆哮が終わるその前に、最高到達点で一瞬、滞空したさつきが重力の法則に従い真下へと加速された炎に因る斬撃が更に一閃!
 咆哮を上げるかのように開かれた、歯根のむき出しと成った髑髏のちょうど中心に紅き断線が走る。

 そして……。

 そして、彼女が地上へと降り立った瞬間。

 紅き断線から広がって行く炎に、巨大な白骨の身体がゆっくりと崩れ落ちて行った。


☆★☆★☆


 俺の笛の音が、修復された祠と、其処に封じられ、そして何者かに因って解き放たれ、荒魂と成って暴れていた御霊を、再び鎮め、そうして、封じて行く。
 俺の右隣には荒ぶる魂を鎮める場に相応しい透明な表情の女神が。
 そして俺を挟んだその反対側には、二尺八寸の太刀を佩き(はき)、黒のロングコートを風に流した少女が、静かに佇んで居た。



 尚、今夜、この場に顕われたのは、おそらくは『がしゃどくろ』と呼ばれる幽鬼の類だと思いますね。
 夜間にガチャガチャと言う音をさせながら街を彷徨い歩き、生きて居る人間を見つけると襲い掛かって、握り潰したり、食い殺したりする、と言われている日本の妖怪。

 こいつらは、埋葬されずに亡くなった人々の無念の思いや怨念が凝り固まって出来上がった精神体。つまり、この人間界が産み出した(アヤカシ)の類ですから、返すべき世界は存在せず、こうやって、祠などに祭ってその恨みや呪いなどの陰の気が散じるまで時間を掛けて封じて置くのが普通です。

 そう。退魔師の仕事は魔物を倒したら終わり、……と言う類の仕事では有りません。基本的には、こうやって荒ぶる魂を鎮め直したり、邪気を抜いたりする事に因って彼らを本来の有るべき姿に戻したり、本来、彼らが存在していた世界に帰してやる事が仕事。

 故に退魔師。ただ、最近は、倒魔師の数が増えて来る事に因って、本来の役目。世界の陰陽の均衡を保つと言う役目の方が疎かになって来ては居るのですが……。
 尚、倒魔師の仕事は、異界の生命体を狩り出し屠るのが仕事です。そして、その行為故に、新たな恨みなどの陰の気を撒き散らし……。
 彼らの存在が、更に悪い気の澱みを作り上げて居る可能性も少なくはないのですが……。

 ただ、古来よりの方法。鎮めたり、清めたりするような方法では時代の流れについて行けない部分も有り、まして、東洋系以外の完全に負の部分しか持ち得ない悪魔の類も多く、そしてそいつ等が日本に侵入して来るようにも成ったので……。

 日本の魔や神には、すべて和魂。人に対して優しく包み込んでくれる側面と、
 天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへと駆り立てる荒魂の、ふたつの側面が存在しているのですが、西洋系の魔物には、そのような側面を持たないモノも数多く存在しますから。

 名づけざられし者や、門にして鍵などに代表されるクトゥルフ神話の邪神はその典型的な例でしょうね。

 音声結界により、外界から切り離された空間内を満たしていた笛の音が、少なくない余韻と共に終了した。
 後に残るのは、公園のベンチに横たえられた気を失った少女をどうするか、だけですか。

 その少女。近くに住む少女なのか、学生服姿に長めの黒髪。まつ毛も長く、少し古風な……と表現される顔立ちですが、それでも充分過ぎるぐらいの美少女なのは間違いないでしょう。
 所詮は推測に過ぎないのですが、本日は土曜日で、それでもこの夜の時間まで学生服姿でうろついて居たと言う事は、塾か、もしくは学校の部活動関係の活動の為に遅くまで掛かって、この異界化現象に巻き込まれたと言う事ですか、この黒髪ロングの少女は。

「この()。一体、何処の、何と言う名前の女の子なんやろうか」

 未だ目覚めようとしない、その美少女を覗き込みながら、独り言に等しい呟きを漏らす俺。
 まして、流石にこんなトコロに放り出して行く訳にも行きませんし、そうかと言って、見ず知らずの俺が傍に居るのも……。痴漢か何かと思われる可能性も少なくは有りません。

弓月桜(ゆづきさくら)。現在は東中学の三年生。この四月より、市内の北高校に進学予定」

 そんな俺に対して、無味乾燥。非常に彼女らしい簡潔な答えを返して来る有希。
 もっとも、俺の独り言に等しい呟きも、彼女(有希)に対する問い掛けと思っての答えなのか、それとも、彼女も俺と同じように、傍に居る俺の言葉を一語一句聞き逃す事もないようにしているのか。
 その辺りに付いては、今の彼女の返答からは、判りませんでしたが。

 但し、彼女が、この眠れる少女を知って居る人間と言う事は。

【もしかして、この娘も、その機関とやらに所属する超能力者と言う事なのか?】

 ……と、内容が内容だけに、さつきに聞かせるのは問題が有ると判断して、【念話】にて有希に、そう問い掛ける俺。

 尚、おそらく、未だこの少女が目覚めない理由は、人外の存在に襲われたショックが大きかっただけではなく、襲われた際に、ある程度の精気を奪い去られたからだと思います。
 ヤツラ、幽鬼の類が生者を襲う最大の理由は、生者から精気を奪う事が目的です。そして、彼女がさつきがやって来る前にがしゃどくろと遭遇していたのならば、少しぐらいの精気を奪われていたとしても、不思議では有りませんから。

 しかし、俺の問いに対して、有希はゆっくりと二度首を横に振る。これは否定。
 そうして、

【彼女は機関とも、涼宮ハルヒとも関係のない一般生徒。そして、彼女とわたしが北高校入学前に面識を得ていた事実はない】

 ……と、【念話】にて答えを返してくれました。

 成るほど。この四月から同じ高校に通う相手ならば、有希がこの少女の事を知って居ても不思議では有りませんか。確かに、どのような方法かは判らないのですが、彼女、長門有希は、未来に起きる出来事を知って居るようですから。

 もっとも、俺がこの世界に現れる事に因って、どうやら彼女の知って居る歴史からズレが生じているらしいのですが。

 さて。それならばどうするか……。

 俺は、有希を見つめた後に、ベンチに横たえられたまま未だ目を覚ます気配すら感じさせない弓月桜と言う名前の少女を見つめ、そして、何故か仏頂面で俺と有希の事を見つめて居るさつきに視線を移した。
 いや、さつきの仏頂面の理由は、未だ彼女は、有希を警戒していると言う事なのでしょうが。

 それで、これから取る選択肢としては。

 先ず、ここに、この弓月桜と言う名前の少女を捨て置くのは論外。
 それから、彼女が気付くまで俺が傍に付いて居るのは、自動的に有希が傍に居る事となるので、流石に問題が有りますか。
 確かに、既に歴史は変わっているのですが、この異常な事態に、本来はまったく関係のない一般人の少女を巻き込んで良いと言う理由には成りません。
 まして、巨大な白骨に襲われるような怖い目に有って気を失って仕舞い、目が覚めたら其処に知らない男が居た、などと言う状況は、更にこの少女を不安にさせるだけですから。

 そして、家に送り届けると言う選択肢もない事もないのですが……。
 しかし、それでは、殆んど宇宙人にアブダクションされた状態。何か恐ろしいモノに襲い掛かられて気を失った挙句に、次に気が付いたら自分の家に居た。こんな状況に陥らせると、最悪の場合、この少女に、何か妙なトラウマを残す結果にも成りかねませんし。

 情報操作が得意な有希が記憶の操作を行う。
 問題外。益々、宇宙人に連れ去られて、何かインプラントされるような状態みたいに成って行く一方で、解決策には程遠くなる。

 少し、視線を在らぬ方向。この場に存在する少女たちから、何処とも知れぬ異世界より俺達を見下ろしている蒼き月に視線を移して、少し煮えかかった脳味噌のクール・ダウンを行う俺。
 そう。それならば、残されている選択肢はひとつだけでしょうから。

「さつき、その女の子の事は任せられるか?」

 この場に存在していて、この少女を任せられるのは相馬さつきと言う名前の少女だけ。まして、そもそもが、彼女が最初に、がしゃどくろに襲われていた弓月桜と言う名前の少女を助けようとしたはずですから。
 最初に手を差し出したのですから、最後まで面倒を見るのが筋と言う物でしょう。

 俺の頼みを聞いたさつきが、俺の顔を非常に不機嫌そうに睨め付(ねめつ)けた。

 しかし、

「問題ない。元々、彼女を助けようとしたのはわたし」

 口調は不機嫌なままでしたが、それでも、そう答えてくれるさつき。そして、同時に彼女が発して居る雰囲気は、少なくとも否定的な負の感情などではなく、肯定的な正の感情。
 彼女のその答えと、そして同時に発生させて居る気を読むのなら、この弓月桜と言う名前の少女の事を任せても問題はないでしょう。

 確かに、有希に行き成り襲い掛かったりして、イマイチ正体不明の相手ですが、危険な雰囲気を纏った人物では有りません。それに彼女の言うように、最初に弓月桜を助けようとしたのはさつきの方です。
 まして、俺の知って居る範囲内でも相馬と言う古い家が存在しているのも事実ですから。

 ただ、がしゃどくろと、相馬の家。更に、『さつき』と言う名前に少しの引っ掛かりが残るのも事実なのですが。

「そうしたら、俺と有希は、その女の子にこの場で出会う訳には行かない人間やから、さっさと消えさせて貰うな」

 それでも、この部分はおそらく俺の考え過ぎでしょう。
 まして、彼の御方は不必要に一般人に祟るような御方では有りません。
 いや、彼の御方の呪いは既に鎮まって居るはずですし、ここは東国などではなく、摂津国に属する地方だったと思いますから。

 もしも、ここが『相馬の古内裏』で有るのならば少し危険かも知れませんが、ここは摂津の国。何の問題もないはずです。

 そんな、胸の奥に潜む軽いモヤモヤのような物を表面に見せる事もなく、普段の雰囲気で有希を見つめる俺。
 微かに首肯いて答えてくれる有希。どうやら、俺が彼女の雰囲気を読み、言葉を聞き逃さないようにして居るのと同じように、彼女の方も、俺の有る程度の行動や言葉を気に掛けてくれて居ると言う事なのでしょうね。
 このタイミングで、俺が彼女を見つめた理由が判ったと言う事ですから。

 そして、
 軽くさつきに右手を上げて別れの挨拶とした後、有希のテンポに合わせて進む俺。そんな、俺と有希の背中に対して、

「ねぇ」

 しかし、何故か、先ほどまでとは少し違う雰囲気で声を掛けて来るさつき。
 その問い掛けに対して、振り返って彼女(さつき)を真っ直ぐに見つめる俺。そして、俺に遅れること数瞬の間の後、同じように振り返る有希。

 う~む、この数瞬の間に何か意味が有るような気もするのですが。

「さっきは、その……」

 そんな、何処か別の世界に思考が飛びかける俺の事に気付きもせずに、何故か、やや挙動不審と成ったさつきが、言葉を探すように視線を宙に彷徨わせた後、

「助けてくれて、ありがとう」

 ……と告げて来たのでした。

 
 

 
後書き
 戦闘シーンが入ると、どうしても長く成るな。
 取り敢えず、色々と問題の有る回で有った事は間違いない、第19話でした。
 ただ、ここに登場した色々な伏線は、回収するにしてもかなり先と成るので、この『ヴァレンタインから一週間』の間は気にしなくても大丈夫です。

 私は小説家ではなく、TRPGのマスターで有り、PBMのマスターでも有る。
 これは、キャンペーン・シナリオ的な引きの部分。シナリオのエピソードの中に、次のシナリオの情報を混ぜ込んでいるだけですから。
 ゼロ魔二次や、問題児たちが三次の中にも結構組み込んで有るので、気付いて居る方も居られるとは思いますが。

 最近の悩みは、このレベルでもハーレムと表現すべきなのか、どうかが判らない事。
 女性ばかり登場する御話ですから……。

 ただ、このレベルの関係でハーレムのタグを付けると、詐欺のような気がして。
 でも、付けなくても、何かツッコミが入るような……。

 それでは、次回タイトルは『有希の任務とは?』です。
 
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