DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
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五章 混沌に導かれし者たち
5-04エンドールの兄弟
宿の一階は、食堂兼酒場になっていた。
(食堂は、食事をするところ。酒場は、お酒を飲むところ。わたしは子供だから、お酒は飲んじゃだめ。変な人に絡まれないように、気を付ける)
宿の受付の男に、声をかける。
「あの。すみません」
「ああ、旅人の宿にようこそ!ひとりかい?一泊六ゴールドだが、泊まるかい?」
変わった人間を見慣れた都会の宿の男は、ひとりで旅する少女も気に留めない。
「うん。お願い」
「毎度。じゃあ、これが部屋の鍵だ。鍵に付いてる札が、部屋の番号だ。そこの食堂で鍵を見せれば、食事は時間内ならいつでも食べられるし、体を拭くお湯も渡す。食堂は酒場にもなってるから、あまり遅くならないように気を付けてな。お湯は使ったあとは部屋に置いておいてもいいし、邪魔なら持ってきてくれてもいい。出かけるときは、鍵は受付に預けてくれ。わかったかい?」
「うん。わかった」
階段を上がって部屋に入り、町を回るのに必要の無い荷物を置く。
部屋を出て鍵を閉め、受付に鍵を預ける。
酒場で屯する男たちの、話す声が聞こえる。
「地下にあるカジノには、行きましたか?いやー、今日は儲けちゃいましたよ。」
「オレは、飲んでも打たねえんだ。それにさっき、随分な色男が、カジノに下りて行きやがったからなあ。けっ、飲まなきゃやってられねえよ。ひっく。」
(地下の、カジノ?飲む……お酒。うつ……なにを、うつの?)
酒に酔った人には、近付かないように教えられている。
食堂兼酒場の片隅に、地下に下りる階段がある。
少女は、地下に下りて行った。
地下は明るく広い空間になっていて、賑やかだった城下町よりも、さらに密度の高い人で賑わっており、騒がしい。
(地下なのに、すごく明るい。なんで、こんなにうるさいの?)
広い台の前に座り、配られた札を睨みつけ、ゴールドとは違うお金のようなものを積み上げる者。
地下の部屋の中、さらに一段低くなった広場で戦う魔物たちに、声援や野次を飛ばす者たち。
騒々しい音を立て、色とりどりの光を放つ箱をいじり、喜んだり落ち込んだりしている者たち。
人混みの中でも一際目を引く、華やかな容姿の青年がいた。
苛立った様子で、目の前の箱を叩いている。
「あの。すみません」
「話しかけんな!気が散んだろ!」
(怒られた。忙しいのかな)
「ごめんなさい」
青年は箱から目を離さないまま舌打ちし、呟いている。
「ちっ、邪魔すんなよ。負けた分を取り戻して、ミネアの奴を驚かせてやるんだからな!」
他の人に話しかけようかと見回すが、あらわす感情に差はあっても、目の前の青年と同じく集中しているように見える。
きょろきょろと辺りを見回す少女に、ブランカでみかけた四人組の女性と似た軽装の、若い女性が声をかけてきた。
「あら、お嬢ちゃん。ここは、子供がひとりで来るようなところじゃないのよ。」
(だから、怒られたのかな)
「そうなの。ごめんなさい」
「知らなかったのね。もういいから、早く帰りなさい。中には、柄の悪い人もいるから。」
「うん」
女性に促され、階段を上がりカジノを出る。
町に出て、歩き出す。
人々はやはり忙しそうに行き交い、少女が声をかけようとするのにも気付かず通り過ぎたり、断って去って行ったりする。
話を聞かせてくれる人を求めて歩き続け、町外れの教会の前にたどり着いた。
佇み考え込む兵士に、話しかける。
「あの。すみません」
「ああ、なんだい。」
「なにか、お話を聞かせてください」
「なにか?なにか、悩みとか、探しものでもあるのかい?それならオレよりも、あの人に占ってもらったらどうだ。」
近くにいた青年を、指し示す。
「うらない」
(ブランカで聞いた。未来を教えてくれる、人。うらないしさん。さっきの、怒った人と、似てる?)
「ああ。全く、あの人の占いはよく当たる。オレもミネアさんのおかげで、どう生きれば良いのかがわかったよ。人はそれぞれ、色んな使命を持って生まれてくるんだなあ。なにか知りたいなら、君も占ってもらうといい。」
「うん。ありがとう」
兵士から離れ、青年に近付く。
(また、怒られないかな)
「あの。うらないしさんですか」
青年は微笑み、答える。
「そうですよ。」
(怒らない。似てるけど、やっぱり似てない?さっきの人じゃない、誰かに、似てる)
「あなたも、占いはいかがですか?十ゴールドで、あなたの未来をみて差し上げましょう。」
(うらないには、お金がいるんだ)
旅人ではない普通の人は、仕事をしてお金を稼ぐという。
(この人は、うらないしさん。うらないが、お仕事)
「うん。お願い」
「では、占って差し上げましょう。」
青年は手に持った水晶玉を目の前にかざし、目を閉じて意識を集中し、見開いて目の前の水晶玉を、さらにもっと奥の何かを、見据える。
「あなたの周りには、七つの光が見えます……。」
少女は、周りを見回す。
(なにも、見えないけど。なんのことだろう)
「まだ、小さな光ですが、やがて導かれ、大きな光となり……。えっ!?
も、もしや、あなたは、勇者様!」
(やっぱり、わたしは勇者なの?)
少女は困惑して、青年を見つめる。
青年は、占い師の、遠くを見通す茫洋とした眼差しから、間近を見据える熱を帯びた真剣な目つきになって、少女を見つめる。
「あなたを、探していました。邪悪なる者を、倒せる力を秘めた、あなたを。」
「……どうして、わたしを、探してたの?」
「あなたは、邪悪なる者を打ち倒す、運命の勇者。共に旅をし、父の仇を、その奥に控える邪悪を、倒すため。私たちは、あなたを探していました。」
「……そう。仲間に、なるの?」
「ええ。どうぞ私たちを、共にお連れください。」
「いらない」
「えっ?」
「わたしは、弱い。あなたの仇も、邪悪なものも、地獄の帝王も、倒せない。あなたの力には、なれない」
「それは、今はまだ、力が足りないかもしれませんが。あなたはいずれ、誰よりも強くなるはずです。それまではあなたを守り、その先も力となり、共に旅をしたいのです。私たちも、同じ運命に導かれた者なのです!」
「いらない。そんな運命、いらない。そんなののせいで、みんな死んだ。あの男に、殺された。わたしは、あの男を殺すの。ひとりで殺すの。仲間なんていらない、みんなの代わりなんていない。シンシアの代わりなんて、いらない!」
穏やかで美しい青年は、誰かに、シンシアに似ていた。
緑の髪と瞳、白い肌のシンシアに、紫の髪と瞳、浅黒い肌の青年。
美しいという共通点以外、容姿に似通ったところは無いが、雰囲気が似ていた。
そのことが、少女をより頑なにさせた。
青年は、目の前の少女を見つめる。
邪悪なる者を、倒せる可能性を秘めた少女。まだ、幼い少女。
みんなと呼ぶ誰か、親しい人たちを、殺されたという少女。
自分も、父を殺された。
でも、自分には兄がいる。故郷の人たちもいる。
少女には、もう、誰もいないのかもしれない。
自分も兄も、父を失ったとき、これほどに幼くは無かった。
勇者としての彼女を支える前に、打ち拉がれた幼い少女に、すべきことがあるのではないか。
青年は息を深く吸い、吐き、再び微笑む。
「少し、お話ししませんか。」
「……いらない」
「私は、あなたの大事な人に、取って代わろうなどとは思っていません。どうしても嫌だというなら、無理にとは言いません。」
「……」
「悲しいことが、あったのでしょう。抱え切れない辛い出来事を、ひとりで抱え込もうとしてはいけません。」
「……」
「話すだけで、良いのです。話して、みてください。」
シンシアに似た、優しい青年。
代わりには、ならないと言った。
無理強いも、しないと言った。
好意で言ってくれているようなのを、無碍にできるほど、少女の元々の性質は、頑なでは無かった。
それに、心の底では、誰かに縋りたかった。
「……話すだけ、なら」
「では、少し場所を変えましょうか。」
唇を引き結び、俯く少女を、青年が近くの教会に誘導する。
青年が神父に声をかけ、教会の一角を借りて、少女と並んで腰かける。
黙りこむ少女に対し、青年が口火を切る。
「なにが、あったのですか」
「……村の、みんなが。魔物たちに、殺された。」
「それは、辛かったですね」
「おとうさんも、おかあさんも。師匠も、老師も。宿屋さんも、狩人さんも。見張り番さんも、倉庫番さんも。……シンシアも。」
青年は黙って、少女を見つめる。
「デスピサロってひとが、わたしを見つけて。魔物たちは、わたしを、殺しに来た。みんなは、わたしを隠して。わたしを守って、殺された。シンシアは、わたしの、代わりになって。殺された。」
少女の目に、涙が溢れる。
青年は、黙って待つ。
「わたしが、勇者だから。わたしがいつか、地獄の帝王を、倒すから。倒さないと、世界が、救われないから。みんな、わたしだけ、守ったの。わたしは、強く、なれるはずなのに。まだ、弱いから。みんなは、わたしを、守って。わたしのせいで。みんな、いなくなっちゃった。」
少女の喉から、嗚咽が漏れる。
「あなたのせいでは、ありません」
少女は、首を振る。
「みんな、わたしが強くなるの、待ってた。強くなったら、喜んでくれた。嬉しくて、もっと。強くなろうと、思った。でも、もう。誰も、いない。」
少女が、しゃくりあげる。
「外に出て、たくさん、お話聞いて。わたしは、生き延びないとだめって、わかったの。でも、ひとりで、生き残るなんて、いやなの。みんながいないのは、いやなの。勇者なんて、いやなの。」
「本当に、辛かったですね。」
青年が、少女の頭を撫でる。
「わたしと一緒にいると、みんな殺されちゃう。あのひとに、デスピサロに、殺されちゃう。だから、わたしは、ひとりでいいの。仲間なんて、いらないの。みんなの代わりも、いらないの。」
「そうですね。みんなの代わりなんて、いません」
「だから、あなたも、ついてこないで。わたしは、ひとりで、デスピサロを倒すから。みんなの仇を、ちゃんと討つから。もしも、本当に、わたしが強くなったら。地獄の帝王も、ちゃんと、倒すから。あなたの仇が邪魔したら、それも、倒すから。それで、いいでしょう。」
少女はとうとう堪え切れずに、声を上げて泣き出す。
青年が、溜め息を吐く。
「少し、私の話も、聞いてくれませんか。」
少女は答えられず、泣きながら青年を見る。
「あなたほど、辛い状況ではないのですが。私も、父を殺されました。私と、兄とは、父を殺した仇を討つために、旅をしています。」
少女は無言で、青年を見つめる。
「旅をする中で、多くの人と出会いました。共に旅した大事な人と、生き別れることもありました。父の存在には代えられませんが、それぞれがそれぞれに、大事な人たちです。」
少女は涙を流しながら、青年を見続ける。
「別れがあれば、出会いもあります。新しい出会いは、別れた人たちの存在を、無かったことにするものではないのです。」
少女は、青年を見つめる。
まだ、涙は止まらず、しゃくりあげている。
「あなたの隣にいるのが、たとえば私になっても、他の誰かになっても。かつてあなたの隣にいた人たちは、確かにそこにいたのです。あなたの心の居場所は、誰にも奪うことはできません。」
少女は、青年を見つめる。
涙は変わらず、流れている。
「どうか、新しい出会いを、怖がらないで。あなたから、みんなを奪った運命は、あなたと私たちとを、守るものでもあります。あなたと一緒にいても、私たちは殺されたりしません。ずっと、敵を倒すまで、一緒にいます。」
涙を流したまま、少女が呟く。
「殺され、ないの」
「はい」
「シンシアの、代わりじゃ、ないの」
「シンシアさんは、シンシアさんです。代わりになる者など、どこにもいません。私は、私です。」
「一緒に、いてくれるの」
「はい。共に、行きましょう。」
「わたしは、弱いのに。あのひとも、地獄の帝王も、あなたの仇も。倒せるか、わからないのに」
「先のことは、そのときになったら考えましょう。あなたも、仇を討ちたいのなら、どちらにしても、これから強くなろうとするのでしょう。無理に、勇者であろうとしなくても良いのです。私たちにも、お手伝いさせてください。」
「それで、いいの」
「はい」
誰かと、この人と一緒にいていい、ひとりで頑張らなくていい、勇者の運命を、今すぐ背負わなくてもいい。
思い詰めていた心に道を示され、安堵のあまり、少女は再び声を上げて泣き出す。
青年は胸を貸し、少女の頭を撫で、待つ。
ひとしきり泣き、やっと泣きやんだ少女に青年は微笑みかけ、手巾を渡して言う。
「申し遅れましたが、私はミネアといいます。」
「……ミネア。」
「はい。あなたのお名前は?」
「……みんなは、ユウって、呼んでた」
「では、ユウ。参りましょう。兄のマーニャは、カジノにいるはずです。」
町の井戸で手巾を濡らし、少女の泣き腫らした目を冷やしながら、ふたりはカジノに向かう。
「カジノは、子供がひとりで行くところじゃないんだって。行っても、大丈夫かな」
「私が一緒ですから。遊ぶわけではないし、大丈夫でしょう」
ミネアを先頭に、カジノがある地下への階段を下りる。
ミネアは少女に歩調を合わせながらも、迷わずまっすぐ、派手な機械仕掛けの箱、スロットのあるほうへ向かい歩く。
一台のスロットの前に、先ほど少女が声をかけ、怒られた青年が、まだ、いた。
(さっきの。ミネアと、似てるけど、似てない、人)
ミネアが、青年に声をかける。
「兄さん。やっぱり、ここにいたのか。」
機械を叩いていた青年が、ぎくりと動きを止める。
「まったく!僕が占いで稼いでも、全部カジノにつぎ込んで。兄さんの踊りの稼ぎだって少なくないのに、一体なにをやってるんだよ。」
(おどり。エンドールの、おどりてさん。この人は、おどりがお仕事)
「わ、わりい。……ん?こっちの、ちっこいのは?なんか、目がすげえことになってんな。お前が女子供を泣かせるなんざ、珍しいな」
「ちょっと、事情があって。僕たちが探していた、勇者様だよ。」
「ああ?こんなちっこい、嬢ちゃんがか?なんかの、間違いじゃねえのか」
「占いでみたんだ。間違いない」
「あー、そういうことなら、そうなんだろうな……。ま、ちょうどいいな。これからは、嬢ちゃんに、養ってもらおうぜ」
「おい、兄さん」
「やしなってって、なに?」
「ああん?宿とかメシとかの、面倒をみてもらうってことだよ」
「めしって、なに」
「……ほんと、ガキだな。」
「がきって、なに」
「ふたりとも。ここではなんだから、とりあえず出よう。そろそろ、食事にもいい時間だ」
後書き
光に触れて、明るい世界を少女は歩み出す。
そして知る、世界。
次回、『5-05学ぶ少女』。
6/8(土)午前5:00更新。
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