DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
五章 混沌に導かれし者たち
5-05学ぶ少女
カジノを出て、食堂兼酒場に席を取り、宿の鍵を見せて夕食を頼む。
すぐに、料理が運ばれてくる。
「これが、メシだよ。料理、食事、ガキならごはん、か。ガキは、嬢ちゃんみたいな子供のことだ」
「うん、わかった」
「ユウ。それは良くない言葉だから、使わないように」
「そうなの?この人は、使ってるのに」
「兄さんは、口が悪いんですよ。真似してはいけません」
「わかった。やしなってって、ごはんを買うお金がないの?お仕事してるのに?カジノで、使っちゃったから?」
「ぐっ……」
「わたしも、あんまり持ってないけど。魔物を倒して、少しならあるから。大丈夫」
「……」
「兄さん……」
「わ、悪かったよ!そんな目で見んな!」
「ユウ、大丈夫ですよ。この街に来てからは特に、兄さんは見えるところにあるお金は、すぐに使ってしまうから。見えないように、ちゃんと隠しておきましたから。」
「おま、そんなことしてたのか!」
「なにか、問題が?また養ってとか、言うつもりか?」
「……」
黙り込むマーニャに、少女が問う。
「あなたは、にいさんっていうの?マーニャっていうの?」
「はあ?なに言ってんだ」
ミネアが代わって答える。
「兄とか、兄さんというのは、年上の兄弟のことですよ。兄弟というのは、同じ親から生まれた人のことです。この人の名前はマーニャで、私からみたら、兄さん。」
「わかった。マーニャは、ミネアの、おにいさんね」
「……馬鹿ってわけでもねえのに。どこの田舎で育ったら、こうなんだよ」
「いなかって、なに?」
「田舎というのは、人や建物が少なくて、あまり栄えていない場所ですね。ここエンドールのような栄えた場所は、都会といいます」
「わかった。うん、わたしの村は、いなかだった」
「……どこで育ったんだよ」
「ブランカの北の山奥に、あった、村。」
「あった?」
少女の言い回しに、マーニャが怪訝な顔をする。
ミネアが口を挟む。
「兄さん。あとで話すから」
「村には、子供がわたししかいなかったから、おにいさんはいなかったの。大人は、おとうさんとおかあさんも入れて、八人。あと、シンシア」
「……また随分、少ねえな」
「たぶん、わたしを育てるための、村だった」
「ユウ」
「村から出たのは、初めてだから。旅に必要なことは教えてもらったけど、それ以外は知らないことが多いの。マーニャとミネアには、迷惑かけると思うけど。よろしくお願いします。」
「……迷惑なんて。そんなことはないんですよ。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「……ま、いいけどよ。お前、ちっこいんだから、呼び捨てにすんな」
疑問にひとまず蓋をして、マーニャが話を変える。
少女が、問いで返す。
「よびすてって、なに?」
「名前をそのまま呼ぶことだよ。年上とか、目上の人間には、さん、とか、様、とかつけるもんだ。お兄様でもいいな」
「マーニャはわたしの、おにいさんじゃないのに?」
「オレがお前を、嬢ちゃんって言うようなもんだ」
「わかった。マーニャおにいさま。」
「……」
マーニャは再び黙り込み、ミネアはマーニャを疑惑の目で見る。
「……兄さん……女性に冷たいと思ったら、そんな趣味が……」
「馬鹿言ってんじゃねえ!」
「私は、ミネアでいいですからね。」
「……オレも、マーニャでいい……」
「どうして?」
「どうしてもだ!」
「親しい相手で、相手がいいと言えば、呼び捨てでいいんですよ。私たちは、仲間ですからね。」
「うん、わかった」
「ところで、これからのことですが。」
ぐったりしたマーニャを後目に、ミネアがさらに話を変える。
「私たちは、エンドールに来て、随分になるんですが。ユウは、今日エンドールに着いたんですか?」
「うん。今日着いて、町で少しお話を聞いて、宿を取って、カジノでマーニャに怒られて、教会の近くでミネアに会ったの」
「兄さん……」
「な!なんだそりゃ!知らねーよ!」
「邪魔するなって、言ってた」
「全然、周りが見えてなかったんだね……」
「それが、どうしたの?」
「それなら、まだほとんど見て回っていないんですね。今はお城で結婚式もやってますし、明日は町とお城を見て回りましょうか。」
「うん。情報を集めるのね。」
「それもありますが、それはもうほとんど、私たちが知っていると思いますから。それより、世の中を知る意味でも、ユウは色々なものを見たほうがいいですね。色々な場所を楽しく見て回ることを観光というんですが、少し観光をしてみましょう。」
「楽しく……かんこう?」
「はい」
「でもわたしは、やらないといけないことがあるのに」
「やらなければならないことがあるということは、楽しんではいけないということではありませんよ。楽しみを知ることも、必要なことです。」
「……そっか。うん、わかった」
「よし!そういうことなら、オレに任せな!」
ぐったりしていたマーニャが、復活して話に入る。
「この町のことも、結構知り尽くしてるからな。危ねえ場所は避けて、嬢ちゃん向きの場所を、案内してやるぜ」
「確かに、そういうことは兄さんが得意だね」
「うん。よろしくお願いします」
「おう。そんじゃ、遅くならねえうちに引き上げるか」
「飲まないなんて、珍しいね」
「嬢ちゃんがいるしな。話もあんだろ」
「ああ」
食堂兼酒場から、それぞれの部屋に引き上げる。
少女はもらってきたお湯で体を拭き、武具の手入れをして、休む準備に入る。
兄弟の部屋では、マーニャがミネアに問いかける。
「大体、想像はつくが。嬢ちゃんの村は、どうなったんだ」
「ユウを狙った魔物たちに襲われて、全滅。村の人、シンシアさんていう人が、多分モシャスを使ったのかな。彼女の身代わりになって、殺されたそうだ」
「そうか。……親父の仇、どころの話じゃねえな。あんな、ちっこいのによ」
「魔物たちを率いていた者が、デスピサロというそうだ」
「また、デスピサロか。キングレオでも、奴らが言ってやがったな。化け物どもの、親玉ってとこか」
「村の人たちは、もっと彼女を育ててから、旅立たせるつもりだったらしい」
「だろうな。いくらなんでも、無理があんだろ」
「自分を守って村人たちが殺されたことで、彼女は自分を責めてる。最初は、僕たちの同行も断られた」
「そうか」
「まだ力が足りないというだけでなく、その運命のせいで村人が死んだこともあって、勇者の運命を、受け容れられていない」
「わかった。勇者の話は、ひとまず置いとこう。嬢ちゃんを守って、育ててやるか。」
「ああ。そうだね。」
「しかし、まさか仇討ちの旅が、子育ての旅になるとはなあ。先が思いやられるぜ」
「それは、こっちの台詞だよ。妙なこと教えないでくれよ」
少女は、武具の手入れを終え、荷物をまとめ直す。
大事にしまっておいた、羽根飾りを手に取る。
(シンシアは、もう、いない。ミネアは似てるけど、代わりじゃない。でも、一緒にいてくれる。マーニャも、いてくれる。)
羽根飾りを、両手で包みこむ。
(シンシアは、もう、いない。でも、確かに、いた。みんなも、いた。それは誰にも、あのひとにも、奪えない。わたしは、忘れない。)
羽根飾りを、抱きしめる。
(シンシア。みんな。立派な勇者なんて、なれるかわからないけど。でもきっと、仇を討つから。みんなはもう、いないけど。もう、ひとりじゃないから。きっと、頑張れるから。)
羽根飾りをまた大事にしまい込み、ベッドに入る。
ひとりで、張り詰めた時間を過ごしてきた少女に、安らかな眠りが訪れる。
翌朝、少女の部屋の扉が叩かれる。
「ユウ。起きてますか」
少女が飛び起きる。
「……ごめんなさい!寝てた!」
扉の向こうから、返事がある。
「いいんですよ。兄さんもさっき、起きたところですから。先に食堂に下りてますから、準備ができたら、ユウも来てください」
「はい!」
「ゆっくりで、いいですからね」
足音が遠ざかる。
(寝坊なんて、したことないのに!)
緊張の糸が切れ、普段よりも眠りが深くなっていたが、焦る少女に考える余裕は無く、急いで顔を洗い、身形を整え、部屋を出る。
食堂に下りると、まだ眠そうなマーニャと、今日もきちんとしたミネアが、朝食を摂っていた。
少女も店員に鍵を見せ、すぐに料理が運ばれてくる。
「ごめんなさい。寝坊はしたことなかったから、すると思わなかった」
「疲れていたんでしょう。気にしなくていいんですよ。兄さんは、これくらいが普通だし」
「オレは、夜型、なんだよ……」
マーニャが欠伸をする。
「でも、走り込みも素振りもできなかった」
慣れない旅で、出発前に体力を消耗しないため、村を出てからどちらもしていなかった。
今日はすぐに旅には出ないというし、このまま日課をやめてしまうつもりは無かったので、出かける前に済ませておこうと思っていた。
「ユウは頑張り屋さんですね。兄さんに、爪の垢でも煎じて飲ませたい……」
「うるせえ……」
「だって、強くならないと。あのひとを、倒せない」
どれほど強いかわからないが、多くの魔物を率いていたことは間違いない。
強くならなければ、たどり着くこともできない。
「ユウ。焦らなくてもいいんですよ。旅をして、成長していけば、自然と力は付いていきます。怠けるのはいけませんが、疲れたときは休むことも必要です。今日はお休みにして、楽しく過ごしましょう。」
(師匠も、焦るなって、言ってた)
「……うん。わかった」
「それでは、食べ終わったら、出ましょうか。荷物は、どうしようかな」
「今夜も、ここに泊まるとも限らねえだろ。祠の宿とか、ボンモールまで行ってみるって手もあるしな。一旦引き払って、預かり所に預けようぜ」
(荷物を、預ける。預かり所。)
「そうだね、そうしよう。お金も引き出さないといけないし」
「……そこに隠してやがったのか」
「本人しか引き出せないからね。必要な場所に必要なものがあって、良かったよ」
「ちっ、まあいい。嬢ちゃんも食い終わったな。じゃ、出るか」
「うん」
宿を引き払い、預かり所へ向かう。
「預かり所は、どこにあるの?」
「教会の向かいですよ。私が、占いをしていたところの近くですね」
「預かり所は、お金がいるの?」
「条件はありますが、いりませんよ」
「預かり所は、お仕事じゃないの?お仕事は、お金を稼ぐためにするってきいた」
「預かり所は、よろず屋さんと言って、色々な物を売っているお店の方がやっているのです。そのお店で買い物をしたことがあれば、ただで荷物を預かってもらえるんですよ」
「わかった。お店のお客さんを、呼ぶためにしてるのね。」
「その通りです。ユウは賢いですね」
「わたしも何か、買わないといけないのね」
「私の名前で預ければ、大丈夫ですが。必要なものがあれば、ついでに買っていきましょうか」
預かり所に着き、店内に入る。
店主がすぐに、声をかけてくる。
「いらっしゃいませ!おや、ミネアさんにマーニャさん。新しいお連れさんも。」
「おはようございます、ネネさん」
「よう、おやっさん」
「おはようございます。今日は、どんなご用件ですか。」
「荷物の預け入れと、お金の引き出しに。それと、彼女に商品を見せてください」
「かしこまりました。随分、可愛らしいお連れさんですね。はじめまして、お嬢さん。」
(年上の人には、さん、か、様、をつける。ミネアは、ネネさんって、言った)
「はじめまして、ネネ、さん。ユウ、です。」
「ユウさんですね。きちんとご挨拶できて、偉いですね。どうぞ、ご自由にご覧になってくださいね。」
大人たちは手続きに入り、少女は商品を眺める。
(薬草がある。少なくなってたから、買っておこう)
薬草を手に取る。他にも初めて見るもの、綺麗な小物などに気を引かれるが、無駄遣いはできない。
薬草を、カウンターに差し出す。
「これをください」
マーニャが覗き込む。
「薬草か。ミネアがいるし、いらねえんじゃねえか?」
「ミネアは、ホイミが使えるの?」
「ベホイミまでは使えますね」
「そうなの。すごいね」
「旅も長くなりますからね。ベホマも、覚えたいとは思っているんですが」
「上級になると、なかなか知識も手に入んねえからな。独学の辛いとこって奴だ。で、薬草はどうすんだ?」
「どうしよう」
「もしものために、少しは持っておいてもいいかもしれませんね」
「少しは、残ってるけど。」
道具袋の中を見せる。
「これくらいあれば、大丈夫でしょう。それよりも、身の回りの物は、足りてますか?これなんか、どうです?」
ミネアが綺麗な色と装飾の櫛を手に取り、少女に差し出す。
「きれい」
山奥の村では見ることも無かった、華やかな品に心が弾む。
村で少女が使っていたのは、飾り気の無い、簡素な櫛だった。その櫛も、村とともに焼けてしまった。
元々髪に癖があり、多少乱れても目立たないこともあって、今は手櫛で済ませていた。
「おお。地味好みのミネアにしちゃ、いい趣味だな」
「女性のものだからね。自分に選ぶのとは、違うよ」
「でも、あんまりお金ないし。無駄遣いは、だめだから。」
「無駄ってこたねえだろ。使うもんなんだからよ」
「そうですよ。お金なら私に少し余裕がありますし、持っていないのなら買っておきましょう」
言いながら、櫛をカウンターに置く。
「ネネさん、これを。彼女の名前で、買えますか」
「はい。会員証の発行ですね。」
「お願いします」
「かしこまりました。ではこちらに、ユウさんのご署名を。」
店主が、紙とペンを差し出してくる。
「ごしょめい?しょめい?」
「署名です。自分で、自分の名前を書くことですよ」
「姓があれば、それも。無ければただ、ユウ、と書いてください。」
「せい?」
「自分自身の名前のほかに、家族や一族の名前を持っている人たちがいるんですよ。無ければ、いいんです」
「うん、ない」
少女は署名し、その間に店主が櫛を包み、ミネアが代金を払う。
「書いた」
「ありがとうございます。ではこちらを。」
店主が紙を受け取り、包みを少女に渡す。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました。会員証を発行しますので、少々お待ちくださいね。」
「うん」
店主が、手元で作業を始める。
「ミネア、ありがとう。大事に使うね」
「どういたしまして。他にも必要なものがあったら、遠慮せずに言ってくださいね」
「うん。大丈夫」
「お待たせしました。」
店主が少女に、カードとペンを差し出してくる。
「こちらが、当店の会員証です。こちらにも、ご署名をお願いします。」
「うん」
「ありがとうございます。道具やお金をお預けになったり、お引き取りになるときは、これを見せてくださいね。」
「うん、わかった」
店主がミネアに言う。
「代理のお引き出しについても、ご説明したほうが良いですか?」
「いえ。必要があれば、こちらでしますから」
「わかりました。」
店主が少女に向き直る。
「では、早速お預けになりますか?」
「うん」
手元の道具袋とは別の、移動中は必要のない着替えなどが入った袋を差し出す。
「お願いします」
「はい、確かに。お預かりします。」
不意に、カウンター奥の扉が開く。
「パパ!倉庫のおそうじ、おわったよ!」
「ああ、ありがとう。」
後書き
光に導かれ、世界は広がり、繋がる。
運命の少女にもたらされる、しばしの休息。
次回、『5-06少女の休日』。
6/12(水)午前5:00更新。
ページ上へ戻る