DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
五章 混沌に導かれし者たち
5-02悲しみの少女
そのまま、どれほどの時が経ったのか。
どれほど足掻いても開かなかった扉が、いつの間にか開いていた。
早く行きたい、だけど、行きたくない。
重い身体を、無理に動かし、のろのろと立ち上がる。
暗い地下倉庫よりも、さらに暗いように思える地上に続く階段を、登る。
辺りは、焼け野原になっていた。
わずかに焼け残った残骸と、建物の礎が、そこに村があったことを示すのみ。
燻る火が、日が落ち暗くなった辺りを照らし出す。
村人の姿を探して、歩き出す。
「シンシア……」
(ユウシャ、ユウを、仕留めたって)
「おとうさん、おかあさん……」
(まだまだ、子供って。まだまだ一緒って、言ったのに)
「師匠、老師、みんな……」
(もっと、強くなるまで。守ってくれるって、言ったのに。……わたしを、守ったせいで)
強い風が吹き抜け、焼け焦げた木が揺れる。
踏みにじられた花畑の真ん中で、羽根飾りもまた、揺れる。
「……シンシアの」
羽根飾りを拾い、握りしめる。
(みんな、わたしのせいで。みんな、いなくなっちゃった)
涙が込み上げる。
父の言葉が、蘇る。
『よいか。強く、正しく、生きるのだぞ。例え、何が起こってもな……。』
(誰もいなくなっちゃったのに。わたしはまだ、弱いのに。強く生きるなんて、できないよ。正しく生きるって、どうすればいいの)
涙が、溢れる。
「みんな……。こんなのって、ないよ……。わたしは、みんなのために、強くなろうって思ったのに……。わたしひとり残して、もう誰も喜んでくれないのに、それでも強く生きろなんて……。わたしは、どうすればいいの……?」
羽根飾りを抱きしめ、蹲り、嗚咽する。
誰もいないのに、強くあろうと堪える必要も無い。
応える声があるはずも無く、焼き払われた村に、問う声は虚しく響いて消え、嗚咽が木霊した。
花の散った花畑に、あるはずの無い温もりを探して泣き続け、空が白々と明けてきた頃、ようやく少女は泣くのを止め、冷え切った身体を動かした。
悲嘆と疲労と冷えとで、感情は麻痺している。
泣いても、誰も助けてくれない。
いずれ旅立つ勇者として、必要な知識を仕込まれてきた少女は、感情を失って冷静に思考を始める。
焼き払われ、誰もいなくなった村にいても仕方が無い。まだ弱い自分とは言え、こうなっては村を出て旅立つ他は無い。
未知の場所を、何の準備も無く歩くのは自殺行為。焼き払われた村で、無事だったのは地下の倉庫だけ。
残った物で、準備を整え、旅立たねばならない。
強張る身体を機械的に動かし、倉庫へと向かう。
倉庫には、保存食や薬草が、一人旅には十分な量備えてあり、少しの新鮮な食糧と、水もあった。
倉庫番が、不測の事態に、少女がすぐにも旅立たねばならなくなった場合に備え、毎日入れ替え準備していたものであったが、感情の麻痺した少女は気付かない。
必要な物を、必要な量取り、持ち運びやすいようまとめ、装備する。
村の北は、高い山脈に囲まれているという。
外に興味を持ち過ぎないよう、詳しい地理は仕込まれていないが、人里を探すなら、まずは向かうのは南。
倉庫でまとめた消耗品に大事な羽根飾り、いつも持ち歩いている銅の剣を携えて、少女は村を発つ。
いつか、強くなってから。
親しい人々に、賑やかに見送られ、旅立つはずだったその場所を。
十分に成長したと、人にも自分にも認められぬまま。
見送る人も、共に行く者も無く。
少女は独り、静かに旅立つ。
深い森の中、木々の間からのぞく太陽を頼りに、ひたすら南を目指す。
途中、魔物に遭う。
魔物の中では最弱のスライムだが、村を初めて出る少女には、初めて出遭う魔物である。
しかし、感情の麻痺した少女には驚きも無く、仕込まれた知識と技で、機械的に対応する。
まだ子供の自分には、師や他の大人のような力は無いが、魔力も多くは無い。先の見えない旅路で、魔力の浪費はできない。
薬草の備えは、十分にある。一撃で葬れなくとも、こちらの致命傷を避け、倒せれば十分。
少女は淡々と斬りかかる。初撃をかわされ、反撃される。
痛いと思う気持ちは無く、ただ体力を削られたことを、自覚する。
動作を修正し、再度斬りかかる。今度は当たり、反撃はかわす。
三度斬りかかり、倒す。
倒した魔物は、ゴールド、つまりお金や、道具を持っていることがあるという。
村でお金など使わないため、知識としてしか知らないが、旅には絶対に、ゴールドが必要になるという。
どろどろとした体液を流す魔物の死体を、躊躇無くさぐる。
少しのゴールドと、薬草を見つける。
体力は削られたが、まだ薬草を使うほどではない。
戦利品をしまい、再び南を目指す。
何度か魔物と戦い、必要を感じれば薬草も使う。
途中で力尽き動けなくなり、昨日の朝を最後に何も食べていないことを、思い出す。
空腹は感じないが、必要だから食糧をかじり、水を飲む。
そうして半日ほど進んだ頃、森の中に一軒の家を見つけた。
家の近くには、盛り上がった土の上に、木を組み合わせ十字にしたものが立てられている。
亡くなった者の墓であったが、見たことが無い少女にはわからない。
家の前にいた犬が尻尾を振り、吠えながら走り寄って来る。
「わん、わん、わん!」
少女は、飼い慣らされた動物を見たことが無い。
咄嗟に武器を構える。
犬が尾を垂らし、悲しそうに鳴く。
「くーん、くーん。」
外の世界には魔物だけでなく、悪意の無い動物もいるという。
少女は、剣を下ろす。
犬が元気を取り戻し、じゃれかかってくるのを見ながら、家の戸を叩く。
「開いてるよ!入ってきな!」
威勢の良い声が聞こえ、少女は中に入って行く。
家の中にはひとりの、髭面の男がいた。
顔の半分を髭で覆われ、年の頃はよくわからない。
「なんだ、おめえ!旅のもんかい?」
「旅の?……うん、わたしは、旅に出た。ここは、どこ?」
「ここは、木こりの家だ。……にしても、おめえ。湿気た面してるな。オレはよう、陰気臭いガキは、でえきらいなんだよ!」
「……そう。わたしが、嫌いなの。」
「てめえみたいなガキは、さっさと山を下りやがれ!南に行けば、お城があるからよ!」
「わかった。南にお城ね。ありがとう。」
少女は踵を返し、扉に手をかける。
木こりが苛立ったように、声を上げる。
「ちょっと待った!なんだ、おめえの格好は!?それじゃ、旅はできねえぞ!」
(格好。服?全部焼けて、これしか無いのに。なにを言ってるんだろう)
意味を測りかねて木こりを見つめる少女に、さらに木こりがたたみかける。
「あっちの部屋の、壺の、中に!色々、入っているから!持って、行きやがれ!」
(この人は、わたしが嫌いと言ったのに。なにを、考えてるんだろう)
わずかに戸惑いを感じながらも、冷静な頭が必要なことを判断する。
「ありがとう。もらっていく」
壺の中から、皮の鎧を見つける。慣れない防具に手間取りながらも、身に着けていた普段着の上から装備する。
他にも、薬草、少しまとまった額のゴールド、本で見たことのある命の木の実を手に入れる。
村のみんなは、自分を生き延びさせるために、犠牲になった。
減った体力を回復する薬草と違い、元々の体力自体を底上げする、命の木の実。
まだ弱い自分が生き延びるためには、これはすぐにも食べたほうが良い。
村を出て初めて人に会い、少しだけ蘇りかけた感情が、生き延びたくなんて無いと訴えるが、冷静な行動を止めるほどの力は無い。
苦い木の実を噛み砕き、水で飲み下す。
隣の部屋の木こりに、声をかける。
「色々、ありがとう。それじゃあ、わたしは行くから。」
「けっ、やめてくんな!ケツが、かゆくならあ!」
木こりの返事を受け、家を出る。
南にあるという城を目指し、さらに森を進む。
何度か魔物に遭い、攻撃を受けるが、皮の鎧のおかげで、削られる体力が明らかに減っている。
僅かな感情は木こりを思い出して戸惑い、冷静な頭はこれで薬草が節約できると判断する。
日も暮れかかった頃、城に到着した。
「ここは、ブランカのお城だ。」
入り口にいた兵士が、教えてくれる。
「ここは、ブランカ。これが、お城。」
立ち並ぶ石造りの立派な家々に、さらに立派な、巨大な建物。
山奥の村には、簡素な木造りの建物しか無かった。
余りの規模の違いに、ほとんど麻痺した感情も圧倒される。
元々、好奇心旺盛な年頃の少女。通常の状態であれば、はしゃぎ回っていただろう。
少しだけ浮き上がった心で辺りを見回すと、巨大な建物、城のほうから、数人の集団が歩いて来るのが見える。
装備を見るに、旅人の一行だろうか。
武器防具で身を固めた先頭の男、これは、戦士。
続く、全身を覆い隠すきっちりとした服の男、これは、神職の何か。
三番目の、肩も腕も足も剥き出しの軽装は動きやすそうだが、いかにも動きにくそうな踵の高い靴を履き、頭には動物の毛でできた二本の角のような飾りをつけた女、これは、……わからない。全体として、旅に向いた格好とは思えない。
母と自分以外の女性は、初めて見る。外の女性は、これが普通なのだろうか。
最後の、大きな荷物を背負った、身形も恰幅も良い年配の男、これは、商人。
好奇心の赴くまま、先頭の戦士に声をかける。
「あなたたちも、旅をしているの?」
戦士は少女に目をやり、気安く応じる。
「ああ!ボクたちは、魔物たちを倒すために旅をしているんだ。キミも、ボクたちの仲間に、加わらないか?」
仲間。
村があんなことにならなければ、シンシアが一緒だったかもしれない。
浮き上がった心が、また少し沈む。
でも、弱い自分が、ひとりで旅するよりはと、冷静に判断する。
「仲間に、いれてくれるの?」
軽装の女が、声を上げる。
「ちょっと、うちはもう四人いるのよ。徒歩で効率良く旅するなら、四人組が常識でしょ。」
戦士は頭を掻く。
「あ、そうだった。ごめん!キミはキミで、自分の仲間を探すことだね。」
女が続ける。
「んもう。こんな子供に、いい加減なこと言って。ごめんね、お嬢ちゃん。あなただからってことじゃないのよ、悪く思わないでね。」
「ううん、大丈夫。仕方ない」
冷静な頭は、相手の事情も自分の強さも見合わせて、仕方ないと判断する。
奥底の感情は、シンシアの代わりなんていらないと叫ぶ。
神職の男も、取り成すように言う。
「君も、魔物を退治に出るつもりなのかい。世界を救うはずの勇者が、魔物たちに殺されたと言うから、君のような小さい子も頑張っているんだね。しかし、心配するな。世界は、我々が救ってみせる。お嬢ちゃんは、安心して家に帰りなさい。」
「そうよ、私たちに怖いものなんてないんだから!」
「魔物退治にいろんなとこを回るのも、えろうもうかりまっからな!」
女が続き、商人が茶化して盛り上げる。
(世界を救う、ユウシャ?わたしの、こと?)
「じゃあ、そろそろ行こうか。ほんとにごめんね、また会おう!」
「お嬢ちゃん、ばいばい。」
「暗いから、気を付けて帰るんだよ。」
「ほな、さいなら。」
「うん、さよなら」
四人組を、見送る。
帰る家は無いが、確かにもう暗い。旅先では、宿屋に泊まるものだという。
宿屋を探し、歩き出す。
(世界を救う、ユウシャ。殺された、ユウシャ。殺されたのは……シンシア。ユウシャは、わたし。わたしは、生きてる。わたしは、世界を救うの?そのための、旅だったの?)
教えられていた宿屋の目印が描かれた看板を見つけ、入る。
宿の主人が少女に気付き、声をかける。
「旅人の宿にようこそ!って、お嬢ちゃん、ひとりかい?お父さんか、お母さんは?」
「いない。お金はあるから、泊めてほしい」
「……そうか……。」
魔物に襲われて身寄りを無くした子供など、多くは無くとも、珍しくも無い。
路頭に迷うほど小さな子ならともかく、何とか生きて行けそうなのであれば、過剰に世話を焼くことも無い。
主人はしばし考え込んだあと、気を取り直して明るく言う。
「よし、わかった!夕飯は、食べたかい?」
「まだ」
「すぐに食べるかい?」
「うん」
「それじゃあ、すぐに部屋に持って行くからね。体を拭くお湯も、あとで持って行くから。他にも困ったことがあったら、おじちゃんに言いな!」
「ありがとう。武器と防具を拭ける布があったら、分けてほしい」
「ちょっと待ってな。これでいいかい?」
「大丈夫。ありがとう」
言われた金額を払い、部屋に入る。
細かい手入れができる道具は無いが、もらった布で、武具の汚れを丁寧に落とす。
明日になったら、店を探して、道具を買い揃えねばならない。
(わたしが、世界を救う。そのために、みんなはわたしを、守ってた?そのせいで、みんなは死んだ?世界を、救う。みんなのいない、世界を。)
運ばれてきた料理を、食べる。
味はわからないが、とにかく食事は摂らないと、動けない。
(わたしが世界を救わないと、みんなが死んだのが無駄になる。でも、もう。みんな、いない。誰も、喜んでくれない)
お湯が運ばれ、食器が下げられる。
旅と戦いとで、汚れた体を拭く。
(世界を、救う。なにから、救う?どうやって、救うの?なにをすれば、いいの?)
体を拭き終え、残り湯で服を洗う。
(わたしは旅をするんだって、みんな言ってた。旅をして、探せばいいの?)
使い終わった桶を、言われた通りに廊下に出す。
ベッドに、横になる。
(わたしを殺そうとしたのは、わたしがいると、困るひと?世界を傷付ける、ひと?あのひと……デスピサロ!)
旅の詩人を装い、人の良い宿屋の主人に取り入り、自分に近付き、居場所を、正体を突き止めて、魔物を率いて村を襲った。
誰が悪かったのか、自分が悪かったのか。
(悪いのは、あのひと)
麻痺していた感情に、暗い憎しみの火が灯る。
親しい人のいない世界を、喜んでくれる人のいない世界を。
救いたいかどうか、救えるかどうか、わからない。
でも、あの男は、許さない。
仲間なんていらない、シンシアやみんなの代わりなんていない。
自分は、ひとりで、あの男を探し出し、殺す。
親しい人たちを喜ばせるためだけに、真っ直ぐに生きてきた少女の心に、染みを落とすように、黒い想いが宿った夜だった。
後書き
その決意は、救世の希望か、破滅への入り口か。
憎しみを力に変えて、少女は歩き出す。
次回、『5-03踏み出す少女』。
6/1(土)午前5:00更新。
ページ上へ戻る