DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
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五章 混沌に導かれし者たち
5-01山奥の少女
深い森に包まれた、山奥の村。
ひとりの小柄な少女が剣を構え、同じく剣を握った屈強な男と向き合っている。
お互いに相手を見据え、微動だにしない。
と、突風が吹き抜け、男の剣が揺らぐ。
瞬間、少女が間合いを詰め、斬りかかる。
男は待ち構えたように身をずらして刃を躱し、剣の腹で少女を打ち据える。
吹き飛んだ少女が、木の幹に叩きつけられる。
男が声を張り上げる。
「どうした!もう、お終いか!」
少女は身動ぎ、叫び返す。
「くっ……まだまだ!」
少女は立ち上がろうとするも、体が動かない。
「やる気があるのは良いがな。まだまだ、だな。」
「ううっ……これくらい……」
「わかった、わかった。今日は、ここまでだな。」
男が少女を担ぎ上げる。
「ま!まだ、やれるってば!」
「自分の限界を知るのも、修業のうちだぞ。」
「ううー……」
少女は悔しげにしながらも、体が動かないこともあり、おとなしく男に運ばれて行く。
「ううー、悔しいなあ。いつになったら、師匠から一本取れるんだろ」
「お前みたいなちびっこに簡単に負かされるようじゃあ、こっちの立場が無いな。」
「ちびじゃないもん!普通だもん!……たぶん」
村に自分以外の子供がいないため、少女の言葉はしりすぼみになる。
「焦るな。お前は今に、誰より強くなる。」
「師匠よりも?」
「ああ。」
「今にって、いつ?」
「さあな。努力次第だ。」
「師匠!明日は、朝早く行くからね!」
「だから、焦るんじゃない。朝は、老師の魔法修業があるだろう。どうしてそんなに、焦ってるんだ。」
「だって、わたしは強くならないといけないんでしょ?わたしが強くなれば、みんな喜ぶもん。なのに、わたしは一番弱いから。師匠も老師も、村のみんなはすごく強いのに」
「……お前は、まだ子供だ。弱いのは、子供だからだ。大人になるまでは、みんなで守ってやる。」
「……うん。でも、やっぱりわたし、頑張るよ。みんなが喜んでくれると、嬉しいから。」
「……そうか。頑張れよ。ただ、あまり焦るな。」
「うん」
「ユウ!」
男に担がれ、訓練場から村の広場に帰り着いた少女に、風変わりな若者が走り寄ってくる。
緑の髪に瞳と白い肌は少女と似ているが、細長く尖った耳をして、頭に羽根飾りを付けている。
「シンシア」
「また、そんなにぼろぼろになって!」
「だって、訓練だもん。仕方ないよ」
「やり過ぎなんだよ!師匠も師匠だよ、ユウはまだ子供なのに」
「これでも、加減してるつもりなんだがな。まあ、後は任せる。ユウ、また明日な。」
言いながら、男は少女を若者に押し付ける。
「あっ、ちょっと師匠!」
「ありがとうございました!また、明日!」
「……まったく。仕方ないな」
まだぶつぶつ言いながらも、若者は少女に回復呪文を唱える。
回復した少女が若者の手を離れ、地面に降り立つ。
「ありがと、シンシア」
「あんまり、心配させないでくれよ」
「みんなは、わたしが強くなると、喜ぶのに。シンシアは、あんまり嬉しそうじゃないね」
「……心配、してるんだよ。」
「シンシアは、わたしが強くならないほうが、いいの?」
「そうじゃないけど。……強さなんて、必要なければいいと思うよ」
「……?よく、わからない」
「いいんだ、わからなくて。ユウ、僕たち、このまま、いつまでも一緒にいられたらいいのにな……」
「そうだね。わたしが村のみんなより強くなったら、村を出て旅に出るんだって。シンシアも、一緒に行こうね」
「ああ。そうだね……」
シンシアと別れ、少女は帰宅する。
「ただいま。おとうさん、おかあさん」
家では、少女の両親としては、些か年配の夫婦が出迎える。
「お帰り、ユウ。今日も遅かったね。」
「お腹が空いただろう。早く、手を洗ってお座り。」
「うん。今日もまた、師匠に勝てなくて。いっぱい動いて、お腹空いた」
「だいぶ、動きが良くなってきてるそうじゃないかい。」
「でも、勝てないんだもん。ほんとかなあ」
「あの人は、お世辞は言わないよ。大丈夫、強くなってるよ。」
「うん。わたし、もっと強くなって、早く旅に出られるようになるね。」
「まだまだ、子供なんだから。ずっと先の話だよ。」
「そうだよ、そんなに寂しいことを言わないで。まだまだ一緒に、暮らすんだから。」
「そうなんだ。でも頑張って、強くなるからね。」
翌朝、日課の走り込みと素振りを済ませ、朝食を摂った少女は、家を出て、魔法を教える老人の元に向かう。
「老師!おはようございます!」
「うむ、今日も早いの。今日は、ライデインの呪文を教えてしんぜよう!」
「老師。いろいろ教えてもらってるのに、わたし、まだニフラムしか使えないよ。老師もシンシアも、たくさん魔法が使えるのに。わたしほんとに、使えるようになるのかな?」
「うむ。魔法を使うには、素質と知識の他に、魔力が必要じゃ。お前はまだ魔力は低いが、強力な魔法を使えるようになる素質を持っておる。地道に魔力を増やす修業をすること、いずれ魔力が上がった時に備えて、知識を増やすことが肝要じゃ。魔道は、一日にして成らずじゃて。」
「うん、わかった。頑張る」
老人の元で魔法の講義を受け、魔力を高める瞑想を終えて、昼食までの僅かな時間、村内を散歩する。
村の入り口に近づき、見張り役の男にいつものように止められる。
「村の外へ出たいのか?まだ早い。今のお前では、まだまだ力不足なのだ。」
毎日の恒例のようなものなので、止められて素直に引き下がり、さらに歩き回る。
外の者など訪れたことの無い村の中、いつものんびりとしている宿の主人が、慌ただしく動き回っている。
「宿屋さん?」
「うわっ!……な、なんだ、ユウか。驚かせないでくれよ。」
「なんで、おどろくの?」
「……内緒にしてくれよ。実は、村の掟を破って、迷い込んできた旅人を泊めてしまったんだ。」
「……泊めちゃだめなら、どうして、宿屋さんをやってるの?」
「それは、もしもの時に嗅ぎ回られたりしないように、って。いや、村には宿屋があるものなんだよ。じゃあ、忙しいから、またね。」
宿の主人は、どこかに行ってしまった。
まだ未熟な少女は、出ることを許されない村の中。
本来訪れることの無い、外からの旅人。
少女は、宿の中に入って行った。
宿の中には、美しい青年がいた。
シンシアのような尖った耳をした、しかし彼とは違い、ひどく冷たい雰囲気を纏った、長い銀髪の青年。
(なんだか、こわいひと)
少女は声をかけることなく、ただ青年を見つめる。
青年が少女に気付き、顔を向ける。
と、冷たい空気は霧散し、人好きのする笑みを浮かべた。
「ほう……。この村には、君のような子供もいたのですか。」
「……」
「そう、警戒しないで。私は、旅の詩人。山道で迷ってしまい、この村に辿り着いたのです。」
「……しじんって、なに?」
「詩を作り、歌を歌う者のことですよ。」
「歌を、歌うの?上手なの?」
「詩人を、名乗っていますから。それなりには。なにか、歌ってみましょうか?」
「うん。ききたい」
そうして、青年は歌い出す。
母やシンシアが歌ってくれるものとは違う、少女の聴いたことの無い、美しくも不思議な歌を。
知らない景色、知らない種族。まだ見ぬ世界を謳う歌。
少女は歌の世界に引き込まれ、聴き惚れる。
歌が終わり、少女は頬を上気させて賞賛する。
「すごいね!こんなの、初めてきいた!シンシアもすごく上手なんだけど、あなたもすごいんだね!」
「ありがとう。こんな山奥に村があったとは、聞いたことが無かったから。いつもは、あまり人は来ないのかな?」
「全然こないよ。外の人なんて、初めてみた」
「そうか……。シンシアというのは、お友達かな。君くらいの、子供なのかい?」
「子供は、わたしだけだよ。シンシアは、みんなの中では一番若いみたいだけど。なんだか、ずっと変わらない」
「……そうか。」
「あ、わたし、もう行かなくちゃ。お昼に遅れると、おかあさんに叱られちゃう」
「そうですか。ところで、君の名前は?」
「みんなは、ユウって呼ぶ。あなたは?」
「……私は、デスピサロ。」
「……デス、ピサロ。」
「では、ユウ。気を付けてお帰りなさい。色々教えてくれて、ありがとう。」
「あなたも、歌をありがとう。迷わず、帰れるといいね。」
「ええ。私は、大丈夫ですよ。」
青年の笑みが、深まる。
(やっぱり、ちょっとこわいかも)
少女は、急いで家へと帰る。
「ただいま、おかあさん。おとうさんは?」
「ああ、お帰り。おとうさんは、池で釣りをしているんだよ。いい子だから、お弁当を届けてきておくれ。」
「うん、わかった」
「帰ってきたら、お前もすぐに食事にしますからね。」
お弁当を持って、村の奥の池を目指し、広場を通りかかる。
広場の花畑では、シンシアが寝転がり、空を見上げていた。
(やっぱり、あの人とは全然ちがう。シンシアは、こわくない)
シンシアが少女に気付き、微笑んで体を起こす。
「ユウ」
「シンシア」
「こうして寝転がってると、とても気持ちいいよ。ユウも、どう」
「おとうさんに、お弁当を届けにいくの。お昼ごはんも、まだだし。また、今度ね」
「そうか。それじゃ、またね」
池の側に父を見つけ、声をかける。
「おとうさん」
「おお、ユウ。お弁当を持ってきてくれたのか。」
「うん。釣れた?」
「まだ、これからだな。ところで、ユウや。お前はいくつになったかな。」
「もうすぐ、十三才だよ」
「ふむ。まだまだ、子供だな。よいか。強く、正しく、生きるのだぞ。例え、何が起こってもな……。」
「……?うん。おかあさんが待ってるから、わたし帰るね。釣り、頑張ってね」
池から引き返し、再び広場を通りかかる。
シンシアはおらず、村の狩担当の男がいた。
「狩人さん、こんにちは」
「ああ、こんにちは。宿屋に行ったり、してないか?」
「行ったよ。詩人さんに、歌ってもらった。すごく、上手だった!」
「……そうか、会ってしまったか。悪いことが、起きなければ良いが……。」
「行ったら、いけなかった?」
「いや、済んだことはいいんだ。そもそも、あいつが掟を破ったのがいけないんだからな。仕事柄、あいつはいつも宿に人を泊めたがっていたからな。全く、仕方の無い奴だ。」
(宿屋さんなのに、人を泊めたらいけないなんて。やっぱり、変なの)
「おかあさんが、待ってるから。もう行くね」
「ああ。気を付けて帰れよ」
(まだ子供だからって、いまさら転んだりしないのに。なにに、気を付けるんだろ)
「ただいま、おかあさん。お弁当、届けてきたよ」
「お帰り、ご苦労だったね。お前もすぐ、ごはんにするかい?」
「うん。早く食べて、師匠のとこに行くんだ」
「じゃあ、そこにお座り。すぐに支度をするから。」
母は台所に向かい、少女が手を洗って席に着いたところで、宿の主人が駆け込んできた。
「つ、遂にこの村が、魔物たちに見つかったんです!奴らは村の、すぐ側まで来てて!」
「まあ、大変!」
母が少女に駆け寄り、腕を引いて立ち上がらせる。
「ユウや、私のことはいいから、すぐにお逃げ!」
「え?逃げるんなら、おかあさんも」
「さあ、私について来てください!」
宿の主人は少女の手を引き、強引に家から連れ出す。
「待って!どうして、わたしだけ逃げるの?おかあさん!」
家を出ると、見張り役の男が声をかけてくる。
「魔物は、俺たちで食い止める!ユウを早く、安全なところへ!」
「わたしも戦えるよ!逃げるなら、みんなで逃げようよ!」
「いいから、行け!」
宿の主人は少女を引きずり村の奥へと向かい、見張り役は村の入り口へ走って行く。
シンシアが駆け寄って来る。
「ユウ!君にもしものことがあったら、僕は……。とにかく、隠れて!僕も、すぐに行くから!」
「シンシア!絶対だよ、ちゃんと来てね!」
「ああ!」
シンシアの約束に少し落ち着きを取り戻し、少女は連れられて行く。
剣の師が、こちらに向かってくる。
「くそー!魔物どもめ!遂に、ユウの居場所を突き止めたか!もう少し時間があれば、ユウを立派な勇者に育てられたのに!」
「立派な、ユウシャ?」
「私も、魔物を食い止めに向かいます!あとは、お願いします!」
「ああ、俺もすぐに行く。ユウ、ついて来い!」
師に連れられてさらに走る中、父の姿を見つける。
「おとうさん!」
「ユウ!」
「おとうさん、魔物に見つかったって、みんな、わたしを逃がそうとして」
「ユウや、遂に来るべき時が来たようだ。今まで黙っていたが、私たち夫婦は、お前の本当の親では無かったのだ。」
「本当の、親?」
「詳しい話をしたいが、今は時間が無い……。さあ、早く隠れるのだ。」
父も、村の入り口へ向かい走って行く。
「おとうさん!待って!本当のって」
「行くぞ、ユウ!」
師に連れられて、村の最奥、地下倉庫の中へと辿り着く。
中で働いていた倉庫番の男が、顔を上げる。
「どうした?そんなに慌てて。」
「魔物が、攻めてきた!」
「どひゃー!それじゃ、戦わなくては!」
倉庫番はよく手入れされた武器を手に取り、外へと駆け出していく。
師は倉庫の奥の壁を操作し、隠し部屋の扉を開いた。
少女は、隠し部屋に押し込められる。
「師匠、どうしてみんな」
「いいか、よく聞けユウ。魔物たちの狙いは、お前の命!魔物たちは、お前が目障りなのだ。」
「どうして」
「お前には、秘められた力がある。いつの日か、どんな邪悪な者でも倒せるくらいに、強くなるだろう。しかし、今のお前はまだ弱い。とにかく逃げて、生き延びるのだ!わかったなっ!」
「そんな、わかんないよ!ひとりで逃げて、生き延びるなんていやだ!」
師に縋り付こうとする少女を遮るように、隠し部屋の扉が閉じられる。
「師匠!待って!わたしも、戦う!師匠!」
隠し部屋の扉を何度も叩き、引っ掻くが、開かない。
他に出口が無いかと、必死になって部屋の中を引っ掻きまわしているうちに、シンシアが扉を開いてあらわれた。
「シンシア!」
駆け寄り、縋り付く。
「シンシア、良かった!みんな、わたしを置いて、行っちゃうかと思った」
シンシアは少女を抱きとめ、抱き締め、囁く。
「ユウ……。今まで、君と一緒にいられて、とても楽しかったよ……。」
「シンシア?」
シンシアは少女の身体を離し、扉や壁を探って傷付いた少女の手を取り、苦笑する。
「本当に、ユウは無茶ばかりするね。……ホイミ。」
少女の傷が、癒える。
シンシアは、少女の瞳を見据える。
「もう、治してはあげられないけれど。……大丈夫。君を、殺させはしない。……モシャス。」
シンシアの、姿が歪む。
歪みが消えた時、少女の目の前には、鏡のように自分と同じ姿をした少女がいた。
「……シンシア?……どうして、モシャスなんて」
「さようなら。ユウ……。」
呆然としている少女を置いて、少女の姿を写した若者は立ち去り、再び扉が閉じられる。
「……シンシア……シンシア!やだ!やめてよ!そんなの、いやだ!」
我に返った少女は、再び扉を、出口を探る。
魔物たちの重い足音が、戦いの音が、近付いてくる。
『魔物たちの狙いは、お前の命!魔物たちは、お前が目障りなのだ。』
師の言葉を、思い出す。
僅かに残った冷静な心が、叫ぶ声を止めさせる。
扉は開かず、出口は見つからない。
しゃがみ込み、膝を抱えて、叫び出したい気持ちを抑え込む。
(大丈夫。シンシアも、師匠も老師も、おとうさんもおかあさんも、他のみんなも。みんな、強いんだもん。魔物なんかに、負けたりしない)
武器のぶつかりあう音、呪文の詠唱の声。
(立派な、ユウシャって?ただ、強くなるだけじゃ、なかったの?)
怒号、悲鳴、爆発音。
(本当の、親って?そうじゃないって、どういうこと?)
他の家族を知らない少女には、意味するところがわからない。
減っていく、音。
(わたしの命が、狙いって。もしも、みんなが。わたしのせいで。ううん、そんなことない。きっと、大丈夫)
野太い声が響く。
『デスピサロ様!勇者ユウを、仕留めました!』
玲瓏な声が、応える。
『おお、でかしたぞ!よくぞ、勇者を仕留めた!貴様には後で、褒美を取らせよう。では、皆の者。引き上げだ!』
(……ユウシャ、ユウって。わたしは、ここにいるのに。デスピサロ、って。あのひと。)
重い足音が、遠ざかって行く。
辺りが静まりかえっても、少女は動けずにいた。
後書き
平和な日常は破られて、想像もしなかった非日常が、取って代わる。
全てを失った少女は、独り、旅立つ。
次回、『5-02悲しみの少女』。
5/29(水)午前5:00更新。
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