ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
Four days
昨日までの冷え込みが嘘のような、あたたかい微風が芝生の上をそっと吹き抜けていく。陽気に誘われたのか、小鳥が数羽庭木の枝にとまり、人間たちの様子を興味深そうに見下ろしている。
サーシャの教会の広い前庭には、食堂から移動させた大テーブルが設置され、時ならぬガーデンパーティーが催されていた。大きなグリルから魔法のように料理が取り出されるたび、子供たちが盛大な歓声を上げる。
「こんな旨いものが……この世界にあったんですねえ……」
昨夜救出されたばかりの『軍』最高責任者シンカーが、アスナが腕を奮ったバーベキューにかぶりつきながら感激の表情で言った。
隣ではユリエールがにこにこしながらその様子を眺めている。第一印象では冷徹な女戦士といった風情の彼女だったが、シンカーの横にいると陽気な若奥さんにしか見えない。
そのシンカーは、昨日は顔も見る余裕がなかったのだが、こうして改めて同じテーブルについてみると、とても巨大組織『軍』のトップとは思えない穏やかな印象の人物だった。
背はアスナより少し高い程度、ユリエールよりは明らかに低いだろう。
やや太めの体を地味な色合いの服に包み、武装は一切していない。隣のユリエールも今日は軍のユニフォーム姿ではない。
シンカーは、キリトの差し出すワインのボトルをグラスで受け、改めて、という感じでぐっと頭を下げた。
「アスナさん、キリトさん。今回は本当にお世話になりました。何とお礼を言っていいか……」
「いや、俺も向こうでは『MMOトゥデイ』にずいぶん世話になりましたから」
笑みを浮べながらキリトが答える。
「なつかしい名前だな」
それを聞いたシンカーは丸顔をほころばせた。
「当時は、毎日の更新が重荷で、ニュースサイトなんてやるもんじゃないと思ってましたが、ギルドリーダーに比べればなんぼかマシでしたね。こっちでも新聞屋をやればよかったですよ」
テーブルの上に和やかな笑い声が流れる。
「それで……『軍』のほうはどうなったんですか……?」
アスナが訊ねると、シンカーは表情をあらためた。
「キバオウと彼の配下は除名しました。もっと早くそうすべきでしたね……。私の争いが苦手な性格のせいで、事態をどんどん悪くしてしまった。──軍自体も解散しようと思っています」
アスナとキリトは軽く目を見張った。
「それは……ずいぶん思い切りましたね」
「軍はあまりにも巨大化しすぎてしまいました……。ギルドを消滅させてから、改めてもっと平和的な互助組織を作りますよ。解散だけして全部投げ出すのも無責任ですしね」
ユリエールがそっとシンカーの手を握り、言葉を継いだ。
「──軍が蓄積した資財は、メンバーだけでなく、この街の全住民に均等に分配しようと思っています。いままで、酷い迷惑をかけてしまいましたから……。サーシャさん、ごめんなさいね」
いきなりユリエールとシンカーに深々と頭を下げられ、サーシャは眼鏡の奥で目をぱちくりさせた。
慌てて顔の前で両手を振る。
「いえ、そんな。軍の、いいほうの人達にはフィールドで子供たちを助けてもらったこともありますから」
率直なサーシャの物言いに、再び場に和やかな笑いが満ちた。
「あの、それはそうと……」
首をかしげて、ユリエールが言った。
「昨日の女の子、ユイちゃん……はどうしたんですか……?」
アスナはキリトと顔を見合わせたあと、微笑しながら答えた。
「ユイは――お家に帰りました……」
右手の指をそっと胸元にもっていく。そこには、昨日まではなかった、細いネックレスが光っていた。華奢な銀鎖の先端には、同じく銀のペンダントヘッドが下がり、中央には大きな透明の石が輝いている。類滴型の宝石を撫でると、わずかなぬくもりが指先に沁みるような気がした。
それを見ながら、思わず微笑んだアスナの傍らで、例の赤毛で逆毛の少年があれっ?と声を上げた。
「あの男の子と女の子ってどこ行ったんだ?」
その声を聞き、アスナとキリトは思わず周りを見回したが、特徴的な漆黒と純白の頭は見えなかった。
「っふうぅ。まったく何だったんだろ、アレ」
小さく愚痴を言いながら、レンは歩いていた。その背には、すぅすぅと可愛らしい寝息を立てるマイがいた。少々重いことは否めないが、そこは慣れ。もう足がプルプル震えることもなくなった。
二人が――正しくは歩いているのはレン一人だが、アインクラッド第三十九層のフィールド。一応《圏外》だが、ここら辺のMobはたとえ目を瞑っていても勝てるレベルなので、問題ない。と思いたい。
周囲の雲海の白は、沈みかけた陽光の光を乱反射して紅に輝いている。
その光がレン達をやさしく照らし出す。
その中をレンはただただテクテクと歩き続ける。
いくら雲海だけのフロアといっても、フロアの端から端まで見渡せるほどの何にも無さではない。ところどころに、林以上森未満と言った感じのものが点在している。
その中は雲海の間にある通路より、少しだけモンスターの湧出数が高く設定されているので、レンはそこをできるだけ避けるようにして懐かしの我が家を目指す。
だが三十九層は基部フロアではないが、そこそこの広さを誇る。
マイをおんぶしたままのんびりと歩くうちに、みるみる陽光の色は赤紫色から青紫色へと変化していった。
レンの視界が、索敵スキルによって自動的に暗視モードに切り替わる。
半ば癖みたいなもので、周囲を軽く見回す。少なくとも周囲百メートルほどには、モンスターはおろかプレイヤーのカーソルさえも無かった。
安心して、再度レンは歩き出す。
そんな時だった。
「少し待ってくださいませんか?少年」
ゾン、と。いきなり顔のど真ん中に日本刀でも突き刺されたような、女の声。
そして、レンの背中に冷水が流し込まれたような悪寒が走った。
気付けなかった。
その女は木の幹に隠れていた訳でも、背後から忍び寄ってきた訳でもない。レンの行く手、十メートルぐらい先の木々の間に立っていた。
暗がりで見えなかったとか、気が付かなかったとか、そんな次元ではない。確かに一瞬前まで誰もいなかった。それは、先ほどの索敵で確認している。
だが、たった一度瞬きした瞬間、そこに女は立っていたのだ。
「何を心配しているのですか?少年。……あぁ、モンスターはポップしないのでご安心を」
理屈よりも体が──無意識に両腕に全身の血が集まっていく。女が醸し出す、ギリギリと全身をロープで絞られるようなオーラに、レンは直感的にコイツはヤバイと感じ取った。
その女は一目で判るかなり特徴的な服装をしていた。後ろできっちりと縛られた濡れたように光る黒髪。きっちり着こなされた純白の白衣に、目も覚めるような真っ赤な緋袴。きっちり履かれた草履。
まあ、俗に言う《巫女服》だった。ちなみに正式名称は、巫女装束らしい。一瞬コスプレか?とか思ったが、背中腰辺りにぶら下げているモノを見てすぐさまその思考を打ち消す。
それは、長さ一メートル半ほどの長さを誇る日本刀だった。相当なランクなようで、それは周囲に凍える殺意を振りまいていた。
刀身は鞘に収まっていて見えないが、まるで古い日本家屋の柱みたいな歴史を刻んだ漆黒の鞘が、すでに《本物》を裏付けていた。
「お初にお目にかかります、少年」
そのくせ本人は緊張した様子を微塵にも見せない。
まるで世間話のような気楽さが、かえって怖い。だからレンも負けじとばかりに、発する声に平静さをプラスする。
「………こちらこそ初めましてだね、おねーさん。えーと……」
「失礼、名乗り遅れました。私の名前はカグラ、と申します。我が主の命により、その子を《回収》しに来ました」
「かい……しゅう?」
こんな状況であっても、レンは思わず首を傾げた。意味が解からない。
いや、解かろうとしたくない、のか。唯一解かるのは、その子と言うのがレンではなく、背中ですやすや眠るマイのことを言っていることだ。
だが、レンのそのふざけた態度を見ても、女──カグラは切れ長の眼をコンマ数ミリ細めただけだった。
「ええ、回収です。できれば私は少年、あなたを傷付けたくはありません。黙ってその子を引き渡していただけたら、とても助かるのですが」
ゾッ、とした。レンは鋼糸と言う切札を持っていながら、それでも目の前の敵に明確な悪寒を覚えた。
だが、それをおくびにも出さずにあくまで平静さを保った声でレンは言う。
「……んー、もし嫌だって言ったら?」
なぜなら、退く理由など、どこにもなかったから。
そして、それに対する答えは、簡潔かつあっさりしてものだった。
「こうします」
ドン!!という衝撃が自身のように足元を震わせた。
まるで、爆弾でも爆発したかのような音だった。青い闇に覆われたレンの視界が、薄い土埃に覆われる。
やがて、晴れてきた土埃の向こうにレンが見たのは───
ばっくりと裂けた地面の姿だった。
「な……ッ!」
固まるレンを変わらず涼やかに見つめながら、カグラは立ち続けていた。
その手には──何もない。明らかに、腰のところにぶら下がっている長い日本刀で付けられた傷なのに、その細い手には何もない。刀剣類が鞘に収まる際に発されるしゃりん、という独特の音も、何もない。
レンとカグラの間には十メートルもの距離があった。加えて、カグラの持つ刀は一メートル半以上二メートル未満ほどの長さがあり、女の細腕では振り回す事はおろか鞘から引き抜くことさえも不可能に思えた───はずだった。
だが、レンの目の前の地面は豆腐のように切断されている。それは明らかに刀傷。
「やめてください」
十メートル先で、全くキーの変わらない涼やかな声。
「私から注意を逸らせば、辿る道は絶命のみです」
そう言うカグラの腰にぶら下がっている日本刀はきちんと鞘に納められている。少なくとも、先ほどからと同様、抜けられた気配はない。
レンは動けなかった。
自分が今ここに立っているのは、カグラがわざと外したから──かろうじてそう思うのが精一杯で、それさえ現実味が湧いてこない。あまりにも敵が非常識すぎて理解が追いつかない。
ついでに斬られたのだろうか、背後でドズン、と音を立ててでかい木の枝の落下音が聞こえた。本当にすぐ側に自らの身長よりはるかに大きい枝が落下したと言うのに、それでもレンは動けない。
動けない。
あまりの切れ味に、思わず奥歯を噛み締める。
そして、レンが真に驚愕したのはそこではない。その──速さ。一般プレイヤーより数ランク速い分、レンは速さにはある程度慣れている。超高速で打ち合う剣の軌道くらいは余裕で見切れる自信があるほどだ。
だが、その眼をもってしてもカグラの斬撃は速すぎた。恐らく大本は単純な刀スキルの派生スキル、《居合》だと思うが、抜刀はともかく納刀までも見えないというのは非常識すぎる。
カグラは、閉じていた目を静かに開き、
「もう一度問います」
カグラは僅かに両眼を細める。
「私は彼女を《回収》したいのです。なので直ちにその子を引き合わせてください」
カグラの声には、一切の淀みがない。その声は明確に言っていた。
この程度のことで驚くな、と。
その声に、レンは答えない。ただ両腕をじりじりと上げ、戦闘体勢を取る───
ゴッ!と言う音が再度響く。そして鮮血とともに、レンの両腕が宙を舞った。同時に灼熱した痛覚が、神経を焼く。
「がッ………ぁ」
思わずどさりと地に膝を着ける。手首辺りに新たに出現した切断面からは、冗談みたいな量の鮮血が滴っている。
せめて逃げようと思って、足にぐっと力を入れる───
ゴッ!三度の轟音。
力を入れた足が、ふくらはぎのところでズルリと斜めにずれる。どさっと地に着いた顔に、土がこびり付く。鼻に宵闇の空気をたっぷり吸い込んだ草の匂いが入り込む。
さくさく、と草を踏む音。
気配からして、カグラはレンを見下ろしているのだろう。しかし、それが背のマイを見ているのか、レンを見ているのかは判らない。
「………なぜあなたはそこまでしてその子を守るのですか?」
聴こえてきたのは、むしろ痛々しそうな小さな声。
「あなたが彼女にそこまでする理由はないはずです。我が主の加護を一身に受ける攻撃から、三十秒も逃げ切れれば上等です。それだけやれば彼女もあなたを責める事はしないでしょう」
「…………………………」
痛みで朦朧とする意識で、レンは考える。
そう、なのだろう。あの純白の少女はレンが何をやったところで責めたりするはずがない。むしろ、あの無垢な笑顔を浮かべて礼を述べるだけだろう。
だけど、とレンは思う。
だからこそ、レンはその無垢でその少女の髪の色のように真っ白な笑みを守りたいからこそ、レンは諦めたくないのだと。
もう、唯一動かせる部位になってしまった首を動かし、頭上にあるカグラの目を真正面から睨みつける。喰おうとするように、喰いつくさんとするように。
その両眼には、いまだ戦うという意思がはっきりと映っていた。
手が無くなれば、蹴り殺す。
足が無くなれば、噛み殺す。
頭が無くなれば、呪い殺す。
そんな意思が。
「………仕方ありませんね」
諦めたように息を吐き、カグラは今度はゆっくりと長刀を抜刀する。
初めて目にする事ができたその刀身は、宵闇の光を反射して輝いていた。こんな状況だったが、レンは綺麗だな、と思った。
その切っ先が真っ直ぐ自分の脳天に向けられる。
───終わりか………。
さすがに諦めの念が、心を満たす。レンは緩やかに目を閉じる。
そんな時だった。
「……適格者の出現を確認」
不意に耳元で声が聴こえた。無機質で、人間のものとは思えない、そんな冷ややかな声。
「ま……い……ちゃん?」
レンの思わず口から洩れ出た声にも一切の反応を見せず、マイの姿をしたモノは
「これより、ブレインバーストシステムの起動シークエンスを開始します」
言った。
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「また変なキャラ登場させたねー。今度は巫女?」
なべさん「そ。裏話は特にないけど、参考にしたのはとあるの神埼ねーちん」
レン「あー、なるほど確かに」
なべさん「えーと、それではお便り紹介です」
レン「えー、来てたのは二通だね。月影さんと、ルフレさん」
なべさん「毎度毎度、ありがとうございます」
レン「どっちの内容もおんなじ感じだね。原作ルート飽きたから、オリ展はまだかーだって」
なべさん「フッフッフー、その答えはまさに今回からだぁ!こっからオリジナル展開入りますので、お楽しみに!」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~」
──To be continued──
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