ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
ユイの正体
ほぼ完璧な人型と言えば、レンの脳裏に思い浮かぶのは、アインクラッド第十層で遭遇した、恐らくこのSAO始まってから初めての強敵を思い出す。
日本古来の城を中心とした城下町が舞台の第十層で遭遇し、赤い具足に身を包み、当時、まだ発見されていなかったエクストラスキル《刀》には、何度も戦慄させられたものだ。
人型Mobの怖いところは、その名の通り、ゴブリンやジャイアントなどの亜人と違いかなりプレイヤーと見分けがつかない外見をしている。
言語も喋ることもあり、カーソル・カラーを見ないと本気で騙される。
加えて、簡単なソードスキルを使用する亜人型と違い、人型はかなり高度なソードスキルを使ってくる。熟練度の高い剣技を使ってくるのはもちろんだが、そのスキルを駆使してかなり隙のない高度な戦いをしてくるのだ。戦闘に慣れていない者であれば、大ダメージは避けられない。
しかも、レンの目の前にいる影達、改めダーク・ローチ達は恐らくレンが見たモンスターの中で一番人間に近い人型だ。そして、名前の前に付く冠名詞からして、何らかの特殊攻撃の類は当然のごとく備えているだろう。
「………っく」
レンは歯噛みする。この状況に。何もできずにキリトに抱えられている自分に。
「……レン、この状況で逃げられると思うか?」
不意に耳元でキリトの、ひそひそ声が響く。いつ爆発するか解からないこの状況では、正しい判断だろう。だからレンも小声で、そしてあっさりと言う。
「全く」
あまりにも直球なレンの物言いに、キリトは一瞬苦笑してそっか、と言い、すぐに表情を改める。
「じゃあ戦うしかないみたいだな」
「まあね」
頷きあう二人に、アスナが堪らずと言った風に割り込む。
「ちょっと待ってよ二人とも!あんなの勝てっこないよ、今からでも遅くないわ。安全地帯に行って脱出しましょう!」
必死なアスナの制止の声にレンは笑顔で首を振る。
「そんなことしたら、すぐに追いつかれて全滅する。それだけは避けないといけないくらい、アスナねーちゃんには判るでしょ?」
「それは………ッ!」
更に言い募ろうとしたアスナを、今度はキリトがさえぎる。
「それにアスナ、もう判ってるんだろ?この状況を抜け出すためには、最低でも一人、犠牲になるしかないってことが」
「…………………………」
今度こそ完全に沈黙したアスナを尻目に、レンはゆっくりと両腕を上げて臨戦態勢を取る。
その隣で、キリトも背後のアスナを守るように二刀を構える。
不意にキリトが言う。
「レン、逃げてもいいんだぞ」
「冗談」
その短い応酬の中で、互いの覚悟は決まった。いや、確かめ合った、と言うのが正しいか。
──と、不意に、傍らに立つ二つの人影があった。小さなその姿。
艶やかな黒髪と、透き通るような純白の髪。背後にいたはずのユイとマイだった。二人とも、恐れなど微塵もない視線でまっすぐ影達を見据えている。
「「「───なッ!!」」」
レン、キリト、アスナが同時に悲鳴を上げる。今すぐ助けに行きたい。
だが、できない。
今、レン達が急に動けば、この緊迫した状況はたちまちのうちに瓦解するだろう。そうなればあの数からマイたちを救い出すことは絶望的な確率になるだろう。
「ばかっ!!はやく、逃げろッ!」
隣のキリトが必要最小限の声で、かつ悲鳴のように叫ぶ。暗黒のゴキブリどもは、着実な速度でマイとユイを取り囲みつつある。
あの鋭利な両手剣で集団で斬りつけられれば、マイやユイのHPは確実に消し飛んでしまう。
アスナもどうにか口を動かそうとしたみたいだが、唇がこわばって言葉が出ない。
だが、次の瞬間、信じられないことが起こった。
「だいじょうぶだよ、パパ、ママ」
言葉のあと、ユイはマイを見た。マイは頷く。ユイもそれに頷き返したのと同時にマイの体を地上に残し、ユイの体がふわりと宙に浮いた。
ジャンプしたのではない。見えない羽根で舞い上がるように移動し、二メートルほどの高さでぴたりと静止した。
次いで、右手を高くかかげる。
『All over objectaise 《Object Eraser version:Flare-sword》』
滑らかな英単語の羅列がユイの口から流れると同時に、ごうっ!!という轟音と共に、ユイの右手を中心に紅蓮の炎が巻き起こった。
炎は一瞬広く拡散したあとすぐに凝縮し、細長い形にまとまり始めた。
みるみるうちにそれは鋭い剣達へと姿を変えていく。焔色に輝く刀身が炎の中から現れ、後方へと伸び続ける。
やがてユイの周囲に出現した数百の剣は、優に彼女の身長を上回る長さを備えていた。熔融する寸前の金属のような輝きが通路を照らし出す。
剣の炎にあおられるように、ユイの身に着けていた分厚い冬服が一瞬にして燃え落ちた。
その下からは白いワンピースが現れる。不思議なことに、ワンピースも、長い黒髪も炎に巻かれながらも影響を受ける様子は一切無い。
そして、ユイはその炎に照らされながらも手を上に上げ──
「ふッ!」
鋭い呼気を吐きながらユイは手を振り下ろす。その動作と同時に、宙空に浮かんでいた炎の剣が恐るべきスピードで影達へと撃ちかかった。
あくまでメインシステムが単純なアルゴリズムに基づいて動かしているにすぎないボスモンスター達、その血走った眼球に、レンは明らかな恐怖の色を見た───ような気がした。
炎の剣の渦を身にまとったユイが、轟音とともに空中を突進していく。
影達は、自分よりはるかに小さな少女を恐れるかのように両手剣を前方に掲げ、防御の姿勢をとった。
そこに向かって、真っ向正面から数百の火焔剣が隕石のように降り注いだ。
一際激しく炎を噴く刀身が、横に掲げられた両手剣の柄とあちこちで衝突した。その輝きで、通路が外のように照らし出される。
と思う間もなく、再びユイの火焔剣が動き始めた。
途方も無い熱量で金属を灼き切るがごとく、じわじわと影達の持つ巨大な両手剣の柄に発光する刃が食い込んでいく。
ユイの長い髪とワンピース、そして影達が体に纏っている漆黒のマントが千切れんばかりの勢いで後方にたなびき、時折飛び散る巨大な火花がダンジョン内を明るいオレンジ色に染め上げる。
やがて───
轟、という爆音とともに、とうとう剣が真っ二つに断ち割られた。
直後、いままで蓄積していたエネルギーすべてを解き放ちながら、炎の柱と化した剣がダークローチの頭蓋骨の中央へと叩きつけられた。
「!!」
アスナとキリト、レンは、その瞬間出現した大火球のあまりの勢いに、思わず目を細めて腕で顔をかばった。
ユイの剣が完全に影達の体を貫通すると同時に火球が炸裂し、紅蓮の渦はゴキブリ達の体を巻き込みながら通路の奥へとすさまじい勢いで流れ込んでいった。大轟音の裏に、かすかな断末魔の悲鳴が響いた。
火炎のあまりのまばゆさに思わず閉じてしまった目を開けると、そこにはもうボスの姿は無かった。通路のそこかしこに小さな残り火がゆらめき、ぱちぱちと音を立てている。
その真っ只中にユイ、そしてマイだけが俯いて立ち尽くしていた。
床に突き立った無数の火焔剣が、出現したときと同じように炎を発しながら溶け崩れ、消滅した。
レンはいつの間にか地に着いていた膝を地面から引き剥がす。
傍らではアスナが、ようやく力の戻った体を起こし、細剣を支えにゆっくりと立ち上がっていた。わずかに遅れてキリトも立つ。
三人はよろよろと少女達に向かって数歩あゆみ寄った。
「ユイ……ちゃん……」
アスナがかすれた声で呼びかけると、少女はゆっくりと振り向いた。
小さな唇は微笑んでいたが、大きなふたつの瞳にはいっぱいに涙が溜まっていた。
ユイは、じっとアスナとキリト、そしてレンとマイを順に見つめると、やがて口を開き、ゆっくりと言った。
「パパ……ママ……。ぜんぶ、思い出したよ……」
王宮地下迷宮最深部、安全エリアとなっている正方形の部屋。
入り口は一つで、中央にはつるつるに磨かれた黒い立方体の石机が設置されている。
アスナとキリトは、石机にちょこんと腰掛けたユイを無言のまま見つめていた。レンはマイと一緒に部屋の壁際に二人でもたれかかっている。
ユリエールとシンカーにはひとまず先に脱出してもらったので、今は五人だけだ。
記憶が戻った、とひとこと言ってから、ユイは数分間沈黙を続けていた。その表情はなぜか悲しそうで、言葉をかけるのがためらわれたが、アスナは意を決してそっと話し掛けた。
「ユイちゃん……。思い出したの……? いままでの、こと……」
ユイはなおもしばらくアスナを見つめつづけていたが、やがてこくりと頷いた。泣き笑いのような表情のまま、小さく唇を開く。
「はい……。全部、説明します――キリトさん、アスナさん。そして……レンホウさん」
その丁寧なことばを聞いた途端、アスナの胸はやるせない予感にぎゅっと締め付けられた。
それは──何かが終わってしまったのだという、切ない確信。
四角い部屋の中に、ユイの言葉がゆっくりと流れはじめた。
「この世界、『ソードアート・オンライン』は、ひとつの巨大な制御システムのもとに運営されています。システムの名前は『カーディナル』、それが、この世界のバランスを自らの判断に基づいて制御しているのです」
そこまでユイが言った時、レンが俯いていた顔を血相変えて上げたが、その真意は判らない。
それに気付いた様子もなく、ユイの言葉は続く。
「カーディナルはもともと、人間のメンテナンスを必要としない存在として設計されました。二つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、更に無数の下部プログラムによって世界のすべてを調整する……。モンスターやNPCのアクション、アイテムや通貨の出現バランス、何もかもがカーディナル指揮下のプログラム群に操作されています。──しかし、ひとつだけ人間の手に委ねなければならないものがありました。プレイヤーの精神性に由来するトラブル、それだけは同じ人間でないと解決できない……そのために、数十人規模のスタッフが用意される、はずでした」
「GM……」
レンがぽつりと呟いた。
「ユイ、君はゲームマスターなのか……? アーガスのスタッフ……?」
キリトの問いにユイは数秒間沈黙したあと、ゆっくりと首を振った。
「……カーディナルとその開発者たちは、プレイヤーのケアすらもシステムに委ねようと、あるプログラムを試作したのです。ナーヴギアの特性を利用してプレイヤーの感情を詳細にモニターし、問題を抱えたプレイヤーのもとを訪れて話を聞く……。『メンタルヘルス・カウンセリングプログラム』、MHCP試作一号、コードネーム『Yui』。それがわたしです」
アスナは驚愕のあまり息をのんだ。言われたことを即座に理解できない。
「プログラム……? AIだっていうの……?」
かすれた声で問い掛ける。ユイは、悲しそうな笑顔のままゆっくりと頷いた。
「プレイヤーに違和感を与えないように、わたしには感情模倣機能が与えられています。──偽物なんです、ぜんぶ……この涙も……。ごめんなさい、アスナさん……」
ユイの両目から、ぽろぽろと涙がこぼれ、光の粒子となって蒸発した。アスナは思わず、ゆっくりと一歩ユイのほうに歩み寄った。
手を差し伸べるが、ユイはそっと首を振る──アスナの抱擁を受ける資格などないのだ──というように───
いまだ信じることができず、アスナは言葉をしぼり出した。
「でも……でも、記憶がなかったのは……? AIにそんなこと起きるの……?」
「……二年前……。正式サービスが始まった日……」
ユイは瞳を伏せ、説明を続けた。
「何が起きたのかはわたしにも詳しくはわからないのですが、カーディナルが予定にない命令を下部プログラム群に下したのです。プレイヤーに対する一切の干渉禁止……。わたしの他のケア用プログラムは、不要なものとして全て消去されました。しかしわたしは試作品として正式に登録されていなかったためか、管理者権限を奪われただけで存在は残されたのです。プレイヤーへの接触が許されない状況で、わたしはやむなくプレイヤーのメンタル状態のモニターだけを続けました。状態は──最悪と言っていいものでした……。ほとんどすべてのプレイヤーは恐怖、絶望、怒りといった負の感情に常時支配され、時としては───」
ユイはそこでレンを正面から見る。
「狂気に陥る人すらいました。わたしはそんな人たちの心をずっと見つづけてきました。本来であればすぐにでもそのプレイヤーのもとに赴き、話を聞き、問題を解決しなくてはならない……しかしプレイヤーにこちらから接触することはできない……。義務だけがあり権利のない矛盾した状況のなか、わたしは徐々にエラーが蓄積し、崩壊していきました……」
しんとした地下迷宮の底に、銀糸を震わせるようなユイの細い声が流れる。アスナとキリトは、言葉もなく聞き入ることしかできない。
「ある日、いつものようにモニターしていると、他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメータを持つ二人のプレイヤーに気づきました。その脳波パターンはそれまで採取したことのないものでした……。喜び……やすらぎ……でもそれだけじゃない……。この感情はなんだろう、そう思ってわたしはその二人のモニターを続けました。会話や行動に触れるたび、わたしの中に不思議な欲求が生まれました……。そんなルーチンは無かったはずなのですが……。あの二人のそばに行きたい……直接、わたしと話をしてほしい……。すこしでも近くにいたくて、わたしは毎日、二人の暮らすプレイヤーホームから一番近いシステムコンソールで実体化し、彷徨いました……。その頃にはもうわたしはかなり壊れてしまっていたのだと思います……」
「それが、あの22層の森なの……?」
ユイはゆっくりと頷いた。
「はい。キリトさん、アスナさん……わたし、ずっと、お二人に……会いたかった……。森の中で、お二人の姿を見たとき……すごく、嬉しかった……。おかしいですよね、そんなこと、思えるはずないのに……。わたし、ただの、プログラムなのに……」
涙をいっぱいに溢れさせ、ユイは口をつぐんだ。アスナは言葉にできない感情に打たれ、両手を胸の前でぎゅっと握った。
「ユイちゃん……あなたは、ほんとうのAIなのね。ほんものの知性を持っているんだね……」
ささやくように言うと、今まで黙って事の成り行きを見守っていたレンが、唐突に言った。
「………ねぇ、ユイちゃん。ユイちゃんがAIなら、双子って言うマイちゃんは……」
レンのその問いに、ユイはわずかに首を傾けて答えた。
「わたしには……わかりません……。わたしが、どうなったのか……」
その時、いままで沈黙していたキリトがゆっくりと進み出てきた。
「知性とは……自己の相対化ができるということだ。自分の望みを言葉にできるということだよ」
柔らかい口調で話し掛ける。
「ユイの望みはなんだい?」
「わたし……わたしは……」
ユイは、細い腕をゆっくりと二人のほうに伸ばした。
「ずっと、いっしょにいたいです……パパ……ママ……!」
アスナは溢れる涙をぬぐいもせず、ユイに駆け寄るとその小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「ずっと、一緒だよ、ユイちゃん」
少し遅れて、キリトの腕もユイとアスナを包み込む。
「ああ……。ユイは俺たちの子供だ。家に帰ろう。みんなで暮らそう……いつまでも……」
だが――ユイは、アスナの胸のなかで、そっと首を振った。
「え……」
「もう……遅いんです……」
キリトが、戸惑ったような声でたずねる。
「なんでだよ……遅いって……」
「この場所は、ただの安全エリアじゃないんです……。GMがシステムにアクセスするために設置されたコンソールなんです」
ユイがちらりと視線を向けると、部屋の中央の黒い石に突然数本の光の筋が走った。直後、ぶん……と音を立てて表面に青白いホロキーボードが浮かび上がる。
「さっきのボスモンスターは、ここにプレイヤーを近づけないように配置されたものだと思います。わたしはこのコンソールからカーディナルにアクセスし、オブジェクトイレイサーを呼び出してモンスターを消去しました。その時にカーディナルのエラー訂正機能で破損したデータを復元できたのですが……それは同時に、いままで管理外にあったわたしにカーディナルが注目してしまったということでもあります。今、コアシステムがわたしのプログラムを走査しています。すぐに異物という結論が出され、わたしは消去されてしまうでしょう。もう……あまり時間がありません………」
「そんな……そんなの……」
「なんとかならないのかよ! この場所から離れれば……」
二人の言葉にも、ユイは黙って微笑するだけだった。ふたたびユイの白い頬を涙が伝った。
「パパ、ママ、ありがとう。これでお別れです」
「嫌! そんなのいやよ!!」
アスナは必死に叫んだ。
「これからじゃない!! これから、みんなで楽しく……仲良く暮らそうって……」
「暗闇の中……いつ果てるとも知れない長い苦しみの中で、パパとママの存在だけがわたしを繋ぎとめてくれた……」
ユイはまっすぐにアスナを見つめた。その体を、かすかな光が包み始めた。
「ユイ、行くな!!」
キリトがユイの手を握る。ユイの小さい指が、そっとキリトの指を掴む。
「パパとママのそばにいると、みんなが笑顔になれた……。わたし、それがとっても嬉しかった。お願いです、これからも……わたしのかわりに……みんなを助けて……喜びを分けてください……」
ユイの黒髪やワンピースが、その先端から光の粒子を撒き散らして消滅をはじめた。
ユイの笑顔がゆっくりと透き通っていく。重さが薄れていく。
そこまで来た時、ユイは何も言えず固まっているレンとマイのほうに向き直った。
「そして、レンホウさん」
「………なに?」
「姉を頼みます」
「……マイちゃんは…………なんなの?」
「……………マイは───」
言いかけたユイの体に突如、ザザッと不明瞭なノイズが走る。それをユイは軽く見、大きな目を軽く細める。
「……どうやら、これ以上は無理みたいですね………。レンホウさん、私からあなたに言えることはこれくらいです。その子は、あなた達プレイヤーにとっての希望であり、同時にパンドラの箱を開けるための鍵でもある存在。ということです」
「……………………」
沈黙するレンに、にっこりとユイは笑いかけ───
ひときわまばゆく光が飛び散り、それが消えるともう、アスナの腕のなかはからっぽだった。
「うわあああああ!!」
抑えようもなく声を上げながら、アスナは膝をついた。
石畳の上にうずくまって、子供のように大声で泣いた。つぎつぎと地面にこぼれ、はじける涙の粒が、ユイの残した光のかけらと混じり合い、消えていった。
ユイが光に包まれて消滅したあと、石畳に膝をついてこらえようもなく涙をこぼすアスナの傍らで、不意にキリトが叫んだ。
「カーディナル!!」
涙に濡れた顔を上げると、キリトが部屋の天井を見据えて絶叫していた。
「そういつもいつも……思い通りになると思うなよ!!」
ぐいと腕で両目をぬぐうと、彼は突然部屋の中央の黒いコンソールに飛びついた。表示されたままのホロキーボードに猛烈な勢いで指を走らせ始める。
たちまちキリトの周囲には無数のウインドウが出現し、高速でスクロールする文字列の輝きが部屋を照らし出した。呆然とアスナが見守るなか、キリトの指はどんどん速度を上げ、キーボード全体に青白いスパークが閃きはじめた。
「行くな……ユイ……ユイ……!」
うわごとのように呟くキリトは、もう周囲のウィンドウを見てさえいない。
両目を半眼に閉じ、直接システムと交信しているかのように思えた。
緊迫した数秒間が過ぎ去ったあと、不意に黒い岩でできたコンソール全体が青白くフラッシュし、直後、破裂音とともにキリトがはじき飛ばされた。
「キ、キリトくん!!」
あわてて床に倒れた彼のそばににじり寄る。
頭を振りながら上体を起こしたキリトは、憔悴した表情の中に薄い笑みを浮べると、アスナに向かって握った右手を伸ばした。わけもわからず、アスナも手を差し出す。
キリトの手からアスナの手のひらにこぼれ落ちたのは、大きな涙のかたちをしたクリスタルだった。複雑にカットされた石の中央では、とくん、とくんと白い光が瞬いている。
「こ、これは……?」
「──全部は無理だったけど……ユイのコアプログラム部分をどうにかシステムから切り離して、圧縮してオブジェクト化した……。ユイの心だよ、その中にある……」
それだけ言うと、キリトは力を使い果たしたように床にごろんところがり、目を閉じた。アスナは手の中の宝石を覗き込んだ。
「ユイちゃん……そこに、いるんだね……。わたしの……ユイちゃん……」
ふたたび、とめどなく涙が溢れ出した。
ぼやける光の中で、アスナに答えるように、クリスタルの中心が一回、強くとくん、とまたたいた。
後書き
なべさん「はーじまーりました~♪そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「途中と終わりら辺、僕とマイちゃんハブられてたような気がする………」
なべさん「う………え、えぇ?き、気のせいだとおおお思うな」
レン「なぜそんなに妖しい言い方をする……」
なべさん「えーと、まぁたぶん大丈夫だ、ウン」
レン「何がだよ………。ええと、近頃やってなかったお便り紹介行こっか」
なべさん「あいよ」
レン「ルフレさんからで、ゴキブリに関してだった」
なべさん「うぅーン、不評は確実だと思ってたが」
レン「でも今回のヤツ見たら、全然ゴキブリじゃないじゃん。人型じゃん」
なべさん「そりゃそうだ。モノホンのヤツだったら、アスナさんが気絶するだろ」
レン「ま、気絶はしないとは思うが………」
なべさん「はい、ルフレさんありがとうございました!自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~♪」
──To be continued──
ページ上へ戻る