ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
白い少女
その少女を一言で表すと、真っ白だった。
この秋深まる中、見てるこっちが寒くなりそうなワンピース。
力なくだらりと垂れる、触ったら折れそうなほどの華奢な両腕と、長い睫毛に縁取られた目蓋がある整った顔、挙句の果てに腰ほどまである長いてストレートな髪も、全てが真っ白。眩しくなるくらいの純白だった。
そして――まあ無理も無いが、それを見たレンの思考は完璧に停止した。
――えー……と、ナニコレ。こんな魚いたっけ。…………ああ!珍妙な魚、珍妙な魚って聞いてたけど、そうか雲海魚に《人魚》なんて種類いたのかあ。
などと逃避的な思考に逃げ込んでみる。
だが、当然ながらいまだ釣り糸に吊り上げられた状態の少女の、垂れ下がった手足はちゃんと人間のそれだ。
追記しておくならば、エラがある様子もない。
「うーん…………」
とりあえず唸ってみる。それで、これが夢ならば早く覚めて欲しい、とも思う。
だが当たり前のごとく、目の前の少女が消えていなくなるわけもない。まあ、それだと逆に怖いんだが。
頭の中の悪魔的部分が囁く。
(悪魔)誰も見てないって、今逃げちまえば大丈夫だぜ?
同時に天使が負けじと、ぼわんと現れる。
(天使)そうよ。きっと心の優しい誰かが拾ってくれるわ。
………………どっちの意見も同じだった。
逃避的思考を猛抗議してくる天使と悪魔を、レンはとりあえず頭から追っ払い、おそるおそるゆっくりと少女を岸に軟着陸させた。
下が石とかじゃなくて、草地でよかったー、などとのんきな思考を発する何かもとりあえず追っ払う。
そして、さらにおそるおそる少女の体を指の先でつついてみる。
ちなみに、この時つついた部位はR-18的なアレではないのであしからず。
だが、少女はピクリとも動かない。
ここまできて、レンの頭にはようやく心配と言う名の感情が湧き上がり始めていた。
大丈夫かなぁ、などと思っても、この世界では息や心臓も動いていない。
SAO内では、人間の生理活動のほとんどは再現が省略されている。自発的に息を吸い込むことはできるし、気道を空気が出入りする感覚もあるが、仮想体自体は無意識呼吸を行わない。
心臓の鼓動も、緊張したり興奮してドキドキするという体感はあるものの他人のそれを感じ取ることはできない。
しかし、こうして見たり触れたりする、ということはまだ生きてるということになる。あくまでも、まだ、だが。
しかし、そこでレンはあれ?と思った。
レンの視線は間違いなく草地の上に横たわる白い少女にターゲットされている。
だが、そこには通常在るべきものがないのだ。
カーソルが、出ない…………。
通常アインクラッドに存在する動的オブジェクトならプレイヤーにせよモンスターにせよ、あるいはNPCにせよターゲットした瞬間必ず表示されるはずのカラー・カーソルが、少女の頭上には出現しない。
大抵のことに遭遇し、体験してきたレンでも、こんな現象に遭遇したことはいまだかつてなかった。
「何かの、バグ、かな………?」
レンはそっと手を伸ばし、少女の頬に触れた。
ひんやりとした、滑らかな陶器のような感触が伝わってくる。
だが、少女は起きない。死んだように眠っている。
──とりあえず、放ってはおけないよなー。
などとレンは考え、とりあえずお約束なような気がして少女をお姫様抱っこしようとする。
──が、
持ち上げられない。
少女の体重は、かなり軽かった。
おそらく同年代の平均体重と比べても、明らかに下だろう。だが、それを持ち上げる方に問題があった。
レンのレベルアップ時のステータスアップ値は、完全に敏捷値に割り当てられている。レベルアップ時に自動で増える、レベルアップボーナスのおかげでレベル1の時と全く同じ、というような事態はかろうじて避けられているが、それでもレンの筋力値ははっきり言って中層ゾーンのプレイヤーをも下回る。
リュックサックなどの荷物程度ならばまだしも、自分と同じくらいのオンナノコなど持ち上げろと言うのが、酷な話だろう。
結果レンは、色々試行錯誤したあげく、普通に抱っこするという形で収まった。
最初からこうすればよかったのに、と思わないでもないが、そこはお約束なのでしょうがない。
そしてレンは、少女を抱えたまま自らの家の方向にゆっくりと(重いのに変わりはない)歩き始めた。
やっと家に戻り、メイドNPCが淹れてくれたお茶で喉を潤し、上がっていた息が整ってきても少女の意識は戻らなかった。
とりあえずダイニングのソファーに少女を横たえ、毛布を掛ける。
そしてレンはその向かいに置いてあるソファーに腰を下ろした。
いまだに少し混乱している頭を、レンは紅茶で覚ます。そして今まで起こった事から解かることをピックアップし、整理する。
まず一つだけ確かなこと。それは彼女がNPCではない、ということだ。
システムが動かすNPCは、存在座標を一定範囲内に固定されておりプレイヤーの意思で動かすことはできない。
現にレンの飲んでいる紅茶を淹れてくれたメイドNPCであっても、このレンの家(城)の敷地内から外には出られない。
手で触ったり抱きついたりすると、ほんの数秒でハラスメント警告の窓が開き、不快な衝撃とともに吹っ飛ばされてしまう。
そして二つ目。何らかのクエストの開始イベントでもない。
普通、何らかのクエストやイベントを受注した時、視界に大きくクエスト受注ログが流れる。そんなものを見逃したとは思えない。
だいたい、クエストやイベントの開始点となるNPCなどの頭上には【!】マークが付いている。そしてそのクエストを受注した時に限り、それが【?】に変わるのだ。こちらも見逃したということはありえない。
ふむ、とレンはそこで思考が行き詰まり、紅茶を含もうとするが、いつの間にかカップの中は空になっていた。
背後に控えていたメイドNPCが、そそくさと出てきて注いでくれる。
短く礼を言いながら、レンは改めてカップを傾ける。爽やかな芳香がこんがらがった頭をほぐしてくれる気がする。
「うーん……」
自分はともかく、この子のような年齢だ。必ず両親と一緒にログインしているはずだ。
何で雲海を漂っていたのかはいまだに謎だが、始まりの街ならばこの子の事を知っている人、あるいは両親がいるのでは…………?
それが考え抜いた末、レンが出した結論だった。
だが、さすがに今すぐに実行とはいけない。最低でもこの少女の意識が戻って、事情を聴いた上でも遅くはないだろう。
レンはそう結論付けると立ち上がり、少女の眠るソファーの前にひざまずき、右手を伸ばした。
そっと少女の顔に掛かった艶やかな純白の髪を払う。
こうして改めて見ると思うのだが、美しい少女だった。
人間の子供、と言うよりはどちらかと言うと妖精のような、どこか人間離れした雰囲気を漂わせている。
肌の色はアラバスターのようなきめの細かい純白。長く艶やかな髪の色は、白髪のような濁った白ではなく、真正のピュアホワイト。どこか異国風のくっきりとした顔立ちは、目を開けて笑ったらさぞ魅力的だろうと思わせる。
おそらく十歳はいっていない。九歳か………八歳くらいだろうか。
「んー」
まあ、悩んでてもしょうがない。要はこの子が起きないと始まらないと言うことだ。そのためには──
ぐ~。
…………お昼ご飯にしよう。
晩秋の午後がゆっくりと過ぎ、外周から差し込む赤い陽光が消え去る時間帯になっても、少女は変わらず眠り続けていた。
その間、レンは第三十九層主街区【ローラン】に少女に関する情報集めに行っていたが、結局空振りに終わった。
ちなみに女子に関する情報ならば、と、ムッツリーニに協力を仰いだが、返ってきた返事が。
《俺のファインダーに収まっていないロリ少女が会ったとは………不覚!その少女の写真を直ちに提供して……ブッファアァァー!》
と言うような内容だったので、謹んで辞退させていただいた。
どっかの高級ホテルか、とつっこみたいような自室のカーテンを引き、壁やベッド際のランプを灯す。ベッドの上にはすでに移動させた少女が昏々と眠り続けている。
そんなベッドの端っこにレンはちょこんと腰掛け、こんがり焼いたトーストをかじりつつ、【ローラン】で買ってきた何種類かの新聞を確認する作業に取りかかった。
新聞、と言っても紙を束ねた現実世界でのそれとは違い、雑誌程度のサイズの羊皮紙一枚でできている。
その表面はシステムウインドウ状のスクリーンになっており、ウェブサイトを操作する要領で収められた情報を切り替えて表示させることができる。
内容も、プレイヤーが運営しているゲーム攻略系サイトそのもので、ニュースから簡単なマニュアル、FAQ、アイテムリストなど多岐にわたる。
その中には探し物・訊ね人コーナーもあり、レンが目をつけたのはそこだった。この真っ白な少女を探している人がいるのではないか、と思ったのだ。
しかし――
「ない………」
数十分かけて全ての新聞を調べ終わり、レンはがっくりと肩を落とした。
あとはいよいよ少女が目を覚まし、話を聞けるまで待つしかない。
いつもならば、生来夜行性気味と言うことも手伝ってここからフィールドに出て、手当たりしだいMob狩りをしたり、あるいは思い切って迷宮区まで言ったりするのだが、今夜はさすがにそんな気分にはなれない。
寝るか、と思い、いつもの黒猫パジャマに着替えたレンは、今夜はベッドが占領されていることを思い出した。
そりゃあ、さすがにキングサイズ。二人どころか、三人だって寝れそうな広さだ。だがしかし、この世には越えてはならない一線と言う物があってですね──
「ふぁぁあ~あ」
レンは一つ大きなあくびをすると、何の抵抗もなく少女の横に横たわった。ここら辺が密かに囁かれている、レン超天然説の元なのではないだろうか。
ベッド際の壁を叩き、浮かび上がった室内操作ウインドウに指を走らせ、明かりを落とす。
薄青い闇の中、純白の髪を持つ少女は相変わらず昏々と眠り続けていた。
今まで意識的に彼女の過去に付いて考えないようにしていたのだが、こうして見つめているとどうしても思考がそちらのほうに向かってしまう。
親なり兄弟なりの保護者と一緒に過ごしていたのなら、まだいい。
だが仮にたった一人でこの世界にやってきて、約二年間を恐怖と孤独のうちに送っていたのなら──それはわずか八、九歳の子供には耐え難い日々だったろう。もはやどうしようもないくらいに壊れてしまった自分と同じように。
レンは最悪の事態を想像する。もし、昏々と眠り続ける少女の原因が、少女の心の状態に起因するものだとしたら。
アインクラッドにはもちろん精神科医などいないし、助けを求めるべきシステム管理者もいない。クリアには最低あと半年はかかると予想される。
少女の苦しみがどれほど深いものであっても、自分はそれを分かち合うこともできなければ、理解することもできない。ましてや、救うことなどできはしない。
そう思うと、レンは不意に張り裂けそうな胸の痛みに襲われた。
何故だ、と、レンは自らに問いかける。
何故自分はこれほどまでに、この不思議な少女に惹かれているのだろう、と。
だがその答えは返ってこない。
返ってこなかった。
─────愛が運命を導くか、それとも運命が愛を導くか。それは、われらの人生がめいめい試さねばならぬ問題だ─────ハムレット─────
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「はい、今回は前回保留してたヒロイン裏話とか語っていっちゃうよ♪」
なべさん「一応ネタバレがあるかもしんないんで、ここらで予防線を張っておきます」
レン「おっと、そーだった。今回は裏話が尺のほとんどを使う予定のため、お便り紹介コーナーはお休みさせていただきまーす!」
なべさん「それではさっそくいってみよーか。まずはこれ言っとかないと話進まないから、ヒロインちゃんの名前をネタバレしときます」
レン「うわさっそくか」
なべさん「ヒロインちゃんの名前はマイちゃんでーっす!」
レン「へぇー、意外とまともな名前。ちなみに由来とかはあんのか?」
なべさん「いや~、とくにないなぁ。ユイちゃんがいるから、やっぱ二文字だよなぁ~みたいなノリで。アイかマイか、最後まで迷ったんだがな(実話です☆)」
レン「ほぉー、じゃあ何で髪の毛白にしたの?」
なべさん「あぁ、これは簡単。そん時ハマってたアニメのヒロインの髪の色が白だったから(実話です☆)」
レン「ホントに簡単だな!えー、じゃあ最近お前が見てたって言うアニメだったら………さ〇ら荘か?」
なべさん「いえす!!あれって何かハマるんだよねー」
レン「んじゃあ、あの釣り上げると言う斬新すぎる登場の仕方は!?」
なべさん「あれはですなぁ、某一繋ぎの大秘宝をめぐるマンガで……」
レン「なげぇな」
なべさん「とあるオカマが釣り上げられるっていう場面がメチャクチャ印象に残っててさ。そこを採用したわけ(実話です☆)」
レン「あーそーかい……っと、もう尺がないみたいだね。続きはまた次回ってことで」
なべさん「あいよ。自作キャラ、感想を送ってきてください!待ってます!」
──To be continued──
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