八条学園騒動記
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第五十九話 兄その七
「あっさりしていてな」
「それで鱧のお吸い物でいいのってどんなの?」
七海はそこも聞く。それこそが肝心であった。
「美味しいの?京風だと」
「少し違うらしい」
どうやらダンも実際には食べたことがないようであった。
「違うの」
「ああ、全然な。何かが違うそうだ」
「ふうん、そうなんだ」
そう言われても今一つ実感が湧かない。七海はついつい首を傾げる。
「京都ってあまり知らないけれど」
「多分それは彰子ちゃんもだな」
ダンは次に彰子に顔を向けた。
「知らないと思う」
「彰子ちゃんの料理はどっちかっていうと薄味系ね」
「ああ、それはそうだな」
ダンは七海の今の言葉にはたと気付いた。
「そういえば薄味だよな、彰子ちゃんの料理は」
「明香ちゃんもね」
実はこの姉妹の料理はどちらかというと薄味系である。和食らしいと言えば和食らしい。連合の中では和食は薄味で素材を大事にすると言われている。
「そういう感じよね」
「このクラスは皆濃い味の料理ばかりだしな」
「特にあいつね」
ここで洪童を見る。
「すっごい味が濃いのよねえ、美味しいことは美味しいけれど」
「というよりはだ」
ダンもその洪童を見ていた。本人は酒と韓国料理で泥酔寸前である。
「あいつの料理は全部辛いんだが」
「韓国人だしね」
全てはこれに尽きた。
「大酒飲みだし」
「それも韓国人だな」
この時代においても韓国人といえば大食で大酒飲みである。酒の量では今やロシア人に匹敵するとまで言われている。とにかく飲むのである。
「辛さも凄いしね」
「全くだ」
ダンは七海の言葉に頷く。
「激辛どころじゃない」
「そうなのよねえ。まあそれがいいんだけれど」
「本人もそれが好きだしな」
「ええ」
洪童は大の辛党である。ついでに言えば甘いのも大好きだ。彼の舌はとにかくはっきりしていてどれも極端な味が好みなのである。
「和食とはそこが違うわよね」
「そうだな、それでだ」
話が戻った。
「その京風料理だが」
「何が出るかしら」
「そろそろだな」
ダンは口元に微かに笑みを浮かべる。期待の笑みであった。
「来るぞ」
「豆腐よね」
七海は目をキラキラと輝かせていた。
「豆腐が来るのよね」
「好きみたいだな、豆腐が」
「大好きよ」
目を輝かせたまま答える。
「あっさりしているし」
「そうだな」
豆腐はそれがいい。実に食べやすい。
「健康にもいいし」
「全くだ」
実はダンも豆腐は好きだ。この時代は豆腐は連合中で食べられる料理になっている。とにかく健康にもいいので大人気の料理の一つだ。
「お酒にも合うし」
「日本酒か白ワインか」
ダンはそこも外さない。
「どちらかでな」
「わかってるわね、あんたも」
「琉球でも豆腐はよく食べられる」
笑いながら七海に答える。何時の間にかその手には日本酒がある。もうそちらの準備は完全にできていた。実に用意がいい。
「いいものだ」
「さて、そろそろよ」
七海は店の奥の気配を察して言う。
「来るわ」
「何が出ると思う?」
ダンは問う。
「一体どんな料理が」
「それは出てからのお楽しみね」
既にかなり食べているのにまだ食べたい七海であった。顔にはっきりと出ている。
「とにかくあっさりしたのなら」
「おい皆」
ダンが皆に声をかける。
「あっさりした酒でいくか」
「そうだな」
それに最初に応えたのはアルフレドだった。
「じゃあ白ワインと」
「日本酒を」
ビアンカも酒を選ぶ。流石は双子と言うべき見事な連携であった。
「用意して、と」
「じゃあそろそろかな」
「来たわよ」
七海が皆に告げる。
「いよいよよ」
「よしっ」
「来たか」
「お待たせしました」
貫之の声が聞こえてきた。
「只今持って来ます」
こうしてその京風料理が来た。それは何か。皆固唾を飲んで見守るのであった。
兄 完
2007・10・1
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