八条学園騒動記
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第三十一話 破天荒な兄その一
破天荒な兄
「おおおおおおおおおおおおっ!」
今日もクラスでフランツの無意味な咆哮が響き渡る。
「面白い、面白いぞ!」
「そうか」
相棒であるタムタムが冷静な様子でそれに返す。
「それはよかったな」
「訳聞かないの?」
パレアナが彼に突っ込みを入れる。
「いきなり吼えられても何が何かわからないんだけれど」
「漫画だ」
タムタムは冷静に彼女に返した。
「漫画!?それであんなに吼えるの?」
「少女漫画だ」
「それで何で吼えるのよ」
少女漫画で教室全体に響き渡る程吼えるものなのかと。パレアナはそれを聞きたかったのである。
「あいつは吼える」
「そうなんだ」
「そうだ」
それに対するタムタムの返事もパレアナの納得も実に呆気ないものであった。まるで予定事項をいつも通り聞いているような感じであった。
「わかりやすいわね」
「いつものことだからな」
全く以っていつも通りである。しかしどうしてもパレアナが聞きたい問題が残っていた。それは今の話題において全く解決されていないことである。
「それでさ」
「今度は何だ?」
「彼、何の少女漫画読んでるの?」
「テニス漫画だ」
「テニスの」
「そうだ。一人の少女が余命幾許もないコーチの下で成長し遂には世界に羽ばたく。そんな漫画だ」
何処かで聞いたような漫画であるがそもそもストーリーや形式のパターンには限度があると言われている。それで似たような漫画もあるものなのだ。
「それであんなに吼えるの」
「感動している証拠だ」
「全く」
パレアナはそれを聞いてあらためて溜息を漏らす。
「何でもかんでも感動するのね、いつもいつも」
「馬鹿な!」
「誰が馬鹿ですって!?」
ここでいきなり出て来たフランツの言葉に神懸り的な素早さで反応を示す。
「ああ、漫画の話だ」
「そう」
熱中しているフランツにかわってタムタムが彼女に説明する。
「どうしてだ!何故死ぬ!」
「コーチが死んだ場面だ」
「それでなのね」
「生きろ!生きるんだ!」
フランツは単行本に向かって絶叫する。
「ここで死んで何になるんだ!生きないと何にもならないだろ!」
「といっても死ぬ運命なのよね、確か」
「この漫画では人は死なないぞ」
生き返る漫画もある。死んだ人間が生き返るならば本当に有り難い話だ。漫画や小説によっては生き返った人間がゾンビやバンパイアになっていたりするがそれはそういう話だから仕方がない。
「生き返ってまた教えろ!何故だ!」
「熱いわねえ」
いい加減その叫びにパレアナもうんざりしてきた。
「毎度毎度よくもまあこんなに熱くなれるわね」
「それがこいつのいいところだ」
バッテリーならではの言葉であった。やはりフランツの一番の理解者はタムタムであった。
「だから俺はこいつのボールを受ける」
「そうなの」
「そういうことだ」
中々傍目ではわからない友情である。二人にしかわからない友情である。
そうこうしている間に非常に五月蝿い読書は終わった。フランツは全身から汗を流していた。
「面白かった・・・・・・」
「漫画一冊読むのにどれだけカロリー消費してんのよ」
パレアナはそんな彼に対して呆れ果てた言葉をかける。
「ああ、パレアナ」
フランツはここでようやく彼女に気付いた。
「いたのか」
「さっきからね」
「タムタムも」
「俺は最初からいたぞ」
「おっと、そうか」
ついつい親友の存在まで忘れていた。そこまで熱くなっていたのだ。
「悪い悪い」
「ところでさ」
ここでパレアナがフランツに声をかけてきた。
「何だ?」
「その漫画だけれどさ」
彼女はそちらに話を振ってきた。
「ああ」
「何処で買ったの?商店街の本屋さん?」
「いや」
しかしフランツはその言葉には首を横に振ってきた。
「家にあるのを持って来たんだ」
「家に」
パレアナはその言葉を聞いて顔を急激に顰めさせて首を傾げさせてきた。
「あんたって少女漫画買ってたっけ」
「いや、妹のだ」
「ああ、そうだったわね」
パレアナはその言葉を聞いてあることを思い出した。
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