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八条学園騒動記

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第三十話 秘密の花園その六


「あの、わかってるわよね」
「わかってますよ」
「本当!?」
 疑いの眼差しを彼に向ける。
「そうは思えないけれど」
「わかってるからですね」
 しかし彼はここで言う。
「写真撮りましょうよ」
「写真?」
「そうですよ、ほら」
 何か必死になってナンシーに語り掛ける。その様子に彼女は珍しく引っ張られる形になっていた。それが何か妙に滑稽な姿であった。
「先輩とお花ですよ」
「あっ」
 言われてようやく気付いた。
「そうね、それね」
「そうですよ、それで写真を撮れば」
「撮ってくれるの?」
「勿論ですよ」
 彼は元気よく答える。
「だから先輩、早く」
「え、ええ」
 彼に急かされてお花畑の中に入る。異様なまでに照れている。
「こんなことになるなんて」
「けれどこれがいいですよね」
「まあね」
 その言葉にこくりと頷く。
「撮ってもらえるのなら」
「そうですよ。じゃあ」
 彼もかなり乗り気になっていた。それでカメラを構える。
「いきますよ」
「あっ、待って」
 しかし彼女はそこで彼を止める。
「私を撮ってくれるのよね。じゃあ」
「何か?」
「あの、そのね」
 少しもじもじとしだした。顔も真っ赤になっている。
「一人じゃあれじゃない」
 彼女はこう述べてきた。
「寂しいわ」
「けれど」
 ナンシーの言葉を聞いてカメラを持ったまま困った顔を見せてきた。
「写真撮るのは」
「ほら、これがあるじゃない」
 ここで携帯電話を出してきた。
「これで写メールでどう?」
「いえ」
 しかし彼はあくまで首を横に振る。
「それは駄目です」
「どうしてよ」
 二人一緒で撮ることを拒まれて急に泣きそうな顔になってきた。どうやら彼に断られたりすると困り果ててしまうようだ。それだけ依存しているということなのであろう。
「折角いい考えだと思ったのに」
「後でです」
 しかし彼はきっぱりとした口調で言ってきた。
「それは後です」
「後で!?」
「はい」
 彼は言う。
「それは後で。僕はまずですね」
「ええ」
「先輩、いえナンシーさんを撮りたいんです」
「私を!?」
「そうです」
 またしてもきっぱりと述べてきた。
「いいですよね、それで」
「私を撮ってくれるのね」
「は、まずは」
「それでその後で二人一緒になのね」
「それでいいですよね」
「ええ、いいわ」
 顔が急激に明るくなってきた。
「それなら。喜んで」
「はい。じゃあいきますよ」
「ええ、いいわよ」
 先程までの泣きそうな顔が立ち消えて微笑みに変わっていた。その顔が彼にとっては非常に綺麗で可愛いものに見えた。実際にそれは澄ました感じの彼女が普段は絶対に見せないような顔であった。少なくともクラスメイト達は見たことがないような顔である。
「撮ってね」
「ええ、今」
 こうして写真が次々と撮られていく。それが終わってから彼はナンシーの側にやって来た。ナンシーの方が彼に声をかけてきた。
「じゃあ今度は」
「二人で」
 そして今度は携帯で二人並んだ写真を撮る。二人だけの秘密の、しかし楽しい時間を過ごすのであった。彼女達だけのささやかな幸せであった。



秘密の花園   完



                   2007・1・20 
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